倉敷ホーリネスチャーチ

聖書のみ言葉、キリスト教のメッセージ、また旅情報など、テケテケが伝えしています(日本ホーリネス教団)。

【聖書】マタイによる福音書11章2~11節 【説教】「バプテスマのヨハネより偉大な者」 2020/8/30

2020年08月30日 | メッセージ
【聖書】マタイによる福音書11章2~11節
【説教】「バプテスマのヨハネより偉大な者」

4: イエスは答えて言われた、「行って、あなたがたが見聞きしていることをヨハネに報告しなさい。

主の御名を讃美いたします。

 「あなたがたによく言っておく。女の産んだ者の中で、バプテ スマのヨハネより大きい人物は起らなかった。しかし、天国で 最も小さい者も、彼よりは大きい。」 (マタイ 11 章11 節)

 今日登場するヨハネは、イエスに洗礼をさずけたバプテスマ のヨハネです。
 このヨハネが獄中から主イエスに「あなたはきたるべき方、つ まりメシアなのですか」と自分の弟子たちを遣わして質問しました。 このヨハネはどうして捕らわれて獄中にいたかというと、当時 のガリラヤ地方の国主であったヘロデ・アンティパスの怒りをか ったからです。ヘロデは自分の兄弟の妻を奪っており、ヨハ ネはその不義を指摘したからでした。

  主イエスはこのガリラヤで伝道して「神の国、神の支配がまさ に来た」と説教しています。ヨハネはいわば政治犯として牢屋にいるのでした。「あなたは悪人をさばくこともしないのですか。あなたが本当にメシアならば、もっとはっきりとわかるようにしてください」と いうよういな思いもあったのではないでしょうか。 それに対しての主イエスは、「メシアとしの奇蹟がなされ、ま た貧しい人に福音が宣べ伝えられている」と答えられました。

 救い 主・メシアがどのようなお方であるかが、イザヤ書に多く預言しています。主イエスのいやしの奇蹟はイザヤのメシヤ預言の成 就であり、その働きの冠とも言うべきものは、<心の貧しい者> への福音宣教でした。 預言者として生きたヨハネは、偉大な人物でした。<大き い>人物はギリシャ語では<メガ>にちなんだことばです。 しかし主イエスにあって神の子とされる者は小さき者であっても ヨハネ以上に「メガ」の祝福に預かるのです。

今週も主にあり、素晴らしい日をお過ごしください。

テケテケ
※要約はメッセンジャーの説教メモを記しています。
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【聖書】マタイによる福音書10章34~39節 【説教】「平和か剣か」 2020/8/23

2020年08月23日 | メッセージ
【聖書】マタイによる福音書10章34~39節
【説教】「平和か剣か」
【説教】小林光生師

34: 地上に平和をもたらすために、わたしがきたと思うな。平和ではなく、つるぎを投げ込むためにきたのである。

主の御名を讃美いたします。

 「自分の命を得ている者はそれを失い、わたしのために自分 の命を失っている者は、それを得るであろう。」 (マタイ 10 章39 節)

 先週は「収穫は多い」という主イエスの弟子たちへのメッセー ジを紹介しました。コロナ禍の中でありますが、岡山県北の柵原教会でずっと 祈られてきたある方が洗礼を受けられた。すでに召天されたそ の方のお母さんや家族のあつい祈りがあったからです。

 今日の主イエスのことばは弟子に対して非常に厳しく思える 箇所でありますが、初代教会での迫害を思わせています。 まず「平和ではなく、つるぎを投げ込むためにきた」との言葉が印象的です。聖書の約束は「剣」に譬えられています。 「神の言は生きていて、力があり、もろ刃のつるぎよりも鋭く て、精神と霊魂と、関節と骨髄とを切り離すまでに刺しとおして、 心の思いと志とを見分けることができる。」(ヘブル 4:12)

 私たちはまず、ことばによってさばかれ、いやされての平和 が与えられるのです。内村鑑三も戦争がはじまり、国民全体 が勝利に酔っている時に「そうではないのだ」とみことばに立つ ことができたのです。 つぎに「家族のものが敵となる」とあるように、 精神科医の香山リカという方が「親子という病」という本を出し ている。この本でアブラハムがイサクを献げた場面を取り上げ ている。肉親の愛は深いものであるがためにゆがんだものにな ってしまうことが多い。アブラハムのようにイサクを献げたとき に、祝福の親子関係が与えられるのです。

  最後に 40 節以下では「報い」がテーマとなっています。元取税 人であったマタイがどのような「報い」を数えているかは興味深 いところです。

今週も主にあり、素晴らしい日をお過ごしください。

テケテケ
※要約はメッセンジャーの説教メモを記しています。
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【聖書】マタイによる福音書10章1~10節 【説教】「弟子たちの派遣」 2020/8/16

2020年08月16日 | メッセージ
【聖書】マタイによる福音書10章1~10節
【説教】「弟子たちの派遣」
【説教】小林和子師

7: 行って、『天国が近づいた』と宣べ伝えよ。


主の御名を讃美いたします。

そして弟子たちに言われた、「収穫は多いが、働き人が少ない。 だから、収穫の主に願って、その収穫のために働き人を送り出すようにしてもらいなさい」。マタイ9章37,38節

 主イエスはガリラヤで伝道を始められた。ガリラヤ湖のほとりを歩いていたとき漁師であったペテロとその兄弟アンデレに「わたしについて来なさい。あなたを人間をとる(救う)漁師にしてあげようと」言われた。同じく漁師であったゼベダイの子ヤコブとヨハネが主イエスの弟子となった。 マタイ5章18節以下

 そうして山の上での説教、嵐の中で向こう岸への旅路を終えて、伝道の根拠地となったカペナウムで収税人であったマタイにも「わたしについてきなさい」と言われた。マタイは神の賜物という意味で主イエスの弟子となり、マタイの福音書を書くに至った。

 マタイ9章の最後には、このガリラヤでの伝道のまとめが書かれてあり、次の3つのことが書かれています。
1 主イエスが多くの人たちが「飼うもののない羊のように弱り果てている」のをご覧になり、深くあわれまれた。
2 「収穫は多い」という約束。
3 収穫されるのは主(しゅ)であり、この主に働き人を送り出して頂けるようにとの勧め。

 マタイ10章では、主イエスの12弟子の名前が確認されて書かれてあり、実際に伝道実習に派遣されるのでした。 ここではまだユダヤ人だけに伝道する限定伝道の旅でした。 この伝道旅行に弟子たちは、持っていくべきものと持たないようにといわれているものがあります。

 新型コロナウィルス陽性者が毎日何千人と発生し、普通の生活が送れない今、改めて普通の生活の素晴らしさを再認識する日として今を捉えられるなら幸いです。一日も早い普通の日々が与えられますように。

今週も主にあり、素晴らしい日をお過ごしください。

テケテケ
※要約はメッセンジャーの説教メモを記しています。
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【聖書】マタイによる福音書9章18~26節 【説教】「死んだのではない、眠っているのだ」 2020/8/9

2020年08月09日 | メッセージ
【聖書】マタイによる福音書9章18~26節
【説教】「死んだのではない、眠っているのだ」
【説教】小林和子師

25: しかし、群衆を外へ出したのち、イエスは内へはいって、少女の手をお取りになると、少女は起きあがった。

主の御名を讃美いたします。

 「あちらへ行っていなさい。少女は死んだのではない。眠ってい るだけである」 (マタイ9章24節)

 主イエスは山の上の説教を終えられて、マタイ 9 章で多くのいや しの働きをなされておられます。 体の麻痺した人が床に寝かせたまま、イエスのところへ連れて来られました。主イエスはこの人に宣言されます。「子よ、元気を出しなさ い。あなたの罪は赦された」
ここで主イエスは「からだのいやし」を なされるだけでなくて、「罪をゆるす」権威を持っておられるメシヤ (救い主)であられることを宣言されておられるのです。

 今日の聖書の箇所では、「死の力に対して勝利を与えてくださる 権威」をもっておられることが明らかにされています。 会堂管理者の娘さんが亡くなりました。この葬儀のための呼ばれ た笛吹く者たちや群衆たちに対して主は宣言されます。「あちらへ 行っていなさい。少女は死んだのではない。眠っているだけであ る」主イエスは「見物人」を外にだして少女の手をとって生きかえら されたのです。 「死んだのではない、眠っているのだ」ということばは、その時の 状態から考えると、無茶なことばに思えます。わたしたち人間では 口にできない、口にしてはいけない宣言だからです。

  パウロは「キリストは眠っている者の初穂として、死人の中からよ みがえったのである。」と主イエスにあって亡くなった人を「眠って いる者」と表現しています。 礼拝で共に告白している使徒信条にも「我は聖霊を信ず、聖なる 公同の教会、聖徒の交わり、罪の赦し、身体(からだ)のよみがえ り、永遠(とこしえ)の生命を信ず。」とあります。 この使徒信条のことばも、常識とはかけはなれた、復活信仰が告白されているのです。使徒信条を通じても、「復活の命の宣言」を 共にしたいと思います。

 新型コロナウィルス陽性者が岡山県も増え続けているため、本日の礼拝からインターネット礼拝へ戻りました。

今週も主にあり、素晴らしい日をお過ごしください。

テケテケ
※要約はメッセンジャーの説教メモを記しています。
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【聖書】マタイによる福音書9章9~13節 【説教】「イエスの弟子となった取税人」 2020/8/2

2020年08月02日 | メッセージ
【聖書】マタイによる福音書9章9~13節
【説教】「イエスの弟子となった取税人」
【牧師】小林光生師 【要約】大元鉄也兄

9: さてイエスはそこから進んで行かれ、マタイという人が収税所にすわっているのを見て、「わたしに従ってきなさい」と言われた。すると彼は立ちあがって、イエスに従った。

主の御名を讃美いたします。

 「さてイエスはそこから進んで行かれ、マタイという人が収税所に すわっているのを見て、「わたしに従ってきなさい」と言われた。 すると彼は立ちあがって、イエスに従った。」(マタイ9章9節)

 今日は取税人マタイが、主イエスの弟子となる場面です。もともと は「レビ」という名前でユダヤ人です。当時ユダヤ社会で取税人の 評価は最低で、罪人同様の扱いを受けていたのです。 この福音書本文には,マタイ自身が書いたのはマタイだとは書 いていません。しかし古代教会の証言は 12 使徒の 1 人マタイを 著者とすることで一致しているのです。この福音書は「マタイの」と いう表題がつけられて、教会の中で読みつがれていったのです。

  ここで三つのことに注目したいのです。
1.主イエスがマタイが収税所に座っているのを「ごらんになった」 ということ。
2.主イエスはマタイに目をとめられるだけでなくて、マタイに声を かけられたということ。 ペテロは漁師をやめて従っても、後でもとに戻って漁師にもなれ たでしょう。しかし、ローマ帝国の役人となっていたマタイはそうは いかないのです。
3.マタイが、主イエスの語りかけ(命令に近い)に答えて立ち上が ったということ。 この後で、マタイは自分の家で、祝会というか食事会を始めたの です。ルカによる福音書では「そこでレビは(マタイ)は自分の家で イエスのために大ぶるまいをした」ということが記されています。

 このマタイはどのような人物になったでしょうか。福音書の中でも 新約聖書の中でもよくわからないのです。 私たちはこの福音書そのものに、マタイがどのような人物となっ ていったかを尋ね読むことができるのではないでしょうか。 そのうちの幾つかを尋ねてみてみましょう。

 新型コロナウィルス陽性者が日本で拡大しています。注意し過ぎる事はありませんので、不要不急の外出自粛、手洗い、うがいを徹底して防御してまいりましょう。
(徹底とは、人が見て「ここまでするのはバカしゃないだろか?」」と思うほど)

今週も主にあり、素晴らしい日をお過ごしください。

テケテケ
※要約はメッセンジャーの説教メモを記しています。
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