読書日和

お気に入りの小説やマンガをご紹介。
好きな小説は青春もの。
日々のできごとやフォトギャラリーなどもお届けします。

「ペンギン鉄道 なくしもの係」名取佐和子

2014-10-15 23:59:50 | 小説
今回ご紹介するのは「ペンギン鉄道 なくしもの係」(著:名取佐和子)です。

-----内容-----
電車での忘れ物を保管する遺失物保管所、通称・なくしもの係。
そこにいるのはイケメン駅員となぜかペンギン。
不思議なコンビに驚きつつも、訪れた人はなくしものとともに、自分の中に眠る忘れかけていた大事な気持ちを発見していく……。
ペンギンの愛らしい様子に癒されながら、最後には前向きに生きる後押しをくれるハートウォーミング小説。

-----感想-----
物語は以下の四章で構成されています。

猫と運命
ファンファーレが聞こえる
健やかなるときも、嘘をつくときも
スウィート メモリーズ

「猫と運命」は笹生(さそう)響子の物語。
響子は33歳で、レンタカー会社の営業所に勤務しています。
冒頭、響子は電車の中にペンギンがいて驚くことになります。

ペンギンはオレンジ色のくちばしをドアに向けて、ポール状の手すりにはつかまらず――そもそも『つかむ』ことはできそうにないのだが――仁王立ちしていた。

響子は大学時代からの友人、美知の新居に招かれたことで初めてその路線を利用していました。
そして響子はペンギンを見かけるという非日常な事態と遭遇したせいか、慌てて降車したため大事なバッグを電車のシートに置き忘れてきてしまいました。
そこで響子は大和北旅客鉄道波浜線遺失物保管所に電話で問い合わせをしてみます。
電話に出たのは守保(もりやす)という男です。
ここから、守保、そしてペンギンとの不思議な物語が始まっていきます。

波浜線の電車は三両編成でオレンジ色の車体をしています。
東京に向かう上り方面と違い、遺失物保管所がある下り方面の電車はすごく空いてがらんとしています。
油盥(ゆだらい)線という、本線から分岐した支線の終点、海狭間駅に遺失物保管所はあります。
駅をはじめとする付近一帯の土地はフジサキ電機という企業の敷地になっていて、昔はフジサキ電機の社員専用の駅でした。
ちなみにフジサキ電機は作品全体を通してよく名前が出てきます。

響子が遺失物保管所を訪ねていくと、守保が登場。
赤く染めた髪が印象的な青年です。
遺失物保管所の部屋の天井には「なくしもの係」と書かれた緑色のプレートがつるされています。
遺失物保管所では響きが硬く言いづらくもあるため、守保はいずれこちらを正式名称にしたいと思っています。

響子はフクという名前の猫を飼っていました。
そのフクが死んでしまい、一年経った今でも響子はフクの死を受け入れられずにいました。
響子は常にフクの骨壷を持ち歩いていて、電車の中に忘れてきてしまったのはフクの骨壷の入ったバッグだったのです。
私は骨壷を持ち歩く心境までは分からないですが、認めたくないものを受け止めて受け入れるのがすごく大変だというのはよく分かります。
三浦しをんさんの「私が語りはじめた彼は」に死んだ男の骨壷を持ちながら海辺を歩く女が登場していたのを思い出しました。

ペンギンはなんと、自分だけで電車に乗ることができます。
電車のドアが開くと、ペンギンが足を揃えて器用にジャンプして電車に飛び乗る場面がありました。

骨壷はすんなりと響子の手には戻ってこず、紆余曲折を経ることになります。
岩見という男も響子と全く同じの黒のメッセンジャーバッグを電車に忘れていて、遺失物保管所に取りに来ていました。
そして岩見が持っていったのは響子のバッグで、自分のではなかった岩見が戻ってきて、響子も遺失物保管所に来て、二人でバッグの中身が自分のものなのかを確かめることに。
なんと岩見も死んだ猫の骨壷をバッグに入れて持ち歩いていたのでした。
しかし響子のほうは骨壷の中を見るのは耐え難い苦痛で、簡単には確認できません。
そこで、守保にははずしてもらって、当事者二人で骨壷の確認をすることになるのですが、ここから意外な展開になっていきました。
響子からは「運命」という言葉が何回も出てきます。
そして最後にはどんでん返しが待っていました。
また、守保のフルネームは守保蒼平だということも分かります。


「ファンファーレが聞こえる」は、福森弦の物語。
弦は高校に入学してから二年生も折り返しを過ぎた今までほとんど学校に行っておらず、引きこもりになっています。
ある日弦は電車で落とし物をしてしまい、海狭間駅にやってきます。
弦の落とし物を届けてくれたのは、井藤麻尋(まひろ)という女子高生。
小学校の同級生だった子で、小学四年生の時のクラス委員長でした。
弦の落とし物とは自身のお守りにしていた「手紙」で、しかもその手紙を書いたのは井藤麻尋でした。
手紙を書いた本人に落とし物を拾われるというまさかの事態になります。
ちなみに手紙は、ラブレターです。
小学四年生、10歳の頃の弦は毎日学校に行って机を並べて勉強し、友達と一緒に遊べていて、その頃に
井藤麻尋がくれたラブレターは、そんな思い出が幻ではないと示してくれる証拠であり、励ましてくれるお守りとなっていたのです。

また、この章ではイビキという猫が出てくるのですが、この猫の特徴が一章で響子がフクの生まれ変わりではと思った猫とそっくりでした。
きっと同じ猫だと思います。

弦は「バベルニア・オデッセイ」というネットゲーム(ネトゲ)をやっています。
ネットゲームでの弦の名前は「ゲンチャス」です。
eike.h(エイケエイチ)という、弦がまだネットゲームを始めたばかりの頃から何度もパーティーを組んでくれた人が今度ネトゲを卒業することになり、弦はその人との最後のイベントに向けて、アンデッド系のモンスターに強い「魔剣アンデッドバースト」を捜し求めていました。
運良く「氷雨(ひさめ)」という人がアンデッドバーストを譲ってくれると言ってきたのですが、それには条件があり、氷雨の指定する現実世界での場所に指定された物を持っていくというものでした。
その場所は秋葉原周辺でした。
弦は引きこもりの自分を奮い立たせてその場所に行くのですが、麻尋も付いてくることになります。

二人がたどり着いた場所では「魔女っ子アイドル・るるたん」という地下アイドルのライブが行われていました。
弦には氷雨が弦をこの場所に送り込んだ理由、そしてなぜ自分の足でこの場所に来なかったのかの真相が見えていました。
そしてるるたんのライブが行われたこの場所でも意外な展開が待っていました。
少し井藤麻尋の物語になっていました。

また、この章では守保に何か大きな過去があることが明らかになります。
「あの頃、僕が見られたのは、白い天井くらいだったんです」という言葉が印象的でした。

「自分の今いる場所が居場所だって思う方が気楽だし、心の中でつながっている誰かのことを大切に思えたら、その瞬間から一人じゃなくなりますもん」
この言葉もまた印象的でした。


「健やかなるときも、嘘をつくときも」は平千繪(ちえ)の物語。
千繪もオンラインゲームの「バベルニア・オデッセイ」をやっていて、しかもつい二ヶ月ほど前までは一日中遊んでいたほどです。
どうも第二章に登場したeike.h(エイケエイチ)さんの正体は千繪のような気がしました。
このように、それぞれの章ごとに少しつながりがあります。

ある日千繪は電車の中でマタニティマークのチェーンホルダーが落ちているのを見つけます。
それをダッフルコートのポケットに入れて電車を降りたのですが、その後夫の道朗がそれを見つけ、千繪が妊娠したと思い舞い上がります。
日頃からよく嘘をついてしまう千繪は、喜んでいる夫の顔を見ているうちに「子どもができた」と嘘をついてしまいます。
この嘘で、段々と千繪は窮地に立たされることになります。

私はこの夫婦のお互いの呼び方が気になりました。
夫の道朗は千繪のことを「千繪ちゃん」と呼ぶのに対し、千繪のほうは夫の道朗を「平さん」と呼んでいます。
道朗はほとんどのことを自分で決めて千繪もそれに従うので、この呼び方は千繪が夫に感じている距離の表れだと思いました。

やがて妊娠の嘘が破綻を迎え、千繪は大きな「なくしもの」をすることになります。
守保が「なくしもの」と言ったのですが、それをなくしものと表現するのかとちょっと面白かったです。
そのなくしものについて、守保が興味深いことを言っていました。

「なくしものを探すお客様に協力することも、なくしもの係の業務の一つです。ただ、なくしものを探すのか探さなくていいのか決めるのは、やはりお客様ご自身かと」

いつも、何も決めてこなかった千繪が、決断する時が来ます。
また、この章でも守保の過去が少し明らかになります。


「スウィート メモリーズ」は、潤平の物語。
このタイトルは、波浜線の電車到着を告げる音楽「SWEET MEMORIES」と同じです。
潤平の妻は鈴江で、ソウヘイという息子がいます。
赤い髪の守保蒼平と同じ名前です。
潤平は冒頭から「ソウヘイ!この……親不孝者が!」と怒鳴り散らしていました。
そして赤い髪の守保蒼平は寂しそうに肩をすぼめていました。

この話には「るるたん」が登場していました。
第二章から時間が経ち、今は「きゃらめるアウト」というユニットを組んでいます。
同じく第二章の氷雨と弦、井藤麻尋も登場。
三人とも前に踏み出し、新たな道を歩んでいました。

さらに第一章の響子と美知も登場していたし、第三章の千繪と道朗も登場していました。
さすがにこの作品の謎が明らかになる最終章だけあってオールスター勢ぞろいのようになっていました。

また、作品全体を通してよく名前が出てきたフジサキ電機についても詳細が明らかになります。
なぜ潤平がフジサキ電機の門の前に立つ警備員をあっさり退けることができたのか、なぜ守保蒼平がフジサキ電機の門を顔パスで通れるのか、その謎が明らかになりました。
ただしここにもどんでん返しがあり、驚かされることになりました。
なかなか物語の作りが深いなと思います。

ペンギンの謎も明らかになります。
なぜこの路線ではペンギンが電車に乗っているのか、いったいどこから来たペンギンなのか、海狭間駅なくしもの係のオフィスの中にあるペンギン用の寒冷部屋がどうやって作られたのかも、最後に上手くまとまっていました。

守保蒼平の言葉に以下のものがあります。
「なくしものはお返ししますか?それとも、お預かりしておきますか?」
なくしものなので本来は返してもらいますが、預かってもらった方が良い場合もあります。
そんなちょっと変わった「なくしもの」を預かってくれたりもするのが海狭間駅なくしもの係の守保蒼平です。
ハートウォーミング小説との言葉のとおり、心の温かくなる物語でした


※図書レビュー館を見る方はこちらをどうぞ。

※図書ランキングはこちらをどうぞ。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿