読書日和

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「蹴りたい背中」綿矢りさ -再読-

2018-01-07 18:57:51 | 小説


今回ご紹介するのは「蹴りたい背中」(著:綿矢りさ)です。

-----内容-----
”この、もの哀しく丸まった、無防備な背中を蹴りたい”
長谷川初実は、陸上部の高校1年生。
ある日、オリチャンというモデルの熱狂的ファンであるにな川から、彼の部屋に招待されるが…
クラスの余り者同士の奇妙な関係を描き、文学史上の事件となった127万部のベストセラー。
史上最年少19歳での芥川賞受賞作。

-----感想-----
※以前書いた「蹴りたい背中」の感想記事をご覧になる方はこちらをどうぞ。

語り手は高校一年生の長谷川初実(ハツ)。
6月のある日、理科の実験が行われている理科室で、初実が寂しさを感じながら一人でプリントを千切って実験用机の上に積み上げているところから物語は始まります。
5人一組で行うことになった実験で、友達のいない初実は3人組のグループに人数合わせとして入れてもらっていました。
ただし実験は3人だけで進んでいき、孤立している初実はプリントを千切りながらひたすら時間が過ぎるのを待っています。
このグループにはもう一人、にな川智(さとし)という男子も人数合わせで入れてもらっています。
グループ分けの後、初実は心の中で「クラスで友達がまだ出来ていないのは私とにな川だけだということが明白になった」と語っていました。

さびしさは鳴る。
耳が痛くなるほど高く澄んだ鈴の音で鳴り響いて、胸を締めつけるから、せめて周りには聞こえないように、私はプリントを指で千切る。
細長く、細長く。
紙を裂く耳障りな音は、孤独の音を消してくれる。
気怠げに見せてくれたりもするしね。


冒頭のこの文章を読むと、綿矢りささんと金原ひとみさんの芥川賞受賞に沸いた2004年の1月下旬~2月下旬頃、ワタミを創業した渡邉美樹氏がテレビで冒頭の文章を取り上げ、「彼女は天才です!」と力説していたのを思い出します。
私的には最初の「さびしさは鳴る。」がハッとして引き込まれる魅力があり、そのまま読み手を澄んだ境地にさせどんどん読み進めさせてくれる良い語り出しだと思います。
ただ「蹴りたい背中」の後綿矢りささんは長いスランプに苦しむことになり、2010年刊行の「勝手にふるえてろ」でようやく本来の姿を取り戻したかなと思った時には、既に「蹴りたい背中」が127万部の大ベストセラーになった時のようなブームはなくなっていました。
もし「彼女は天才です!」の思いが今も変わらずあれば、ぜひ他の著作も読んであげてほしいです。
注目された時だけでなく注目がなくなった時や絶不調期にも支えるのがファンだと思います。

にな川が女性ファッション誌を読んでいて初実は驚きます。
理科の実験室で、しかも男性用ではなく女性用ファッション誌を読んでいるとは相当な変わり者だと思いました。
ふと初実が女性ファッション誌を覗くと知っているモデルが写っていて、「私、駅前の無印良品で、この人に会ったことがある」と言います。
ここから初実とにな川の友達とも恋人とも違うような妙な関係が始まっていきます。

初実が実験用机の向こう側で仲良く話す人達を見ながら思ったことは印象的でした。
同じ机を使っていても向こう岸とこっちでは、こんなにも違う。
でも人のいる笑い声ばかりの向こう岸も、またそれはそれで息苦しいのを、私は知っている。

初実は一人で過ごすのを苦痛に感じていますが、かといってグループに入れてもらったとしても息苦しいと思っています。
矛盾した二つの気持ちを持っています。

初実の中学校からの友達の小倉絹代は同じクラスですが、新しい友達グループを作ってそちらに行ってしまいました。
初実は実験の輪から外れていた初実のためにせっかくノートを見せてくれた絹代に「中学からの友達にも見捨てられた私」と嫌味を言っていました。
さらに「ハツもグループに入れてあげる」という言葉にも嫌味で返していました。
せっかくの絹代の親切に嫌味で返すのは酷いものですが、これは強がるために嫌味を言わずにはいられないのだろうなと思います。
そこが初実の子供な部分で、親切を素直に受けとれずに強がってしまいます。

初実はグループが嫌いで、高校生になってからは一人になることを選びました。
中学生の頃、話に詰まって目を泳がせて、つまらない話題にしがみついて、そしてなんとか盛り上げようと、けたたましく笑い声をあげている時なんかは、授業の中休みの十分間が永遠にも思えた。
これは私も同じことを思ったことがあるのでよく分かります。
沈黙が怖いと、無理してあれこれ話して盛り上がろうとすることになります。
笑っていても、心の底から楽しくはない状態です。
そして初実は高校生になってもグループを作り中学生の時のように無理して盛り上がったりしている絹代のことが分からないと思っています。

初実が女性ファッション誌を見てそのモデルに会ったことがあると言ったら、何とにな川の家に招待されることになります。
放課後、初実はにな川と一緒に歩きます。
影を踏みしめる度に教科書の入ったリュックサックが重くなる気がする。
にな川の影を踏みながら歩いた時のこの表現は良いと思いました。
踏みしめる時に物理的にずしんと体重がかかりリュックの重さを感じるのと、にな川の持つ暗さが初実に移って気分が重くなるという、二つが合わさった意味があると思います。

にな川の部屋に行くと、女性ファッション誌のモデルはオリチャン(佐々木オリビア)だと分かります。
そして初実はにな川に、オリチャンに出会った場所の地図を描いてと頼まれます。
にな川はオリチャンの尋常ではない熱狂的ファンで、「おれ、今、一緒にいることができてるんだな……生のオリチャンに会ったことのある人と」と感激していました。
にな川にとって初実は”オリチャンと会ったこと”だけに価値のある人で、初実はそのことに気分を害していました。

にな川はファッション雑誌、Tシャツ、靴、お菓子、アクセサリー、携帯のストラップ、本、漫画、サイン入りのハンカチ、香水など、オリチャンに関するものを大量に集めています。
また、初実が教えたオリチャンと会った場所に行き、オリチャンが座っていたカフェの椅子をカメラで熱心に撮影したりもしていました。
自身のことを「ファン」だと言っていますが、危ないファンに見えます。
ただ初実は、高校に入ってからずっとできなかった”人に気楽に声をかける”ということが、にな川相手だとできることに気づきます。

「バタくさい」という表現は、初めて読んだ時にどんな意味か分からなくて調べました。
西洋かぶれしているという意味で、綿矢りささんはたまに普段あまり聞かない言葉を使うことがあります。

やがて夏休みが近づきます。
弁当だけは初実と一緒に食べていた絹代がグループの子達と弁当を食べたいと言い、初実はより一層孤独になります。

存在を消すために努力しているくせに、存在が完全に消えてしまっているのを確認するのは怖い。
初実は孤独でいる自身に注目してほしくないと思っていますが、完全にいないものとして扱われるようになるのも怖いと思っています。
「一人で過ごすのは苦痛だが、かといってグループに入れてもらったとしても息苦しい」の時と同じように、ここでも矛盾した二つの気持ちがあります。
「こちらを選択するともう一方の脅威に晒され、かといってあちらを選択すると今度はこちらの脅威に晒される」といった感じで、どうにもならない状況だなと思います。
初実にとって集団の中でグループを作らないと上手く生活できない学校の環境は、抜き差しならない苦痛に満ちた環境なのだと思います。

夏休み直前、にな川が4日続けて学校を休み、クラスでは登校拒否の噂が立ちます。
初実はにな川の家にお見舞いに行くことにします。
するとにな川は風邪を引いて休んでいただけで、良かったら一緒にオリチャンのライヴを見に行かないかと誘ってきます。
また、にな川は「オリチャンと会ったことのある初実」だけに興味があり、初実自体のことは全く見ていないのかと思いきや、意外とよく見ていたことが明らかになります。
初実はそのことに驚いていて、初実が思っているほどにな川は回りに無頓着ではないようです。

迎えた夏休み、初実が絹代も誘って三人でオリチャンのライヴに行きます。
乗る電車が遅くなってしまったため、ライヴ会場に向けて走っていく時の描写の疾走感が良かったです。
初実の孤独の寂しさやグループの煩わしさへの悩む心が描かれている本作において、この場面は爽やかな青春という気がしました

夏休みが終わると、初実はまた学校で苦しい時間を過ごすことになると思います。
ただクラスの中でまともに話せる人が絹代とにな川の二人いて、しかも絹代のグループの人は初実に話しかけたりもしてくれています。
何とか自身の矛盾した気持ちに折り合いをつけ、学校の中で居場所を作っていってほしいです。


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