詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

池田清子「今」、徳永孝「春」、青柳俊哉「冷雨」

2021-05-18 17:08:31 | 現代詩講座

池田清子「今」、徳永孝「春」、青柳俊哉「冷雨」(朝日カルチャーセンタ福岡、2021年05月17日)

 四か月ぶりの講座。受講生の作品を読んだ。

  今    池田清子

   2 16 -8  9
   8  7  1  5
  -2 …  1 -1
  -1  2 …  5

  今
  わけがわからなくて
  ずっと
  あいまいの中にいる

  フフッ
  数字が
  浮遊している

 「最初に数字が並んでいる。規則性がわからない。だから意味もわからない」「数字を見ると、規則性を見つけたくなる。規則性はないだろうが、不思議に共感するところがある」「斬新。数字が絵のように見える。ふわっとした霧のような雰囲気」「提示の仕方が独特」というような感想が飛び交った。
 「わからないことが、いやではない」という、とてもいい感想も飛び出した。わかる、わからないよりも、好き嫌いの方が詩の読み方として楽しいと思う。意味がわからなくても楽しければいい。
 「三連目のフフッ、がおもしろい」「浮遊しているに、よくあっている」「わけがわからなくてと、あいまいの感じも似合っている」
 こうした感想が成立するのは、ことばのうごきに無理なリズムがないからだろう。ことばが自然に動いている。
 数字はデジタルであり、ほんらい「あいまい」ではない。でも、ここではあいまい。
 「一連目の…が効果的。数字ではないものが、あいまいを生かしている」
 この考え方(読み方)も楽しいね。

  春     徳永孝

  梅はずいぶん昔のことに思える
  椿も木蓮も終った
  桜は葉桜にかわっていく

  シュンランが咲き
  キンポウゲ チューリップは今が盛り
  さつきの花も開きだした

  枯れたかと心配したかん木は新芽でいっぱいだ
  道ばたの畑で
  豆のつるが日に日に高くなっていく

  みんなに置いていかれないように
  わたしはわたしの足どりで
  新らしい学びへ進んでいく

 「いつも散歩しているときに見かける光景が、そのまま目に浮かんでくる」「散歩のリズムを感じる」「見たままの自然な感じ」「春の豊かさがつたわってくる」「枯れたかと心配したかん木は新芽でいっぱいだは、新鮮な感じがする」。私は「豆のつるが日に日に高くなっていく」がいいなあ、と思う。それまでは花だとか、新緑だとか、多くの人が春を伝えるものとして、自然に見ている。でも「豆のつる」というのは、あまり多くの人が目をむけるものではないと思う。そこが新鮮だった。
 作者は、最終連に苦労したという。私は「学び」ということばが堅苦しい感じがした。自然から何かを吸収していくことを伝えたかった、と作者は言う。「最後の三行は悩んだ」とも。
 私も最後の三行につまずいた。
 そこでこんな提案をしてみた。三行ずつ四連。起承転結というわけではないが、そういう動きにつながるものを感じる。そして、その「結」が少し異質。言いたいことがそこにあるのはわかるけれど、なんとなく重苦しい。連を入れ換えてみるとどうだろう。
 たとえば、三連目と四連目を入れかえると、こうなる。

梅はずいぶん昔のことに思える
椿も木蓮も終った
桜は葉桜にかわっていく

シュンランが咲き
キンポウゲ チューリップは今が盛り
さつきの花も開きだした

みんなに置いていかれないように
わたしはわたしの足どりで
新らしい学びへ進んでいく

枯れたかと心配したかん木は新芽でいっぱいだ
道ばたの畑で
豆のつるが日に日に高くなっていく

 「最後の三行の、浮いた感じが消えた」「かん木の新緑が、作者を祝福している感じ」「一体感が出てきた」
 つかわれていることばはみんな同じ。でも、順序を入れ換えるだけで、印象がぜんぜん違ってくる。型苦しい感じがした最後の三行、意味が強すぎる感じがしたことばも、「転」の部分におさめてみると、あまり違和感がない。「転」だから、もともとその部分には「異質」なものが来てもいいのだ。最後に「異質」を取り込んでもう一度春の情景に戻る。
 谷川俊太郎が実際にどうやって詩を書いているか私は知らないが、谷川はこういう「切り貼り」感覚がとても鋭敏だと思う。別なところにあったものを、ここにもってくる。ここにあったものを別な場所へ移す。そうすると、それだけで世界が違ってくる。
 書いたときは、書いたときのリズムがあり、なかなか「切り貼り」はしにくいのだけれど、少し時間を置き、「他人の作品」として読み直してみる。そのとき、思い切って、いままで書いた順序をかえてみるのも効果的かもしれない。


 
  冷雨     青柳俊哉       

  冷雨のふる二月の朝に
  雨の音がわたしを連れていく
  池水のうえにひらく無数の円に
  無思惟にただよう水草の茎の中の響きに
  葉陰に休む鳥の耳殻の襞のしずけさに

  そして 水のうえを越えて   

  空にひらかれた造形の石の園へ行く
  石に彫られた文字 石に挿された花
  人の命の系譜と 鎮魂の形式
  それらも 無限へとながれる
  わたしは雨にまじり
  異空の石にそそぐ

 「情景描写がこまやかで美しい」「雨の音がわたしを連れていく、わたしは雨にまじりという行が美しい」「葉陰に休む鳥の耳殻の襞のしずけさに、も印象的」「でも、鳥の耳殻の襞のしずけさ、というのは何ですか?」
 何だと思います?
 池水のうえにひらく無数の円は、誰もが見たことがあると思う。水草の茎も鳥も見たことがある。鳥の耳殻になると、見たといえる人は少ないと思う。さらに、その襞となると、見た人はどれだけいるだろう。しかし、見たことがなくても想像することはできる。その想像が正しいかどうか(科学的かどうか)は別にして、意識が知らない世界へ動いていく。そして、耳殻の襞にとどまらず、しずけさまで想像する。しずけさと、その前の行の響き、さらには水面に開く円ができるときの音なども想像すると、そのなかに重なり合うものが出てくる。それをことばの力を借りて想像する、というのが楽しいと思う。
 正しいとか間違っているとかは問題ではなく、想像力を動かすということが大事なのだと思う。
 一連目は水、三連目は石が中心に描かれ、水と石が対比され、そのなかで「想像力」が何かをつかみ取ろうとしている。
 この石について、「墓」「霊園」と読む声が多くて、私はびっくりした。たしかに「鎮魂」とか「彫られた文字」も墓なのかもしれないけれど、私は水との対比で枯山水(石庭)を思い浮かべたのだった。それも地上にある石庭ではなく、空に浮かんでいる石庭。
 池に空が映るように、空に池が映るのだけれど、その空の池は「石庭」のように石の水紋を描いている。
 私は「誤読」が好きなのだ、とあらためて思った。

 

 

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