詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

夏目美知子「トーチカ」

2021-05-02 09:48:23 | 詩(雑誌・同人誌)

夏目美知子「トーチカ」(「乾河」91、2021年06月01日発行)

 夏目美知子「トーチカ」は、朝食の準備をしていて、ふいに「トーチカ」ということばを思い浮かべるところから始まる。「意味はわからない。音としてだけ覚えている。」何語だろう。

ロシアなのではないか。夜の雪原の向こうに眩しく瞬く
無数の灯りが見える。「トーチカ」という響きが、そん
な情景を思わせる。


 そのときはそのままにしておいて、夕方になって夏目は調べている。もちろん「トーチカ」は「ペチカ」のようなものではない。戦場の陣地である。
 そうわかったあとで、夏目はこう書いている。

自分の無知を恥じつつ、では、あれは何だったのだろう
と思って、ぼんやりする。冷たい空気が頬を刺す夜、雪
原の遥か遠くに見えた無数の灯り。

初めから無かったのに、まるで、あったものが消えたか
のような気持ちに陥る。

 この終わりの二連、特に最終連が、不思議に美しい。
 「トーチカ」をはっきり意識できずに、その音から情景を夢想する。それは、夢想だけれど、夏目には冬の夜の空気まで実感できる。でも、夢想は夢想。事実を知ると、それは消えてしまう。
 その夢想は事実に基づかないから、たしかに「初めから無かった」もの。
 でも、実感としては、はっきり存在した。
 そのために「あったものが消えた」ように感じる。
 ただ夢想が消えるのではなく(否定されるのではなく)、「あったものが消えた」と感じる。そう感じたと書く。この部分の丁寧さに、私は「正直」を感じる。
 この「正直」に至るまでのことばは、ちょっと小学生の「日記」のように作為がない。引用が逆になるが、一連目。

雨戸を開ける。部屋に朝の光が入って来る。足元でしき
りに鳴く猫に餌をやる。餌が食器に当たりカラカラと音
がする。私は朝食の支度をする為に、台所に行く。


 なんのてらいもない。「餌が食器に当たりカラカラと音がする。」には夏目の聴覚を感じることができるが、とくに珍しい(個性的な)何かを伝えてくれるわけではない。たんたんと時系列にしたがって、起きたこと(感じたこと)を書き続けている。それが「トーチカ」の「事実」を知ることによって変化する。知らないことを調べるにも、夏目の「正直」があらわれているが、知ることによって自分が変わる瞬間を、ことばにする、というところまではふつうは書かない。「そうだったのか」で終わることが多いのだが、夏目はそこからほんの少しだけ歩みを進めている。その「ほんの少し」がいいんだろうなあ。「ほんの少し」だからこそ「正直」が正直のままでいられる。
 それを支えるのが、詩全体のことばのトーンなのだ。自分の知っていること、直面していることを少しずつ積み重ねていく。その散文の動きが、最後に「少しずつ」が非常に大きい何かを引き出すことを教えてくれる。どんなに小さく見えることでも、一歩踏み出す、というのはその人にとっては「大きな」ことなのだ。その「小さい」を「大きい」にかえて見せてくれるのが「正直」なのだ。
 こういう正直に触れたとき、私は「はっ」とする。「はっ」としてどうなるわけではないが、「はっとした」ときは、「はっとした」と書きたくなる。

 

 

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