詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

阿部日奈子「俺は騙されてない」

2021-05-03 10:26:42 | 詩(雑誌・同人誌)

阿部日奈子「俺は騙されてない」(「ユルトラ・バルズ」35、2021年05月01日発行)

 阿部日奈子は文学を題材に文学を書く、いわゆるメタ文学という印象が強かったのだが、最近は、「巷の現実」を題材に詩を書くことが多いように見える。「俺は騙されてない」もその一篇。

 訴えろとおっしゃるんですか。ちょっと待ってください、ほかの人はともかく、俺は騙されてなんかいやしませんよ。問いただしこそしませんでしたが、うすうす、いや、かなりはっきり、怪しいと睨んでいたんです。窮鳥のふりをして懐に飛び込んできたこの女、訳ありだな、それに大嘘つきだなって。でもほら、嘘だけじゃ罪にはとわれないんですよね、なにか実害がないと。実害があって、騙された奴が騙した奴に復讐しないようにっていうんで、詐欺罪があるわけでしょう。俺は騙されたと思ってないもの。


 このあと、この「騙されたと思ってない」がさらに綿密に書かれていく。
 で、そうしたことばの動きのどこが詩なのか。詩はどこにあるのか。乱れない「文体」にある。「窮鳥のふりをして」の「窮鳥」は、私は、阿部の詩で初めて知ったことばである。ここに、阿部の「文学臭」があるといえばあるが、これに目を奪われていると、阿部のやっていることがわからなくなる。「窮鳥」よりも「論理展開」の綿密さに目を向けるべきだろうと思う。

(1)問いただしこそしませんでしたが、うすうす、いや、かなりはっきり、怪しいと睨んでいたんです。
 ここには、「予感」が書かれている。「予感」とは知っている、ということである。知っているから、騙されたことにはならない、が隠されている。これは起承転結の「起」。

(2)窮鳥のふりをして懐に飛び込んできたこの女、訳ありだな、それに大嘘つきだなって。
 (1)で語られたことが、捕捉される。「訳あり」は、いわば「巷の俗語」。何か隠しているな。その隠していることを言わない。これを「嘘」と呼ぶときもある。「大嘘つきだ」と知っている。嘘と知って聞いているのだから、騙されたことにはならない、というのである。(1)を言い直し、深めているという点では「承」。

(3)でもほら、嘘だけじゃ罪には問われないんですよね、なにか実害がないと。
 これは「転」である。「騙す」は「ことば(嘘)」だけでは被害にならない。「実害」ということばを手がかりにいえば、「嘘」は「虚害」である。阿部は「虚害」ということばをつかっていないが、ここに「虚」の文字を補うと、突然、阿部のやっていることが過去の作品とつながる。ことばでしか成り立たない「虚」を「巷の犯罪」のなかで動かして見せる。「虚構」。それが完成したとき、それは「文学」になる。
 起承転結の「転」は、一種の方法だが、一番おもしろいのは、やはり「転」かもしれない。そこには「起承」のことばの運動からの「飛/逸脱」がある。「切断」がある。そして、「切断」がおもしろいのは、そこに「本質」のようなものがどうしても覗いてしまうからである。阿部の場合でいえば「虚」。これなくしては、阿部はことばを動かせない。そこが、たとえば森鴎外の散文とは違うし、細田傳造の「おばさん文体」とも違う。細田は「虚」ではなく「実」の不透明さで「現実」を切り捨てて見せる。
 で、

(4)実害があって、騙された奴が騙した奴に復讐しないようにっていうんで、詐欺罪があるわけでしょう。俺は騙されたと思ってないもの。
 「実害」がないから、「俺は騙されていない」。これが「結」。「転」あと、「起」(出発点)にもどる。「騙されていない」。でも、微妙に違うね。(1)は「俺は騙されてなんかいやしませんよ」が(4)は「俺は騙されたと思ってない」と「思う」が付け加えられている。もちろん(1)は「俺は騙されてなんかいやしませんよ、と思っている」と付け加えて読み直すこともできないわけではないが、そうしない方がいい。
 というのは。
 このあと「思っていないもの」の「思う」が重要になってくるからである。「虚」は「思う」という動詞とともに動くのだ。

 二連目。

 たしかに金は使いましたよ、三百万くらいあった貯金が二十五万円だから、半年で
二百七十五万下ろしたってことです。だけど幸いまだ働けるし、最初からなかったと思えばどうってことない。そりゃ俺だって、貯金が底をついて、女が街金で借りてくれなんて言ったら、そのときは断ったと思う。


 「思う」がつづくのである。そして、このあと、途中を省略するが「金で済むことは、おれ、あんまり被害だとか損失だとか考えていません。」と「思う」が「考える」に変わっていく。ぼんやりしていた論理が、どんどん明確になっていく。「思考」になっていく。そうすることで「論理」が強靱(?)になっていく。
 いろいろ「反論」できるが、「反論」を踏み台に、さらに「考える」。考える(頭脳)というのは、いつでも「完結」をめざす。言い直すと「整合性」をめざす。世界には矛盾がいっぱいあるのだから、「整合性/論理の正しさ/論理の一貫性」を生きるということは、もう、それ自体「虚」なのだが、「虚」を生きると決めてしまえば「虚」が「実」になり、「実」が「虚」になる。「実」なんて、どうでもいい。ことばの整合性だけが重要ということになる。
 その「虚」と「実」の逆転(?)のようなものを、阿部は、最後の部分でこう展開する。

 だいたいね、詐欺っていうんなら、調書の取り方のほうが変じゃないですか。俺にあれこれ尋ねて、それを警察の人が一人称で作文して、俺に署名を迫りますよね。俺になりかわって俺の物語をこしらえているんだから、いわば人称詐欺でしょう。


 こう言ってしまえば、阿部の書いていることも「詐欺」である。「人称詐欺」である。阿部は、「俺」ではないのだから。
 「虚」を守るというよりも、「虚」を選び、それを選択し続ける。「思う」から「考える」に移行しながら、ことばを一貫させる。そのとき「文体」を緩ませない。同じレベルを守り続ける。持続する。そうすることで、ことばは「文学」にかわる。
 阿部の詩は長いが、短くては「持続力」が浮かびあがらない。「文体の持続力」の正確さこそが「文学」なのだから、長くなるのは自然であり、必然なのだ。

 

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