非国民通信

ノーモア・コイズミ

リアリズムの欠如

2008-10-18 21:45:32 | 非国民通信社社説

 以前にも書きましたが、嘘を吐かなくても、情報の一部だけを限定的に披露することで、実態とは異なった印象を与えることが出来ます。木を見て森を見ずとは言いますが、木だけを見せて森を見せないことで、全体像を誤解させるわけですね。給食費の滞納や救急車のタクシー利用、外国人犯罪や若者の凶悪犯罪などが典型的です。そして生活保護の不正受給もそう、どこにも軽蔑すべき連中はいるもので、その自覚の有無にかかわらず偏見を煽ってはネガティヴなイメージを植え付けようと躍起になっている人も少なくありません。

 生活保護の不正受給が06年は89億円、07年は92億円です。まぁ庶民からすれば「億」が付いていれば大した数値ですから、これだけ提示するだけで、あたかもそれが巨大な問題であるかのように見せかけることが出来ます。実際のところ、生活保護費の総額は約2兆5000億円、そこから見れば不正は僅かに0.35~0.4%の範囲に収まっており、月収25万円の人に喩えるなら無駄遣いが月に900円ある、その程度の話なのです。

参考、
生活保護vsワーキングプア
不正受給の実態

 ところが世迷いごとに一つに、「不正なくし必要な人に」なんてのがあります。オイオイ、寝言は寝てからにしろよ、と。我々に必要なのはもっと現実的な対策です。「悪い奴をやっつければ世の中が良くなる」みたいな中二以下の脳内妄想を披露することじゃありません。

 なんでも雇用保険の積立金が5兆円を上回り過去最高を記録したとか。あの手この手で口実を設けて失業保険の給付を阻止してきた結果ですね。何より優先されるのは「社会保険財政の立て直し」ですから、理由の如何に関わらず、給付されなかった社会保障費は内部留保に回ります。別の誰かに給付されるわけではありません。もちろん生活保護費も同じ、どこかで不正がなくなったからと言って、浮いたそのお金が他所の困窮者に回る仕組みにはなっていないのです。「君には受給資格があるが、予算が尽きたので支給できません」「予算に空きが出来たので、今月から支給することにします」「順番待ちです」とか、そういう判断をする制度ではないですから。

 もし仮に、是正された不正受給分が100%、他の困窮者のために使われると仮定しても(こんな仮定に現実味は微塵もないのですが)、それでも不正をなくすことに意味はありません。印象論だけで語っているならいざ知らず、実際に数値を見比べてみれば明らかなことです。

 日本の貧困補足率については公式なデータがありません。あまり知られたくないデータなのでしょう。もちろん官民の研究者による調査はありまして、生活保護を必要とする人数は1000万人くらい、そして受給できている人が150万人程度、その補足率は概ね15%と推定されています(収入が生活保護水準以下でも就労している人を除外したり、「(他県在住の)親戚を頼れ!」などと言い出すことでこの数値は変わりますが)。さて2兆5000万円の予算、90億円の不正受給で、15%の困窮者を補足しているのが現状ですが、ここで不正をなくし、なくした不正の分を他の困窮者に回したとすると、貧困補足率はどうなるでしょうか?

 不正受給分を除いた2兆4910億円で15%の補足率なら、不正をなくしてフルに予算が行き渡った場合、その貧困補足率は――何と、15.05%に跳ね上がります。不正をなくせば、補足率は15%から驚きの15.05%に上昇! ……意味あるのか、それ? もし政府関係機関が「2015年までの長期目標として貧困補足率は15%から15.05%に引き上げます!」などと言い出したら、それはお笑いにしかなりませんよね。

 現実に目を向けるつもりのない人々によると、不正受給はもっと数が多いのだそうです。最初は「不正受給が90億円! 不正がはびこっているんだ!」と力説していたのを撤回して、「不正受給は本当は90億円に止まらないんだ!」と言い出しますね。その手の人からすれば「マスゴミが報道しない暗部」なんでしょうか。特に根拠は出てきたことはありません。ただ、そう主張する人の信念や(真偽の程は確かめようのない)個人的体験に基づいて「本当はもっと多いんだ」と断言するだけです。いくら力強く断言してもwikipediaならいざしらず現実を書き換えることは出来ませんが、それを受け容れられない人もいるのでしょう。あるいは、犯罪不安を煽る人同様、特異な事例を強調して全体の印象を違えようとする人もいます。他には合法的な受給者を自分ルールによって不正な受給者と断じる人もいますね。国の定めたルールで認められている権利を「俺は認めないんだ」とばかりに否定する人が……

 とはいえ、仮に不正受給の総額が公式な数値よりも大きいと仮定したらどうなのでしょうか? 不正受給を実際の10倍として計算してみましょう。不正受給は900億円、それを除いた2兆4100億円で貧困補足率が15%、この不正をなくして「必要な人」に行き渡らせるとしたら――なんと補足率は15.5%に上昇します! ふむ、全く意味のない数値でもありませんが、補足率が15%から15.5%に上がることで希望を持てる人っていますかね? 打率.150の選手と打率.155の選手、200打席を見比べて初めて差が出るレベルですけれど。

 結局、上で計算したように、二重の仮定を乗り越えてもなお、「不正をなくすこと」と「必要な人に行き渡らせること」は結びつきません。にもかかわらず「不正なくし必要な人に」などと真顔で口にできる人は、いったい何を意図しているのでしょうか。不正受給の有無にかかわらず貧困補足率は15%程度と非常に低いまま変わりはないわけで、もっと根本的な運用の見直しが必要です。しかし、そこを問われる前に「不正受給が~」と語ることで、あたかも保障が必要な人に行き渡らない原因が不正受給にあるかのように印象操作を図る、都合の悪いことは全て公務員のせいにする橋下よろしく、あるいは不名誉なことは全て「在日」のせいにするレイシストよろしく、社会保障制度の不備を稀少な不正受給者のせいにすることで、体制側の責任を有耶無耶にしたいのかも知れませんね。

 まぁ、「幼稚な正義感」というのもあるでしょうか。犯罪者を死刑にしろ、そう叫ぶのと同じ発想があるわけです。とにかく「悪い奴」がいるせいで今の社会はダメなのだ、「悪い奴」をやっつけることが世の中をよくすることなんだ、そう思いこんでいると本気で「不正なくし必要な人に」などと言い出してしまうのかも知れません。確かに不正そのものは良くないことなのですが、それが主たる原因なのか、それとも全体的な影響は誤差の範囲を抜け出さないレベルのものなのか、そこは判断する必要があります。

 ところが往々にして日本ではリアリズムは悪であり、情緒的なものが尊ばれます。計算高い国家ですと「生活保護の給付金より、水際作戦に費やされる経費の方が高いなら、行政経費を減らして給付に回した方が安上がり」などと判断するようですが、日本はその対極にあります。どっちが得でどっちが損か、そんなことは考えず、ひたすら「悪い奴をやっつけろ」と、そんな発想です。「不正をなくす」こと自体は結構なことですが、それが費用対効果に見合わないなら「不正をなくすこと」こそが最大の無駄になる、そんな可能性は考慮されません。

 貧困補足率を引き上げる――貧困ラインを引き下げることなく――ことが目的であるならば、そこに大きく影響するのは何なのかを踏まえて行動しないと、現実的に意味のある政策など生まれようはずがありません。ただ目の前の「悪」「気に入らない奴」を取り沙汰して、無価値な正義感を満たしてやることばかりを重んじるなら、それは単に情緒的であるに過ぎず、生活保護受給者への偏見を煽ってきた連中を喜ばせることは出来たとしても、国民の権利を保障することは永遠に出来ないでしょう。

 

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22 コメント

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Unknown (GX)
2008-10-18 23:45:33
 権利を否定する人たちって、何が楽しいのでしょうかね。「そんな奴らなど切捨てて、その分を俺達によこせ。」とおっしゃるのならまだわかるのですが(もちろんこれは望ましいことではない。それならば自分もその人も助けるよう努めなくてはならないということを補足しておきますが。)、たいていは、権利を否定して終わりですからね。理解し難いです。中には「小泉前総理のおかげで、限られた取り分を格差を作ることによって振り分けることに成功した。」と評価する人もいますが、「じゃあ、あなたは取り分の少ない層に落とされても同じこと言えますか。」と突っ込みたくなりましたね。リストラとか会社の倒産とか、理不尽な形で貧困層に落ち込む原因はいくらでもあるはずですが、(自分の努力不足だからとか、明らかに個人の問題ではないのに)かまわないと思っているか、あるいはそんなことはないと楽観的になっているのでしょうか。私なんかは今はそれなりに不自由なく生活していますが、この先どうなるか不安ですのに、このような考えを持てるのは、ある意味うらやましいです。また、「処遇に納得できるなら、あなたはさっさと貧困層に落ちて、私達に場所を譲ってくれ。」とも言いたいのですが、さすがにそれはあんまりなので、この発言は撤回しましょう。
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Unknown (非国民通信管理人)
2008-10-19 01:10:04
>GXさん

 しかもこの権利の否定が、あくまで正義漢ぶって行われるところに嫌らしさがありますね。実際には害をばらまいているだけにもかかわらず、本人はあくまで何か立派なことをしているつもりになって、自分に酔いしれているケースが多い。さっさと退場してくれと、そう言いたくもなりますね。
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権利 (もう駄目だ)
2008-10-19 02:47:17
権利を否定する団体に看護連盟があります だって現政権後押ししているからです、現政権後押しする= 患者や家族&現場で働く者の‥‥後は理解して下さるかと?ついでに医師会も
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Unknown (須目。)
2008-10-19 07:40:57
もちろん官民の研究者による調査はありまして、生活保護を必要とする人数は1000万人くらい

これのデータソースを提示願います。
正直言って、感覚と随分食い違いますし、当方不勉強につきこれに該当する資料を読んだことがありません。(ひょっとしたら常識以下のことで私が恥を晒しているのかもしれませんが・・・)

論証の中核を成す数字が不確かなのはいただけません。どうぞ、データソースの提示をお願いします。
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Unknown (DC)
2008-10-19 12:24:07
率で見れば極々小さい数値になるから、現状不正に生活保護費を受け取っている人は問題ないので放置しましょう~って話ですか?
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Unknown (非国民通信管理人)
2008-10-19 14:23:34
>もう駄目ださん

 権利を否定する現政権を支持してきたなら、やはり「自分に責任はない、自分は被害者だ」とばかりに振る舞うことは許されないでしょうね。自公政権の支持母体となってきた若年層や貧困層においてもそうであるように。

>須目。さん

 その前に、何かソースがあれば、現実を受け容れる気になるのかを聞きたいですね。須目さんの世界観に合致しないことは「なかったこと」にしてしまうおつもりではないですか? 「ソースを出せ」と言って、ソースを提示されて納得した人なんて見たことがないのですが。何が典拠だったら、須目さんは引き下がりますか? ウィキペディアとか? とりあえず厚労省のサイトで生活保護基準以下の収入しか得られない人の数でも見てきたらいかがでしょう? 現実に向き合うつもりがあるのなら、ですが。

>DCさん

 もしもし、日本語は読めますか?
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Unknown (TT)
2008-10-19 14:50:39
しかも、そういう人達って同じくリアリズムに欠けている憲法9条信者に対しては、(「憲法9条さえあれば日本は平和なんだ」的意見と比べれば)割と真っ当な意見を言うんですよね。

まあ、根本は『ただ目の前の「悪」「気に入らない奴」を取り沙汰して』と基本的な考えは変わってないんでしょうが。
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Unknown (非国民通信管理人)
2008-10-19 14:57:26
>TTさん

 他国の軍隊よりも自国の軍隊の方がよほど危険なことを考えれば、9条があった方が国民の安全は保障されますがね。政府の安全は知りませんが。まぁ何か「敵」を見立てて、それを攻撃したがるという点で一貫しているのではないでしょうか。ただ、それが仮想敵に過ぎないことを認識できるかどうかで、リアリズムに見えたり、シャドーボクシングに見えたりするものです。
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Unknown (Green Monster)
2008-10-19 15:24:15
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2008101902000080.html
いま話題のこのニュース。いや、確かに5億といえば相当な額ですが、道府県レベルで見れば...。(ちなみに、愛知県の平成20年度一般会計予算は2.2兆円です。)

そういえば、在沖縄海兵隊のグアム移転費に関する報道は、その後メインストリームからはパッタリ無くなってしまいましたね(棒読み)。
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Unknown (daimong)
2008-10-19 16:45:35
 役所も企業も何かを為すのに必ず目標設定を行いますが、往々にして
その目標が十分に合理的であるか、問題を十分に解決できるかではなく
とにかく悪いやつ?をやっつけろ的に決められる気がします。

 生活保護費に関しては、本来は、「困った人たちを出来るだけ多くかつ効率よく助ける」
という目標設定であるはず。ところが現実の国、厚労省のやり方はとにかく
保護費を抑制しろの一点張り。困った人を十分に助けられているかどうかという
根本目標については国、厚労省はまったく気にしていないとしか思えません。

最初の目標設定が狂えば進むべき方向が狂うのも当然なので、現状のやり方を
いくら修正しようと大して良くはならない。目標設定を行う人を取り替えて一から
やり直すほかどうしようもないでしょう。


余談ですが、困った人たちを助けることで大きな経済効果を期待できるわけですが
保護費抑制に狂奔した人たちの目にはそんなものは入らないのでしょうかね。
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