高成長継続、バブル防止が前提=中国経済見通しで日銀総裁(時事通信)
日銀の白川方明総裁は23日、香港で講演し、中国経済について「今後も高成長を続ける可能性が高い」としながらも、バブル防止がその重要な前提条件になると強調した。
白川総裁は1980年代後半に日本でバブルが発生した要因として、(1)日本全体を覆った過剰な自信(2)不十分な金融監督体制(3)金融緩和の長期継続―の3点を指摘。中国などの新興市場国はこれらを教訓に社会全体が自制心を保ち、金融の規制・監督を重視するとともに、金融政策は為替レートや経常収支ではなく、「物価が安定した状況下で持続的な経済成長を実現するという『国内経済の安定』を目的に運営する必要がある」と語った。
この日銀総裁の言葉が的を射たものであるかは、近年の日本経済の「結果」を見れば考えるまでもないでしょう。ある意味、常に間違った経済政策を貫いてきた一員である日銀総裁の語ることの180°反対を向けばマシな政策になるとすら言えそうです。世界の中で日本だけが継続的なデフレに陥り、主要国中の例外として世界の経済成長か取り残され、明らかに日本ばかりが異常な経済運営を続けているにも関わらず、日本と違って経済成長の続いている国で恥ずかしげもなく講演できるその神経が理解できません。日本の経済政策の過ちを象徴する一人なのですから、ここは地面に頭をこすりつけて中国に教えを請うぐらいした方が、まだしも身の丈に合っています。経済誌のお約束は知っているとしても、実際に経済を好転させるための方策を何一つとして理解できていない分際で何をか言わんや、です。
もちろん各種の食品汚染や公害問題など、中国もまた日本の轍を踏んでいる部分が少なくないだけに、日本から教訓を得るべきところはあるでしょう。お互いに参考にすべき面もあれば、反面教師とすべき面もあるものです。しかるに、何事もただ見守るしか脳のないバカに言わせれば高成長の継続はバブル防止が前提なのだそうで、"Japan as no.1"と呼ばれた1980年代の日本を反面教師的な意味で教訓にせよと垂れ流しています。マトモな国であったなら、90年代以降の成長することを止めた日本をこそ、負の教訓にすると思うのですがねぇ。
「景気が回復したら、改革する意欲がなくなってしまう」と、かの小泉純一郎は語りました。日本にとっては「改革」こそが目的であり、その目的を達成するためには好景気は不都合だったわけです。では、その改革の狙いとは何だったのか。結果から類推するなら、格差の拡大と固定化、雇用側優位の力関係の構築でしょうか(もし経済成長が目的であったとするのなら、彼らの選択はあまりにも的外れとなりますから)。そのためには経済合理性はしばしば犠牲にされてきた、むしろ改革の必要性を錯覚させるための状況作りとして、不況をこそ是としてきたところがあるはずです。だからこそ、日本ではバブル崩壊ではなく、バブル経済そのものが反省の対象と見なされ続けてきたと言えます。
日本ではバブル=悪ですけれど、日本以外の国ではバブル崩壊=悪なんじゃないかという気がします。だってバブルが続いている限り国民は上昇気流に乗っていられるのですから、それを敵視するような理由などどこにもないわけです。しかしバブル崩壊となると、持ち上げられたところから落とされてしまうことになります。ではどうしたらいいのか、そこで日本はバブルそのものを危険視してバブルにならないよう心掛け、日本以外の国ではバブルが崩壊しないように手を打つ、あるいはバブルが崩壊してもすぐにリカバリできるように対策する、そういう違いがあるのではないでしょうか。少なくとも目指しているものは全く違うように思われます。
バブル経済には実態がないと語る人もいますが、元より景気とはそういうもののはずです。国の経済的な豊かさは「どれだけお金を貯め込んだか」ではなく「どれだけお金を使ったか」で計られるものであり、そしてお金とは使っても所有者が移るだけで、決して消えて無くなったりはしないものなのです。好況と不況の違いは、お金を持っているかどうかの違いではなく、お金が循環しているかどうかの違いに過ぎません。日本のように膨大な貿易黒字を抱える経常黒字国でも不況に陥いることはありますし、逆に経常赤字国でも国内での循環が活発であれば好況になるものなのです。「実態」云々などよりも、「循環」の有無をこそ健全性の指標として考えるべきではないでしょうか。
空気の詰まった風船と、空気の入っていない風船があるとして、これはどちらも風船です。片方は膨らんでいるかも知れませんが、中に入っているのは空気に過ぎません。それでもやはり、中身が空であろうとも膨らんだ風船としぼんだ風船は全くの別物として機能するわけで、不況とバブル経済の違いとはそういうところにあるのだろうと思います。中身は何もないのだからと風船を膨らませることを否定するのか、あるいは膨らませた風船が割れないように尖ったものを遠ざけるのか、そういうところで日本と日本以外の国の経済に関する考え方が決定的に分かれている気がしないでもありません。
経済成長ではなく改革を目的とする日本では「景気が回復したら、改革する意欲がなくなってしまう」と語る首相が幅広い層から絶大な支持を集めたりもします。そして不況になるほど雇う側が強くなるわけで、人件費を削って利益を確保する10数年来の日本的経営の元では不況の方が何かと好都合なところもあるのでしょう。ゆえにバブルこそ避けるべきものであり、超売り手市場だったバブル時代こそ繰り返してはならない過去にもなっているのかも知れません。バブル崩壊ではなく、あくまでバブル経済そのものを忌避の対象とする、そうした日本特有の経済観念をこの無能な日銀総裁は象徴していると言えそうです。