車の中で「五番街のマリー」を聞いた。作詞は阿久悠、作曲は都倉俊一。歌っているのは高橋真梨子。詩と曲と歌声にうっとりした。
さぶろうもこんな素敵な詩が書けたらどんなにいいだろう。そうすれば今頃は売れっ子作詞家になっているかもしれない。
そうしたら? うん、まず、畑に行ってゆっくりゆったり草取りなんかはしていないだろう。お金持ちになっていてニューヨークに旅をしているかも知れないな。(いまは先延ばし先延ばしになっている) 書斎と寝所と居間が別々の、ちょっと大きな家に住むことができて、余裕綽々然としているかもしれない。
じゃ、今が不満? そうじゃない。今もいい。結構いい。好きなときに好きなことをしているからね。これでちょうどいいのかもしれない。そう思った。現状に満足していたら、進歩は望めない。
もしも素敵な詩が書けたら? もしも売れっ子になったら? もしもお金持ちになったら? これはすべて仮定法だ。この仮定法は、実現不可能であったとしても、称えているだけで元気が出せそうである。