<おでいげ>においでおいで

たのしくおしゃべり。そう、おしゃべりは楽しいよ。

わたしをうれしがらせるそれだけのために

2012年12月24日 10時39分38秒 | Weblog
窓ガラスの向こう側は
一面
銀世界
粉雪が舞う

わたしを
うれしがらせようとして

ただそればっかりのために
夜のうちに
降り積もって
白銀にしておいて

なおさらに
粉雪が舞う

わたしのガラス窓に
降りしきる
祝福

わたしの窓を真っ白に染めて
降り続く雪は
ただ
わたしを
うれしがらせるそれだけのために
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自由がいい。考え方も自由がいい。

2012年12月09日 20時01分25秒 | Weblog
底が浅い。

わたしの川のことである。

細々とした流れで、水が流れていないようにしか見えない。水無し川である。

水は智慧である。

智慧の水が流れるべき川なのに、肝心の智慧が流れていない。

ここまで老いて、長々と生きてもこのざまである。

しかし、現実は現実。それを悔やんだところでなにほどのこともない。悔やまない方がずっといい。

悔やむのは、だから、止めよう。

川が浅ければ、そこで駈けっこをすればいい。水が深ければそこで泳げばいい。泳ぐばかりが川ではない。幼児にとっては川は浅い方が遊びやすい。

いやいや、どんな川だっていいのだ。

こんな川でなければ川ではないということはないのだ。そんなふうに狭く考える必要などはないのだ。

さまざまな川の流れでいい。それで、さまざまな川の風景が出来上がる。

このごろ、ちょいと開き直って、図太く構えることにしている。

賢者と愚者を考えるときに、賢者をより多く羨ましがるが、そうとばかりは言えないだろうと思うようになった。

どっちだって構わないのである。

これでなければ駄目だという方が可笑しい。広がりがある方が楽しいのである。

広がりがなければ宇宙は進展をしなかったはずである。

賢者は賢者。愚者は愚者。他者を羨ましがることも蔑むこともない。

そこに徹していればそこに美しい空と海と山ができあがる。

比べようがないのである。

比べるのは煩悩を産む娑婆世界の通例だが、この通例に従わなければならないというルールはないのである。

自由がいい。考え方も自由がいい。
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眠いよおおおおお

2012年12月06日 07時06分13秒 | Weblog
朝4時半の起床。それから法華経を幾品か朗読す。法華経世界に入って仏と遇う。仏に遭って感嘆歓喜す。いま7時10分。夜が明けて障子戸の向こうが明るくしらんできて、雀たちが竹の藪のあたりで囀っている。僕は眠いよおおおおおお。とろりとろり。でももう朝ご飯の時間。まずは朝ご飯を食べよう。
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