<おでいげ>においでおいで

たのしくおしゃべり。そう、おしゃべりは楽しいよ。

これでこれまでどんなに助かったことか

2012年06月30日 10時05分24秒 | Weblog
おはようございます。どなたさまもおはようございます。

そうなんだよね。どなたさまにも、なんだよね。

大空のおはようございますは、無条件のおはようございますなんだよね。

完全なる平等主義の大空。これで助かった。

「おまへは悪いことをしたから、大空の夏を見せないぞ」などということを言わない。

偏屈をしない。

脅さない。威張り散らさない。

「おまへのためを思って、こうしてしてやったぞ」を言わない。

誰の頭上にも大空の夏が無心に広がっている。

報酬を求めない。

求めないでいられるなんて凄いなあ。

「おれのお陰でおまへは夏をすがすがしく迎えられたのだぞ、その分はあとで返礼をもらうからな」などと交渉をしてこない。無出力無入力。

これで暁耀(これは僕のペンネーム)はどんなに助かったことか。
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白衣のドクターはむむむむむ

2012年06月28日 06時44分06秒 | Weblog
ふむふむ。

診察が始まっている。

ドクターは、ふむふむ、だけしか言わない。

聴診器を胸から背中へまわしている。

このドクターは、観音菩薩である。

僕はこの地球での旅を終えて、宇宙の魂診療所に戻ってきている。

そこで白衣の観音菩薩とご対面というわけである。

「ふむふむ」がとぎれて、こんどは、「むむむむ」になった。

    *

嬉しいこと楽しいことをどれくらいしたか、これが聴診器でわかるらしい。

もちろんその反対も。嬉しいことの反対、つまり、悲しいこと。楽しいことの反対、つまり苦しいこと辛いこと。この体験回数もわかるらしい。

で、その悲しい体験回数から引くことの嬉しい体験回数=精神向上の絶対数値。楽しい体験回数から引くことの苦しい辛い体験回数=スピリットの絶対進化数値。これが割り出せるらしい。

むむむむ、菩薩はまあだ、これを唱えている。

そりゃそうだよね、僕の人生は一筋縄じゃすまなかったんだから。
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セックスをしただけで子どもがさずかるのか?

2012年06月22日 16時34分43秒 | Weblog
本を読んでおりましたら、ですな、こんな歌に出会いました。

@ やよ あか子 なれは いずちの 旅をして われを 父とし 生まれ 来ませし

    *

歌の作者はお父さんでしょう、きっと。赤ん坊が生まれたんでしょう。セックスをしたら子どもがお母さんに宿る。

だからお母さんから生まれてきたわけだけど、生まれてきた赤ん坊をしげしげと眺めていれば、遠い旅をしてここへ辿り着いたようにも思えてくる。

    *

おおい、赤ん坊よ、おまえはどこを旅してどうやってここへ辿り着いたんだい? 
このお父さんお母さんのところを選んで来たそのわけは? 

このお父さんお母さんに育ててもらいたいって思ったんだろうかね。それにしてもよくまあここへやってきてくれたね。可愛いねえ赤ん坊は。

    *

お父さんとお母さんはセックスをしたんだけど、この赤ん坊を生みたいと思ってじゃなかった。

セックスをしただけでは、どの子が授かるかわからなかったはずなんだ。

    *

こどもは成長をして、親に不満が起きてくると、腹立ち紛れに「生んでくれと頼んだおぼえはないぞ」と吠えることもある。

これは<頼みもしないのにこの自分を人間にして生んでもらった>ということを認めていることにもなる。 それがいつか感謝に変わる。

    *

親が子を選び取ったのか?

子が親を選び取ったのか?

選び取るなんて作業はいらなかったのか?

    *

医学者のエリザベス・ロス博士は、子どもが親を選んだという説を採っている。

わたしもこの説に賛成である。

わたしの父を選んだのはこのわたしだった。わたしの母を選んだのはこのわたしだった。

すでに父も母も幽明境を異にしているけれど、幽明境を異にしようがいっこうかまわずに、父を思う気持ち母を思う気持ちはいよいよ深まっていく。
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居候みたいな暮らしに甘んじる

2012年06月20日 19時51分12秒 | Weblog
わはは。缶ビール500mlを1缶と350mlを1缶飲んだら、もういい気持ち。発泡酒でも、飲んだら、効き目は同じかな。効き目っていうのは、つまり、酔う作用の効き目。

だったら、わざわざ高いお金を出してほんものビールを飲む必要はない。と家族が囃す。うん、たしかにそうだけど、たまにはねえ、ほんものも買ってきてほしいなあ、と小声でアルジ。

アルジって、この頃は言ってはいけないらしい。だったら戸主も違反だ。家の中には縦の頂点にいて君臨するというようなアルジはいない。みな横一列だからだ。5人家族なら、5分の1ずつの担当配分。だから、大黒柱も女王バチもいてはならない。もちろんガキ大将も。

大きな口はきいてはならない。主導してはならない。男女平等に親子平等。ましておいらはすでに老境。働いてもいない。年ごとに減額される年給でほそぼその暮らしを余儀なくされている。いや、これじゃ、大口はたたけない。

時折発泡酒ビールを飲ましていただくだけで御の字としなければならない。ぷふう。酔っていなくても酔ったふりして、そそくさ、早めに蒲団に潜る方が賢明というものである。わびしいねえ。

老境にいる自分などは、もう片足は棺に突っ込んでいる。だからもう片足を我慢させていさえすればすむことだが、これがエネルギッシュな若い人だとこうはいかないにちがいない。

老いも若きも、細々の暮らしを強いられているようだが、大金を手にしてどかあーんと一発、ビヤガーデンに行って豪遊痛飲してみたいねえ。ビヤガーデンで飲むなんてのは、およそ豪遊とは言えないかもしれない。がね。大金がない。どうしようもない。

     *

国家の経済危機、デフォルト問題を抱えたギリシャ国民、スペイン国民、ポルトガル国民、イタリア国民のいらだちが伝わってくる。若者の失業率は増すばかり。緊縮財政でいかなくちゃならないのは分かっていても、爆発したくなるだろうなあ。
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こんにちはを返してください、どなたか。

2012年06月18日 11時15分23秒 | Weblog
今日は雨。雨を聞きながら留守番をしています。日ノ隈山の山裾あたりにはホトトギス交信曲。

こんにちは。

ってったって、この「こんにちは」を聞いてくれる人っているのかしらん?

いないのかも。

でも、いいや。
「こんにちは」を発信したら、その音は、もしかしたらアンドロメダ星雲にまで届いていって、
そこでその星雲に暮らす意識体が、受信してくれるかもしれないから。

「こんにちは」って、音声エネルギーだから。エネルギーに意識をこめることは可能だから。

こんにちは、っていうのは、僕はあなたと仲良くなりたいんだ、ってことでしょ?

    *

だったら、僕にだって、聞こえていなくちゃならないってことになるよね。

僕の受信装置、つまり耳電波受信台が正常に機能していれば。

「あなたと仲良くなりたい」って、誰かが僕宛に発信していたらね。

    *

白いチョウチョさんからだったらもらえるかもしれない。かもね。

僕は、人間宛にはなかなか愛嬌を振り向かず、ぶすっとしているタイプだから、人間からには無理があるかなあ。

それに、ぱっとめの魅力はありません。もちろん性的魅力も皆無。

だったらねえ。無理があるある。

    *

声の愛嬌を振りまいたらいいじゃないか、だったら。

だね。

どんどん。

声のこんにちは愛嬌をどんどん。

    *

それから先は?

ううう~ん。それから先ねえ。

じれったいなあ!

こんにちはを返してください、どなたか。
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わたしの中に広がる内なるわたし

2012年06月16日 10時51分03秒 | Weblog
じんじんじんじんする。

何処が?

うん、第六感が。

それ、何処にあるの?

うん、手の平と足の平さ。

手の平がじんじん。足の平がじんじん。

すると内臓がこれに呼応をし始める。

内臓は音を立てる。

ぐあらごぐあらご。共鳴音だろうな、さしずめ。

    *

やってみる?

じゃ、横になって! (つまり仰向きに寝ころんで!)

はい、リラックス。力を抜く。はーはー、ふーふー息を抜く。

どこもかしこもだらあんとする。

ここで寝てしまったらだめだよ。

    *

目は開けててもいい。半分ほど閉じてもいい。全部閉じてもいい。

臂から上を空の方角へ向ける。手の平を開く。

南極の手の平と北極の手の平を向かいあわせる。

電波塔みたいにする。

    *

小指をちょいと動かしてみる。

じんじんの最初の小さなじんがここで始まる。

感触を全身の感覚で確かめてみる。頷く。

電流が流れ出したのを意識する。

続いて薬指。続いて中指。

水母のようにゆらりゆらり小さく揺らしてみる。

親指まで来ると電流が高圧になっているので熱さを感じる。

    *

足の平がたちあがる。

ジンジンし始める。

いい気持ちだ。

いい気持ちのままになっている。

足の平が電波を受けとめているのだ。

    *

そして内臓がこれに呼応する。

内臓がしゃべりだす。

おれも生きているよ、わたしもいるよ、って具合に、存在を表明し出す。

互いの活動が互いに伝わっているらしくて、感動の涙みたいなのがしっとりしている。

そう、そりゃよかった、そりゃよかったねえ、などと細胞が語り出す。

じんじんする。

    *

じんじんは、細胞60兆億のじんじん。

こうやって感動しているのだ。

外ばっかりを向いて暮らしをしていたのが、

ここで内向きにしてみる。

やっとわたしを見てもらったわ、とわたしが言う。

    *

外なる宇宙の大きさだけ大きい内なる宇宙。

わたしの中に広がる内なる宇宙。

内なる宇宙の深さ深さ。こころが動く。たましいが動く。

スピリットの感動の深さ深さ。

ぐあらごぐあらご。じんじんじんじん。
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わたしには好きな人がいます

2012年06月15日 20時59分54秒 | Weblog
わたしには

好きな人がいます

    *

好きな人がいないって世界は砂漠だったのに、

わたしは

これではるかに続く砂漠を越えた。

    *

好きな人がいるけれど

その人は

わたしが

その人を好きだってことをしらない。

    *

好きだってことを

知ってもらえば

いいのかもしれないけど

それがその人に負担になってはいけないから。

    *

ひとりだけの想いにしている。

わたしには

好きな人がいる てだけにしている。

    *

好きな人がいる世界は

星の降る世界である

光が降る世界である

星と光の降る美しい世界を

わたしが

生きている

それを思っていて

椎の木の森と湖はしずかなのだ
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嬉しくなんかなってはならないだろうが

2012年06月15日 20時43分37秒 | Weblog
無条件。

条件をつけない。

    *

あなたはつまらないから相手にしたくない、などという条件をつけてこない。

あなたは功績を挙げたからその分を優遇しよう、などという条件で誉めあげもしない。

    *

息を吸うのは無条件である。

朝が来るのは無条件である。

    *

雨がわたしにも降ってくる。

あるときそのことが嬉しくてならなかった。

    *

らちもないわたしにどには降ってきそうにも思えなかったのである。

外へ出ると雨。

雨の中に出た。

雨に濡れた。

この無条件がすこぶるわたしを元気にした。

    *

雨は、この人には降ろうとかこの人には降るまいとかの、好き嫌いをしない。

好き嫌いをしないってことは、無条件の愛を注ぐってことである。

    *

死も、無条件である。

この人は死なせないとかあの人はワンランク上の死を死なせてあげようなどという不平等をしない。

一律平等である。

一律平等で死が成就するのである。

生きて利他をすることもなく、人にもやさしく振る舞わず、故に、やすらかな死を死んでいくにも値しないわたしには、これが嬉しくてならない。

嬉しくなんかなってはならないだろうが、嬉しい。
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梅の木になった梅が熟して匂うよ

2012年06月14日 09時54分21秒 | Weblog
梅の実が熟して甘く匂う。

いい匂いだ。鼻先につけて匂いを嗅ぐ。

こんな匂いの美しい女性がいたらいいのになあ。

    *

おしゃべりは楽しい。ここはおしゃべり場である。

もうすぐ死が訪れてくるから、それまでの間の、楽しいおしゃべりである。

おしゃべりをしてそれで金儲けをしようという心づもりはない。それで選挙に出ようという腹づもりもない。

残念ながら、社会改革の具体案もない。おしゃべりは、おしゃべり。それだけで、腹回りに贅肉は付かない。

    *

おしゃべりって、そんなに楽しい?

楽しくなるためにするおしゃべり?

なんにもならないからおしゃべりするんだよね。

そ。おしゃべりしても損にも得にもならない。それでいいんだよね。

    *

それでいい。

    *

庭の梅の木が梅をふさなりにならせていたので、これを午前中にちぎった。

梅の木はみんなで5本。

巨大実がなる梅の木の下へ行って、脚立を立てて、そこに登って、梅の実をもいだ。

30kgほどにもなったけど、そんなには食べきれない。

5kgを梅酒につけ込み、5kgを赤紫蘇の梅干し用につけ込んだ。

あとは捨てるしかない。

捨てるしかないけど、せっかく1年をかけて実らせた梅の木さんになんだかすまない気持ちになった。

    *

おしゃべりを終わる。

赤く熟れた梅の木の梅は匂う。甘酸っぱく匂う。

で、パソコン台のそばに置いてこの匂いを嗅いでいる。

わが人生がこんなにおいしい匂いをさせていたらいいのになあ。

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<わたし>や<わたしのもの>よりも大切な

2012年06月14日 09時26分25秒 | Weblog
口角泡を飛ばし額に青筋を立てて、「わたしのもの」を主張して、それが晴れてまかり通ったとしても、それ、つまり「わたしのもの」はしばらくの間の「かりそめごと」なのである。

それはわたしの進歩と向上のための貸衣装なのだ。実質はレンタルなのだ。わたしが虚仮であったと同じように、わたしのものも虚仮であった。二つとも死ぬときには返却しなければならない。口角に泡を飛ばした努力も、額に青筋を立てた努力も、<行き過ぎごと>でしかなかったことに気づかされる。

<わたし>や<わたしのもの>よりも、<わたしの向上>や<わたしたちの向上>がより重要であるということをわたしたちは見損なってしまって、つまり近視眼が治療できないまま、本末転倒の人生を過ごしてしまう。その日そのときの<わたし>や<わたしのもの>が優位の座に着いてしまう。

あれだけ腹を立てて、あれだけジェラシーを煽られて、あれだけ悲しんで、あれだけ逆上せ上がって獲得した<わたしのもの>が、そのときが来ればあっというまに水泡に帰してしまう。それなのにやっぱりそのときのその場限りの<わたし>と<わたしのもの>に固執してしまうのだ。

<わたし>や<わたしのもの>が優遇される位置に来れば来るほど、<わたしの向上>や<わたしたちの向上>は、それだけ遠退いていってしまうというリアリテイがまるで見えてこない。

そして死を迎える。

そしてそこで、やっとことの真相真理が明らかになる。

「きみ、そうじゃなかったんだよ」「前回でもそうだったけれど、きみは今回の人生でもまたまちがいを通してしまったようだね」という1レーンの最終報告が示される。

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