<おでいげ>においでおいで

たのしくおしゃべり。そう、おしゃべりは楽しいよ。

リハビリ用水泳パンツもファッションパンツ

2006年07月27日 09時44分16秒 | Weblog
 読んでくださっていないと分かると書き進めなくなる。読者の読みたいこころをくすぐるような題材を書いていないと言うことなんだな、つまりは。

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 トランク型の水着を買ってきてもらった。これが分厚い。まるでジーンズだ。後ろにも前にもポケットが着いている。これがいまどきの流行らしい。僕はプールを歩くリハビリ用だから、水の抵抗があるこのパンツでいいのだけど、泳ぐパンツではないな、少なくとも。お昼から高木瀬温水プールに行って来よう。夏休みに入ったからこどもたちが多いだろうな。空には山よりも大きい入道雲。

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 さみしい。プールもさみしい。きょとんきょとんしてプールの中を歩くウオーキングプールを歩くのもさみしい。白い帽子をかぶるのもさみしい。
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伸びあがって炎天の花   山頭火

2006年07月23日 22時43分42秒 | Weblog
 炎天の花とは向日葵のことだろうか。ロシア向日葵は草丈が高い。2mくらいのもある。頭のてっぺんに大きな重い花をつけるので、種が入り出すと、日の周りを回りきれなくなってしまい、くったりして動けなくなる。

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 一日ごと、一朝ごとに成長をしているときの向日葵に、山頭火は出会った。草丈の割には、横幅がない。でぶっちょではなく、どちらかというと痩せっぽである。ひょろりとしている。昼の太陽はかんかん照りがしている。

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 老いてもうすぐ死のうとしている山頭火。身体の力ももう思いのままにならない。道端の向日葵は、伸びあがって伸びあがって命を燃やそうとしている。消えようとするものと伸びあがろうとするもの。そこでふっとこの句ができたのである。
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ひょいと四国へ晴れきっている  山頭火

2006年07月22日 22時49分08秒 | Weblog
 いつでも、ひょいと出かけられる。ひょいと出かけて行き、ひょいと戻ってくる。なるだけ手ぶらがいい。宝物なぞに後ろ髪を引かれると、この「ひょいと」が難しくなる。持っていく荷物が多いと、これもまた、「ひょいと」というわけにはいかない。未練を残さない。期待をしない。計算高くしない。目覚めて窓を開けてみると晴れている。それで山頭火は四国へ行きたくなって、ひょいと腰を上げた。
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鹿子ユリ満開

2006年07月21日 14時45分45秒 | Weblog
 「おばあちゃん、おばあちゃ~ん」と声がします。続いてわが家の玄関先に女性が現れました。手には豆腐を一丁抱えておられます。わたしは、「はあい」「はあ~いい」と応じました。「おばあちゃんはいらっしゃいますか?」と尋ねます。「おばあちゃんは死にました。もう三年前に。」と答えたら、「まあ、そうですか。鹿子ユリの球根をいただいたんです、前に。それが枯れてしまったので、またもらいに来ました。」とその女性は言いました。大事にしている鹿子ユリです。でも、はい、どうぞと言いましたら、その女性は豆腐を置いて、「じゃ」と言い、大きい球根の鹿子ユリから三本抜いて持ち去ってゆきました。あっという間の出来事でした。豆腐一丁が玄関先の敷石の上に置いてあります。何処の誰かも分かりません。もう6,7年前にもこんなことがありました。おばあちゃんも有無を言わさずだったかもしれません。花泥棒は泥棒に非ず。しかも、この女性は、ことわりをいれています。電撃殺法でした。
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灰色朝空も葉を叩く雨音も嫌。今朝はどれも寂しい

2006年07月19日 08時24分52秒 | Weblog
 梅雨に逆戻りしたみたい。しとしととととし。金柑に白い花が房なりしている。見ているだけで匂ってくるよ。縁側に椅子を置いてそこでぼんやりしている朝。

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あ、そうだ、台所の瓶にすり胡麻がなくなっているから、洗い胡麻を炒って擂り鉢で摺らなきゃならないんだ。今日の僕のメインの仕事。胡麻が好き。なんにでも胡麻をかける。

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 僕はわが家のごますり男。<ごますり>って、どうして、おべっかをつかう意味になったんだろうね? 胡麻を擂ったら、だれがにんまりしたんだろう?
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やだな、もうやめようかな

2006年07月18日 19時44分00秒 | Weblog
 グーのブログを始めたけど、嫌(や)だな、だあれも見てくれてないらしい。もう、止めようかな。反応がないと、やる気がしない。

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 蝸牛(かたつむり)なんか、よくまあ、紫陽花の葉っぱの上で、じいいっとしていられるなあ。じいいっとではなくて、動いてはいるんだろうけど、我慢我慢って顔しているよ。雨。降らず。降らずともなし。
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あちゅい。ちゅい。ブログを書くどころではないわい。

2006年07月16日 10時45分03秒 | Weblog
 朝から暑い。胸を汗がすたたり落ちる。シャワーにかかる。水を浴びる。

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 昨日、新聞によると、静岡は38度を超えていたらしい。日本は温帯ではない、すでに。亜熱帯ゾーンになった感がある。ヒートアイランドジャパン。

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 寝ていて、ふっと心配になったことがあった。「この家、ぼくたちが死んでしまったら、その後に誰かが住んでいるだろうかね?」ぼくが言う。家内が答える。「さあ、どうでしょう?」「家は古くなるから、取り壊されるだろうけど、この場所には誰かが住み着いているんだろうかね?」

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 われらが集落も一人暮らしの老人世帯が増えてきた。民生委員の方が訪問看護をしておられるらしいが、どうも変だ。変だと思う。この田舎でもすでに変である。跡を継ぐ人がない。子どももあまり生まれていない。

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 暑いのを異常気象のせいにしていられるのはあと何年だろうか? 異常気象のせいにしているうちに、わが村も死に絶えるのかもしれない。
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抱きしめることのできない

2006年07月15日 17時23分30秒 | Weblog
 抱きしめることのできない金魚かな   埼玉県 松本みゆき

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 今朝のNHK短歌の時間に放送された入選句。情感があふれていて、とても枯淡の俳句にはほど遠いが、わたしは人の情を感じて、捨てがたかった。

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 金魚もペットだろう。愛玩しているのなら、ペットであり得る。猫や犬だったら、情が移って胸にかき抱くこともある。でも、いくら可愛がっていても金魚を抱きしめることはない。作者は、それはおかしいと思ったのだろうか。

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 ぼくは、これは、じつは金魚を歌っていて、金魚を歌ってなんかいないのではないかと勘ぐってしまった。金魚は金魚のように可愛がっている人のことではないか。息子や娘のことではにか。遠くに離れてしまった人ではないか。

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 親子でも抱きしめ合うことはできない。反抗期になればなおさらである。怒ること叱ること教育することを優先するママも、もはやこどもを抱きしめることができない。抱きしめることは甘やかしになると教えられるとその夜から抱きしめることができなくなる。

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 抱きしめることはかほどに難しい。恋人のうちに、何度も強く強く抱きしめておくべきである。どうせこの世は無常である。会ったら別れなければならないのである。金魚を抱かなくていいから、心を込めて人を抱こう。抱いて受けとめよう。是非善悪、賢愚美醜、大小長短、どっちもいいではないか。目くじらを立てるな立てるな。みな一束にして抱こう。
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どうしようもない

2006年07月14日 23時06分25秒 | Weblog
 どうしようもないわたしが歩いている   山頭火

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 誰に対してどうしようもないのか。誰に対してでもどうしようもない。対者を絶している。ひとりと対決するしかない。とぼとぼと歩く。山頭火は山道を歩く。どうしようもないわたしがいる。どうしようもなくて、とぼとぼと歩く。歩いていればそれで、どうなるというものでもない。

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 なにかになると思うところから、抜けてきたのだ。何もできるはずがない。無価値のわたしをすがすがしいと思って、捨ててきたのだ。ずしりと重いものは捨ててきたのだ。軽くなった山頭火でなければ、とぼとぼとは歩けないはずである。

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 それにしてもなんとどうしようもないことか。どうしようもなくて、うろうろする。酒を飲む。湯につかる。読経をする。托鉢をする。独吟する。無所有、所有するものがすでにない。無所得、所得するものがない。山頭火でなければ、ここへ歩いてくることはできぬ。
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こんなにうまい水があふれている    山頭火

2006年07月13日 17時44分13秒 | Weblog
 水は、山を行っても野を行っても村里を行っても町中にもどこにでもあふれているはずである。歩き疲れて喉が渇いてへたり込むと、そこにおいしい水がわいている。手に掬うくらいの水はあふれてきている。山頭火は膝をついて腰を浮かして、くいくいと掌の椀に掬って飲んだ。うまい。臓腑に染みる。渇きは潤う。生き返る。ぱんぱんと膝のごみをはらって立ち上がった。

     *

 水でなくってもあふれているものはあふれているのだ。空だってあふれているじゃないか。空気だったあふれているじゃないか。人情だってあふれているじゃないか。土だって、草だってそうだ。あふれさせてあふれさせて人の住む地上にしてある。それを見ないできただけである。

     *

 腹を空かせてみるとあふれていることが分かる。そういうのだが、幸福を食って食って、食い溜めて来た己などには、山頭火の句の方がよほど変に思えてきてしまうのだ。水をおいしいと思ったことが、この頃あっただろうか。

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 「旅先の空見ている」とメール来る空がひとつであって嬉しい   李白黄   

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