マキペディア(発行人・牧野紀之)

本当の百科事典を考える

日本経済の進むべき方向

2011年01月19日 | カ行
      藻谷 浩介(もたに・こうすけ)(日本政策投資銀行参事役)

 「失われた20年」とか、「低下する日本の国際競争力」といった言葉を耳にします。多くの日本人が「アジア新興国との競争に負けたので、国内経済も停滞している」と考えています。

 しかし実際は、日本の輸出額はバブル後から2007年までにほぼ倍増しました。世界同時不況下の2008年、09年にも貿易黒字でしたし、昨年は円高にもかかわらず輸出額も黒字額も大きく回復しました。台頭するアジアから稼ぐ貿易黒字も増加憤向です。

 日本経済の停滞は国際競争に負けた結果ではありません。輸出の好調とは無関係に進む「内需の縮小」こそ、日本をむしばむ病気です。経済成長が実感できないのも、そのためです。

 経済の基礎代謝ともいえる内需指標は、1990年代末前後から減少に転じています。たとえば経済産業省の商業統計に見る小売り販売額は、ガソリン価格高騰の影響を除くと、1996年度をピークに減っています。国内の新車販売台数や貨物輸送量は2000年ごろから減少傾向が続き、自家用車による国内旅客輸送量も2002年度をピークに減少に転じました。国内酒類販売量も2002年度から落ち込みが続いています。

 注目すべきは、こうした傾向が、経済が成長している時期にも続いたことです。つまり景気変動とは関係ない。実は、15歳から64歳までの「生産年齢人口」の増減に連動しているのです。

 戦後ほぼ2倍に増えた日本の生産年齢人口が1996年から減少に転じました。定年退職者数が新規学卒者数より多くなったので、この時期に就業者数も減り始めます。そのため、住宅や車や家電製品など現役世代を主な市場とした商品の需要量は下がります。ところが多くの商品の生産は機械化されていますので、就業者数が減っても生産量は下がりません。こうして生まれた供給過剰が値下げ競争を恒常化させ、消費額の減少を引き起こしているのです。

 これはマクロ的な「デフレ」ではなく、ミクロ的な「値崩れ」です。団塊の世代が65歳を超える2010~15年には、日本史上最大の約450万人の生産年齢人口の減少が起きるので、過去に経験したことのない深刻な内需不振が懸念されます。

 人口減少の話をすると、「外国人労働者の受け入れ」論が必ず出てきますが、過剰な生産力を抱える日本に必要なのは、労働者ではなく消費者です。働かずに消費だけをしてくれるお金持ちの外国人観光客や短期定住者こそ受け入れるべきなのです。

 私は日本の人口減少は必然と考えています。今は、戦争前後の出産増加で1億3000万人まで増えた人口が、6000万人から8000万人あたりの適正規模に戻る過程なのではないでしょうか。「小国になれ」というのではありません。8000万人もいれば、欧州なら英仏伊を超え、ドイツ並みの大国です。中国が低迷したこの半世紀ほどは「臨時の超大国」でしたが、それをやめて「普通の大国」になればいいのです。

 今の日本には欧州などに比べみすばらしい建物が多いのですが、これは戦後の人口急増に応じて、仮設住宅のように作った臨時の街だからです。日本人の美的感覚が劣っているわけではありません。現に人口が増えなかった江戸時代後半には、各地に美しい街並みが作られました。人口が仮に6000万人になれば、住宅は半分がいらなくなります。品質や価値の高い住宅だけ残せば、ずっと美しい国が復元されます。

 人口が半分になっても、海外から資源や食糧を購入するための代金は問題なく稼げます。労働者の減少を補う機械化、自動化が、輸出企業の国際競争力を向上させ、貿易黒字はなくなりません。海外から稼ぐ金利・配当収入と海外に支払う金利・配当の差額である所得黒字も近年増加傾向です。

 また、イタリアやフランス、スイスが得意としているような、高級ブランド服飾工芸品、高級加工食品の輸出は増やせます。欧州のブランド企業の多くは、地方の伝統産業や特産品から発展しましたが、日本にも世界ブランドになり得る地方の伝統工芸や特産品のタネは数多く残っています。例えば漆器の「輪島塗」。使い込むほどいい味が出てくる輪島塗は、最近ようやく家電製品に使われ始めましたが、自動車のステアリングや内装、家具などに組み込まれる機会も増えるでしょう。

 輸出は大丈夫としても、日本経済をむしばむ、生産年齢人口の減少に伴う内需の縮小にはどう対処すればいいのでしょうか。私は、高齢富裕層から若い世代や女性への所得移転を強く促進すべきだと思います。消費性向は子育て中の世代や女性の方が高いからです。お金がなくて結婚をためらっている若者の所得を増やせば、結婚難→出生者減少→生産年齢人口減少というサイクルからの脱出にもつながります。

 2010年から40年にかけて生産年齢人口は3割減りますが、残る7割の現役世代の所得を1人当たり1.4倍に増やせば、現役世代の内需の総量はほとんど減らない計算になります。日本の1人当たりの国民所得は、スイスやスウェーデンの6割前後です。国際競争力を維持しつつ個人所得を伸ばす余地は十分あります。

 団塊世代の定年によって浮いてくる人件費を、モノを消費しない高齢富裕層への配当には回さずに、若い世代の人件費や、子育て中の社員の福利厚生費の増額に充てませんか。若者の低賃金長時間労働は、内需を縮小させ、企業自らの利益を損なっています。賃上げ→内需拡大→売り上げ増加という好循環を生む第一歩を、それができる企業が自ら踏み出すべきです。 

   (朝日、2011年01月15日。聞き手・山口栄二)

   感想

 要するに、企業は配当を少なくして、若年労働者の賃金を上げ、労働時間を短くせよ、ということなのでしょうか。それによって、出生率は上がるでしょうから、人口の減少速度は落ちて、ゆっくりと「適正人口」になる、ということなのでしょう。
コメント
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