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誰が関口存男(つぎお)を殺したのか

2022年04月03日 | サ行
誰が関口存男(つぎお)を殺したのか

 関口存男は一九五八年の七月に脳溢血で亡くなった。奥さんの死後、わずか六か月後の死だった。
 この奥さんは頭ではどう理解していたかわかりませんが、その全生活を通して、夫君が並々ならぬ大学者であり、日本の宝だと「感じていた」ことはまちがいないでしょう。だから「自分はどんな貧しさに耐えても夫のために尽くそう」と努力したようです。
 関口さんにももちろんこれは分かっていました。武士の子として黙っていただけです。
 妻の死に面して関口さんの落胆は覆うべくもなく、お見舞いに来た親友のヴィンクラーさんに Das war das Ende (一巻の終わりだ)と言ったようです。
 精神的苦しみのほかに食事その他の世話はどうしたのでしょうか。その時でももし金銭的余裕があったならば、ご子息の家族や雇の家政婦さんに頼ることもできたでしょう。実際はどうだったかは知りませんが、奥さんの死後六か月で死んだという事実がすべてを物語っています。

 関口さんは経済的に「相当苦しかった」のです。ヴィンクラーさんには「大学が冷たい」といったようなグチをこぼすような事もあったようですが、これは少しなさけないと言えるでしょう。そもそも戦前に大学と縁を切って出版社と一緒に独立してやってゆこうと決心したのではなかったのではないでしょうか。ドイツと仲の良かった戦前なら見通しもあったでしょう。しかし敗戦後の日本では事情が変わっていました。年々英語の価値が高まり、ドイツ語の需要は下がっていったのです。印税収入はドンドン少なくなっていったでしょう。
 しかしその時でも関口さんのお陰でドイツ語ができるようになった弟子たちには高校や大学に教員の口がありました。しかも一九五〇年に勃発して五三年まで続いた朝鮮戦争は日本経済に特需をもたらしました。それはその後も続いて確か一九五六年頃には「もはや戦後ではない」と言われる程の復興を遂げました。
 何を言いたいのかと言いますと、関口さんの弟子たちの収入は年々あがっていたはずだということです。そして、それにもかかわらず、NHKのラジオ講座をやりながらその畢生の大事業である「冠詞論全三巻」に取り組む恩師の姿を傍観するばかりで、「我々二十人で毎月給料の五パーセント出して支えないか?」と提案する程度の常識者が一人もいなかったということです。後は言いたくもありません。

 直弟子の一人である舛田啓三郎先生には私は都立大学時代は修士でも博士でも入試の面接試験でお会いしただけで、先生のゼミには一度も出ませんでしたが、法政大学の講師になってからは教員食堂でよくお会いしました。拙著『生活の中の哲学』を出して一部差し上げた時は葉書を下さいました。「フトンの中に持ち込んで読んでいます。これは私には珍しいことです」とありました。
 追悼文集『関口存男の生涯と業績』には「神のような人」という題で思い出を寄稿していました。
 私が「関口ドイツ語学の研究」を出して(一九七六年)お送りした時はよほどビックリもし、感激もされたようでした。上下関係にやかましい先生からお電話をいただいたのにはビックリしました。
 開口一番「これは直弟子が出すべき本だった」と切りだされたので、しばらく本の内容について話しましたが、最後に「牧野君、ありがとう」という言葉には本当に、心の底からの気持ちがこもっていました。
 舛田先生は一九三〇年生まれですから、一九五七~八年ころはまだ三〇歳にもなっておらず、前記の「直弟子の責任」を中心的に受け止めることもないと思いますし、あの本自身も内容的に大したものではありません。それに比して二〇一三年に三度の病とたたかって上梓した『関口ドイツ文法』はやはり舛田先生にお見せしたかったです。

 関口さんの仕事のやり方に戻りますと、弟子たちを集めた雑誌の編集においても、弟子の書いてきた原稿を全部自分で書き直すことも多かったと聞きます。
 それくらいなら「三年つまり三六回で全文法を一巡し、三年後にレベルアップした文法を出す」というような企画は思いつかなかったのでしょうか。その途中で「理解文法と表現文法」という枠組みに気づいてくだされば最高でした。
 関口さんは、ヘーゲルは『精神現象学』や歴史哲学は読みましたが、どうも『論理学』は大も小もお読みにならなかったようです。その結果新カント主義の悟性哲学に惑わされて「als ob の哲学」などという愚論をアチコチで披露し、「点は実在しない」などと言って悦に入っています。点は実体としては実在しませんが、機能として実在しています。
 これくらいで終わりにしましょう。

 皆さんのご意見をおまちしています。


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1 コメント

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Unknown (Sekigucher)
2022-05-11 23:03:47
牧野先生のお導きで30年前に関口初等ドイツ語講座からドイツ語を勉強した者です。牧野先生の、歯に絹着せぬ哲学、批判、主張、エッセイの大ファンです。この記事も大変楽しく読ませて頂きました。健康とご長寿をお祈り申し上げます。

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