尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

マレーシア映画「タレンタイム~優しい歌」

2017年04月04日 23時30分54秒 |  〃  (新作外国映画)
 マレーシアの故ヤスミン・アフマド監督(1958~2009)の遺作「タレンタイム~優しい歌」が渋谷のシアター・イメージフォーラムで公開されている。初めて正式の公開ということになるが、映画祭等で今までかなり上映されている。僕もヤスミン・アフマド作品は全部見ていて、以前に書いている。でも、それは2011年とずいぶん前のことになるから、この機会に改めて簡単に紹介しておきたいと思う。

 僕はこの映画を多くの若い人々、特に音楽が好きな人、東南アジア諸国に関心がある人に見て欲しいと思うんだけど、やっぱりマレーシアという国に関する基礎知識は必要だと思う。そのことは、かつて「ヤスミン・アフマド監督の映画①」「ヤスミン・アフマド監督の映画②」でかなり書いているので、そちらを参照して欲しい。なんと言ってもピート・テオの楽曲が素晴らしく、耳に残り続ける。また、民族や宗教、あるいは障害の有無などを超えて、人は理解できるし、愛し合えるという監督の信念が伝わる。

 世界がますます分断され、宗教をめぐる争いも絶えない今、マレーシアのムスリム女性監督がこのようなメッセージを残していたことの意味。それが今こそ、多くの人にこの映画を見て欲しい理由である。基本的には誰にもわかりやすい青春音楽映画だけど、この映画にはいくつかの「判りにくいところ」もある。それは「マレーシアの独自な社会事情」もあるし、「監督の独自な作風」もある。それに「監督の理想主義的な作為」も大きい。そのことをいくつか指摘しておきたい。

 まず、「タレンタイム」という言葉なんだけど、これは高校生の音楽・舞踊コンクールの一般名詞としてシンガポールやマレーシアで使われている言葉だそうだ。まあ、タレント(才能)タイム(時間)なんだろう。学校の文化祭みたいな感じだけど、個々で参加する。その学校以外の生徒も応募していいし、選抜された生徒だけが本選に出られるということらしい。マレー系のムスリムだけど、イギリス人の祖母を持ちリベラルな家風で育ったムルーというヒロインは、大学進学予備課程に通っているという。

 一方、男子のハフィズはマレー系だが、転校してきてすぐ一番になる。それでトップを奪われたカーホウは華人系で、ハフィズに対して恵まれているくせにといったことを言う。それは「マレー系優先政策」で大学進学も華人系は不利だという事実を背景にしている。タレンタイムではハフィズが自作の歌を歌い、カーホウは二胡の演奏を行う。この二人の関係がどうなるかも映画の大きな焦点になる。

 さて、ムルーの送迎を行うインド系のマヘーシュがいないと、この映画は成立しない。だからインド系というか、タミル人というべきだろうが、そういうマイノリティを出す必然性はあるが、彼はろうあ者である。そこに大きなドラマ性が生じるが、このようなろうあ青年が一般の学校に通っているのか。それはまだいいとして、耳が聞こえない青年を「バイク送迎」の担当になぜ選ぶのか。そこがある種、監督の理想主義的な設定で、現実のマレーシアではないんだろう。それを言えば、そもそも「なぜ送迎の生徒がいるのか」という根本問題がよく判らない。公共交通機関ではダメなの?

 その他、いくつもの「よく判らないシーン」もある。ドビュッシーの「月の光」やバッハの「ゴールドベルグ変奏曲」を流しながら映像を流すシーンが何回かあるけど、これはヤスミン・アフマドのお得意の手法である。一方、ハフィズの母のもとを訪れる「謎の車いす男」は何なのだろうか。彼こそ、「神」が言いすぎならば「運命」の象徴的表現ではないかと思うのだが。母の死期をつかさどっていて、彼女にイチゴを差し出し、母も運命を悟って受け取る。そういう表現なのかなと思うんだけど。

 まあ、マレーシアの多民族国家性から理解の難しい点もある。映画内でもいくつかの言語が話されていて、それは字幕に工夫がされている。監督の作風自体、モザイク状にいくつものエピソードを並べていき、必ずしも直線的に話を進めない。そういう作家性に基づく部分もあると思うが、それでも監督のメッセージは世界に届くだろう。それは「愛は民族を超える」ということで、そのことを素晴らしい歌で表現している。とても心に響き続ける映画だから、見る機会があればぜひ見て欲しいと思う。
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