尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

『晴風万里』、刺激の多い入門編ー見田宗介著作集を読む⑩

2023年04月27日 22時39分38秒 | 〃 (さまざまな本)
 「見田宗介著作集」を一月一冊ずつずっと読んできた。全10巻だから、10回目の今回で終わりである。もっとも「真木悠介著作集」が残っているから、このシリーズはもう少し続く。今回は第Ⅹ巻の『晴風万里』で、著作集最終巻。短編集と題されているが、もちろん「短編小説」の意味ではない。エッセイや書評など短文を収録している。その他に大論文に発展しなかった「小論文」的な論考も多く集まっている。この構成から僕は最後に読む本と思って取っておいたが、実は入門編に最適な本だった。多くの思考の種の中から、自分が関心を持ったところをじっくり考えて行けば良い。初読の人はこれから読むのを勧めたい。

 題名になっている「晴風万里」は、整体の創始者である野口晴哉(のぐち・はるちか、1911~1976)を紹介した短文集である。これは非常に面白い文章で、含蓄が深い。野口晴哉には一般的には「超能力」のような逸話が多く、それを授業で紹介すると学生たちは星占いや血液型占いはどうですかと聞いてくるという。しかし、そういう扱いをするべきものではないと考え、思想としてとらえ直すのがこの文章である。著者の「身体性」への関心も経緯も語られていて興味深い。1975年の「国際婦人年」の時、当時メキシコの大学で教えていた著者のもとへ田中美津さんが訪れた。その時に初めて整体という名前を聞いたのだという。
(野口晴哉)
 その話も面白いのだが、僕が一番興味深かったのは野口晴哉の「体癖」論を絵画に中に探る「アートの人間学」である。ムンクやルノワール、ゴーギャン、そしてルネサンスの巨匠たちの絵を見ながら、描かれた女性たちの身体性を論じていく。例えば「モナ・リザ」を例にとって、モナ・リザの笑いが「見える人と見えない人がいる」という。モナ・リザの笑いが見える人はこの世のすべての動きに対して美しいと感じることができるというのである。どこまで決定的に言えるかは別にして、カラー図版もあるので非常に興味深くいろいろと考えさせられる文章だ。是非ムンクやゴーギャンなどの箇所を読んでみて欲しいと思う。

 書評は70年代初期に書かれたもので、公害告発のノンフィクションと思われていた石牟礼道子だが、『苦海浄土』『天の魚』や『流民の都』の価値を正しく評価して論じている。また永山則夫無知の涙』や、ライヒ性道徳の出現』、ディー・ブラウンわが魂を聖地に埋めよ』など70年代に非常に評判になった本が入っている。『無知の涙』は永山による「第六の銃弾」だと書いている。ディー・ブラウンの本はネイティヴ・アメリカンの歴史を描いて当時のアメリカでベストセラーになった。僕は持っているけど、未だに読んでない。今は入手出来るのだろうか。

 80年代に書かれた山尾三省聖老人』は朝日ジャーナルに掲載され、その当時に読んで影響を受けた。山尾三省(1938~2001)も没後20年を経て、名前を知らない人が多くなっていると思う。コミューン「部族」の活動家として知られ、その後インド、ネパール等を巡礼したのち、屋久島に定住して農業を始めた。肩書きとしては「詩人」になるだろうが、一般的な意味での詩人としてではなく、ある種の自然哲学、宗教家というような側面もあった。題名の「聖老人」は屋久島の縄文杉のことで、言い得て妙と言う表現だ。僕もちょっと忘れていたが、昔良く読んだなあと思いだした。西荻窪のプラサード書店で朗読を聞いたこともあった。
(山尾三省)
 面白いエピソードは数多いが、例えばこんな話が出ている。幼いころ食事の席で「いただきます」はだれに言うのと聞いたという。「ご飯を作ってくれたお母さんに」というのが父の説。「お米を作ってくれるお百姓さんに」というのが祖母の説。しばらく討論があって、結局「お百姓さん、お米屋さん、お母さんから、戦地で戦っている兵隊さんまで、みんなに対して」ということで落ち着いたという。そんなことを聞く子どもも変だが、そんな議論をする家庭もずいぶん変わっている。そういうところから見田宗介という人が生まれたのだった。

 めんどくさい文章も入っているけど、それは読み飛ばせば良い。実に多くのエピソードが散りばめられているので、自分の面白いところだけ探せば良いと思う。それは多分「社会学」をはみ出してしまうかと思うが、そこにこそ著者の真骨頂がある。
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2 コメント

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継承する (宮城聰)
2023-06-12 11:46:50
尾形さん、「見田宗介/真木悠介を継承する」に来てくださり、ありがとうございました。
あれ? (ogata)
2023-06-12 19:38:25
僕は行ってないですけど…。どなたかと間違ったのかなと思います。僕はこの機会に著作集を全部読もうかと思っているだけです。

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