尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

学術界の「憲法9条」ー学術会議問題⑥

2020年11月15日 22時54分09秒 | 政治
 学術会議問題を再び取り上げたい。臨時国会での菅首相答弁は全く説明になっていない。世論調査でも「説明に納得できない」という意見が多い。もっとも納得できる・できない以前に「説明」していないという方が正しいだろう。首相や官房長官は「今まで説明してきたように」などと言うけど、それはむしろ「説明しない」ということを言い続けているのに近い。自民党は選挙に勝ったし、自分は自民党総裁なんだから、法律で明確に禁じられていること以外は何でもできるとでも言いたいようだ。これでは首相の「独裁」である。

 今まで報じられた事実によると、学術会議と政府のあつれきは今までもあった。これまでは学術会議側も2018年に「補充会員が任命を拒否された」事実を公表していなかった。あえて問題を大きくしたくなかったのだろう。内閣が理由を明かさないから、学術会議側も対応しようがない。法律に従って、今回新規会員候補を推薦したら、任命拒否者が6人も出た。任命された新会員はホームページで発表されるから公知の出来事になった。(共産党機関誌「しんぶん赤旗」が最初に報道したらしく、首相は仕掛けられた政争だと頑なになっているとも言われる。)

 任命拒否によって、第一部(人文・社会)の会員は定員70名のうち、1割近くの欠員が生じている。そのことで学術会議の運営に大きな支障が出ているという。10月28日に井上信治科学技術担当相が学術会議を視察した後で、学術会議の会長・各部長が記者会見でそのことを訴えた。生命科学系の武田洋幸部長は「ゲノム編集や新型コロナウイルス問題では、生命科学だけでなく、人文・社会系の視点が不可欠」と述べた。また理学・工学系の吉村忍部長は「最先端の自動運転技術でも、どう社会に受け入れられるか、人文・社会系と連携して検討してきた」と述べた。(東京新聞10月30日)非常に納得できる話で、自然科学の問題も人文・社会科学と協力して考えていかないとダメだということがよく判る。
(10月30日に開いた学術会議の記者会見)
 そんなことぐらい政府・自民党だって判っても良さそうなもんだが、何故いつまでも妨害するんだろうか。このまま果てしなく欠員問題が続くと、「学術会議の抜本的改革」もありそうな感じだ。学術会議の「廃止」、あるいは学術会議の「民営化」である。衆参で与党が絶対多数を占めているんだから、その気になればどんな法案だって通せる。しかし、そこまで行くと政府・与党も大きな傷を負うし、コロナ禍の今最優先で取り組むべき課題とも思えない。

 しかし、自民党内からも「デマ」のような攻撃が続いていることを思うと、背景にはもっと深いものがあるのではないか。どこまで明確なプログラムが存在していたかは不明だが、明らかに数年前から自民党内で「学術会議攻撃」が計画されていたと思われる。それは学術会議の「軍事的安全保障研究に関する声明」を変えさせたい、あるいは無意味化したいということだと思う。この「軍事研究はしない」というのは、悲惨な戦争を防げなかった、それどころか先頭に立って戦争に協力した学術界の反省に基づくものである。いわば「学術界の憲法9条」と言ってもいい。
(外国特派員協会での記者会見)
 この重い歴史を持つ声明を変えるべきだという保守派の意見は相当根強い。さすがに「日本は核兵器を開発せよ」「死の商人を目指せ」などとは言わない。「現代では防衛研究と民生研究は分けがたい」などという。防衛技術にも応用可能な先進的な民生技術(デュアル・ユース技術)だというわけだ。だから「防衛的研究を認めなければ、日本は世界から遅れを取って競争力が落ちてしまう」などと言うわけである。

 何となく納得してしまいそうだが、ここには論理上の矛盾がある。インターネットやスマートフォンなどの情報技術の発達を取っても、「民生と防衛が分けがたい」という認識はある程度正しいのだろう。しかし、そうだったら、ただ普通に研究費全体を増やせばいいだけである。民生研究をすれば、防衛に役立つ新技術も発達すると先の論理から言えるはずだ。しかし、政府は研究費全体を大きく削減し、「選択と競争」などというスローガンを掲げて、学問研究の世界を果てしない書類作成に変えてしまった。

 そして防衛装備庁の研究費だけを増額する。そして多くの研究者にこっちを使えばいいと呼びかける。「裏のねらいがあるんじゃないか」と思うのが当然だろう。防衛装備庁のホームページを見ると、この研究に応じても心配ないですよと以下のようなことが書かれている。「受託者による研究成果の公表を制限することはありません。」「特定秘密を始めとする秘密を受託者に提供することはありません。」「研究成果を特定秘密を始めとする秘密に指定することはありません。」などなど。これを真に受けるのは、よほどの「お人好し」である。

 それはとにかく、学界における「憲法9条」に当たるとも言える「声明」を変えるというのは、要するにホンモノの(自民党的)改憲プログラムの重要な一環なんだろう。今一般的には「菅首相が任命拒否した」ととらえる人が多いだろうが、過去にも補充人事を任命拒否したわけだから「安倍首相も任命拒否した」わけである。「安倍・菅政権」を貫く「改憲プログラム」の中で起こされたというのが、今回の学術会議問題の本質ではないかと思う。

 その意味で、ただ学術会議の問題であるというよりも、政府に批判的な発言を行う学者を狙い撃ちすることによって、「声を挙げる」こと自体を危険視するような風潮を作り出すことが目的だ。だから、今の時期に声を挙げておかないといけないんだと思っている。
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