ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
この日本をどのように立て直すか、ともに考えて参りましょう。

都知事選6~小池百合子氏は憲法改正に積極的

2016-07-26 08:51:06 | 時事
 今回の都知事選で、私が最も驚いたのは、次の写真である。



 都知事候補・小池百合子氏の街頭演説の模様である。東京・銀座4丁目に、かつて見たことのないほどの人だかりである。組織の動員なしでこれである。ツイッター等で演説の予告を見た人たちが、自発的にこれだけ集まる。かつてない動きである。こうしたエネルギーが、どれだけ票という形に実るか。SNSが普及する東京で、誰も結果を予測できない前代未聞の現象が起こっていると思う。
 さて、その小池氏についてであるが、彼女は今回都知事選に出る前は、衆議院議員だった。環境大臣としてはクールビズを施行し、防衛大臣としては“たかり次官とおねだり妻”で悪名を馳せた守屋武昌事務次官を斬った。そうした小池氏の政治家としての基本的な思想はどういうものだろうか。
 小池氏は、今回の都知事選では、都政を語っている。国政レベルの憲法、安全保障、教育等については、これまで多量の発言・著書があるが、それを披歴することは控えている。そこで、あえてここでは、その国政レベルの見解を紹介する。

●憲法改正に積極的

 東京都知事選に立候補した小池百合子元防衛相は、どのような憲法観を持っているか。
小池氏は、積極的な改憲派である。
 平成12年(2000)11月30日、衆院憲法調査会は、「二十一世紀の日本のあるべき姿」と題して審議を行った。石原慎太郎東京都知事(当時)とジャーナリストの櫻井よしこ氏らが参考人として呼ばれた。
石原氏は現行憲法を「歴史的に否定すること」こそ国会がすべきことだと主張した。
当時、自由党から分かれた保守党に所属する議員だった小池氏は、それを受けて、最後の質問で次のように述べた。

 「石原都知事、本日はありがとうございます。いろいろと御示唆いただきました。結論から申し上げれば、一たん現行の憲法を停止する、廃止する、その上で新しいものをつくっていく、私はその方が、逆に、今のしがらみとか既得権とか、今のものをどのようにどの部分をてにをはを変えるというような議論では、本来もう間に合わないのではないかというふうに思っておりますので、基本的に賛同するところでございます。」
 「きょうはいろいろと、憲法調査会でございますから憲法問題に関連してお話しいただいているわけですが、私は、むしろアメリカの戦略とすれば、日本にこの憲法を変えさせないのが最大の戦略になってくるんじゃないか。つまり、いろいろな点でがんじがらめにしておいて、そしてそのたびに出おくれるような形にして、最後は小切手外交をさせようというのが、これは一番アメリカにとっていい方法で、なおかつ思いやり予算というような形で置いて、ありがたくそこに海兵隊の人たちが住んでいるというような状況。ですから、アメリカの側から見れば、それが戦略なのかなと思ったりもするわけでございます。」
 「二十一世紀を見詰める上で、今後の日本がどうあるべきかということを踏まえた、ある意味では帰納法的な憲法の創憲ということを目指すべきではないかという私の意見を申し上げまして、質問を終わらせていただきます。」

 石原氏は、現行憲法を無効と宣言して停止して、新しい憲法をつくるべきだという無効破棄・自主憲法制定を持論としている。小池氏は、平成12年の時点では、その考え方に基本的に賛同し、「二十一世紀を見詰める上で、今後の日本がどうあるべきかということを踏まえた、ある意味では帰納法的な憲法の創憲」を目指すべき、という積極的な意見を表明していた。

 小池氏は、その後、自民党に移った。小池氏は、民主党政権時の平成24年(2012)年7月9日の衆院予算委員会で、野田佳彦首相(当時)に、「国防軍」保持や「緊急事態条項」創設を盛り込んだ自民党改憲草案の丸のみを要求した。自民党の憲法改正論は、現行憲法の改正条項である96条の規定に則ったものである。石原氏の無効破棄・自主憲法制定論とは違う。小池氏は、この時点で、石原氏より穏健な手法を取る自民党の憲法改正論に転じたことになる。
 また、小池氏は、平成27年(2015)2月19日の衆院予算委員会で、緊急事態規定に関する安倍晋三首相の「イメージ」を質問した。首相は、憲法改正案は国会が発議するものであり、自民党総裁(兼任)として「最終的に判断する」と答弁したにとどまった。これに対し小池氏は、緊急事態規定に関して83条の財政の条項の改正から行ってはどうかと発言した。当時、国民投票法が制定され、憲法改正の手続きが整ったところだったが、国民は一度も憲法改正の国民投票をしたことがないので、「いきなり全部のメニューを最初からというよりも、96条よりも、私は83条から始めるべきではないかと思っている」と発言した。この意見は、憲法の全体を改正するというより、まず特定の条項から改正するという部分改正の提案である。小池氏は、平成24年から27年までの3年間の間に、改憲についてより穏健で現実的な方法を取る方向に変化したことが分かる。
 一貫しているのは、積極的な憲法改正派であることである。

 次回に続く。