選挙のたびに、世の中いい方向にと願いながら投票所に向かうが、いつも歯ぎしりばかり。選挙権が政治に自分の意思を反映させる手段と考えていたが、限界を感じている。何か打開策はないのだろうか。国民をヒツジ化して思う通りの国家にしようとする権力に対して庶民が対抗できるのは、非暴力不服従の立場を日常から貫くことではないか。まずできること、自転車のヘルメットは拒否しよう。自分の命の価値は自分で決めよう。自転車大国のオランダはじめ世界の国でヘルメットの着用を義務化している国はあるのだろうか。無い。ヘルメットをつけるかつけないかは個人に任せているのが普通でしょう。自分の命は自分のもの。余計なおせっかいだ。なぜこんなおせっかいをするのか。人々をヒツジ化する手段であり、ヒツジ化をはかるリトマス試験紙と思っているに違いない。