柔道の稽古にあたって、コロナ禍の中でソーシャルディスタンスを守りながらの稽古を如何にしたらいいか、指導者は苦心なさっているのが現状かと思う。私が所蔵している大日本柔道教典にヒントになる文があるので紹介する。この本は冨山房から昭和7年に、大日本武道専門学校の教授であった 磯貝 一、栗原民雄両先生の共述の本として出版されたものである。第三章の投技の基本練習の第7節 準備運動と正座の中で写真と解説文が掲載されている。戦前の本なので、旧漢字で書かれていることもあり、若い人も読みやすいように書き直した。
準備運動とは、乱捕を行う準備として課せられる運動のことである。
準備運動としては、精力善用国民体育の数種を行うがよい。理由は、
1、動作が簡単である。
2、初心者に学び易い。
3、時間を要しないから、乱捕を行う妨げにならぬ。
4、当身技を修得することになる。
5、当身技は強く冴えることがことが必要であるから、早く始めて絶えず練習する必要が有る。
6、体育としても理想的である。
準備運動
(一)五 方 当
【姿 勢】ー自然本体
【第一動】-左斜当 右拳を固く握って、45度左斜前へ、肩と水平の高さに、手の甲を外向きににして
突き出す。
【第二動】-右当 左斜前へ出した右手を、手の甲を上にして、其のままの高さで、右側に強く振り、
其の方向に目を注いで、小指の渦の所で当てる。(この場合、右手は体よりも後に出ては
ならぬ。)。
【第三動】ー後当 右横に振った拳を、開きながら掌(手のひら)を上にし、其のままの高さで前方に廻
し来たり、指をまとめて、肘で後方へ強く突く。
【第4動】ー前当 後方を突いた右手の拳を固く握りながら、手の甲を上にして、前方を強く突く。
【第五動】ー上当 前方を突いた右手の二の腕を右脇に引きつけ、右拳を右肩の所に持ち来たり(手の甲は右
向)、頭上に向って突き上げると同時に、其の方に注目する。
【第六動】 頭上に突き上げた右手を下ろして、自然本体に復する。
【注 意】 次に左手を以て同様の要領で行う。
(二)五 方 蹴
【姿 勢】ー自然本体
【第一動】-前蹴 右足の爪先を反らし、蹠頭を以て前方を強く蹴る。
【注】 蹠頭とは、指根と土踏まずとの間の隆起したところ
である。
【第二動】ー後蹴 前方を蹴った右足の踵(かかと)の裏で、直後を強く蹴る。
【第三動】ー左斜蹴 後を蹴った右足の蹠頭で、45度左斜前を強く蹴る。
【第四動】ー右斜蹴 左斜前を蹴った右足の蹠頭で、45度右方を強く蹴る。
【第五動】ー高蹴 右斜前を蹴った右足の蹠頭で、前方を高く蹴上げる。
【第六動】 前方を蹴上げた右足を下ろして、自然本体に復する。
【注 意】 次に、左足を以て同様の要領で行う。もし脚が弱く、六挙動まで片足で立つことがで来ない時は、時々蹴る足を下ろすも差し支えない。
( 三)斜 上 打
【姿 勢】ー自然本体
【第一動】 右手の指を揃え、手の甲を上にして左肩近くにあげ、直ちに右斜上方を強打し、同時にその方を注目する。打ち終われば右手を下ろすと同時に、
【第二動】 左手を以て同様の要領で、左斜上方を強打する。打ち終われば、下ろして自然本体に復する。
( 四)斜後下打
【姿 勢】ー自然本体
【第一動】 前述の如く、右手を右肩近くに取り、頭を右に廻しながら、斜後下に注目し、其の方を強打する。打ち終れば、右手を元に戻すと同時に、同様の要領で、
【第二動】左手を以て左斜後下を強打し、打ち終れば自然本体に復する。
( 五)後 打
【姿 勢】ー自然本体
【第一動】右拳を握り、体前で下から上に大円を描きながら、体と首とを十分右にひねって、右手小指側渦巻の辺りで真後を打つ。
( 六)後突前下突
【姿 勢】ー自然本体
【第一動】上体を十分後に曲げると同時に、両手の拳を挙げて来て、肩の上から、手の甲を上にして、両手の
拳で後方を突く(此の時、両肘の間隔は肩幅の広さ)。
【第二動】 上体を起し、両肘を外方に、張り、両手の拳を乳の辺りに取りながら、体を前屈して、両手の拳
で前下方を強く突く(手の甲は前向き)。突き終れば自然本体に復する。
【注 意】 以上は準備運動であると同時に、当身技の単独練習であると思い、各当毎に反動を行い、強く冴
えるように熟練せねばならぬ。
終 末 運 動
乱捕の終わりに終末運動が課せられる。週末運動は多く静かな運動であるが、左記の二種などは、是非行わねばならぬものと思う。
(一) 鏡 磨 (精力善用国民体育)
【姿 勢】自然本体に立ち、用意の命令で、両肘を曲げて図の如き姿勢となる。
【第一動】胸を十分張りながら、両手の拳で鏡を磨くように、上方から外下方へ回して、小円を描く運動をす
る。回数5回。
【第二動】同様の要領で、下方から外上方へ回して、小円を描く運動を
する。回数5回。
【注 意】 鏡面を磨くと同時に、自己の心を考で、邪念を去らねばな
らぬ。
(二)腹 式 呼 吸
自然本体に立って、静かに鼻から息を吸い込むと同時に、下腹を膨らまし、次に、静かに細く長く鼻から息を吐きだし、同時に下腹を凹ます。回数3回。
(三)正 座
これ等の運動が終わると、正座瞑目して、無念夢想の境に入るのである。