十三のカーネルおじさん

十三に巣くってウン十年。ひとつここらで十三から飛び立ってみよう。

モリのいる場所

2018-05-28 15:25:46 | 趣味

久しぶりに映画館に行った. 山崎 勉、樹木希林主演の「モリのいる場所」。時間は流れているのだが、止まっているのか遅いのか、不思議な空気が流れ、プラネタリウムの中にいるような感覚。少年時代の自分が蘇ってきたのかもしれない。蝙蝠も雀も手のひらに包んだことがある。そのぬくもり。トカゲは学生服のポケットに入れて遊んだ。夏の早朝の蝉取り。メスのギンヤンマに糸をつけてオスを何匹も捕まえたこと。おなかにいっぱい卵をだいたザリガニ、大野川沿いのイナゴ、牛乳瓶で作ったアリの巣、みんな十三に住んでいた少年時代の思い出。洋画家熊谷守一は子供の心のままに自分の家の庭を日々好奇心を満たしてくれる宇宙としたのであろう。世の中に流されず、世の中の価値観にも惑わされず生きることのできた幸せ。黒沢明監督の映画「夢」の「水車のある村」で笠智衆が演ずる老人と山崎努と重なり、そして樹木希林は私の母と重なった。「ただ何回かふれましたが、私はほんとうに不心得ものです。気に入らぬことがいっぱいあっても、それにさからったり戦ったりはせずに、退け退けして生きてきたのです。ほんとうに消極的で、亡国民だと思ってももらえればまず間違いありません。私はだから、誰が相手にしてくれなくとも、石ころ一つとでも十分暮らせます。石ころをじっとながめているだけで、何日も何月も暮らせます。監獄にはいって、いちばん楽々と生きていける人間は、広い世の中で、この中の私かもしれません。」「へたも絵のうち」より。

 

 

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灯台下暗し

2018-05-24 10:26:50 | 散歩

 地域の掃除があった。掃除が始まれば、野の花はきれいに刈り取られるので写真におさめることにした。関西タンポポが一本。何よりうれしかったのは卯の花を見つけたこと。

       

 

 

 

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2018-05-16 10:24:01 | 世の中

正岡子規の『俳句の初歩』に興味ある一文を見つけた。 「偽りも御伽噺の舌切雀、猿蟹合戦、桃太郎の如く、又は白髪三千丈というが如く、分かり切ったる偽りは悪からず。之に反して誠らしき嘘は人を欺かんとする傾きありて不愉快なる者なり。」と心敬の俳句を評した。最近の国会中継を見ていて、役人たちの答弁を聞いていて、まさしく国民を欺こうとした答弁を彼らがしているのだなーと思った次第である。大谷の試合を見て心地よくなるのは、まったく嘘のない世界が見えるからだ。

 

 

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万博公園

2018-05-09 11:03:31 | 散歩

   久しぶりに自転車で万博公園へ走った。私の自転車が老朽化。ペダル、6段変速、サドルを悪戦苦闘の末取替え完了。乗り具合を試すためでもあった。本当は自転車の老朽化より自分の脚の老朽化のほうが問題化もしれないが無事10分ほどで万博公園に到着。カレー博で昼食を済ませポピーを見にいったが、途中網を持ち池で魚をとる子供たちを見た。ゴリが取れるという。万博公園は都市の里山を目指しているが、網を持つ子供はその目標に近づいたことを示しているのかもしれない。今の大阪が目指す万博の跡はばくち場ができるようだがその違いの大きさ。

     

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神戸へ

2018-05-06 10:52:40 | 散歩

 金曜日の祭日。孫二人と一緒に神戸の異人館へ。神戸は昔から大好きな街。娘たちともよく来た。街に余裕があり、行きかう人もせこせこしてないのもいい。三宮から歩いて坂道を行く。途中大きなライオンの絵。妻がスズキコージだというので足をとめた。スズキコージの絵本との出会いは30年以上前。『大千世界のなかまたち』(福音館書店)。娘が小さいころ、十三から茨木へ引っ越し。本を開けてみると、漢字には私の字でルビが、そして妻の字で日付がかいてある。娘に読み聞かせたのだろう。83ページの本を二日で読んでいる。「ぼくは、子どものころから、自分のまわりに、人間ではない何かの生きものの気配を感じることがあって、それはカやハエでもなく、といって得体の知れないおばけなんかでもなく、知らんぷりしていると、ちゃんと姿をあらわしてくれるのだった. 」ではじまる物語に「ふだん目には見えないだけで、この大千世界には、なんと多くのなかまたちがいっしょに生きて暮らしていることか。」そしていろいろな不思議ないきものが紹介されていく。スズキコージは幼いときに持っていた感性をずっと持ち続けた人だ。その人が前にいた。新しい絵本『コウベッコー」を二冊買いサインをしてもらい、写真も撮らせていただいた。異人館はうろこの館だけで、孫と食欲を満たすために中華街へ。

        

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日本国憲法

2018-05-04 07:44:20 | 大門寺

日本国憲法は昭和21年11月3日に公布、昭和22年に5月3日に施行された。その年の12月4日に東大戦没学生の手記「はるかなる山河に」が出版された。時の東大総長の南原 繁は慰霊祭における告文で『 然し、諸君に告げたいことは、我らの行く手に民族の新たな燭光、大いなる黎明は既に開け初めつつあることである。今や我が国は有史以来の偉大なる政治的社会的精神的変革を遂げつつある。我らはそれを通して平和と道義の真正日本の建設と新日本文化の創造をなさなければならない。これこそは就中我々学徒が精魂を傾けて成し遂げねばならぬ偉業であり、心血を注いでの我らの新たな戦ー『理性』を薔薇の花として、それと厳しき『現実』との融和を図る平和の戦である。』と戦争で命を落とした学生に呼びかけている。日本に悲劇をもたらした大戦を軍閥、超国家主義者等少数者の無知と無謀と野望によって企てられた只戦争一途と、そして没落の断崖目がけて、国を挙げての突入であったと言う。今現行憲法を改正しようとする勢力は信頼できる人間たちであろうか。野望のためには国民をだますことをなんとも思っていない国民に対して敬意を持たない低劣な輩の思いにのってはいけないと思う。5月3日妻と大門寺に行った。連休中のせいか参拝は私たち夫婦と写真を撮る女性のかたであった。寺は改造中で少々落ち着かないが、芍薬が美しかった。

 

 

 

 

 

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