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書籍之海 漂流記

看板に掲げているのは「書籍」だけですが、実際は人間の精神の営みすべての海を航海しています。

ウィキペディア「概念メタファー」項

2018年01月19日 | 人文科学
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A6%82%E5%BF%B5%E3%83%A1%E3%82%BF%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%BC

 自分のわかる英語版ロシア語版もあわせて覧てみたが(その前に参考文献欄の文献は2件を除きすべて目を通している)、私に言わせれば英語圏以外でのこの理論は核心部に鬆が入っている。これではconceptual metaphorの翻訳概念にすぎない。
 中文版がないのが残念だ。あって、もし内容が日・露語版と同じだったら、「それでは『史記』項羽本紀の「夫搏牛之虻不可以破蟣虱」の比喩のメカニズムは解明できまい」と言うところだ。

「まなざし」という比喩

2017年12月05日 | 思考の断片
 「まなざし」という言葉を比喩として使っている社会史の著作を見る。「まなざし」というのは学問的にはあまり使わない語彙であろう。さらには比喩(この場合隠喩)であり、学問的著作では基本的に比喩は避けられる。比喩は修辞であって、学問が旨とする論理的な思考や表現の精確さと厳密さとを損なうからである(“死んだ隠喩”をのぞく)。この著者は、みずからがいま新たな比喩を使っていることを自覚しているかどうか。

George Lakoff and Mark Johnsen, "Metaphors we live by"

2017年06月16日 | 抜き書き

  We saw in the ARGUMENT IS WAR metaphor that expressions from the vocabulary of war, e.g., attack a position, indefensible, strategy, new line of attack, win, gain ground, etc., form a systematic way of talking about the battling aspects of arguing. It is no accident that these expressions mean what they mean when we use them to talk about arguments. A portion of the conceptual network of battle partially characterizes the concept of an argument, and the language follows suit. Since metaphorical expressions in our language are tied to metaphorical concepts in a systematic way, we can use metaphorical linguistic expressions to study the nature of metaphorical concepts and to gain an understanding of the metaphorical nature of our activities. ('2. The Systematicity of Metaphorical Concepts', p. 7)

  The weak homonymy position would deny that we understand the abstract in terms of the concrete or that we understand concepts of one kind in terms of another kind at all. It claims only that we can perceive similarities between various concepts and that such similarities will account for the use of the same words for the concepts. ('18. Some Consequences for Theories of Conceptual Structure,' p. 112)

(London: The university of Chicago press, 1980)

Andrew Ortony, ed., "Metaphor and Thought"

2017年06月02日 | 人文科学
 http://www.cambridge.org/catalogue/catalogue.asp?isbn=0521405610

 1979年刊。目次を見、編者の総論を見、索引から関心のあるタームで頁を繰ってみたが、基本チョムスキーの生成文法・普遍文法論が正しいとの前提に立っていて、ウォーフは冷笑ぎみの鼻も引っかけない扱いと見えるのは私の誤読か。

(Cambridge University Press, Sep. 1979)

Harris, Robert T., & James L. Jarrett, "Language and informal logic"

2016年09月09日 | 抜き書き
  Our conclusion, then, is that analogies do not prove but that they may certainly suggest and explain. ('Metaphorical Language', p. 201.)

 Careful and purposeful classification suggests the rise of logic, that is, of the deliberate, systematic, consistent ordering of discourse. Aristotle could not satisfied with thinking of a tragedy as a goat-song; he had to define the term, which is to say, include it within a genus and clearly differentiate it from the other species within the same genus: "Tragedy is an imitation of an action that is complete, serious... and of a certain magnitude... through pity and fear effecting the proper purgation of these emotions. ('Metaphorical Language', p. 181)

(NY: Longmans, Green & Co., 1956)

C. H. ドッド著 室野玄一/木下順治訳 『神の国の譬』

2016年07月02日 | 宗教
 おそらく譬は、ただ非ユダヤ的環境においてのみ、寓喩的に神秘化されたものと思い違いされたのであろう。ユダヤ人教師の間では、譬は一般的でよく了解されていた説明の方法であり、イエスの譬も形式においてはラビの譬と類似のものであった。それゆえ、なぜ彼が譬で教えたかという問題が起こったとは思われないし、なおさら、そんな当惑するような回答をうけとることもなかったであろう。これに反して、ヘレニズムの世界においては、寓喩的解釈を施して神話を用いることは、密教的教理の道具とされて、広く行きわたっていた。そしてこの種のあるものは、キリスト教の教師達の中にも見いだされるであろう。これが何ものにもまして、解釈を誤った線にもっていったのである。  (「第一章 福音書の譬の性格と目的」 本書18頁。下線は引用者、以下同じ)

 それでは、もしそれが寓喩でないとすれば、譬とは何であるか。それは、真理を抽象観念で考えるよりも、むしろ具体的な光景の中で見ようとする心の自然な表現である。  (同、19頁)

 寓喩=アレゴリー。

 もっとも単純な形では、譬は自然とか日常生活から取り出された隠喩 (metaphor) か直喩 (simile) で、聞く者達をその潑剌さや珍しさで捕え、それを的確に適用するに当たって心にかなりの疑惑をおこさせ、次第にそれを生きた思想にかえていくのである。  (同、19-20頁)

(日本基督教団出版部 1964年8月)

アーネスト・ウィークリー著 寺澤芳雄/出淵博訳 『ことばのロマンス 英語の語源』

2015年04月29日 | 抜き書き
 我々の使う(employ)表現(expression)は、最も基本的な(rudimentary)対象(object)や行為と関係のある(connected)ものを別とすれば、ことごとく隠喩(metaphor)からできている。 (「第八章 隠喩」 本書217頁)

 たとえ、不断の使用の結果、元来の意味がぼやける場合があるにしてもである。 (同上)

(岩波書店 1987年7月)