書籍之海 漂流記

看板に掲げているのは「書籍」だけですが、実際は人間の精神の営みすべての海を航海しています。

吉田寅 「『天主実義』と『天道溯原』 中国キリスト教の代表的伝道文書について」

2014年05月30日 | 人文科学
 『駒澤史学』45、1993年4月、195-213頁。

 とても興味深い。だが『天主実義』の原文をちょっと読んでみたところ、このテーマがいっそう興味深く思えた。

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「公教要理」http://www.d-b.ne.jp/mikami/catech.htmを読んで

2014年05月30日 | 思考の断片
 カテキズムを「公教要理」と訳したのは何時の誰だろう。「要理」という詞は『諸橋大漢和』『辞海(1979年度版)』にない。ただし崇禎十七(1644)年刊の𦫿儒略(Giulio Aleni)の著作に『聖体要理』というものがある。

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陳衛平/李春勇 『徐光啓評伝』

2014年05月30日 | 伝記
 「第五章 “度数之学”与以数学为基的思想」の「三、“不用为用,众用所基”的数学思想」と、「第六章 “格物穷理”与近代科学先驱的眼光」の「四、近代科学幼芽的萌动」とが、自分の関心に重なっていて面白かった。

(南京 : 南京大学出版社 2006年8月)

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朱鈞侃/潘鳳英/顧永芝 『徐霞客評伝』

2014年05月30日 | 伝記
 明末清初の中国における科学的思考様式の出現について、限界があったとか独自の歴史的発展によるとか過去の関連研究のようないじましい留保をつけずに当時宣教師を通じて流入してきた西洋の科学技術の影響によると綺麗に認めているのは進歩といえば進歩だが、こんどは反対に、その時代に生きていたからというだけの理由で徐霞客の業績までを無条件にそうとしてしまうのはどうであろうか。傍証のみで直接証拠が提示されていない(この著者連の手法ではできない)。根拠なしの肯定はいつでも根拠なしの否定に転じうる。

(南京 : 南京大学出版社 2006年8月)

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寺田寅彦 「子規の追憶」

2014年05月29日 | 抜き書き
 『青空文庫』所収。

 ある時西洋の小説の話から始まってゾラの『ナナ』の筋も私に話して聞かせた。それから、何という表題の書物であったか、若い僧侶が古い壁画か何かの裸体画を見て春の目覚めを感じるという場面を非常にリアルな表現をもって話して聞かせた事があった。その時の病子規は私には非常に若々しく水々しい人のように感ぜられた。

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北野武監督 『キッズ・リターン』(1996年)

2014年05月29日 | 映画
 冒頭安藤政信さんの不機嫌に削げた顔、それを第一に際立たせる画作り(画面設計と言っていいのかどうか)、流れる音楽とその挿入のタイミングとに、痺れた。金子賢さんと、どうしようもない二人だけれど。

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何兆武 「明清之際中国人的科学観――以徐光啓為例」

2014年05月29日 | 東洋史
 北京行政学院学報 2004年第4期、2004-08-10、69-74頁。

 明末清初の中国に西洋科学技術が与えた影響はそれほど大きいものではない、徐光啓は科学知識と科学者としての技倆において、当時来華していた宣教師の誰よりも優れていた、徐の科学者・思想家としての水準はベーコン、ガリレオ、デカルトに比肩するという主張。ならば自分で『幾何原論』を訳すどころか著せばよかったであろう。

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 『子規全集』 第19巻 「書簡」

2014年05月29日 | 文学
 図書館で手に取り、何の気なしに開いてみると、そこはあの「僕ハモーダメニナツテシマツタ」で始まる、漱石宛の手紙だった。これには何の不思議も神秘もないのであって、それだけこの巻ではこの手紙を読もうとする人が多いということであろう。

  やまといもありかたくそんし候 つまらぬ御くわしすこしさし上候 小づゝみにて 東京上根岸 正岡常規

 明治三十五年「八月十八日 長塚節殿」、葉書、〔東京上根岸 正岡常規〕〔自筆〕の注記。660頁。
 短いが私にはいかにも子規らしい文面と。

  やまべといふ肴山の如く難有候 但し盡くくさりて蛆湧き候は如何にも残念に存候

 明治三十五年七月三十一日 長塚節宛封書。659頁。
 なるほど夏とはものが腐る季節であるとあらためて思った。
 ところでこの後が面白い。

  量は左迄澤山ならずとも腹をあけて燒いて日に干してといふだけの手間を取てもらうとよかつた

 原文は“腹をあけて”から“日に干して”までの部分、横にことごとく〇印が打ってある。子規は、念者(ねんしゃ)であるから。

(講談社 1978年1月)

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土居健子(談) 「叔父秋山真之と子規の御家族」

2014年05月29日 | 日本史
 『子規全集』17「俳諧研究」(講談社 1976年2月)、「月報」所収。同8-10頁。

 土居女史は秋山好古の次女であられる。その談話によれば、日清から日露戦争までの間、好古は6年間天津に居っぱなしで、多美子夫人も彼地へ行っていたため、その間女史は叔父である真之の家に預けられて育ったという。

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ぬやま・ひろし 「子規とその世界観についての覚書」

2014年05月29日 | 文学
 正岡忠三郎編集代表『子規全集』16「俳句選集」(講談社 1975年8月)所収、同書649-662頁。本巻の「解説」として。

 「『無常感』がないという点で、子規の文学は『万葉集』に対応する」の一句は、その警抜な着眼点に感嘆するのだが、それ以外の物の見方(たとえば歴史観など)は、江戸時代の農民をためらいもなく農奴であるとしたり、型通りのコミュニストといった印象が強い。

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