再読。胡適が陳独秀のマルクス主義者になったのを批判して以下のように言ったことにあらためて注目する。
以前に陳独秀先生は、プラグマティズムと弁証法の唯物史観が近代の重要な思想方法であるといわれ、この二つの方法を一つの連合戦線として合作したいと希望された。しかしこの希望は間違いである。弁証法はヘーゲル哲学から生まれたもので、生物進化論が成立する以前の非科学的方法(玄学)である。プラグマティズムは生物進化論が生まれた後の科学方法である。この二つの方法は根本的に相容れない。 (「第二部 研究論文」、「協調と論争の友情――陳独秀と胡適」本書407頁)
422頁の注16によれば、この胡適の意見は「介紹我自己的思想」(『胡適選集』天津人民出版社、1991年、272頁)にあるそうだ。
唯物史観ひいてはマルクス主義は、たしかに胡適の言うとおりであろう。しかしプラグマティズムとてそうではないか。胡の杖と恃む生物進化論そのものが、こんにちの見地からすればいまだ検証されない部分を多分に抱えた理論で科学とは言い難かった。さらにいえば進化と進歩とを一緒くたにしていたような当時の俗流進化論は、とうてい科学とはいえない。
胡はここに名言しているとおり、そういった自然淘汰=弱肉強食の如き俗流理解とは一線を画して純粋に生物進化論を信奉していたのかもしれない。しかしこの“信奉”という態度がまさに――それがすべての正偽や善悪を下すもととなりえるという「疑わない」態度が――、すでに科学的ではない。
陳にとっての唯物論およびマルクス主義が玄学であったとすれば、胡にとってのプラグマティズムもまた、それ自身の本質は別として玄学であったと言ってよいのではないか。
(慶應義塾大学出版会 2009年9月)
以前に陳独秀先生は、プラグマティズムと弁証法の唯物史観が近代の重要な思想方法であるといわれ、この二つの方法を一つの連合戦線として合作したいと希望された。しかしこの希望は間違いである。弁証法はヘーゲル哲学から生まれたもので、生物進化論が成立する以前の非科学的方法(玄学)である。プラグマティズムは生物進化論が生まれた後の科学方法である。この二つの方法は根本的に相容れない。 (「第二部 研究論文」、「協調と論争の友情――陳独秀と胡適」本書407頁)
422頁の注16によれば、この胡適の意見は「介紹我自己的思想」(『胡適選集』天津人民出版社、1991年、272頁)にあるそうだ。
唯物史観ひいてはマルクス主義は、たしかに胡適の言うとおりであろう。しかしプラグマティズムとてそうではないか。胡の杖と恃む生物進化論そのものが、こんにちの見地からすればいまだ検証されない部分を多分に抱えた理論で科学とは言い難かった。さらにいえば進化と進歩とを一緒くたにしていたような当時の俗流進化論は、とうてい科学とはいえない。
胡はここに名言しているとおり、そういった自然淘汰=弱肉強食の如き俗流理解とは一線を画して純粋に生物進化論を信奉していたのかもしれない。しかしこの“信奉”という態度がまさに――それがすべての正偽や善悪を下すもととなりえるという「疑わない」態度が――、すでに科学的ではない。
陳にとっての唯物論およびマルクス主義が玄学であったとすれば、胡にとってのプラグマティズムもまた、それ自身の本質は別として玄学であったと言ってよいのではないか。
(慶應義塾大学出版会 2009年9月)