書籍之海 漂流記

看板に掲げているのは「書籍」だけですが、実際は人間の精神の営みすべての海を航海しています。

江藤淳編 波多野澄雄解題 『新装版 占領史録』 上下

2018年02月16日 | 現代史
 出版社による紹介。/
 
 編者の『閉ざされた言語空間』の理屈がいまだに分からない。海舟論と西郷論と漱石論は分かるけれども面白くない。『氷川清話』(共編)は感謝している。

(講談社学術文庫 1995年6・7月)

この記事をはてなブックマークに追加

井口武夫 『開戦神話 対米通告はなぜ遅れたのか』

2018年02月16日 | 現代史
 不学者にも分かる人と名としては加瀬俊一、瀬島龍三、また森島守人ほかが出てくる。ここで主張される議論がすべて正しく真相を穿っているのかどうかは私にはわからない。だが「それにしてもひどいものだ」という部分的判断のつながりは心証として結ばれる。

(中央公論新社 2008年7月)

この記事をはてなブックマークに追加

シリーズ『ロシア革命とソ連の世紀』(岩波書店 2017年6月~)についての初歩的感想

2017年12月07日 | 現代史
 昨日大学図書館で、同シリーズの第1・2巻を拾い読みしてきた。第1巻では自由主義史観の強い欧米よりも日本のほうがソ連をありのままに見、のち欧米で興ったリヴィジョニストの社会史派の視点を先取りできたところもあったという言う旨の議論があり、第2巻では第二次世界大戦末期のソ連参戦は、その事実を指摘することが過去においてネガティブキャンペーンとして使われたのであり、いまは日本側の対応のまずさに関心と研究の先をむけるべきだという議論がある。
 前者は大阪外大ロシア語科で冷戦期(ブレジネフ時代、ソ連のアフガン侵攻期)を過ごした身には、限られた時空の経験からながら噴飯物の戯言にしか思えず、後者は、おなじく岩波書店の『昭和史』以来変わっていないのかという呆然とした感想を抱く。
 亀井勝一郎氏の「今度の戦争で、ソ連の参戦といふ重大事実に対してなぜ批判を避けたのか」、「これは親ソとか反ソとは関係なく、国際法の上から是非を明らかにしておかなければならない問題である」という疑問と批判にはいまだ正面から答えるつもりはないらしい。

この記事をはてなブックマークに追加

明治大学現代中国研究所/石井知章/鈴木賢編 『文化大革命 〈造反有理〉の現代的地平』

2017年11月30日 | 現代史
 出版社による紹介

 「座談会 文化大革命と現代世界――矢吹晋氏に聞く」と「文革研究の今日的意義を問う――あとがきに代えて 鈴木賢」がとくに興味深かった。学問は時と共に進んでいくが、それを担う人は世代ごとに、また同じ人でも年代によって、時代とはかならずしも歩みを俱にしないのだなとふかく感じ入る。

(白水社 2017年8月)

この記事をはてなブックマークに追加

ウィキペディア「文化大革命」“5.1 日本における評価"の記述を見て

2017年11月20日 | 現代史
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%87%E5%8C%96%E5%A4%A7%E9%9D%A9%E5%91%BD#.E6.97.A5.E6.9C.AC.E3.81.AB.E3.81.8A.E3.81.91.E3.82.8B.E8.A9.95.E4.BE.A1

 新島淳良のみ1973年という早い時期に大学を辞任しているが、これは中国から公開しない約束で提供された内部文書を帰国後に公開出版し中国から批判されたからで、文革礼賛の責任をとったのではない。

 本当なのだろうか。中国現代史の研究者から、「文革礼賛の責任を取って出所進退したのは新島淳良だけ」と、幾度か聞いたことがあるが、それも違うとなれば、「そして誰もいなくなった」ということになる。

この記事をはてなブックマークに追加

渓内謙 『現代史を学ぶ』

2017年11月03日 | 現代史
 出版社による紹介

 歴史的思考の推論の特質は、「広い意味で」と留保が入るが「帰納論理に帰属させることができる」、つまり帰納だとする。「帰属させることができる」というやや迂遠な表現も、留保のしるしかもしれない。
 個人的にはなぜ演繹がいけないのかわからない。さらにわからないのは、仮説を立ててそれを史料(史実)に照らして検証するという観点がここには(筆者のみに限らず歴史学の研究者には通じて言えることだが)、まったく見られないことである、

(岩波書店 1995年6月)

この記事をはてなブックマークに追加

ロイ・メドヴェージェフ著 佐々木洋監訳/名越陽子訳 『歴史の審判に向けて』 上

2017年10月22日 | 現代史
 出版社による新刊紹介

 本書は〔略〕石堂清倫氏が翻訳した『共産主義とは何か』(三一書房、一九七三年)の増補改訂版である。ソルジェニーツィン文学が『収容所群島』で描いたスターリンのソ連を、歴史学および哲学の立場から描いた戦慄と驚愕のドキュメントが織りなす壮大なスターリンとスターリン主義の研究。 (「内容説明」)

 石堂訳を出版されてから10年ほどあとで読んだ。ソ連がアフガニスタンへ侵攻し、『収容所群島』が木村浩氏による日本語訳で出てまだあまり時間もたっていないころで、その中でスターリンのみならずレーニンまで批判したというので、「これでソルジェニーツィンも化けの皮が剥がれた」と、当時我が国のソ連研究者の某が冷笑していた頃だ。

(現代思潮新社 2017年10月)

この記事をはてなブックマークに追加

グイド・ クノップ著 高木玲訳 『ヒトラーの戦士たち 6人の将帥』

2017年10月09日 | 現代史
 いまの私の関心は、ヴィルヘルム・カイテルにもっとも多く向けられる。命令への服従と職務への忠実さを掲げつつ、あまりにも明白で否定できない自らの関与したすべてについて責任を認め、その実は「自分の対面」を守るために法廷で闘った、“協力者”(彼の章に付けられた題)。

(原書房 2002年3月)

この記事をはてなブックマークに追加

[『毛沢東選集』 第三巻 「延安の文学・芸術座談会における講話(文芸講話)(1942.5月) ]再考

2017年07月25日 | 現代史
 2017年03月12日「『毛沢東選集』 第三巻 「延安の文学・芸術座談会における講話(文芸講話)(1942.5月)」

 抽象的な思考を否定した後の『真(の)』とは何如なる意味を持つのであろう。内包について考えることを禁じているのであるから、外延すなわち具体的な個々の例をそれぞれそのまま『真』と認識し、それらをそのまま、すべてを真似るしかない。

 と、4か月前に書いた。しかし、昨日の門脇廣文氏の『文心雕龍の研究』の指摘「その現象世界全体の本質を『道=天理』、個別の物や事の本質としての『理』と、ふたつに分ける」という見方に啓発された。毛沢東も同じように考えたかもしれない。かれは「道」あるいは「天理」を否定したが、個別の事象の「理」(内包)は否定しなかったと。

この記事をはてなブックマークに追加

VOA 「台湾出席国際会議遭中方咆哮 北京称合情合理」

2017年05月05日 | 現代史
 原題:台湾出席国际会议遭中方咆哮 北京称合情合理

  中国外交部周三表示,中方代表在本周于澳大利亚举行的“金伯利进程”国际会议上就台湾受邀与会提出交涉和抗议的举动“符合进程议事规则,合情合理。”

「合情合理」とは「情理に合致する」という意味の表現であるが、“定められた手続きのルールに合致する”という言葉のあとに“情理”がくるところが、去年の大学院演習で、「彼は半可通の亜インテリ」と俊秀揃いの中国人留学生に評された林語堂の、それでも私に中国と中国人について何事かを考えさせた言葉を想い出させる。

 中国人はことの是非を判断するに、理性のみで判断することはせず、同時に人情をもその判断基準としているのである。これを中国語では「情理」と呼ぶ。 (鋤柄治郎訳『中国=文化と思想』講談社1999年7月、152頁)

 「情理」は二つの要素から構成される言葉で、「情」は人情を意味し、「理」は天理を意味する。「情」は人間の可変的な要素を代表し、「理」は宇宙の不変の法則を代表する。中国人はこの二つの要素の結合により人類の行為の是非や歴史的問題に評価を下していくのである。 (同頁)

 情はさておき、理が、「理性」だったり「天理」もしくは「宇宙の普遍の法則」だったり、説明の辻褄が合っていない。ただし佐藤達郎説のように、魏晋南朝に限ったとしても理とは日本(語)の「道理」に当たるものかもまた、はっきりしない。


この記事をはてなブックマークに追加