書籍之海 漂流記

看板に掲げているのは「書籍」だけですが、実際は人間の精神の営みすべての海を航海しています。

畢沅注 『墨子』

2015年11月23日 | 人文科学
 2015年07月12日「關孝 「『墨子詁』における『爾雅』の利用」」より続き。

 テキストは『墨子大全』第11巻所収のもの。

 同書巻二十、「経上第四十」をひもといてみたら、「句読も切れない読めません(不可句読也)」と、最初から匙を投げてあった。249頁。

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漢典「良知」項

2015年11月23日 | 哲学
 「解釋 」(1) [conscience]∶天赋的道观念
 「國語辭典」 1. 天生本然,不學而得的智慧。


 直近の使用例。
 中华人民共和国外交部「外交部发言人洪磊就“伊斯兰国”杀害我人质事件发表谈话 2015-11-19

  中国公民樊京辉被“伊斯兰国”极端组织绑架并残忍杀害。我们谨向遇害者表示哀悼,向遇害者家属表示深切慰问。

  樊京辉被绑架后,中国政府和人民十分牵挂他的安危。中国政府有关部门第一时间启动应急机制,想方设法开展营救工作。但恐怖组织无视人类良知和道底线,仍然采取惨无人道的暴力行径。中国政府对这一泯灭人性的暴行予以强烈谴责,一定要将犯罪分子绳之以法。

  恐怖主义是人类的公敌,中国政府坚决反对一切形式的恐怖主义,坚决打击任何挑战人类文明底线的暴恐犯罪活动。中方将继续同国际社会加强反恐合作,维护世界和平与安宁。
 (下線は引用者)

 “良知”と言って“理性”とは言わない。

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梅原郁編 『訳注中国近世刑法志』 上下

2015年11月23日 | 東洋史
 このなかでは『明史』の「刑法志」が、モチーフとスタイルにおいてやや特異な気がする。特異といえば『元史』「刑法志」が出色だが、これはもともと「なんでここにあんねん」という体裁と内容の代物だから、ほかとは最初から比較にならない。

(創文社 2002年1月・2003年1月)

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伊東乾 「日本を蝕み始めた『試験で安易にAを取る』症候群」

2015年11月23日 | その他
 副題「中韓にノーベル賞が取れない理由~実験を避ける悪しき風潮」
 『JBpress』2015.11.20(金)発表。

 このなかで伊東氏に指摘されたような人たちがやがて教師や教官になったら、教えられる学生は災難だろう。ただ、そういう教師や教官は、むかしからいたとも思う。最初から決まっている結論をただ押しつける教師、信奉する思想や信条を例だけ入れ替えて再確認するのを研究だと思っている学者など。ドグマ(あるいはこれも専門図式と呼ぶべきものかどうか)が変わっただけで、そういう心性の人はかえって増えているということなのか。個人的には固く敬遠する。

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梅原郁 『宋代官僚制度研究』

2015年11月23日 | 東洋史
 ここ〔引用者注。御史中丞・王化基の奏議〕で列挙されている二字の名称は、すべて唐中期以降の、新しい財政問題と関係して、実務の場で使われる『吏語』であり、またそれらを操る主人公『胥吏』の職名にほかならぬ。士人の使う文言、詩文の用語と比較すると、それは鄙俗でおよそ風雅と対極に位置する。しかし、それが広範に使われ、中央政府の大蔵省において堂々と自己を主張するに至ったところに、唐から宋への巨大な変革の意義があり、それは単なる三司から尚書省へという復原で済む問題ではなかった。 (「序論」 本書xv頁。原文旧漢字)

 以下は読後の妄想である。昔なつかしい大学研究室の雰囲気を思いだして。

質問者「北宋になって、文言、それも朝廷の奏議文でなぜ吏語が広範に使われ、中央政府の大蔵省において堂々と自己を主張するに至ったのですか」
回答者①「そこに唐から宋への巨大な変革の意義があり、三司から尚書省へ復原されたからです」
質問者「?」
回答者②「はい、北宋になって、文言、それも奏議文において、吏語が広範に使われ、中央政府の大蔵省において堂々と自己を主張するに至りました」
質問者「???」

(同朋舎 1985年2月)

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徳富猪一郎(蘇峰)著 平泉澄校訂 『近世日本国民史』 18 「元禄時代 中巻 義士篇」

2015年11月23日 | 日本史
 浅見絅斎の義士論の引用の仕方とその解釈が、私が全編を通して読んで得た印象とはずいぶん異なる。その部分に限って言えば、蘇峰の解釈はそのとおりなのだが(第十五章「義士是認論」)。

 此の如く彼は元来、上野介を以て此の出来事の張本人と認めてゐる。而して喧嘩両成敗を以て、遵法の措置と認めてゐる。 (331頁、原文旧漢字)

 また、

 此〔先の“此”で指したものとは別の引用箇所〕の論旨は、明快である。幕府の片手落の措置によりて、長矩を殺す者は、上野介たらしめた。固より死を賜うたのは、幕府であるも、その素因を作したるものは、上野介であるから、溯りて論ずれば、浅見の説は、未だ必ずしも牽強附会と云ふべきではあるまい。 (同上)

 絅斎はそこまで鮮明に言っているか?

(時事通信社 1964年4月)

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小野勝年訳注 『歴代名画記』

2015年11月23日 | 芸術
 著者の張彦遠という人は実作者ではあるまいと、なんとなく思う。張華の子孫で西晋以来の名家の出ということには個人的にちょっと驚いた。

(岩波書店 1938年2月第1刷 1996年10月第3刷)

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新楽金橘 『先秦時代文法研究』

2015年11月23日 | 人文科学
 国立国会図書館デジタルコレクション。 図書館送信参加館である出講先の大学で閲覧。

 「第六篇 先秦の文法より見たる唐の韓愈の文法の正誤」など、私には題名がとても刺激的なのだが、「例言」と「第一篇 先秦の文法に於ける不完全動詞と接続代名詞の総論」が、よく理解できなかったので、自然ここもよくわからなかった。

 此の書は第一篇より第五篇までは、虞夏殷周三千年の文に於て、使用されたる不完全動詞一百六則と、接続代名詞六十四則との、文法の規則を形式上に発見詳論したるものなれば、之を先秦時代の文法の根拠標準とす
(「例言」一頁。原文旧漢字)  

 動詞および代名詞という、つまりは品詞の概念が、氏の言われる「先秦時代の文法」にあったという証明は?


(伊川堂書房 1932年4月)

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井上清 『新版 尖閣列島 釣魚諸島の史的解明』

2015年11月15日 | 政治
 釣魚諸島略奪反対は反軍国主義闘争の当面の焦点である。 (136頁)

 約言すれば、こういう体の本である。
 さらには、出版社を代表しての北川明氏「新版『「尖閣」列島』のあとがき」が非常に興味深い。

 1972年に刊行されていた井上清著『「尖閣」列島』が絶版状態なので、新たに第三書館版を作った。

 何故今?という疑問が当然ながら湧くが、北川氏は自ら懇切に答えて下さる。
 復刊の背景として、2010年にこの書を推薦する中国外交部の発言があったこと、そしてそれ以降の日中間の尖閣をめぐる外交的緊張の結果、世間の本書への再度の注目が集まったという事態の進展をにらんだものであることが、しるされている。また、同年(2012)の末までに――ということはこの復刊の出版とほとんど時を同じくして――、中国で新しい日本語訳が出ることも告知されている。
 この「あとがき」を読んで、その翌年か翌々年に「尖閣は中国の領土だ。井上さんは正しい」と言う中国研究者に出会ったことが腑に落ちた。それはどうやら大状況における必然の邂逅だったらしいと。

(第三書館 2012年12月)

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石井紫郎校注 『多門伝八郎覚書』

2015年11月11日 | 日本史
 『日本思想大系』27「近世武家思想」(岩波書店 1974年11月)所収。

 松の廊下の刃傷沙汰の後ただちに浅野内匠頭のみ切腹、吉良上野介はお構いなしの沙汰が下ったことに対して、直接の両者取調べにあたった多聞が抗議するくだりがある。抗議の理由として、「余り片落之御仕置」とある(168頁)。
 そしてこの箇所には「喧嘩両成敗法が念頭にある発言」との石井氏の注釈が入っている。
 とすれば、四十七士の仇討は単なる仇討ではなく、やはり、不公平であることが最初から明白だった幕府(正確には将軍綱吉?)の裁決に対し、公正な法の執行、正義の実現を私刑ながら期した(正確には大石内蔵助?の)行為、という事態の構図になるのだろうか。

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