書籍之海 漂流記

看板に掲げているのは「書籍」だけですが、実際は人間の精神の営みすべての海を航海しています。

杉本つとむ 『江戸時代翻訳語の世界 近代化を推進した訳語を検証する』

2017年09月26日 | 人文科学
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 本書「である zijn蘭 to be英」項。「である(あった/あろう)」は、江戸時代も19世紀に入ってから蘭日翻訳の過程で造語され、のち英日翻訳においても使用された由。具体的には初出は『ドゥーフ・ハルマ』(1816年成〔原文ママ〕)の和訳部分であり、語の造り手はドゥーフのもと、またドゥーフの帰国後は単独で編纂・翻訳の両作業に当たった長崎通詞たち。

(八坂書房 2015年11月)

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荒木見悟 『新版 仏教と儒教』

2017年09月16日 | 地域研究
 正確には中国仏教と儒教、さらに正確を期すなら漢訳仏教と儒教である。“儒教”とは、朱子と王陽明。しかし仏教伝来以来2000年と言えども、ついに原典に遡って仏教を理解しようとした一個半個の儒教文化人も居らなんだのかしらん。

(研文出版 2001年10月)

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山田慶兒 『日本の科学 近代への道しるべ』

2017年09月15日 | 日本史
 出版社による紹介

 いろいろ面白し。就中わたしにとっては“否定”からとらえる日本の古方派医学(「Ⅲ 科学の日本化」)、ついで、“技術をみつめていた”『米欧回覧実記』に“方法論”(=原理)から科学をとらえた西周と(「Ⅳ 科学の変容」)。

(藤原書店 2017年8月)

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蒋国保 『方以智与明清哲学』 ― 百度百科

2017年09月14日 | 東洋史
 https://baike.baidu.com/item/%E6%96%B9%E4%BB%A5%E6%99%BA%E4%B8%8E%E6%98%8E%E6%B8%85%E5%93%B2%E5%AD%A6

 確かめたい論点はなにも書いてない。見事なほどそこを避けているようにさえ見える。たぶんそうだろう。

(黄山书社 2009年10月) 

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谷沢永一 『執筆論』

2017年09月05日 | 
 「私はこうして本を書いてきた」という副題ともども鹿爪らしい看板を掲げながら、その実随所に仕込んだ実名入りの学界言論出版界照魔鏡ぶりが哄笑を誘う。いや“閻魔さん”とかつて尊名を奉られたこともある御仁ゆえ閻魔帳か。

(東洋経済新報社 2006年5月)

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黒嶋敏/屋良健一郎編 『琉球史料学の船出 いま、歴史情報の海へ』

2017年09月05日 | 地域研究
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 おちゃらけた意味は微塵もなく、「面白かった」。

(勉誠出版 2017年6月)

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陸凌霄 『越南漢文歴史小説研究』

2017年09月05日 | 地域研究
 原題:陆凌霄『越南汉文历史小说研究』

 『百度百科』による紹介

 「自序」で越南漢文小説の書かれた言語たる漢語を「漢文化の貴重な歴史文化遺産」「東洋人(東方人)の智恵」(3頁)と表現しているところで続く本体部分の内容に危惧を覚えたが、実はそうではなく、別の、「矛盾」が弁証法的な意味(辞書でなら毛沢東の『矛盾論』の用例が例として示されるであろうところの)で、また単なる「対立」(階級間、民族間のそれ)の意味で、頻繁に使用される種類の論旨であった。そのゆえに当然と言っていいのかどうか、どうも「漢文は漢文」ということで、文体論や語彙表現構文の特徴の有無(あるのだが)に対する言及や分析はない。また『平呉大詔』を取り上げながら(104頁)、この「呉」は何を指すか、なぜ「呉」なのかの説明がないが、この叙述上の基本的な疎漏は専門家としての配慮、専門書就中概説書ならば概説書としての水準を疑わせるものである。

(北京 民族出版社 2008年8月)

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ベンジャミン・A・エルマン著 馬淵昌也ほか訳 『哲学から文献学へ』

2017年09月05日 | 東洋史
 副題:「後期帝政中国における社会と知の変動」
 翻訳者:馬淵昌也/林文孝/本間次彦/吉田純。

 2016年10月26日より続き。
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 結論は私もほぼ同じ。ただその結論へと至る過程が、掛け算を使わずに足し算を延々と繰り返すような、あるいは公理の発見から始める、やや堅牢に過ぎた印象も抱く。しかもその公理を定義化して明示していない。

(知泉書館 2014年12月)

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下川玲子 『朱子学から考える権利の思想』

2017年09月04日 | 東洋史
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 朱子学的な尊厳論や儒教の仁論は、西洋近代の人権思想(およびそれと表裏にある国家権力の横暴を法によって制限するという考え方)と対立せずむしろ補完しあうものである。西洋の人権概念の根底には、差異はあっても同じ人間として認め合い尊重する人類愛の思想があると考えられるが、東アジアの普遍思想として機能した朱子学においても、独自の尊厳論、仁論が存在したのである。  (「1 朱子学の論理と人権の論理 第2章 朱子学の尊厳論」本書45頁)

 朱子学が「東アジアの普遍思想として機能した」というとらえ方にはおおいに賛同するが、西洋近代の人権」なかんづく「人」とその「東アジアの普遍思想」たる朱子学の「人」は概念として同じものであったのかどうか。「補完」とはいかにそうあるのであろうか。原理的にはなく、偶然的・技術的にであろうか。そしてまた、その西洋の「人」また「人類」の抱く「愛」と、東洋(朱子学)における「人」の有つ「仁」の中身・あり方の同不同は確認されたか。もし、「独自の尊厳論、仁論が存在したのである」が議論の論点もしくは結論であれば、これら両者を比べることにいったい幾許の意義があったのか。独自であるというなら他者との比較は不要であり、原理的に不可ですらあろう。これはいうまでもなく、その「人」の持つ「権利」すなわち書名に掲げられる「人権」についても言えることである。人とはなにか、権利とはなにか、そしてそもそも「権」という漢字の本来もつ意味はなにか。

(ぺりかん社 2017年6月)

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