一体に支那の思想家は、啻に反省と内観を好まないのみならず、客観的に事物を正しく視ようとつとめることが無い。なほ彼等の思惟のしかたを見ると、それは多く連想によつて種々の概念を結合することから形成せられ、その言説は比喩を用ゐ古語や故事を引用するのが常であつて、それに齟齬と矛盾があるのも、相互に無関係な、或は相反する、思想が恣に結び合はされてゐるのも、之がためであるが、今人の眼から見てさういふ論理的欠陥のあることは、支那の学者には殆ど感知せられていない。或はまた五行説などに於て最も著しく現れてゐる如く、一定の図式にあらゆる事物をはめこむことが好まれるが、これもまた一々の事物の本質を究明せず何等かの類似点をその外観に求めることによつてそれらを結び合はせるのであり、畢竟、同じ考へかたから来ている。 (「日本は支那思想を如何にうけ入れたか」、本書25頁。原文旧漢字、太字は引用者)
その実、支那思想は支那人に特殊な方法による理説から成立ち、その理説は事物の表面上の知識を外面的につなぎ合はせるところにその特色がある。実践を目ざす教でありながら常に現実から離れ、或はそれを無視してゐるのも、一つはかういふ思惟のしかたから来てゐよう。思惟が極めて放縦になり、或は強ひて一定の型にはめこまれるからである。彼等に批判的精神がなくその能力が無いのも、論理的な頭脳が無いのと現実を直視し事物の本質を究明することができないこととに重要なる理由があろう。 (「日本は支那思想を如何にうけ入れたか」、本書26頁。原文旧漢字、太字は引用者)
(岩波書店 1938年11月)
その実、支那思想は支那人に特殊な方法による理説から成立ち、その理説は事物の表面上の知識を外面的につなぎ合はせるところにその特色がある。実践を目ざす教でありながら常に現実から離れ、或はそれを無視してゐるのも、一つはかういふ思惟のしかたから来てゐよう。思惟が極めて放縦になり、或は強ひて一定の型にはめこまれるからである。彼等に批判的精神がなくその能力が無いのも、論理的な頭脳が無いのと現実を直視し事物の本質を究明することができないこととに重要なる理由があろう。 (「日本は支那思想を如何にうけ入れたか」、本書26頁。原文旧漢字、太字は引用者)
(岩波書店 1938年11月)