黄昏叔父さんの独り言

 アマチュア無線と何でも有りのブログ

今日のコンディション (2014・07・31)

2014年07月31日 20時19分27秒 | アマチュア無線

 40日近く家を空けると家周りと隣の畑との境の我が家の土地は草ボウボウの状態、近所迷惑に成るので草刈機で29~30日まで草刈に掛かったが今日漸く其の作業も片付いた。移動中はテレビを見たりインターネットは遣らなかったので直ぐに寝る癖が付いていたので帰宅しても実に品行方正な生活を送っている。朝起きるのも早いし早朝の7Mhz帯のコンディションを確認する事も忘れる事無く行っている。

 移動中に開ける事の少なかったHiバンドのコンディションも今日は良かった様で私はテレビを見ていて気付くのが遅れたが17時頃に無線機の前に座ったら50Mhz帯が開けていた。早速に50.183MhzでCQを出したら7エリアから応答が有り59-59で交信し其の後も続いたが早めに21Mhz帯に下がり21.203MhzでCQを出すとJK1IRH坂本さんから応答が有り59-59で交信した。コンディション的には良い状態で8,7,1,9,0,2エリヤと安定に交信する事が出来た。今回の移動中に交信した方からも呼ばれて比較的時間を掛けたユックリした交信を楽しむ事が出来た。相手の方の話では昼間の18Mhz帯は可也のオープンでバンドは賑わった様子で気付かなかった事を悔やんだが「後の祭り」と成ってしまった。今日の成果は50Mhz帯が4交信と21Mhz帯が12交信に終わったが平日としては先ず先ずの成果ではなかっただろうか?明日はもう少し注意深く聞く事にする。
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北海道への出発 (2014・06・17)

2014年07月31日 08時35分05秒 | 旅行


 今回の「北海道への旅」は出発段階で出鼻を挫かれる結果と成ったが年に一回の旅行のチャンスなので諦める事は出来ず、所用の方も直ぐに解決出来る問題では無かったので再出発の機会を伺っていた。6月16日に家族と相談し旅行決行の承諾を得た。翌日の午後に家内が職場から帰ってから自宅を出発し一路、舞鶴港へと向かった2009年の最初の北海道へは「敦賀(福井県)~苫小牧港」を使ったが今回は出発が遅れたので礼文島の開花の良い時期に利尻、礼文島に訪れる為に「舞鶴(京都府)~小樽港」の新日本海フェリーを使用する事に決めた。

 阿南市から舞鶴市までは高速道路を使用したので問題無く進んだが高速を降りてから船が出る港までは結構な田舎道で少し道に迷ってしまい途中のコンビニに食料の調達を兼ねて立寄り聞く事にした。船の乗船時間は長く(00:30~20:30)夜食と朝食と昼食が必要な為に弁当と巻き寿司と狐寿司のセットとパン類を買い込んだ。船にも食堂は有るのだが値段が高い事と何より家族連れやカップルの中で一人で食事をする事ほど虚しいものは無い・・・・

 コンビニの店員が親切に道順を教えてくれたので22時頃に港に到着、予約はしていなかったが予想道理に乗船出来る様なので直ぐに乗船手続きを完了し待機場に入ると既に20台程の車が待機駐車場に居た。キャンピング・カーや明らかに旅行用に改装されたワンボックス・カーが大半で商用車は殆ど見当たらなかった。二十分ほど外で時間潰しをしていたらワンボックス・カーにHF帯のモービル・ホイップを付けた同世代の夫婦の車が到着した。此の時は話をする事は無かったが小樽港を下船する段階で相手の方が話し掛けて来て少し話をしたが御互いにコール・サインを聞く事も無く終わった。話ぶりでは友達と連絡する位の運用でCWが中心の様な話でワイヤー系のアンテナ等は準備していない様子であった。

 23:30分頃から乗船が始まり、乗船すると一部屋8人くらいの定員の部屋で各自に仕切られた蚕棚状のベットが有り其々が独立しているので他の乗船者を気にする事は無く安心した。前回の敦賀~苫小牧間の同会社のフェリーを使用した時は大きい部屋での雑魚寝状態と比較すると随分状態が良い事に驚いた。此の6年間の移動運用で多くのフェリー(12航路のフェリー)を使用したが船舶の美しさや大きさ、速力、サービス、料金の安さ、どれを取ってもトップクラスに入ると思われる。鹿児島~沖縄航路は距離数は此の航路と保々同じだが料金は約2倍の7万弱、隠岐の一周が4万5千円程度と比較すると(全て雑魚寝状態の毛布が提供されるだけ)非常に安いし(29000円)其のサービスは他の航路の追従を許さない状態、映画は2度上映されるしビンゴ大会、お風呂は乗船後の1時間半と翌朝の6時から目的地へ入港前近くまでは自由に入る事が可能で言う事無しの状態である。

 船は00:30分の定刻に舞鶴港を出港しベタ凪の日本海を北上し始めた。



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 無事 帰還しました

2014年07月29日 13時56分44秒 | 旅行

 今回の40日間に及ぶ北海道、東北、関東方面の旅を終えて28日の16時過ぎに無事に阿南市の自宅に帰り着きました。移動中は皆様の無線での御呼び掛や各種情報やサポートを頂き御世話に成り誠に有難う御座いました御礼申し上げます。

 今回は20日以上に及ぶ好天気の中での北海道の旅も有れば5日間連続の雨の中の東北の一部と北関東の旅、そして梅雨明けの猛暑の中での千葉、東京都、神奈川県内での移動運用と其々の場所に於いて思わぬトラブルや失敗も有りましたが何とか全行程8500Kmに及ぶ旅を無事に切り抜ける事が出来て無事に自宅に帰還する事が出来ました。

 今回の旅行には下記の大きな目標が有り

 1 北海道の外周走破する上での達成出来ていない釧路~襟裳岬の東端までを走破する事

 2 2010年に函館市で御世話に成った菊池さんと竹村さんとの再会を果たす事や過去にアイボールした方々との再会

 3 旅の期間に25箇所以上の温泉に入湯する事

 4 出来れば長年の夢で有った全都道府県からの移動運用を完成させる事 


 上記の全ての目標は達成しましたが2010年に北海道に訪れた時に御世話に成った竹村さんと菊池さんとの函館の港での御別れの際の「三年以内に再び北海道にやって来て再会します」の約束は竹村さんとは仏前での御詫びと報告に成ってしまいました。奥様からの生前の様子を聞いた時、昨年中の此の時期に来ていれば御互いに元気に再会出来ていた事を思うと残念で思わず涙が流れました。奥様の話では沖縄からも後日、「気持ちの整理が付かないので来ました」と訪れたアマチュア局が居たそうで其の事からも竹村さんの存在の大きさと人柄を知りました。

 前回、函館市内の観光で御世話に成った菊池さんは私とは一回り違いの鼠年の大先輩、今回の竹村さん宅への訪問に際しても「成れない土地で大変だろう」と同行案内を頂いた上に市内観光でも御世話に成りました。電話でお話する機会の有った奥様とも初めて御会いする事が出来て大変光栄でした。年齢的には菊池さんは私にとって兄貴的存在だが両親を亡くした私には久しく忘れていた両親の慈愛の様なものを御夫婦から感じた一日を過ごす事が出来ました。

 其の他には過去3回の訪問で全て御会いしたJA8GBN(苫小牧市)の松下さん御夫妻には特に大変御世話に成り一泊させて頂き楽しい時間を過ごす事が出来ましたしJA8GLVの石山さんには「多分ここに立ち寄るだろう?」と占冠村の道の駅で待ち構えて頂き3回目の再会、JA8CDF村瀬さんとは苫小牧の市内で2回目、JE8SXC坂森さんとは十勝温泉の近くの山中で運用中に熊か?と思ったが窓をノックをしての訪問、翌日に勤務先の中富良野の病院で再会しユックリお話できたが JI8GVJ芝生さんとは(SXCさんと同じ勤務先で有ったが)勤務明けで自宅の東神楽に帰って居られて会えなかったが翌朝、運用場所に御主人と御出でいただいたが丁度他局とのアイボールの約束が有ってアンテナを撤収中であった為に終わってから御話したかったが勤務時間の関係で直ぐに帰られ残念な事と失礼をしてしまいました。JA8VIYの鈴木さんとは喜茂別町で運用後に100Km以上離れた札幌市から来て頂いて待機されていた様で5年振りの再会、ユックリ御話する事が出来ました。JI8GOO(釧路市)中川さんとは5年振りの再会、中川さんは高知県の出身で気さくな人柄と互いに話好きな事から初交信からラグチュー専門、私が初めて北海道の旅をするに当たって沢山の助言を頂いた方で此の事が2009年の北海道旅行を決行する事に繋がりました。今回は御夫妻で礼文、利尻島を旅行後に中富良野までお越し頂いての再会で温泉の駐車場での男同士の立話と成りましたが午前中から昼過ぎまで会話は途切れる事無く続き多分、奥様は驚かれたと思うが別れ際に「今度、釧路に来られる時は是非泊まって行って下さい」と言って下さり有難く思い再会を約束して御別れしました。八甲田の温泉ではJA7BEMの大平(おおだいら)さんと青森の田舎館の道の駅で御会いして以来の4年振りの再会と一緒に温泉に入った後、長時間に渡るアイボールも良い思い出に成りました。東北の福島と宮城県では私が勝手に名付けた東北の三銃士ことJH7KUK、目黒さんとは2日間に渡って御会い出来たし JE7SBA大塚さんとは湯川村の土砂降りの雨の中で再会、短時間では有りましたが元気そうな声と顔を見る事が出来ました。残念ながら前回、御世話に成ったJH7BYC菅野さんとは御会い出来ませんでしたが電話で元気そうな声と近況を聞く事が出来ました。其々にお子さんが大学に進学する前後の一番大切で且つ頑張らなければ成らない年頃、大変では有る物の一番充実した時期、後で其の苦労を笑える時が来る事と無事に乗り切る事を祈ります。其れ以外にも初めて御会いした方も何局も居られたので時系列順に順次紹介して行こうと思います。

 日本の全都道府県からの運用は当初、今回の旅では完成出来なくて宮城県だけは運用して帰りたいと思っていましたが北海道の滞在を1週間程短縮したので日数的な余裕が出来た事から関東を回る様に計画を変更して実現の運びと成りました。しかし天候に恵まれなかった事に合わせ私の運用スタイルに合う運用場所探しに苦労する事に成りましたが何とか運用出来て完成させる事が出来ましたが正直、栃木、埼玉、東京の運用場所探しは大変で都会地での運用の難しさを思い知る事に成りました。しかし「終わり良ければ全て良し」今と成っては達成した充実感で全ての事が良い思い出に変わる事を実感しています。今回、全国からの呼び掛けは私の目標達成の最も大きい原動力に成った事を実感し心から「有難う」を申し上げ感謝申し上げます。



 
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