黄昏叔父さんの独り言

 アマチュア無線と何でも有りのブログ

使用した無線機

2011年08月25日 11時02分45秒 | 日記
 私は移動用も固定機もアイコムを使用している。別に特別に気に入った訳では無いが現在では昔の様にケンウッドに元気が無く機種選定と成るとバックススタンダー(旧、八重洲)かアイコムしか無いからだ。

 其れにしてもケンウッド、(私にはトリオの呼び名が身近に感じるが)衰退は驚くばかりで有る。アマチュア無線を始めた頃は飛ぶ鳥を落とす勢いの会社だったがオーデオメーカに吸収されてTS-950までは存在感が有った様に思うが 現在の高級機種部門では勝負出来る機種が無い。

 其れに比べてアイコムの勢いには著しいものがある。正直、井上電機と呼ばれていた頃のHF帯の無線機は格好もイマイチで私にとっては買う対象では無かった。使った事も見た事も無いのだが其の当時の思いは皆さん同じでなかったかと思う QSOの中で型番を聞く事も殆ど無かった様に思う。(雑誌には製品がのっていたが)

 其れに比べU,VHF帯のトランシーバーの型番は良く聞いた様に思う。時はアマチュア無線全盛時代、アンテナが小型で価格の安い無線機で自動車に積むことが出来る無線機で開局出来た。私感だがアイコム(井上電機)の評判はこの頃に上がった様にう。

 私が始めてアイコムの無線機を購入したのはPLLを導入したIC-750が最初だった。性能は問題ないとハムショップに勧められたが正直、半信半疑の状態だった。其の前にはTS-520Dを使用していたので周波数の安定度には驚いた(高安定水晶ユニットを搭載)聞こえるか聞こえないかの際いの微弱なDX信号を聞く時、周波数直読で安定度の良い受信機程、安心出来るものはない。クラスターに情報が載っていて其の周波数に合わせ聞こえなければ伝播上の問題と諦めが付くからだ。

 途中からTS-940を併用して使用したが基本的な性能的には大きな差を感じる事は無かったが固定局の場合は大きさとか高級感とか使い勝手とか存在感も必要でTS-940を使うことが多かった。退職記念にIC-756PROーⅡを購入、現在も使用している。基本性能に不足は感じないが無線機らしい面構えをしていない事、存在感を余り感じ無い。古い時代の無線機らしい扇型ダイヤルや大きいツマミやSメーターを懐かしく思うのは私だけだろうか?
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2010年12月30日の北島町移動のカード誤発送の件

2011年08月21日 18時38分53秒 | 日記
 昨年の12月30日に移動した 徳島県板野郡北島町移動のQSLカードが阿南市の固定局で発行しています。私の単純なミス(書式の書替えミス)で沢山の局に御迷惑をお掛けして誠に申し訳有りません。

 300局くらいのQSLカードは全数、印刷を遣り直しビューロー便で送りますので御理解の程、御願い致します 今しばらく御待ち下さる様重ねて御願い致します。

 
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徳島県海部郡牟岐町移動の実績

2011年08月17日 15時05分27秒 | 日記

    


8月13日の夕方から14日の午前10時頃まで海部郡牟岐町に(JCC-37004D)に移動運用に行った。ある局から以前の交信中に海部郡牟岐町が四国内で唯一交信が出来ていないとの事で、移動運用の要望があった。

 徳島県ではこの牟岐町と勝浦郡勝浦町が出ていないエリヤの代表格で私も常置場所の局のカードは其々2枚くらいしかコンファーム出来ていない。しかしながら勝浦町は最近道の駅15番「雛の里」が開設されてからは県内外からのQRVが行われ需要度は下がっている。其れに比べ牟岐町は、アクティブな局や道の駅も無く移動運用も年間数局の運用しか行われず地理的にも移動運用に適した場所は少ない。
 
 フィルードデェイ・コンテストに先週、山に移動し運用したが日中の暑さは尋常でなかった為、今回は夕方に現地に向かい夜間のパスと早朝のパスを中心に運用した。運用場所は南阿波サンラインの第4駐車場(過去3回移動しているが3回ともこの場所)海からの高さは50mくらい20m先は太平洋突き出した崖、正面の海には大島が少し右手には手羽島が眼下に広がる素晴らしい景観だが残念ながら北側は電波伝搬上には問題と成る山が屏風の様に立塞がっている。駐車場も、まずまずの広さだが3.5Mhzのハーフラムダのアンテナと成ると北東面には上手に張れない状況だった。

 6時位に現地に着き、7Mhz と3.5Mhz をクリップで切り替える全長40mのエレメントに両サイド10mのナイロンロープを付け11Mhのポールで逆Vに張って、18:42
JST 運用開始、夕方から宵の口のコンデションは大変良かった。

 運用実績

   7Mhz  203交信   結果的に良い実績には成らなかったが運用時間帯
 3.5Mhz   44交信  の事を考えると「こんなものかな?」と言った感じ
  21Mhz    1交信  日中の時間帯を使えば、この倍は可能だったと思う
  18Mhz   18交信  宵の口のコンデションは3回の内、一番良かったが
       計 266交信  早朝のコンデションは余り良くなかった。

 晩秋、の気候の良いとき遣り直しに挑戦したい。
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離島移動の交信実績

2011年08月17日 14時56分04秒 | 日記
 今年の沖縄本島と鹿児島の間に並ぶ離島 与論、沖永良部、徳之島、奄美大島の四島(一市八町二村)と島根県の沖合いに浮かぶ隠岐の島、知夫里島、西ノ島、中ノ島(三町一村)と大分県国東半島の北の海上に浮かぶ姫島(一村)の離島での交信数は下記のとうり

 1 鹿児島県大島郡天城町    46005D      1097交信
 2 鹿児島県大島郡徳之島町   46006L       874交信
 3 鹿児島県大島郡瀬戸内町   46005J       799交信
 4 鹿児島県大島郡与論町    46005B       776交信
 5 鹿児島県大島郡知名町    46005A       730交信
 6 島根県隠岐郡西ノ島町    32006G       682交信
 7 鹿児島県大島郡伊仙町    46005E       671交信
 8 鹿児島県大島郡和泊町    46005C       666交信
 9 島根県隠岐郡知夫村     32006B       652交信
10 島根県隠岐郡隠岐ノ島町   32006H       624交信
11 島根県隠岐郡海士町     32006D       616交信
12 鹿児島県奄美市        4623         614交信
13 鹿児島県大島郡大和村    46005M       611交信 
14 鹿児島県大島郡宇検村    46005F       602交信
15 大分県東国東郡姫島村    45001B       378交信
16 鹿児島県大島郡龍郷町    46005K       220交信
                          計 10612交信
                          平均  663交信

 上記データは夕方17時から23時までと翌朝5時から7時位の6時間から8時間
の運用時間の実数で天城町は要求度が高く翌日の夕方まで運用した。

 龍郷町は台風2号に追われ鹿児島へフェリー便の都合で12時から16時までのコンデションの悪い時間帯での7Mhz と21Mhz帯を使用しての運用実績

 姫島村は他の移動局(競合)が有り実績が伸び悩んだ。  
       
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本日夕刻より徳島県海部郡牟岐町で移動運用をします

2011年08月13日 07時43分55秒 | 日記
 本日、夕方の涼しく成ってから海部郡牟岐町に移動の予定です。夕方の7Mhzと明朝の7Mhz を運用後、暑く成らない内にQRT 撤収して帰ります。夜のコンデション次第ですが、夜は無制限でQRVする予定です(現地泊の予定)この地区は現在、徳島県では一番QRVの無い場所です 興味が有れば聞いてみてください。

                         de JH5AVM
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初めての北海道移動

2011年08月12日 10時43分10秒 | 日記
 2009年の夏、私の憧れの地、北海道へ行く事にした。7月9日午前中に我家を相棒のピョンピョン一世号(ホンダワゴンR 5速マニュアル車)で出発鳴門インターから高速道路に入り鳴門大橋ー明石大橋ー中国道ー名神ー北陸道を経由して北海道へのフェリーの発着港、福井の敦賀に着いたのは夕方の5時を少し過ぎた時間だった。王将で夕食後、不足の日用雑貨を購入、港に向かった。出港まで4時間ほど待ったが2時間前に成るとキャンピングカーやワンボックスカーが集まり始め自然に雑談が始まった。船は北海道直行便なので目的地は皆さん同じだ。鮭釣り、定年退職後の北海道旅行、ハーレイのツーリング集団、学生の自転車組など全員が観光旅行目的、私の様に軽四で単独、目的が無線運用などは相当な変り者だった。其れに驚いたのは8人位の雑談グループで北海道が始めては私一人、大半の人が夏場の北海道旅行の常連組みだった。出港は日の変わった0時15分だった様に記憶している。船は150m位の大型船で船酔いを心配したがまったく揺れなかった。北海道の苫小牧港まで約21時間、映画を見たり、甲板に出て景色を見たりしたが外洋を航行する為、景色が見えたのは夕方の津軽海峡を横断中と函館の沖を通過する時だけだった。船内の一番の楽しみは御風呂で到着までに4回入った。

 大型船は10日の20:30頃、苫小牧港に入港(正確には厚真町)下船してビックリ港湾設備が有るだけ、回りは店舗、人家は全く無く、高速道路に並走する一般道路を30分位走り続けて最初のコンビニまで人家を見る事は無かった。(北海道からの帰り道、昼間 同じルートを逆に走ったが原野が広がる景色で本州のフェリー発着場所では考えられない場所に有った。車での乗船しか考えて無い様子)コンビニでカレーを買い店舗の明かりでの侘しい食事を取った。その後安平町のスポーツセンターの近くのキャンプ場に車を止め眠りに着いた。

 翌朝、安平町での運用する目的でせいこドームの周りを何回か回ったが良い場所が無く諦め厚真町~むかわ町を経由して占冠村に入った。占冠の道の駅は観光バスが出入りしていたので運用を諦め、翌朝すこし南
富良野方面に北上した熊の湯の入り口付近でアンテナを張り運用、北海道での第一声に札幌のJA8VIY鈴木さんからの応答が有りファーストQSOその後100局未満で呼ばれなくなってQRT 北海道で聞く
西日本の信号は想像以上に弱く特に6エリヤをピックアップするのは大変な作業で5時前後の早朝しか交信が出来なかった。10時を回ると7,8エリヤのオンパレード状態になった。
 
 占冠村から南富良野町の道の駅に立ち寄り写真撮影、其の後富良野町から麓郷を通りテレビドラマの「北の大地」で有名な「五郎さんの家」を見に行った途中の富良野の景観は最高で、所々で車を止めシャッターを切りまくった。残念ながら少し天気が悪く青空をバックの風景は取れなかったが北海道で無ければ味わえない景観で、日本にこんな農業が有る事に驚いた。



 

 


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 移動地選定について

2011年08月11日 10時11分52秒 | 日記
 私は2005年頃から全市,全郡、全行政区、全町村のアワードに挑戦し始めた。全市、全郡、全行政区は直ぐに完成したが全町村は現在でも完成していない。町村の残り150位に成ると殆どQRVが無く交信が非常に難しい現状にある。特に郡部の交通の便利が悪かったり人口の少ない過疎の村が出ていないように思う。

 残りが150位に成ると交信できる局は殆どポータブル局に成る そして県内局より全国を傾向だった移動運用をする方に御世話に成ることが多い。 橋本さん、星野さん勝さん、牧野さんに大変御世話になり又、憧れていた。自分も何時か全国を回りたいと皆さんのオペレートを聞きながら思っていた。其の後、自分もリタイヤし自由の身に成ると移動局を申請、手始めに徳島県内の郡部の日帰り移動運用から始めた。其の後香川県や高知県へ1週間程度の移動運用を数回経験、2009年の夏、初めて北海道移動運用に挑戦した。

 この時の運用地は次の方法で選定した

(1)当時は道の駅の移動が主流であったが、道の駅の無い町村を中心に選んだ
(2)自分のログ(6万交信)から交信回数3回未満の町村を選んだ
(3)市は人口も多く地元の局の移動が有るので対象から外した

 私は県外移動運用を始めたのが後発だったので。早くから始めている人と違った遣り方が良いと考え運用方法を下記の様にした。

(1)移動場所は1日、1箇所とし長時間の運用を行う(呼ばれなくなるまで)
(2)7Mhzの運用が中心の為、夕方から夜に掛けてと早朝の運用を行い地域差や運用  時間帯による交信格差を無くす。
(3)出来る限り長期間の移動をする事により移動経路や運用情報を知ってもらう。観  光と併用でなく無線運用を中心とした旅とする。
(4)運用は全町村アワード対象地とし本格的なアンテナで行う。

 移動地の選定が終わると移動場所を決める事になるが、最近はグーグルアースなど便利な物が有り航空写真で其の地区の地形や付近の状況や高度、緯度経度まで読み取ることが出来る。最終的には現地に行かないと解らない事も有るが私はこの方法を使用し85%位の確立で問題なく運用できた。
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 ピョンピョン二世号 砂から脱出 レコードを作る

2011年08月09日 11時08分47秒 | 日記
 
 悪戦苦闘の末、ピョンピョン二世号を砂地から脱出させると勝手なもので天城町での運用の事を考え始めた。ナビで確認すると徳之島町に入った直ぐの所の様子、取合えず天城町に帰る事とした。5分位走ると天城町の標識を確認、更に走り「むしろ瀬」の看板に従い国道から入って行くとトイレ付きの駐車場に着た。南側は小高い山だが北方向は直ぐ海、交信対象は大半が北東方面だし何よりアクシデントで時間が過ぎてしまった事もあり、其の場所に決定アンテナを張った。

 5月17日 17:34分 最初のCQにJF5FWZ近藤さんから応答が有り18時位まではゆっくり
出来たが、その後は猛烈なパイル、ログを見てもコンテスト並のQSOをしている。

 実は今回の沖縄、離島、九州、中国方面の移動には大きな目標が有った。

(1)目標総交信数 25000 最低でも20000交信をクリヤーする事
(2)1箇所での総交信数 秋田県山本郡藤里町 845を超える事
(3)1日での総交信数  高知県幡多郡三原村 546を超える事

 上記の目標達成は計画段階から沖縄から鹿児島間の離島で決まり特に(2)と(3)に関しては私は徳之島の徳之島町で達成出来ると確信していたし其の為に移動計画を立てたが移動中に「天城町の予定はいつですか?」との問合わせが多かったので、もしかしたらの感は有った。

 私は昨年6/5~6/6日に(土、日曜日)秋田県山本郡藤里町に移動運用二日間の運用で総交信数845が1箇所での最高記録だったが今年、鹿児島県大島郡天城町で1097交信(平日火、水曜日の1日半)と
記録を更新した。初日の夜、5時間で437局 翌日、ハイバンドを中心に運用 660交信を達成した。
 コンディションにも恵まれたが何よりも余りQRVの無い事がこの実績に繋がったと思う。与論、沖永良部、徳之島、奄美大島で1市10町村有るが奄美大島の龍郷町を除いた10箇所の運用は全て700交信を上回る実績と成ったが龍郷町は台風2号に追われ鹿児島に渡るフェリー便の都合で夕方から夜にかけての運用が出来ず昼間の21Mhz と状態の悪い7Mhzを使用した220局に終わった。

 今思うと与論で台風1号に遭遇、島に2日足止め、沖永良部では自衛隊のレーダーと思われるノイズに悩まされ、徳之島では砂に潜り、奄美大島の宇検村では凄い雨に遭遇土砂崩れ場所で運用、どの島でも風呂に入る事が出来ず海水浴場の冷水シャワーやフェリーの有料シャワーを利用する大変な中での運用ったが、今までの移動運用の中では最高の醍醐味を味わう運用となった。

 
 
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ピョンピョン二世号 砂に潜る(1)

2011年08月09日 07時15分26秒 | 日記
 徳之島の伊仙町の運用を終わり天城町の移動先を探して徳之島を時計回りに北上した。天城町の南北の中央部の西端に徳之島空港が有り其の近所の総合運動場が航空写真で事前調査した場所だったが現地に行くと何と管制塔が目の前に有った。人家が無ければ何処でも平気で運用する私だが流石に躊躇した何某かの妨害が入ると大変だこの場所では昼食と早い昼寝で終わった。

 更に北上したが良い場所が見つからず引き帰す途中の海岸線の方向に広い場所が見えたので国道から細い道に入った。路面は舗装でなかったが硬かったので其のまま進むと道幅が急に狭くなり両サイドは背の低い木々で車を回す事が出来ない 少し勾配のある下り坂の向うに運用できそうな場所が有ったので其のま進入し坂を下りた所で後輪に違和感を感じた(坂の下が砂の吹き溜まりに成っていた)車を止め後輪を見るとタイヤのゴム部の大半が砂の中に埋まっていた。前進で少し前に出して潜った場所を探ると思ったより深い砂地だ「此れは簡単には出ない今日中に出れないかも?」不安が頭の中を過ぎった。

 とにかく慌ててはいけない冷静に成る様務めたが、途中2km以内は人家が無い事は解っていたし交通量も殆んど無い場所、大変な事に成った不安の方が強くがっくりしていた。幸い食料や水は数日分有ったので時間が掛っても脱出しなければと思い直し、まず車重を軽くする為、発電機、無線設備、アンテナ、衣装箱などを車から降ろし坂の上まで持ち上げた。次に吹き溜まりの砂を手作業で掻き分け(30cm X 3m)底にブルーシートを敷きゆっくりとバックしたがやはり車が沈み腹がつかえてしまった。しばらく色々考えたが板が有れば何とか成ると思い付いた。海岸を歩いて探したが何も無かった。車の中にはベッドの上側に80cmX 1.9mのコンパネと下側にはコンパネ1枚が釘で打ち付けられているが外す為にはベットを車外に出さないと出来ない大変な作業を伴う方法であった。最終案は此の方法にして他に方法は無いかと砂浜に寝そべって考えていたら発電機を移動する台車の(60cmX90cm)外周に幅25cmくらいの板が周囲に打ち付けている事思い出した(路面の悪い所を移動中発電機が落ちない様に)早速、ハンマーと釘抜きで分解したら1.5mX25cmの板が二組出来上がった。幸いな事に1枚物だとタイヤが乗ると入替え出来ないが2枚で一組なので合わせた状態で車を移動、どちらかの板に乗ると他の板を前に持って行き更に移動とこの繰り返しが可能だった。

 ジャッキは万一に備え2個持っていたので後輪を代わる代わる上げた状態で板を敷き込み板の上に降ろした そしてゆっくりとバック、次の板の上に乗った所で車を止め、最初の板を前に置き車の移動、この作業を何回繰替しただろうか?車は回数に比例して移動した。ブルーシートを出た所で後輪は確りと地面を捉え脱出成功、砂に潜ってから実に3時間半の時間が経過していた。上った瞬間はホッとしてガタガタ
と成ったが荷物を積み終わる頃、皆が待っている今ならまだ間に合う早く電波を出さなければ そんな気持に切り換わっていた。
 
 
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沖縄県金武町で緊張 (2-2)

2011年08月08日 18時09分43秒 | 日記
 
全国色んな所に移動していると如何しても慣れとか油断や甘えが生まれる。今回も沖縄には米軍基地は多く有る事も基地周辺は気を付けねばいけない事も解っていたのに早く場所を探してQRVしないとの焦りが有った。其れにアメリカ軍がビンラディンの暗殺を行った直後だったので報復攻撃が有るかも知れないとアメリカ軍基地に緊張感が漂っていたのだ。

 今考えると県外車で中を見ると無線機器が並び外は12mHで60m位のアンテナを建て英語交じりの日本語で数字の羅列を叫んでいるのだから危ない人間と思われても仕方が無い状態だった。又横は建物こそ無かったが50m X 150mの敷地が金網のフェンスで囲まれ「立ち入り禁止」と「遊泳禁止」の標識とアメリカ軍の基地設備である事は英文で書かれていた事も確認しているのに運用したのだから困ったもんだ。

 後で解った事だが上陸用舟艇の保管場所だった様だ、建物は無く敷地内がアスファルト舗装してあるだけで何も置いていなかったので私は資材置場と思って油断していた。

 此れも後で解った事だが沖縄の局は「ハブは沢山いるし軍設備の横だし危ないな」と思っていた様子、だがアンテナを立て運用が始まって場所が解ったので撤収して場所換えをした方が良いと言い難かったらしい。

 今思い出すと金武町で緊張した等、笑い話だが其の瞬間はかなり緊迫感が漂う場面だった。まだ米兵が若い白人二人連れだった事も幸いした。でも警察とは対応が全然違う。一人が私と対応している間、もう一人は完全に身構えて何か有ったら即、攻撃出来る体制を一度も崩す事は無かった。最後まで2人はニコリともする事無く立ち去っていた。黒人の米兵だと体も大きし迫力が有ったのではないかと思う。

 沖縄での米兵の犯罪や自動車事故が沖縄県民にとって対等に司法の場で裁かれない等の報道を良く聴く事がある。あの沖縄の一等地に広がる嘉手納の基地や沖縄本島の北部には広大な射撃訓練設備が有り日本の立ち入れない場所が広がっている。ある面、日本の領土で有りながら日本でない部分を垣間見た気がした。やはり自分の国の平和や自国の尊厳を他国によって守って貰う今の日本は何かおかしい。我々個人の家庭を考えても自分の生活を守る為に一生懸命に頑張っているのに、他人を当てにしては成らない「善意で差し出される救いの手は受けても良いが期待しては成らない」そんな言葉を思い出した。片方に余力が有れば助けてもくれよう、でも同じ立場になったとしたら自国を第一義に考えるは当たり前、そんな危うい泥舟に乗っている様な気がする。自国の領土を脅かされても何も言えぬ国、自国を自力で守れぬ国を国家と言えるのだろうか?平和である事は良い事だが何か日本人は平和ボケしている。平和ボケしたおっさんが平和だから出来る移動運用しながら そんな事を考える一日だった。

 

 
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 沖縄県金武町で緊張(2-1)

2011年08月08日 15時04分48秒 | 日記
 
私は移動運用の目的で今年の5月1日 沖縄県国頭郡金武町に移動していた恩納村の移動運用を終え沖縄の中央部を西から東に抜け金武町に着いたのは夕方の遅い時間だった様に記憶している金武町は沖縄本島の中で移動場所選定に苦労した中の一つで有った。

 2時間程,選定に迷い最終的に国道から200M位海岸に向かった海岸道路の側帯(道幅が10m位の道端)に車を止めた(北緯26度26分52秒 東経127度54分43秒)ダイビング・クラブチャートの近くで有った。30分位通行量を確認したが通行が無く奥に10m入ると道は有るが舗装されていない泥道(行き止まり状態)だったのでアンテナを設営運用を始めた。其の日は暑かったのでパンツ(下着)にランニングシャツ姿、人には見せられない姿では有ったが日が暮れていたので安心していた。

 金武町は沖縄の中であまりQRVのある場所で無かったので呼び続けられ夢中で運用中の22:14分窓をコンコンと叩く音、其の方向を見ると迷彩色の軍服を着た若い白人の米兵が車内を覗き込んでいた。私の顔を見ながら「出て来い」言っている。格好が格好だったので躊躇したが銃を持っている様子だったので早く出て行かないとヤバイ思い「一寸待ってくれ」と言いながら出て行った。「御前は何者だ」「何をしている」と早口で質問してきたので私の拙い英語で「アマチュア無線の運用をしている民間人で怪しい者では無い」と答えたがアマチュア無線が解らなかったらしくハムラジオと言い直したが理解出来てい無い様子「ひとりの米兵が相手に「こいつの言葉は理解出来ない おまえはわかるか?」と聞いたのは解ったが相手の米兵は首を横に振った1分位早口での話合いの後、話し掛けていた米兵が携帯電話を取り出し何処かに掛けた後、私に手渡してきた。電話を取ると「何をしているのですか?」日本語の声「アマチュア無線の運用をしている」答えると「アマチュア無線?・・ハムですか?」と聞き返してきたので「ハイ」と答えると「まさか基地の敷地内じゃ無いですね?」聞き返したので「基地のバリケードの外で道の反対側の側帯で運用している」と答えると「解りました米兵に変わってください」の事、其の後米兵は少し興奮した様子で3分間位い話していたが諦めた感じで「有難う」と言って車に乗って立ち去っていた。

 無線の交信中に米兵が来て「出て来い」と言っているので暫くQRXとアナウンスしていたので 直ぐに車に戻り無事である事を連絡したら皆さん待ってくれていた。気を取り直し10:25分に次の交信が開始されているので10分間の中断に成った。徳島の兄も丁度聴いていたらしく「此れは沖縄まで引き取りに行かなければ」と思ったそうだ。



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フィールドコンテストに参加

2011年08月08日 06時28分37秒 | 日記
 土曜日の朝、台風の影響か天気が悪い、天気が良ければ移動運用する予定だったがこの状態だと無理と思い7Mhzを聞いてみる。流石 土曜日何時もよりバンド内が賑っている 季節柄、北海道の道の駅への移動局に対するパイルアップ何箇所か有った。

 ワッチをしながらこの前に来たJARLから箱を開梱、カードの整理に取掛かるとすでに中国、九州、沖縄方面の移動中に交信した局からのカードが有った。タイミングが良ければ交信してから2ヶ月位で届くカードも有る様だ。其れに比べて前回の移動のカードは6000枚程度か印刷出来ていない予定よりは随分遅れている頑張らねば・・・

 昼飯を取っていると天気が回復雨の心配は無さそう久し振りに移動の虫が騒ぎ出したこの近くの高い山と成ると佐那河内村の大川原高原(900mH)か勝浦町の中津之峰(750mH)前者は移動のメッカで競合が移動している可能性が有るので中津之峰に決定し14時ころ家を出発した。

 30分位で登口に到着、是から15分が大変な上り坂、軽四のエンジンが苦しそうに回っている。この車は維持費が安く良いのだが急勾配の坂道と高速道路では走らず往生する。15分程度で山頂付近の公園の空地に運用場所を決めた。

 アンテナを設営中、何時も3組位持っている同軸ケーブルが1組しかない「しまった」と思ったが後の祭り、とりあえず7Mhzの逆Vを11mHに立ち上げた。夕方のコンデションは悪くは無かったがコンテスト開始後の7Mhzの状態は良くなく22時には就寝に付いた。

 翌朝は4時頃からQRVしたが7時位までは呼ばれる事が少なく全体的に秋型のコンデションに変りつつ有る事を感じた。約250局交信し9時頃50MHzにQSYしようとハイバンドをワッチしたがコンデションは良く無く早々と下山した。

 結果的には自宅での運用の方が実績は上がったと思うが久し振りに移動の醍醐味と涼しい夜を満天の星の下で過ごす事が出来た。次に来る時は望遠鏡を持って来よう。


 
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移動運用 バッテリー電源について

2011年08月04日 21時58分01秒 | 日記
 私の移動運用は基本的に発電機の電源を使用しているが、時々運用する道の駅等では発電機の使用禁止の場合が多い。其の為、初年度までは90AHのバッテリーを車内のベッドの下に固定、セパレーターでメインのバッテリーと分離、走行中時の余剰電力でサブバッテリーを充電する方式だったがダイナモの発電能力が無いのか?サブバッテリーが悪いのか解らなかったが十分にを充電仕切れない事が判明した。

 初年度の北海道移動はこのシステムだったが最大消費電力はトランシーバー2台、アンテナチューナー、パソコン、インバーター電源、室内照明、扇風機などを考えると3時間弱しか使用出来なかった。運用で消費した分を車の走行中に充電出来れば問題は無いのだが毎日、100Km以上走ってもフル充電出来なかった。原因はバッテリーの不良かも?と思い2年目の北海道遠征は155G51タイプの新品のバッテリーを
(150AH)搭載したが安心してバッテリーでの長時間運用は出来なかった。この時点で軽四のダイナモで大型車並のバッテリーを充電する事は難しいと判断、今回の沖縄、九州、中国地方への遠征を前にシステムを変更した。

 今回は更に155G51を追加し2個のパラレル運転が可能な方式にした其其のバッテリーはメーカー
も違うし片方は中古品の為、単なるパラレル接続だと(直結結線)充電時は問題無いがフル充電後、万一、自己放電がどちらかに有ると電位差を無くす様に良いバッテリーに負担が掛り悪化の方向に進むので双方の
バッテリーのプラス側に開閉器を取付け充電時も放電時も個々に分離した状態や2個並列運転が出来るようにした。充電は車の発電機では無理なのでヤマハの発電機を回し運用中にDC電源(最大負荷100A)で充電するようにしている。

 車内の無線設備の電源供給は開閉器を多用して、運用状態により DC電源のみ、DC電源とバッテリーを組合わせたフローティング電源、個々のバッテリーのみのシングル、2個パラレル運転が出来る様にしている。運用しない状態では個々のバッテリー開閉器を切れば自己放電による劣化を阻止する事が出来るし回路ショートや配線ショートによる車の発火事故を防ぐようにしている。万一 線路がショート状態に成ると
バッテリー1個で 瞬間1200Aの電流が流れるらしいので数秒で電線が発火するだろう。

 近隣の移動運用を楽しむ程度なら、この様な設備は必要ないが1000Kmも離れた場所を対象に長期移動運用する場合、発電機の故障も考えた設備が必要に成る リタイヤは出来ないのだ 何が有っても最低でも24時間位のオペレートやインバーターで100Vを作り電磁調理器や冷蔵庫を動作させる電源は必要である
将来はエアコンも取り付けたいと思っている。

 
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私の移動運用雑感

2011年08月04日 04時49分01秒 | 日記
 私の移動運用中に日頃感じた事がある。

(1)私は基本的に全市、全郡、全町村アワードは、出来るだけポータブルの付かない局での完成が第一義と考えているが昨今の局の減少を考えると其れも大変難しい状況と成っている。しかしながら市レベルを考えると人口、3万人以上は居るのだから日常茶飯事に市の移動(道の駅移動は別にして)が珍重される現状に関して些かな疑問を個人的には感じている。この私の個人的な拘りから道の駅がある市とそれ以外は町村しか移動運用をしない様にしている。

(2)7Mhzを聞いていると「移動サービス」と言う言葉をよく聴くが 此れも又私の拘りを言わせて貰うなら好きな言葉では無い。理由は移動運用をして一番楽しむのは移動した局側で(私はそう思っている)呼び手側はその事により恩恵を受けるだけオペレーションに関しては移動局側に優位性が有るが、それ以外は五分と五分の対等関係にある。時として移動サービスと言う名のもと「してやっているんだ」的な高慢な態度でオぺレーションする人がいるが、呼んで貰ってこそ移動局の意義が有る事を心すべきだ。呼ぶ人が居なければ移動運用が継続出来なくなるのだから

(3)移動運用時のオぺレーション(リストQSO、エリヤ指定、その他の運用方法)に
関し呼び手側が色々とコールサインも言わずに批判するのは良くない。言いたい事が有ればQSOに入った段階で自分の考えを言えば良いのでは?移動局は自分の時間と費用を掛け自分の意志で運用をしている。其のオペレーションに対して気に入らなければ呼ばない事だ 確かにオペレシーョンの上手下手はあると思うが

 其れから交信中に関係ない人が頼まれもしないのに「スタンバイしたよ」「レポートをもう一回」など御節介な人が居るが申し訳ないが「余計な御世話だ」第三者に交通整理されたQSOなど意味が無い。(交信成立とは当事者間だけで双方の通信内容が了解出来る場合と私は考えるので)私の場合は其れならNO-QSOの方がマシだ。

 ただ当事者が頼んだ場合は其の限りでは無く他人のQSOの成立条件に対し、とやかく言う積りは無い すべて当事者間の問題で第三者の立ち入れない領域だと理解すべきだ。
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 移動運用  失敗その2 (発電機3-3)

2011年08月03日 21時26分47秒 | 日記
 スズキの2KWの発電機は岐阜の笠松町でエンジンが回るも発電しない故障に成り現場で調べたが電圧調整
回路(ブラックボックス)の故障だった。機種が古く部品供給不可の為、修理を諦めた。何時の日かジャンク品が有れば息を吹き返させたいと思っている。発電機故障後のバッテリーでの移動運用で苦労したので其の後 電源周りはかなり強化した。

 その後、ヤマハの新品では無いが倉庫に眠っていた1.4KWの発電機を26000円で購入、現在移動に使用している。この発電機は箱には入っていなかったが多分回していなかった様でタンクの汚れや外装部分に擦り傷さえ無くマフラー口が全然汚れていなかったが我家で30分回したらマフラーの網目に色が付いたので多分衝動買いして使用する機会が無かったのだろう。スズキに比較して一回り小さく重量も10Kg軽く28Kgだった。

 ただ良い事ばかり出なく100V出力の調整が電気回路(ボリューム)で調整出来なくキャブの燃料側で調整(固定式)その為に本体に電圧計が無い事とDC出力端子が無い事だ。対応策としては車内の無線机の前に交流電圧計と電流計を取付け最大負荷電子レンジ使用時に発電機のキャブの流量調整で100Vに合わせている。無線機器の操作時は負荷が軽いので100Vが少し高く出るが無線機器は全てインバータータイプのDC電源を使用しているのでAC入力電圧が10V位変化しても出力電圧は(13.8V)は殆んど変化せず十分に吸収対応出来ている。直流出力端子が無い事は使用しないので何ら問題無い。バッテリー充電を発電機の前でする事も無いしピョンピョン二世号のバッテリーは155G51を2個搭載しているので充電突入電流は100V側の電流計で数分間10A位流れるのでバッテリーへの充電電流は最大70Aを越している事になる。発電機の直流端子にバッテリーを接続するとどうなるか?考えるまでも無い事だ。

 この発電機の最大の欠点は、発電ノイズで垂直系のアンテナを使用時、受信にかなり影響が出る。車と発電機の距離や方向により実に様々な症状の受信障害(ジャミングの様な信号で起こる)が発生したりしなかったりする事だ。当初は電波の伝搬上の問題と思っていた。原因はなかなか解らなかったが色々な実験の結果、判明した。ヤマハの低価格層(標準機)にはノイズフィルターが付いていないのだ(オプション扱い)購入の際、前記の様な事情で取り扱い説明書が無く気が付かなかった。その後、他のメーカーのフィルター
を入れ良くなっているが完治していない。私の運用はフルサイズの逆Vでの運用が大半なのであまり不便を
感じていない。(水平系では症状は確認出来ない)

 この発電機のトラブルは無かったが今回、沖縄九州方面の移動で、エンジンが二度程掛らないことが有った。原因は点火プラグが燃えカスでショートされ火花が飛ばなかった事だった。信じられ無い事だが購入した時、確認したエアフィルターが消え失せ無くなっていた スポンジが風化し微粒子になり燃料と混ざって
燃焼し燃焼カスがプラグに付着したとしか考えられない。燃料も調べたが水が入っていたり不良燃料の可能性も無かった。フィルター交換後は正常に動作している。

 一般の移動局と比較するとバッテリーや発電機が大きいと思われるかもしれないが長期の移動の場合、何が故障しても運用が継続出来なく成るのでこの余裕が必要である。


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