黄昏叔父さんの独り言

 アマチュア無線と何でも有りのブログ

 実感する体力の低下

2014年08月31日 06時09分50秒 | 仕事

此処4~5日、多忙で無線の方もブログの方もQRT状態、昨日少し余裕が出来たので1ヶ月振りに家の周囲と畑の草刈を3時間ほど掛けて行った。天気は雨が降りそうな曇り空で「これは涼しそうで良いわ」と始めたが草が40cm位まで伸びていたので作業が捗らず夕方薄暗く成るまで続いた。作業が終わる頃には衣類は汗でビショビショ状態で体に纏わり付き気色が悪い直ぐにお風呂に飛び込んだ。其の後の夕食後にゴロリと横に成ったら今朝の5時頃まで爆睡状態に陥り家内に「凄い鼾をかいていたわ」と言われた。

 今週は3日程、仕事に出たとは言え最近は体力の衰えを実感する。其の中でも特に感じるのが脚力の衰え、今回の仕事でも重い荷物を抱き抱え急勾配の階段の上がり降りが有ったが最近までは1段毎に足を踏み替え昇り降りしていたが先週は階段を一段降りる度に両足を揃えて更に1段下がると両足を揃える降り方、交互に踏み替える降り方をすると何か前つんのめりに成り階段を踏み外しそうな感じがするのだ。高価な測定器を運んでいるのでダム湖に落下させると深い所では40m以上の水深なので回収不能、慎重にせねばとの思いも有るが同行の40代の方は楽々と1段毎に足を踏み替え昇り降りする此れは可也のショックものだ・・・・・・

 更に脚力の低下を実感するのが飛んだり飛び降りたりする時、今回も湖面を移動する作業船の浮き桟橋を手繰り寄せ最後の階段との距離1m強を跨ぐと言うか?飛び移るのだが躊躇して仕舞い一呼吸してからで無いと飛び移れない。更に此れに高低差が付くと飛び降りた時の足に伝わる着地感に不安を感じ其の躊躇は大きい物と成る。通常の日常生活ではあまり感じないが確実に脚力は低下して居る。若い人に「無理をしないで下さいね」など言われると更なるショックを実感する。

 誰もが歳を重ねる毎に辿る道だが当人にとってはショックな事、私もハッキリとそれらを実感するように成って来た。
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 襟裳岬で北海道外周走破を達成 (2014・06・28)

2014年08月24日 19時55分56秒 | 旅行


 今回の「北海道への旅」は釧路から襟裳岬間の太平洋側の海岸線を走破して過去の旅行の行程と併せて北海道の外周を一周する事が一番の目標であった。初年度の2009年には福井県の敦賀から苫小牧港に行き占冠村~富良野町(南、中、上)~美瑛町~旭川市~層雲峡~阿寒湖~釧路市~浜中町(霧多布岬)~根室市(納沙布岬)~別海町(野付半島)~標津町羅臼町~知床峠~斜里町(ウトロ)~小清水町~清里町~弟子屈町(摩周湖~川湯温泉~和琴温泉~美幌峠)~中標津町~美幌町~大空町~網走市~野取半島~北見市~佐呂間町~湧別町~紋別市~西興部村音威子府村中頓別町~浜頓別町~猿払村~宗谷岬まで進み、来た道を中頓別町まで引き返し美深町~小平町~留萌市~滝川市~砂川市~新篠津村~札幌市~小樽市~積丹町赤井川村~泊村~寿都町~島牧村~瀬棚町~今金町~函館市~留寿都町洞爺湖町~伊達市~千歳市~苫小牧市~厚真町~むかわ町~平取町~日高町~新冠町~新日高町~浦河町~様似町~えりも町(襟裳岬)と進み来た道を引き返し苫小牧港から敦賀港に帰るコースを辿った。此の時のコースで北海道の外周で廻っていないのは函館市から時計回りの松前半島経由のせたな町までのコースと、札幌市を越えた日本海沿岸のオロロン街道を通る稚内市経由の宗谷岬につながるコースと、釧路市から襟裳岬に通じる3コースと成った。

 続く2010年には本州を長野県経由のコースを進み新潟県~山形県~秋田県~青森県の下北半島の大間からフェリーで函館市に渡り松前半島を時計回りで北斗市~木古内町知内町~福島町~松前町~上之国江差町~乙部町~八雲町~せたな町と進み厚沢部町島牧村共和町泊村古平町~余市町~増毛町天塩町~稚内市に至るオロロン街道を走破した。そして稚内市から宗谷岬を経由して猿払村浜頓別~枝幸町~雄武町~網走市~小清水町~弟子屈町~美幌町訓子府町置戸町~石北峠~上川町~愛別町~当麻町~旭川市~妹背牛町秩父別町~千歳市~苫小牧市~厚真町~白老町~登別市~室蘭市から函館に至る海岸線を走り函館港から大間港に渡り東北を廻りながら帰ったが道東の太平洋岸(釧路市)を廻る事は出来ずに其の後の課題として残った。

 其の後の3年間は西日本への移動運用(沖縄、離島、九州、近畿、北陸)が中心と成り北海道方面はご無沙汰状態で有ったが残った課題を達成する為に今回は「北海道行き」を決め「礼文、利尻島行き」と釧路市~えりも町間の太平洋側を走り「北海道の外周部を走破する事」は大きな目標と成った。

 2014年の今回は家の都合で出発が2週間程遅れの6月の17日に徳島を出発し京都府の舞鶴港~小樽港への新日本海フェリーで北海道に向かい小樽市~札幌市~稚内市(2010年と同じオロロン街道を北上して)幌延町~稚内市~礼文町(礼文島)利尻富士町利尻町~稚内市に戻り~宗谷岬~オホーツク海岸を東に向かい枝幸町~オホーツク西端の斜里町~知床峠を通り羅臼町(2回目の運用)~弟子屈町(3回目)鶴居村~釧路市~えりも町~様似町(2回目)~苫小牧市~夕張市~占冠村(2日目)南富良野町~富良野市~中富良野町上富良野町~美瑛町~そして来た道を占冠村~日高町~平取町と太平洋岸に再び出て苫小牧~支笏湖~伊達市~喜茂別町~留寿都町~真狩村~ニセコ町~蘭越町~黒松内町~今金町~長万部町~函館市へと進んだ事によって6年越し3回目の訪問で念願の北海道の外周を走破することが出来た。

 上段の写真は完成場所と成った襟裳岬の周辺の写真、岬の先端部はガスって居て視界が悪かった。岬の手前の駐車場には土産物店が有り賑々しい感じがするが此の駐車場を出ると周囲に家らしき物も無く可也寂しい場所で今回も「強い風と霧」の岬であった。


 文面のカラー文字の町村は過去に移動運用した場所、今年は重複運用が多いが北海道内では比較的運用の少ない町村
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 鶴居村運用後の釧路各局とのアイボール (2014/06/28)

2014年08月24日 09時59分09秒 | アマチュア無線

 
 前日の夜の鶴居村での運用中に三橋さん(JE8DVU)から声が掛り明朝に運用地に行くので「運用アンテナの写真を撮りたいので撤去しないで下さい」との言伝が有った。前日の美幌峠では濃い霧に覆われ視界が得られず写真が撮れなかった様子・・・・

 話の中でローカル局もお越しになる話で有ったので翌朝は起きた後、寝床を整理してアンテナだけ撤収せずに待つ事にした。今回の鶴居村での運用場所は三橋さんに貴重なアドバイスを戴いたので運用場所はご存知なので後はお越しに成るのをお待ちするだけ8時前後だったと記憶しているが?外車が近づいて来て硲(はざま)さん(JH8NCD)が来られて初対面の挨拶後に話をしていると三橋さん(JE8DVU)と鈴木さん(JR8NFO)の車が駐車場に到着し初対面の鈴木さんと挨拶している間に三橋さんは早速にアンテナの写真を撮っていた。此の日に御会いした御三方との1stQSOは可也以前で其の後は沢山の交信履歴が有ったが御会いするのは初めてだったが幸いな事に初対面の緊張感は無く楽しくお話した。(この場所での状況や写真はJE8DVU三橋さんのブログに紹介されています)

 少し話が終わった段階で「立ち話も何なので何処かでゆっくり話をしよう」と言う事になり「時間が早いので喫茶店も開いて居ないので我家に行こう」の鈴木さんの提案で厚かましくも鈴木さんの御宅に御伺いする事に成った。途中で三橋さん宅に立ち寄り7Mhz帯の2エレ八木と多素子のハイバンド用の八木アンテナを見学した後に釧路市内に有る鈴木さんの自宅に立ち寄り昼まで無線談議に花が咲いた。お空の交信も楽しいが矢張り膝を突き合わせた話には及ばない。本当に楽しい時間を過ごせたし何よりも趣味が同じと言うだけで初対面の私を暖かく迎えてくれた皆さんに感謝、感謝、

アイボールQSOは昼前まで続き最後の「此れからどちらの方面へ?」と聞かれ本来は根室を経由して浜中町の落石方面へ行きたいと思っていたが天気が悪くガスって居たので諦めて私の今回の旅行の大きな目標である釧路市から襟裳岬間を走破して北海道の外周一周を達成する為に「襟裳岬の方へ」と答えて色々順路の事を聞いて情報を貰っていたら心配されたのか?「途中まで送って行く」と言って下さり「白糠の道の駅」まで先導の上。道の駅の名物「豚丼」まで御馳走に成った。今回、ブログを書くために場所をグーグルで確認すると可也の距離を先導いただき本当に御世話に成りました。再び北海道に来る事と訪問時には釧路市は素通りしな事を約束してお二人と道の駅でお別れしたが近い将来に御会い出来る事を楽しみにしている。

 



 
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鶴居村での移動運用 (2014・06・27)

2014年08月23日 10時37分52秒 | アマチュア無線
        


 弟子屈町の運用は翌朝運用はしなかった為に早めに美幌峠を下り和琴半島まで行き朝一番に和琴温泉の露天風呂に入った。この温泉の事は過去にも2回程ブログに書いたが最初の写真の様に細長い池状の形の温泉で湯温は比較的高い方、露天風呂の底は小砂利状の物で感触も良いのだが写真を良く見ると浴槽の左側の湯面が少し濃い緑に成っている。此れは温泉の底に藻が沈んでいる為で、迂闊に歩き回ると「ぐわ~」と小さい藻が浮き上がって体にまとわり付くので多分女性だと少し嫌がるかも知れない。ただ此の温泉は混浴と囲いはあるものの海側からは丸見えなので女性が入るには抵抗が有る場所で私は今回が4回目の入浴で有ったが女性の入浴者は一人も見ていない。男性でも早朝か夕方で無いと最初は入り辛い様なオープンな場所に有る。ただ露天風呂としては可也大きいので其の開放感と火照った体を冷やす屈斜路湖の湖面を撫でた風は体に心地よく素晴らしい。昨日お会いした三橋さんの話ではこの対岸に有る「コタンの露天風呂」がお気に入りと言う事で私も入ろうと探したが243号線を真っ直ぐ走ったので(途中で52号線に入らねば成らない)見付からず自宅に帰ってインターネットで調べたら湖面の近くで雰囲気の有る露天風呂の様子なので次回に訪れた時は是非「コタンの露天風呂」に入ろうと思っている。

 其の儘243号線で弟子屈の町に入り3番目の写真の「摩周温泉」で一休憩、温泉は入った直ぐなので「足湯」に入り北海道に入り早くも9箇所目の温泉を体験した。其の後、阿寒横断道路(241号線)で阿寒湖方面に向かった。阿寒湖畔は道内の湖では一番の観光地、大型のホテルや土産物店も多くコタンの部落も観光客で賑わっていたが、私には摩周湖の様な人間の手が及ばない大自然の中の湖の方に惹かれるが、さりとてこの周辺に来れば素通りする事は出来ない観光地で今回で4回目の訪問と成った。考えれば25日から過去に訪れた観光地ばかりを回って居る事に成って居る相変わらず進歩が無い。

 阿寒湖を出発しマリモ国道(240号線)を南下し途中から38号~52号線と乗り継ぎ釧路湿原展望台へと向かった。展望台に付くと周りはガスって居て天気は下り坂の様子、展望台内部は過去に見学して居るので釧路湿原を結ぶ遊歩道を歩く事にした。遊歩道の最初の部分はそうでも無かった300mも進むと回りは鬱蒼と繁る熊笹と雑木林の世界で如何にも熊が生息している雰囲気「熊注意」の看板を見たら少し心配に成って来た。此の場所に入った時は前も後ろも観光客が居なかったが10分程歩くと先行してる観光客の声が聞え始めると自然に歩みが早くなる。歩きながら此の場所で熊に襲われたら自分一人、早く追付いて多数で対応出来る状態にせねばと可也早足で進むと体が汗ばんで来た。5分程でやっと先行する人に追付いたが残念ながら若いカップルで楽しそうにして居たので一緒に進むのはお邪魔虫と考え先行する形に成ったが、此れでは危険度は再び振り出しに戻った。移動運用中は如何なる山中でも一人で車中泊も平気だが其れは車の中で居て且つ熊の嫌いな大きな音がする発電機をバリバリ駆けているからこそ、素手で此の場所では逃げ切れないな?等と考えると一周するのに1時間以上掛かったが道中、本当に心配に成った。

 今回の本来の移動計画は此の後、釧路市に入り海岸線を走り根室を経由、浜中町の霧多布岬に進む予定であったが、和琴温泉で知り合った人が話していた様に東に進むほど天候は悪化しそうな気配がしたので予定を変更して釧路湿原展望台を数百メートル北に進んだ鶴居村の写真の駐車帯で車を停め移動運用した。此の場所は北緯 43度04分48秒79 東経 144度19分20秒65 海抜71mHの地点 運用は18:13JST~22:32JSTまで7Mhz帯で運用し交信数128局に終わった。此の場所でのアンテナ設営中に草刈後に湧いた蚊の集団に襲われたり後で車内に入り込んで刺され大変な目に有った割には成果が伴わない運用実績と成ってしまった。北見枝幸町から羅臼、弟子屈と軒並み200交信を下回る実績、矢張り北海道に入ると西日本の局との交信には苦労するが3連チャンで200交信を割るとは情けない・・・・

 
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弟子屈町での移動運用 (2014・06・26)

2014年08月22日 07時30分19秒 | アマチュア無線
 
 和琴半島の保々先端に有る露天風呂「和琴温泉」に入った後に屈斜路湖の西側のパイロット国道(234号線)を通り美幌峠を登り始めた。美幌峠も今回で4回目、慣れた道だがピョンピョン二世号には手強い状態でヘアピンカーブの手前から峠の頂上に掛けての標高差100mHを上り詰める段階では青息吐息で自動車が可哀想な状態に成る。峠を上がりきった道の駅「ぐるっとパノラマ美幌峠」の駐車場には弟子屈町と美幌町の境界線が通っている。弟子屈町では2009年に摩周湖の第三駐車場の側帯で逆Vアンテナで交信中に相手の信号が急に聞え無く成り「何事か?」と思って外に出たらバランの片方に接続していたエレメントが強風(台風並みの風が吹いていた)に煽られて道の中央に落下し観光バスを止めていた。二回目の2010年は今回と同じ道の駅の駐車場で釣竿アンテナで運用したが其の時も強風と雨降り、釣竿アンテナのエレメントが風により揺れて根元のM栓のオスピンを固定している絶縁材に亀裂が入り釣竿の中を流れて来た雨水が基台部分とM栓の接触部分に溜まり電波が思う様に飛ばなくなり交信実績は伸びなかった。

 無線運用だけでなく弟子屈町の観光スポットで有る摩周湖も最初の訪問時には3日連続で第3展望台と反対側の裏摩周の展望台に上がったが霧が張り一度も摩周湖の湖面を見る事は出来なかった。此れが最後のチャンスと思って4日目の朝に第3展望台に登った時に15分間程、湖面を見る事は出来たが其の後、直ぐに湖面は霧の中に消えてしまった。そればかりで無く運用場所からの帰り道でグラス・ポールの一部を落とし引き返し探したが見付ける事は出来なかった。とにかく弟子屈町は私にとって余り相性が良い場所に思えない。今回はリベンジを掛けた3回目の挑戦、何時も通りの10mHにフル・サイズの逆Vアンテナを設営して運用を始めた。

 運用場所は「ぐるっとパノラマ美幌峠」の道の駅、北緯 43度38分55秒35 東経 144度14分54秒54 海抜495mHの地点、運用時間は18:13JST~22:32JST間に7Mhz帯で118局に終わった。運用中の20:04JSTにJE8DVU/Mの三橋さんから呼び掛けられ交信した。後で聞いた話では三橋さんは私の知床の羅臼町での運用が終わった段階で次の運用は弟子屈町辺りと予想して居たらしく既に弟子屈の近くに釧路市から来て居た様子、反面、私は「弟子屈町移動」とはアナウンスはしていたが「美幌峠の道の駅」とアナウンスするとスタンプを押さねば成らないので其の部分は伏せていた。三橋さんは弟子屈町の移動運用場所なら摩周湖周辺か?美幌峠の周辺の何方かだろうと見当は付いて居た様だが確定しかねて居た様子、然しながら私の「境界の弟子屈側での運用」のアナウンスに美幌峠からの運用に確信を持ったらしい。交信の終了時に此方に来る旨の話で有ったので交信しながら待ったが時間が経過しても現れなかったので段々と心配に成り落ち着かなかったので其の事を運用中にアナウンスした。

 三橋さんは移動運用もアクティブにしてる方なので移動運用中のオペレーターの気持ち(移動運用中の呼ばれている最中の訪問は困る事)は良く理解されて居たので遅く成っても運用が終了してから訪れる予定で既に道の駅の駐車場で待機していた様子、逆に私は「途中で何か有ったのでは?」と心配に成ったし徐々に閉局を考えていたのでその旨をアナウンスした。

 私が待って居る事をアナウンスしたら直ぐに三橋さんが来られてアイボール・QSOが始まったが私の車は運転席しか座席には座れないし さりとて寝るスペースで膝を合わせて座る事も出来ないので外での立ち話に成った。全国を回る過程でのアイボールは全てこの形と成りスペースの無い私の車の泣き所と成っている。三橋さんとの1stQSOは2003年の7月09日の21Mhz帯に始まり交信回数は100回以上に及び、私も三橋さんの北海道内の移動運用でも大変お世話に成っている。今回は初対面で有ったが話は多岐に渡り大変楽しかった。此の夜はガスって視界も悪く寒かったのに此の日の三橋さんは半袖のTシャツ姿「大丈夫ですか?寒くないですか?」と何度も聞いたが「大丈夫、大丈夫」と立ち話は日付変更線を越す時間帯まで続いた。これも後で本人から聞いた話だが・・・余り大丈夫で無かった様子で美幌峠を下りながら寒くて我慢出来ず屈斜路湖に有るコタンの温泉に飛び込んだららしが間に合わず数日間は風邪気味で有ったとか?本当に申し訳無い仕儀と成ってしまった。

 運用場所で夕方にアンテナを設営した時に写真を撮れば良かったのだが忘れてしまい。早朝の撤収時にはガスが掛かって写真を撮る事が出来ず。従ってこの場所での証拠写真は無いが三橋さんが確認してくれて居るので問題には成らないだろう。とにかく思い出に残るアイボールと成った。
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 小清水原生花園~美幌峠の観光(2014・06・26~27)

2014年08月21日 19時54分58秒 | 旅行
      

       


 オシンコシンの滝を出発、前日に休憩に立ち寄った小清水原生花園に向かい今回は原生花園の遊歩道を一周した。この場所も花の生育が遅くエゾカンゾウ、ハマナス、カキツバタが咲いているくらいで北海道内の原生花園は何処も花の開花が遅く物足りなさを感じた。其の後に391号線で小清水峠を越えて弟子屈町に入り途中から52号線で摩周湖の第三展望台駐車場に行き写真を取りに展望台に上がった。今回は霧がかかる事なく晴れて居たので湖面は見渡せたが夏の此の時期は水蒸気が上がっているのか?全体がぼやけてコントラストの無い状況、しかし今回で8回訪れて湖面が見えたのは3回だけで霧が張らず見えただけでも儲け物・・・・其の事も有り今回は初めて有料駐車場の第一展望台駐車場に車を入れて写真を撮った。

 摩周湖を下り今回初めて近くの「硫黄山」に入った。この駐車場は摩周湖の第一展望台の駐車場と共用券(二日間に限り有効)に成って居たので入って見学したが余り見る物も無く広大な駐車場に停まっている車も少なく寂しい感じ、駐車券が共用に成っている理由が解った。下段の写真は弟子屈町での運用の為に上がった美幌峠の「ぐるっとパノラマ美幌峠」の道の駅、次は「美空ひばり」さんが歌った美幌峠の歌碑、其の次が展望台から見た屈斜路湖、この峠は霧が張る事が多く昼間は晴れていても過去に私が車中泊した夜は3回共に濃い霧が張り視界は100mを切る幽幻の世界に成った。其の次は屈斜路湖の砂湯、観光客は殆ど居なかったが浜を歩いていたら貸ボート屋さんの御主人が居たので「砂湯て何処ですか?」と聞いたら「此処だよ」と砂浜を指差したので不思議そうにしていたら「この砂浜を掘ったら温泉が出るんだよ」と教えてくれた。此れは後々の話のタネにと思い砂浜を掘って足湯を楽しんだ。最後の2枚は屈斜路の南に突き出した和琴半島の先端に有る無料の露天風呂「和琴温泉」この温泉も今回で3回目の訪問で今回は美幌峠に上がる26日の夕方と下った27日の早朝と2回に渡って入浴した。写真は27日の朝に撮ったもの私が入浴してるのを見付けて入って来た同世代の霧多布岬から来た男性、「浜中町方面は3日間雨が振りっぱなしで嫌に成って逃げて来た此方のの天気はどうですか?」と話掛けてきた。私が知床方面から好天の中を南下してきた事を話すと自然に旅行の話に成り30分程、旅の話で盛り上がった。途中でipadを渡され「写真を撮ってくれませんか?」と頼まれ写真を撮ったが初めて使ったので興味が湧き欲しく成った。

 この周辺は2009年の訪問時に天気が悪く、摩周湖の写真を撮る為に4日間程、滞在したので良く回った場所、然しながら弟子屈町と私の相性は余り良く無く、摩周湖の第三駐車場では逆Vの片方のエレメントが給電部で切れ国道に飛び観光バスを止めたり、次の年は釣竿アンテナが壊れ、移動運用の実績は散々の結果に挙句の果てには和琴温泉で入浴中に浴槽内を歩いて居たら「其処の若いの藻が上がるでないか」と御叱りを頂いた思い出が有る地、今回はリベンジの為に美幌峠に上がったのだが果たして結果の程は?

 
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 知床半島とオシンコシンの滝の観光 (2014・06・26)

2014年08月19日 18時54分37秒 | 旅行


 知床峠をウトロ側に下り知床半島周遊の観光船乗り場に向かい朝一番の大型観光船に乗り知床半島の海側からの観光に出掛けた。知床周遊の観光船は大型船から小型船やクルーザ・タイプと何種類か有るが前回に続いて今回も最初の写真の大型観光船を利用し列の最後の方で乗船したら出航は早い時間帯で有ったが甲板の両サイドは人で一杯、皆さん手に手にデジカメを持ち並んで居たので私は空いてる場所を探すのに苦労した。

 観光船はユックリとした速力で海岸線に沿って半島の先の方に進み、見せ場では可也、手前まで接近して甲板ではスピーカから其々のポイントの説明が流れていた。2009年に訪れて乗船した時は観光船は知床半島の先端近くまで行ったが今回は何故か?カムイワッカの滝まで行くと引き返して「あれれ・・」と言う感じ、久し振りなので乗船したが世界遺産とは言えども一度見たら十分、再度乗船する程の価値は無かった。景観で言うなら其の後に訪れた下北半島の「仏ヶ浦」の方が低料金でその場所に上陸して観光が出来る分だけ遥かに素晴らしかったし迫力が有った。考えてみれば知床は半島の景観が遺産と言うよりは「手付かずの大自然の営み」が遺産として認められた訳で海上からの見学だけで其の魅力は理解出来ぬのだろう。後半の写真は知床連峰の姿、最後はウトロの近くの「オシンコシンの滝」この滝は落差は余り無いが水量は豊富で滝の近くで写真を撮って居る間に其の水滴の飛沫で身体全体が濡れた。この滝は冬の凍結した状態の写真を旅行雑誌やカレンダーで見る事が多い場所、出来る事なら冬に訪れて見たいと思った。
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 思い出の羅臼町の旅 (2014・06・26)

2014年08月18日 23時03分19秒 | 旅行
     

 北海道の旅で(パック旅行)知床半島のウトロ側を訪れた方は多いと思うが羅臼側は意外と訪れる人は少ない。私は2009年に初めて訪れた時に阿寒湖側から釧路市~根室市~ノサップ岬~別海町~標津町を経由して羅臼町に入った。この時は7月の中旬で有ったが北海道は13年ぶりの冷夏で道東の朝の気温は10度前後で非常に寒かった。オマケに天気は雨降りか?濃い霧に覆われ視界が非常に悪かった事を覚えている。しかし無線運用は沢山の方から呼ばれ離島運用以外での二日間に渡る運用は全国で新潟県の聖籠町、秋田県の藤里町、其れと北海道の羅臼町の3箇所しかない。最近はどうか分からないが当時は可也のレアーな町で有った。

 此の町での思い出は何と言っても「熊の湯」と「相泊温泉」の露天風呂、今回の北海道旅行の中で「熊の湯」に入浴する事は道東方面ではメインの計画で有ったので知床峠の頂上から羅臼側へと峠を下った。前回は羅臼岳の写真を撮る為に此の峠を日を変えて3往復したが濃い霧に覆われシャッターチャンスは一度も無かったが今回は到着時の夕方も出発の早朝も青空で信じられない好天気で写真を撮った後に先ずは「熊の湯」に入ろうと入口に行ったら「入浴準備中」で入浴出来ない旨の看板が吊り下げられていた。仕方がないので時間待ちを兼ねて羅臼の町筋に有る「道の駅・羅臼」まで下がり写真を撮った後、前回の運用地の有る「羅臼、国後、展望塔」に上がった。国後島を見たあと少し下がった前回の運用地である公園内の草地に入ったが途中にロープが張り巡らされ車は入れず歩いて運用場所に行き写真を撮りながら、あの時は朝方に起きると車の周囲を十数頭の野生の鹿に囲まれ「何か頂戴」とオネダリされた事を思い出しながら、あれから5年の歳月が流れた事を実感した。

 相泊温泉に行く事も考えたが時間の関係で諦め知床峠を登り始めた直ぐの所に有る天然記念物の「間歇泉」を見に行く事にした。前回も訪問したが間歇泉が何故かストップしていて見る事は出来なかった。今回の出発前にインターネットで調べたら活動している事が解ったので訪れる事にしていたが道端に看板も無く、少し付近の状況が変化していたので付近を3回程往復したが見つける事が出来ず最終的にジョギングをしていた青年を呼び止めて教えて貰い漸く国道からの入口が解った。入口は何の変哲もない場所から入り途中の道の状態も悪かったが5枚目の写真のその場所を突き止めた。前回は其の場所に1時間以上居たが現在は付近の状況は可也変わって居て観光客が訪れている気配は無かった。私の間歇泉のイメージだと一定間隔で数メートルの高さに温水が吹き上がる物と思って居たが20分程、待った段階で大きい蒸気が吹き出る音がするので其方を見たら水蒸気が上がるのは見えたが温水が噴水の様に吹き上がる事は無かった。数分間蒸気を吹き出しては居たが可也の期待外れ、しかし5年越しの見たい思いは達成出来た。

 知床峠への道に出て少し登ると2番目の写真の「熊の湯」に入る橋が左側に見えて手前の道端に車を停め橋を渡って浴場に向かった。此の露天風呂は道東を旅した人なら誰もが知っている有名な無料の温泉、特に「良質な湯質と湯温が高い事」が有名・・・・此の温泉は地元の方々も入りに来るので地元の人が入っている時に勝手に浴槽に水を入れるとお叱りを頂く事でも有名な温泉なのだ。私が脱衣所に入った処で若い観光客がスキン・ヘッドの叔父さんに早速、説教されて居る所で有った。多分、了解を得ずに勝手に水を入れただろう事は容易に想像出来た。其の人は「熊の湯」への入り方を力説していたが私が洗い場に出ると此方に視線が向いた。私は一応経験者なので体を洗った後で浴槽に入り平気な顔をしていたら(実は痩せ我慢であったが)相手は驚いている様子で有った。普通の人は入った瞬間に「熱い」と一声出るのだがヘソ曲りの私は意地でも其の様な事は言わない覚悟、何か言おうものなら叔父さんの一講釈が始まる事は分り切って居たので敢えて我慢した。元々、私は熱いお湯は健康には良く無い事は知って居るのだが熱いお湯の方が好きな方なので10分間程、平然とお湯に浸かっていたら相手も言う事が無く成り静かに成った。

 此の露天風呂は最初入ったら凄く熱いが其の熱さに慣れると次は随分楽に成り浴槽の回りは木々が生茂るだけの自然の世界(脱衣所側は囲いが有るが)浴槽側は何の囲いも無く川面から上がって来る風は涼しくて何回か出入りしている内に体が慣れてくる。地元の人は其の爽快感を味わう為に熱くても水を入れ無いのだろう。

 其れと此の「熊の湯」は峠の上がり口に有り、羅臼の町からは距離が有る為に秋~冬の季節には湯冷めしない事と且つ露天風呂なので其の時期には外気温が低いので身体を温めるには調度良いのだろう。一年間を通じて此の湯温に慣らされた地元の人には水を入れると湯温が下がるので物足り無い感じするのだろうし利用する地元の方の大半が漁師さんなので此の温度に耐える事で意外と男気を表わして居る感じがした。

 とにかく風呂は熱かったが意地を通して観光客の中にも少し骨の有る所を見せて自己満足、心地よい火照りを感じながら「熊の湯」を後にした。

 私が全国で入浴した湯温の高い温泉ベスト3

 1、鹿児島県三島村の硫黄島の「東温泉」

 浴槽が3段階の自然空冷式の温泉、昼間は一番低い浴槽で何とか入浴、夜には楽に入浴出来る温度と成るが最初の源泉が入る浴槽には滞在中に観光客は誰も入る事が出来なかったベルギー人が興味本位で足を浸けたが即座に「Oho No」と叫んだ。

 2、長野県の野沢温泉の公共浴場

 清掃後の朝一番に入浴したが此処は二槽式に成っていて知らずに源泉が流れる込む側に入り非常に熱く20秒も入って居られず飛び出した。其の湯温は大事な物が火傷したかと思う程で地元の人に大笑いされた。可也気合を入れて二槽目に漸く入れる程の湯温

 3、今回の羅臼町の熊の湯、北海道では一番だが全国では3番目、最初は熱いが一度慣れると楽に成る。

 
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オホーツク・ラインの旅 (2014・06・25)

2014年08月17日 19時31分40秒 | 旅行
     

 北見枝幸町の北見神威岬の運用場所をスタートしてオホーツク・ライン(238号線)を西から東に向かって走った。写真の順序に最初の写真が船の形をした枝幸町の「マリーンアイランド岡島の道の駅」続いてが「道の駅・雄武」此処では名物のコロッケが有名で前回訪問時に買って美味しかったので今回も購入し四年振りに其の味を堪能した。その後に紋別市に入りガイドマップに有る「カリョン広場のオブジェ」続いて「流氷科学センター」、「タラバ蟹の爪のオブジェ」、「道の駅オホーツク紋別」下の段に下がり「オホーツク健康プール」 「道の駅愛ランド湧別」、「道の駅サロマ湖」、「道の駅、流氷街道網走」、続いて小清水町の「道の駅、はなやか」最後が斜里町の道端から見た斜里岳、とにかく此の日はオホーツク・ラインを枝幸町の西側から知床峠の頂上までの350Km近くを走り抜けたが流石に軽四では少し疲れる行程で有った。
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 羅臼町(知床峠)での運用 (2014・06・25)

2014年08月17日 17時11分03秒 | アマチュア無線


 枝幸町の運用後、網走経由の知床峠に向かう事にした。途中の道端に有る全ての「道の駅」に立ち寄り運用する事はなかったが写真に納めながら300Km以上の距離を走って17時30分頃に知床峠の頂上付近に到着した。運用場所は北緯44度03分13秒44 東経145度06分16秒05で標高738mHの地点、此の場所は道の駅の駐車場が有り其の中で斜里町と羅臼町の境界線が有る。北海道の道東方面は2009年以来、実に5年ぶりに訪れた。前回の知床訪問時は羅臼町で運用したので今回は出来れば斜里町側でアンテナを設置し運用したいと思って居たが野鳥を撮っているのか?15名ほどのアマチュア・カメラマンが場所取りをしている所を避けてアンテナを設営したので運用前に確認すると2番目の写真の様に羅臼町側で有った。本当は斜里町が本命で有ったが張替えると成ると面倒くさいので18:08JSTから運用開始、上がって来た時に居た数十台の車が段々と下山し残りが2台に成ってから最初は発電機を運転して運用していたが途中から同年輩の男性が寄って来ていきなり「発電機は何時頃に切ってくれるのか?」と言って来たので「車中泊されるのですか?」と聞いたら返事はせず同じ事を聞いて来たので「20時頃まで無理ですか?」と言ったら再度返事をしないので「其方の希望時間を言って下さい」と言ったら「19時で切ってくれ」と言って来た。初対面の人間に挨拶も無しに此の対応は普通の人では無いな?と感じて「19時ジャストで発電機は切ります」と答えて運用を続けた。約束の時間に成り発電機を止めに外に出たら先程の人が乗った乗用車は見付からず100m先に車が1台だけ停車しているだけ其の儘運用しても問題ない気がしたが約束している以上発電機を止めてバッテリー電源で運用した。

 知床峠は国立公園内なので(発電機の使用禁止の看板は無かったが)基本的には発電機は使用不可、其の人は其の事を承知で強く言って来たのだろうが其の場所で留まるのなら解るのだが夜間の運用中には其の人の車は見る事は無かった。今回は言われても仕方の無い状況では有ったがお互い旅行者「物の言い方」一つで気持ち良く対応出来る時と出来ない時が有る。翌朝の4時頃から周囲が騒がしいなと思ったら昨日の連中が上がって来たのか?高価な望遠レンズを取付けたカメラの列が出来て居た。従って早朝の運用は中止、昨晩の運用は18:08~21:38JSTで総交信局数は151局で終わった。
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 枝幸町での移動運用 (2014・06・24~25)

2014年08月15日 22時24分38秒 | アマチュア無線
   

 浜頓別町の温泉を出てオホーツク海に沿って網走方面に進むと直ぐに北見神威岬(北海道には神威岬の名称が積丹町と枝幸町の2箇所有り北海道の方は此の場所を区別する為に北見神威岬と呼ぶ また同じ発音の松前半島の江差町と今回運用の枝幸町を区別する為に北見枝幸町と言うが正式な町名では無い)最初の写真は旧道を通った道端に有る神威岬灯台だが現在はトンネルのバイパスが出来て折、そのトンネル内で浜頓別町と枝幸町の境界が有る。

 前回2010年に浜頓別町で運用後、トンネルを通過した直ぐの「北見神威岬公園」を見付け移動運用するにはトイレがあり、近くに人家も無く、しかも広大な駐車場が有りロケーションが抜群で有る事は気が付いていたが残念ながら決められた時間に網走に行く予定が有り運用する事は実現出来なかった。其の時に今度北海道に訪れる時には必ず運用したいと思っていたが今回の実現までに4年の月日が流れた。
 
 運用場所の北見神威岬公園には2時過ぎに到着、直ぐにでも運用したかったが残念ながら駐車場の外周の草刈が始まっていて5人ほどの作業者と運転席が付いた大型の草刈り機が作動しており、作業の邪魔になる事と何よりエンジンのノイズに寄る受信不能の状態で運用は出来ない状態、作業が終わるのを待ってアンテナの設営をした。運用場所は北緯45度02分34秒42 東経142度30分23秒70の海抜13mHの地点、運用開始は16:03~22:38JSTで21Mhz帯と7Mhz帯で運用し翌朝は03:56~06:23JSTを7Mhz帯で運用した。総交信数は203局、その内21Mhz帯は24局に終わった
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 宗谷岬~猿払村~浜頓別町の観光 (2014・06・24)

2014年08月15日 20時36分02秒 | 旅行
   

    

   

 稚内市を出発し宗谷岬への238号線をユックリと走った。宗谷岬~猿払村~浜頓別町への街道は人家も少なく淡々とした道を一向走るのみ此のコースは過去3回の訪問で全て訪れた所(定番のところしか見る所が無い)宗谷岬には上の公園内に広大な駐車場があり無線運用をしたい所だが残念ながら稚内市なので私の拘りから運用することが出来ず観光のみ、景観も過去と全く変わっていなが先端の「日本最北端の碑」がある場所はいつも観光客で賑わっている。其れ以外は寂しい所だが日本の最北端に来たと実感できる場所だ。現在の車では2回目の宗谷岬への訪問、その頑張りを讃えて今回は「日本最北端」のステッカー(車載用)を購入ピョンピョン2世号の後ろのドアに貼り付けた。其の後通過した「猿払の道の駅」も以前と変わらず4~5m/s位の風が吹き気温も上がらず非常に気持ちが良いコンディション、昼食後に1時間半ほど昼寝を決め込んだ。

 其の後、浜頓別町に入った所で左折して海岸近くの「ベニヤ原生花園」に立ち寄ったが花の開花が遅く花の種類は非常に少なくエゾカンゾウとカキツバタだけが咲き誇って居た。今回のサロベツ、礼文、ベニヤ、そしてその後の小清水の原生花園等、全ての原生花園の花は6月の最初の連続の雨降りに寄り開花が遅れてベストシーズンと思いながら訪れた私には 予想外の展開で有った。その次には此れ又 浜頓別の観光スポットの定番、クッチャロ湖のお決まりの場所で写真を撮り湖の南手に有る「美人湯」で名高い足湯に行った。此処は地元のご婦人が足繁く通うスポット、私は足湯に入りながらの地元の人との交流を楽しんだ。
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稚内市の観光 (2014・06・24)

2014年08月15日 16時33分57秒 | 旅行
    

     

 夕方にフェリーは稚内港に入港し時間的に遅かったので船着場の近くの「稚内の道の駅」で車中泊と成った。此の道の駅は駐車場は広かったがトイレや買い物はJRの稚内駅の構内を利用する形で少し便利が悪かった。この日は早々と就寝、翌朝は稚内公園と開基百年記念塔の周りを見て回ったが早い時間帯で有ったので人っ子一人居なかった。其の後、少し離れた稚内霊園の奥に有るキャンプ場の駐車場に行くと県外ナンバーの車が4台程停まっていて階段を上がった奥のキャンプ場にはテントが3張り程有った。宿泊地としてはこちらが格段に良かったがテント生活はこの時期は未だ寒そうで私の車には3人用のテントを常に積んで有るが今回の旅行中にテントを張る事は無かった。

 稚内市は今回で2回目の訪問、2010年に訪れた時は正午過ぎに霧がたちこめる中心地を走り抜けたが今回は天気が良かったので前回よりは景色を楽しむ事が出来た。矢張り稚内市と言えば観光の定番のノシャップ岬に向かい先端の稚内灯台と寒流水族館、イルカの時計を写真に撮った。

 上段の写真は左側から「稚内の道の駅」、「開基百年記念塔」、「氷雪の門」、ファインダーを覗いて居たら突然 鹿の顔が写り最初は置物か?と思うほど動く事が無く暫くして野生の鹿と解った。最後は「九人の乙女の石碑」

 下段はノシャップ岬の近くの「イルカの時計」、「灯台と寒流水族館」、「青少年科学館」、最後が稚内港の北側に有る「北防波堤ドーム」日本では珍しいヨーロッパ的な感じのする防潮提で雰囲気が有った。
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礼文、利尻島の旅の終り(2014・06・20~23)

2014年08月14日 08時09分48秒 | 旅行


 2010年に北海道に行った時は1ヶ月を掛けて本州を北上し下北半島の大間から函館に渡り時計回りで松前半島を周り其の後は日本海側に沿って北上した。この時に「礼文、利尻島」は訪れる計画で有ったが調度1日早く私の前を行く移動局が居てその方の運用地を追いかける形の移動運用に成り実績が伸びなかった。其の局が礼文、利尻島に渡ったので私は急遽、予定を変更し礼文、利尻島を諦め稚内~宗谷岬へと前に出て追越した経緯がある。

 今回の北海道での観光は「礼文、利尻島」特に「礼文アツモリ草と花」を見る事がメインだったが残念ながら開花が例年よりも早く、群生地を訪れた時には時期を逸しアツモリ草の見学地の遊歩道は大半が閉鎖されていた。その事を知らなかった私は入口でボランティアの方?が寄付を募っていたのに出食わせたが運悪く見学者は私一人「1000円寄付して頂ければ記念品が付きます」と2名の方から説明されたが節約旅行を旨とする私には1000円は高いしバッジ等必要ないので断ったが素通りもできない雰囲気、何とポケットの中は500円玉と千円札のみしか無く仕方なく500円を寄付して中に入ったら50m位歩くと出口の看板「あれ 此れだけ?」と聞くと「花は10日程前が最盛期で花が枯れ始めた所は順次閉鎖してる為、大半を閉鎖、現在見えるのは此れだけです」とアッサリした返事、周辺には花は少し残っていたが全数が変色したり枯れかかっている代物だった。説明の不足も有り、本心は「寄付金を返せ」と言いたかったが大人げない事も出来ずに諦めたが複雑な気持ちに成った。緯度が高い礼文島の北側は高山植物も有ったが学術的価値は別として写真に撮るには地味な物が多く此方はアツモリ草とは別で時期的に早すぎた様で全体的に此れからの感じで有った。

 利尻島は何んと言っても「利尻富士」がメインの観光スポットの島、其の次が「姫沼」、「オタドマリ湖」、「南浜湿原」が有り全て回ったが地方の田舎に行けば何処にでも有る様な風景が広がっていて田舎者の私には興味を引くような景色では無かったが大都市で生活している方が訪れると自然を感じるのかも?知れない。双方の島の印象としては礼文は花を見る為に訪れる島、利尻は山登りと利尻昆布の島と言えるだろう。無線の移動運用が出来たので高いフェリー料金が勿体無いとは思わないが観光地としてのインパクトは余り感じ無かった。

 最初の写真は鴛泊港からペシ岬方面を撮ったもの中央は稚内に帰る時に乗船したフェリー、最後は稚内に向けて航行中に撮った利尻島の遠景、利尻富士は沢山撮ったが稜線が一番富士山に近い形に見えた。
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 難題な反射器の傾き・・・・

2014年08月13日 22時18分26秒 | アマチュア無線
 昨日、アンテナの輻射器を修復した為に今朝は7Mhz帯を運用し電波の飛び具合をチェックする事にした。電気的な特性は以前と余り変わっていない様だが実際運用して確認せねばと思ったからだ。修復後の7Mhz帯での交信数は15局で59以下のRSは1局も無かったし意識的にユックリとしたラグチュータイプの交信を行ったが交信終了には切れ目なく呼ばれたので一安心した。

 こうなると最後の問題点の反射器のズレ(導波器と輻射器に対する反射器の傾き)を修正しようと午後から準備を始めた。方法は次の二種類考えた。

  1 アンテナ・エレメントの廃材を利用 5m長位の棒の先にラチェットを取付け反射器のエレメント・クランプの13mmのネジをアンテナ作業台から狙いを定め、ナットを緩めて傾きを修正後に増し締めをやり、しっかり固定する方法


  2 此の竿を利用して「ハエたたき」よろしく、上がり勾配のエレメントを側を叩き水平にする方法、そして出来れば増締めを行う。


  1 の方法は考え的には良い方法と思えたが反射器のエレメントクランプ台にはブームに取り付け用のUボルトが前後2組あり、此方から見て手前側のナットにはラチェットを掛ける事は出来たが奥手側にはエレメントの太さの関係でナットにラチェットが掛からず、竿がアルミパイプの為、ナットを緩めたり締めたりは至難の技、最初は真剣に気合を込めて作業していたが上手く行かず後半は2番目の過激な方法を駆使したが全く効果が無かった。


  こうなれば最後の方法・・・・ロープの先にオモリを取付け反射器の先に投げロープを地上に落とした後、ロープの反対側をエレメントの手前側に落とし上がり勾配側のエレメントにロープを渡してエレメントの先に移動し「テコの原理」を利用して下側から引き下げて水平を取る方法を行う事にした。其処で息子を動員して私がタワーの上からロープを渡し、地上で息子が両方のロープを引く作業に入ったが上がり勾配が大きい為にロープを引くとロープをかけた位置がだんだんと下がり(ブーム付近まで)テコの原理が使えず思わぬ苦戦、成功させるにはロープを長くしてエレメントを引く力が上がり勾配のエレメントに対して垂直に成る様に可也斜め方向の地上から引く事を考えたがロープの長さが足らず「THE END」今日の作業は打ち切りに成り仕方なくタワーを降りたが作業が上手く行かなかった悔しさで頭が爆発しそうな感じ、この様な気持ちでは何を遣っても上手く行くはずも無いと ふて寝の昼寝を決め込んだ。

 台風が通過した後、エレメントの破断は費用さえ掛ければ(部品交換)修理は比較的簡単と思ったが反射器の傾きはタワーの作業台から遠いので難題とは思ったが思った以上に大変な展開と成った。しかし此の様なトラブルを克服する事がアマチュア無線の楽しみと考え頑張るしか無い。
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