さすらい人の独り言

山登り、日々の独り言。
「新潟からの山旅」別館
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さすらいの風景 グルミット

2013年11月20日 | 海外旅行
アッタバード湖を渡り、再びバスの旅を再開しました。

トポップダン(6106m)が、カテドラルという別名に相応しい姿を見せていました。



ようやく水が引いて現れた河畔には、水没した家屋や立ち枯れした木を見ることができました。仮設道路のため、砂埃の酷い大揺れの道が続きました。



それほどの距離を走らないうちにグルミット村に到着しました。村の背後には、グルミットタワーと呼ばれる岩山が聳えていました。



グルミット村に入って、まずはホテルで昼食になりました。

ホテルの壁に、土砂崩れによってできたアッタバード湖の地図が張ってありました。2013年9月現在では、グルミット村まで水が引いてきています。



昼食後にホテルの外に出てみると、牧場を前景にしたカテドラルの美しい風景が広がっていました。



グルミット村の見学を行いました。



坂道を上がっていくと、中心部の広場にでました。



グルミットタワーの鋭峰も良く眺めることができました。



グルミット村は、フンザのミール(藩主)の別荘があった場所で、この広場もポロ競技場であったようです。



村の説明を立ち止まって聞いていると、子供たちが集まってきました。

この一帯に住むのは、アフガニスタンから中国にかけて広がるタジキスタン系のワヒ族のため、フンザの子供達と比べると、少し顔つきが違っています。



広場の奥には、フンザのミール(藩主)がカリマバードのバルティット・フォートが造られる前に滞在したオールド・ハウスが残されています。



そのまま放置されて老朽化が進んでおり、修復工事が必要な状態になっています。



軒下で、村の女性たちが、綿打ちを行っていました。



子供も民族衣装を着ていました。



村の中を散策しました。



絨緞工房にやってきました。



近くの小学校で先生として働くかたわら、絨毯を織っているとのことです。



天井には、フンザの建物の特徴である、ラテルネンデッケ構造の明かり取りが設けられていました。



売り物の絨毯を並べ始めたのですが、別なグループが入ってきたので、何も買わずに退散していましました。



村の中は、石垣で囲まれた小路が続きます。



女の子登場。後で判ったのですが、これから見学させてもらう民家の子でした。



別な女の子。パキスタンでは、子供の写真撮りが多くなっています。



民家訪問の一行を一家で待ち受けていました。



ここの名物お爺さん。結婚は三回目といいます。



おしゃべりの後は、笛を演奏してくれました。

笛の他に音楽が鳴り出したので伴奏かと思ったら、家族の持つ携帯の着信音でした。家の外に出ると、テレビの衛星放送のパラボラアンテナが設置してあったりもし、結構進んでいるようです。もっとも、後進国といえる国では、電話回線やテレビの地上波放送設備の整備が遅れていたことから、一気に携帯電話や衛星放送の方が普及してしまうという開発順序の逆転現象が起きています。





迷路のような工事を通ってバスの待つホテルに戻りました。



バスの旅を続けます。川岸に近づくと、廃屋が目立ちました。



カテドラルの美しい姿ともお別れです。



水没して壊れたカラコルム・ハイウェイ。



グルミットタワーを後にして先に進みました。
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