さすらい人の独り言

山登り、日々の独り言。
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さすらいの風景 モスクワ その6

2012年08月27日 | 海外旅行
武器庫の見学の後に、クリムリン見学の中心地となる聖堂広場にやってきました。この広場は、文字通りに、幾つかの聖堂に囲まれて、ロシア正教の宗教的行事や皇帝の戴冠式などが行われてきました。

これは、ウスペンスキー大聖堂です。

クレムリンの中央に建つ聖堂で、かつてロシア帝国の国教大聖堂とされ、ロシア皇帝の戴冠式が行われました。



南口扉の上には、17世紀に描かれたフレスコ画に飾られています。



裏側から見たウスペンスキー大聖堂



イワン大帝の鐘楼



イワン大帝の鐘楼は、81mの高さで、イワン雷帝の時代には、これよりも高い建物を建てることはできませんでした。



アルハンゲルスキー大聖堂



アルハンゲルスキー大聖堂

軍の守護聖人、大天使アルハンゲル・ミハイルを祀った聖堂です。イワン大帝が市の直前に下した命によって、1505年から1508年にかけて建造されたものです。

14世紀から歴代のモスクワ公、後にロシア皇帝の遺体安置所になっており、ピョートル大帝が都をサンクトペテルブルクに移すまでの皇族の棺納められています。



グラノヴィータヤ宮殿

クレムリンに残るイワン雷帝時代の建物としては、教会をのぞけば、唯一のものになっています。



ブラゴヴェンシチェンスキー聖堂(左)とグラノヴィータヤ宮殿(右)



ブラゴヴェンシチェンスキー聖堂

イワン雷帝の命によって、1484年から1489年にかけて造られ、皇帝自身の礼拝のために使われました。



テレムノイ宮殿(左)とリザパラジェーニア教会(右)



パトリアースエ宮殿

パトリアースエ宮殿は、ロシア正教の大主教の宮殿です。



宮殿に接続する形で、十二使徒教会が建てられています。



大砲の皇帝

1586年に鋳造されたブロンズ製の大砲で、口径890mm、重量40トン。当時としては、最大の口径を誇っていました。赤の広場の高台に設置されていましたが、今まで一度も発射されたことはありませんでした。砲丸は飾りで19世紀に造られたもので、ひとつで1トンの重さがあります。



飾りも見事で、最初から実戦のために造られたものではないようです。



鐘の皇帝

1733年から1735年に7かけて造られた、高さ6.14m、重さ200トンの世界最大の巨大な鐘です。

18世紀の技術の粋を集めて造られましたが、鋳造中に火災が発生し、それを消すために水を掛けたため、一部がかけおちてしまいました。添えてある断片だけでも重さは11トンもあります。



鐘には、ロマノフ王朝の皇帝が描かれています。

クレムリ内の教会は数も多く、どれも似たような黄金色のドームを頂いているため、混乱してきます。各教会の中に入らなかったのは残念でした。
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