Go straight till the end!!

世界一周の旅の思い出を綴っています。
ブログタイトルは、出発前に旅日記の表紙に書いた言葉です。

おまけ(その18)『フィールド・オブ・ドリームス』

2011-07-28 23:55:55 | おまけ
(152)カサブランカ②(モロッコ)のおまけ記事



 映画『フィールド・オブ・ドリームス』(フィル・アルデン・ロビンソン監督)を紹介したい。
 名作なのでほとんどの方がご存知だとは思うが、人生の節目に観ると素晴らしいインスピレーションを得ることが出来ると思う。

 

 (あらすじ)(ウィキペディアより)

 アイオワ州の田舎町に住むレイ・キンセラ(ケヴィン・コスナー)は農業でなんとか家計をやりくりする、一見普通の貧乏農家。ただ、若い頃に父親と口論の末に家を飛び出し、以来生涯に一度も父の顔を見る事も、口をきく事すらもなかった事を心の隅で悔やんでいる。
 ある日の夕方、彼はトウモロコシ畑を歩いているとふと謎の声(" If you build it, he will come. "「それを作れば、彼が来る。」)を耳にする。その言葉から強い力を感じ取った彼は家族の支持のもと、周囲の人々があざ笑うのをよそに、何かに取り憑かれたように生活の糧であるトウモロコシ畑を切り開き、小さな野球場を作り上げる。
 その後しばらく何も起きなかったが、ある日の晩、娘が夕闇に動く人影を球場に見つける。そこにいたのは“ブラックソックス事件”(八百長事件)で球界を永久追放され、失意のうちに生涯を終えた“シューレス”ジョー・ジャクソンだった。



・映画『フィールド・オブ・ドリームス』(予告編)の動画はこちら(残念ながら削除された模様)

金曜ロードショー水野晴郎さんの解説はこちら(残念ながら削除された模様)

・英語版の予告編はこちら

・If you build it, he will come.(お前が作れば、彼はやって来る。)⇒動画はこちら



 (追記) 

 この記事を投稿する1日前に元メジャー・リーガー伊良部秀輝さんの死が確認された。
 
 夢を叶えるまでの人生と、夢を叶えた後の人生。どちらも人生の一部だ。



 伊良部さんのご冥福をお祈り申し上げます。

(152)カサブランカ②(モロッコ)

2011-07-21 01:12:04 | モロッコ
 Casablanca (カサブランカ)滞在三日目。

 この日は日本代表VSフランス代表と、モロッコ代表VSジャマイカ代表の試合が組まれていた。

 宿(ユース・ホステル)のベッドほとんど日本人旅行者で占められていた。誰もが今日の日本代表戦を心待ちにしていた。
 そんな中、一人アメリカ人旅行者(職業は大工、名前は聞き忘れた)だけが周囲のテンションについていけないと困惑した表情を浮かべていた。
 彼に「なぜ日本人達はそんなに浮かれているんだ?」と聞かれたので、旅仲間(日本人)が説明をした。

 「今日本は2002年のW杯を前に空前のサッカーブームが起きている。今日はその日本代表チームの試合があるんだ。しかも相手は98年W杯優勝国のフランスだ。」

 彼の国アメリカでは、サッカーは他の4大プロスポーツの後塵を拝している。

※北米4大プロスポーツ(リーグ)とは、NFL(アメリカンフットボール)、MLB(野球)、NBA(バスケットボール)、NHL(アイスホッケー)のことを指す。

 アメリカ人である彼に話題を合わせるべく、メジャーリーグの話をすることにしたが、彼の知る日本人メジャーリーガーはいなかった(あまりスポーツに興味は無いらしい)。
 仕方なく、昔見て感動した映画『フィールド・オブ・ドリームス』の話を持ち出したところ、彼の瞳が輝き出した。
 なんと、彼の妹がこの映画に出演していると言う。

※映画『フィールド・オブ・ドリームス』のおまけ記事はこちら

 彼の妹の名前は Gaby Hoffman (ギャビー・ホフマン)らしい(映画ではケヴィン・コスナーの娘役で出演していた)。
 余談になるがハリウッド女優Christina Ricci (クリスティーナ・リッチ)と仲が良いらしい。
 その後彼から妹さんの出演作を教わった(申し訳ないがまだ観ていない)。

“ Black and White ”

“ 200 Cigarettes ”

“ Sleepless in Seattle ”

“ You Can Count on Me ”

 彼がギャビー・ホフマンの兄を詐称した可能性も否定できないし、この記事を読まれた方からそういう突っ込みを受けるかもしれない(名前を聞き忘れたので尚更だ)。
 真相を確かめるには、ギャビー・ホフマンに会って「あなたのお兄さんは大工ですか?お兄さんは2000年の6月にモロッコにいませんでしたか?」と聞くしかない。

 しかし、皆さんにはこういう体験がないだろうか。



 場が盛り上がっているところに自分だけ遅れてやって来たと仮定した場合の話。

 みんなに聞いてもらいたい話があるのだが、場の話題と全然関係のない話なので切り出せずにいると、話したい事柄に近い話題が自然発生的に起きる。結果的にスムーズな流れで自分の話したい話を切り出せる。

※場の話に関係なく「ねぇ聞いて、聞いて」と強引に自分の話を切り出すのではなく、あくまで自然発生的に自分の話が出来るようになるケース。

 不思議なことだが、こういう奇妙なシンクロ(みたいなもの)がイスラエル辺りからずっと続いていた。テンションが高いといろいろ楽しいことが起こる。これも引き寄せの法則かもしれない。

※地図はこちら

(151)カサブランカ①(モロッコ)

2011-07-14 23:35:40 | モロッコ
 Casablanca (カサブランカ)滞在二日目。

 この日は、宿(ユース・ホステル)の旅仲間と共にフランス代表の滞在するホテルへと向かった。
 当時のフランス代表と言えば、98年フランスW杯の優勝メンバーだ。

 一番会いたい選手はジネディーヌ・ジダン選手だったが残念ながら会うことは出来なかった。しかし嬉しいことにその他のフランス代表選手と一緒に記念撮影をして頂いた。

 一緒に記念撮影して頂いた方は下記の通り。

ティエリ・ダニエル・アンリ選手(現ニューヨーク・レッドブルズ(米))  とても気さくな方だった。

ロベール・エマニュエル・ピレス選手(現アストン・ヴィラFC(英))  この方も気さくだった。

ニコラ・セバスティアン・アネルカ選手(現チェルシーFC(英))  シャイで斜に構えている感じがした。当時まだ21歳だったがもっと年上に見えた。

ディディエ・デシャン氏(現マルセイユ監督(仏))  フランス代表キャプテン。握手して頂いた。

エマニュエル・プティ氏  98年フランスW杯決勝で3点目のゴールを決めた選手。少し面倒くさそうにされたが、こちらが無理にお願いしたのだから仕方ない。

クリスティアン・カランブー氏  一番親切丁寧に応対してくれた選手。しっかり両手で握手をしてくれたし、肩を組んで写真撮影に応じてくれた。どこの馬の骨とも分からない人間に対し、自分の時間を割いて気持ちを込めて接してくれたことを忘れることはできない。人間的に素晴らしい方だと思う。

 参考までにに、カランブー氏のウィキペディア記事の一部を下記に引用させて頂く。

・妻は世界一の美脚をもつと言われるセクシーモデル、アドリアナ・スクレナリコヴァ。しばしば、美女と野獣にたとえられる。

・フランスの核実験に公然と反対し、試合前に流される国歌『ラ・マルセイエーズ』の斉唱も拒否、本人はニューカレドニア出身であることから、国籍であるフランス人だと一度も意識をした事がないと言う。平和主義者である。また、1995年と1998年にオセアニア年間最優秀選手賞を受賞している。



 フランス代表の広報担当者(?)にインタビュー(ビデオ撮影)されたのだが、フランス語だったので意味が分からなかった(昔フランス語の勉強をしたことがあったが、何の役にも立たなかった)。残念な思い出だ。

 それにしても、こんなミーハーなことをしたのは生涯初めてだ。
 Venezia (ヴェネツィア)(イタリア)で見た女の子たちの気持ちが少し理解できたような気がした。

※地図はこちら

(150)テルアビブ(イスラエル)~マラガ(スペイン)~タンジェ~カサブランカ(モロッコ)

2011-07-07 00:05:00 | モロッコ
 Tel Aviv (テルアビブ)で搭乗した飛行機は Malaga (マラガ)(スペイン)行きだった(約$160)。
 なぜここまで安いのか、それはチャーター機だったから。

 テルアビブを夜中の1時過ぎに発った飛行機は、翌朝6時半頃にマラガに到着した。時差が1時間あるので実際は6時間程のフライトだ。



 マラガの街を観光することも考えたが、ハッサン2世国王杯を見る為には急いで Casablanca (カサブランカ)(モロッコ)に向かわなければならない。

 マラガ空港(パブロ・ルイス・ピカソ国際空港)のチェックインカウンターでモロッコ行きの航空券を購入することにした。
 値段を聞くと Tanger (タンジェ)経由でカサブランカまで行くのに約$210だった(正規料金なので仕方ない)。
 テルアビブからマラガまでの方がはるかに距離が長いのだが結果的に安かった。かといってマラガの街に出て格安航空券を扱う旅行代理店を探している時間の余裕は無かった。1時間後に飛行機は出発してしまい、次の便は翌日まで待たなければならないのだ。



 カサブランカ行きの飛行機は生涯初のプロペラ機だった。乗客も10数人で満席だ。きちんと着くのか正直不安もあったが、タンジェを経由してムハンマド5世空港に無事到着した(所要時間記録なし)。



 空港から市内までは列車で約50分。情報収集もしたいので旅行者の多いユース・ホステルに泊まることにした。

 ここにはすでにサッカー観戦を目的とした日本人バックパッカー達が多数詰め掛けていた。 
 彼らと街のマクドナルドに出かけるとそこにスポーツ紙のジャーナリストの方がいた。日本代表若手の調子がいいそうだ。

 また、到着初日のこの日、試合のチケットを購入した。
 フランス代表との初戦のチケットは奮発して一番高いカテゴリーの席を購入している(約8000円)。2日後の決勝・3位決定戦のチケットは下のランク(約2000円)にした。

 昨日今日とたった2日間で5万円以上出費していた。今までの倹約生活からすると随分と贅沢をしている感じがしたが、ケチってばかりいてもしょうがない。それ位今回の日本代表戦は自分にとって価値のあることのような気がしたのだ。

※地図はこちら