Go straight till the end!!

世界一周の旅の思い出を綴っています。
ブログタイトルは、出発前に旅日記の表紙に書いた言葉です。

(224)サンフランシスコ~ロサンゼルス(アメリカ)~成田

2013-04-11 22:45:31 | アメリカ・エピローグ
 San Francisco (サンフランシスコ)(カリフォルニア州)を発つ夜、さん(仮名)がバスターミナルまで見送りに来てくれた。

 城さんは近視だったせいか、私の乗車したバスが出発してすぐにこちらを見失ったらしく(たくさんのバスが発着していたのである意味仕方ないと思う)、全く違う方向に向かって手を振り続けていた。

 その光景を見ながら、自分が当事者であることを忘れ猛烈に感動したのを覚えている。
 勝手な解釈だが、彼は手を振り続けながら私に投影していたのではないだろうか。郷愁を覚え日本に帰りたく思う自分自身を。

 そして、この別れの光景はこの旅で幾度となく繰り返されてきたものだ。
 出会いの数だけ別れがあるというが、本当に多くの人達に支えてもらってここまで来れた。改めて心から感謝したいと思う。



 バスを下車した後、(名前は忘れたが)あるホテルの前で空港への送迎車を待った(この旅初めての経験だが、送迎サービスも飛行機のチケット代金に含まれていた)。
 しばらくしてやって来た送迎車はなんとリムジンだった。リムジンに乗るのは初めての経験だ。
 しかも、貧乏旅行をしてきた自分が旅の最後にリムジンに乗っているという事実がなんとも可笑(おか)しかった。ご褒美と思うことにしよう。



 その後サンフランシスコ国際空港で夜を明かし、早朝の便で Los Angeles (ロサンゼルス)(カリフォルニア州)へ。
 そしてロサンゼルス国際空港にて日本行きの便に乗り換えた。



 最後の移動に関しては、詳細に記録を残していない(安堵して長旅の疲れが出たのかもしれない)。

 ただ、モロッコの Chefchaouen (シャウエン)で見た百日紅(さるすべり)の木について詩を書き記している。
 (今読み返すと恥ずかしいレベルのものだが、これもまた思い出の一つだ。)



 【モロッコのバスの車窓にて】

 道端の木々が踊っているように見えた

 実際彼らは踊っていたのだ

 長い年月をかけて

 木々だけではない

 俺が通り過ぎた 何十という国々の人々も

 地に足をつけて踊っていた

 働いて生活をしていた

 さあ 俺も働こうと思う 踊ろうと思う

 そして自分の人生を 自分というものを 表現しよう

 I shall dance!!



 ロサンゼルスからのフライトにて無事成田国際空港に到着した際、サンフランシスコと対照的な湿度の高さに日本を感じた。

 自分の実家のある街は大きく変わってはいなかったが、それでも新しい道や店が出来ていた。
 自分一人いなくなったところで誰も困りはしないし、地球は廻り、世界は進化していくのだということを痛感した。

 それでもやはり、家族は私が無事帰って来たことを喜んでくれた。帰る家があるということはとても幸せなことだと思う。
 そして、無事に帰って来れたことはとてもラッキーだったと改めて思う。



 特に大きなトラブルもなく無事帰国・帰宅したことと直接関係があるか分からないが、旅を通じて一つ心がけていたことがある。

 何の為に始めたのかは覚えていないが、滞在していた土地を去る時に、必ずその土地に感謝の念を捧げていた。

 恐らく自然発生的に始めたのだと思う(旅の最初の頃は何もかもが新鮮で感動が多かった。

※【追記】初期の記事を読み返したところ、無理矢理感謝していたことを思い出した。

 長い旅の中で腹の立つ出来事ももちろんあったが、それでもその地を離れる時には感謝をしてから次の目的地に向かうようにしていた。そうしないと、嫌な思い出の地として記憶に残ってしまいそうな気がしたからだ。

 この心がけがあったおかげなのか、自分が旅をしてきた土地に対して思いを馳(は)せるとポジティブな気持ちが湧き上がってくる。

 自分の滞在した時空間に感謝の念を置いていくということは、(長い目で見ると)幸運を呼ぶ秘訣ではないかと思う。

※地図はこちら


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