弁護士・志賀剛一氏の記事を転載します。
休日や深夜に上司からメール これってパワハラなの
11/10(日) 日経
私の上司であるAさんは休日だろうが深夜だろうが、
何か思いつくとすぐに部下複数人を宛先にした一斉送信メールやグループチャットを送ってきます。
すぐに対応する必要のないことばかり送られてきますが、何人かの社員は「忠誠心」からか、直ちに返信しています。
以前、私が何も返事を返さなかったところ、「なぜ無視した」と叱責されたことがあり、休日でも心の休まるときがありません。
本当に緊急事態ならやむをえないとも思えるのですが、こういう行為はパワハラではないのでしょうか。
■いつでもどこでも連絡が取れる環境
日本の古い映画やドラマを観賞していると、深夜、自宅の黒電話が大きな音で鳴り、
妻が「あなた、〇〇さんからお電話です」などと取り次ぎ、
ガウンを着た重役っぽい人が受話器を受け取って仕事の会話をするようなシーンがしばしば見受けられます。
今の時代、深夜や休日に自宅の固定電話に業務の電話がかかってくることはほとんどないでしょうが、
インターネットやスマートフォンの普及に伴い、利便さの半面、いつでもどこでも連絡がとれる環境になってしまい、
自宅どころか旅行やレジャーの最中でも業務の連絡をすることが可能になってしまっています。
これをうまく活用すれば、働き方改革の一環としてテレワークなどを推進することにもなるのですが、
業務時間内は会社で、それ以外は電話やメールで対応ということになると、まさに24時間365日が「ワーク」になってしまいます。
なお、警察などの捜査機関や鉄道・電力などのインフラ系、マスコミなど職種や業種によっては深夜や休日の対応が
不可欠な場合もあると思われますので、ここではあくまでも標準的な事務職を念頭に置いて述べていくことにします。
■時間外労働、会社は残業代を支払う義務
労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間を「労働時間」といいます。
電話、メール、グループチャットなどを用いて勤務時間外に連絡をし(以下「時間外メール」といいます。)、
何らかの業務指示をすれば、それは上司の指揮命令に置かれていることになり、その対応に要した時間は「労働時間」となります。
契約上の根拠なく時間外労働をさせれば違法となりますし、時間外労働をさせた時間について会社は残業代を支払う義務が発生します。
これが深夜や休日であれば、通常の労働形態であれば労働基準法上、
時間外労働や休日出勤になり、所定の割増賃金を支払う必要がでてきます。
しかし、こうした時間外メールへの対応に割増賃金が支払われているという話はほとんど聞いたことがありません。
上司は「返信や対応を強要したわけではない」というかもしれませんが、
時間外メールが常態化し、労働者もこれに対応し続けてきたということであるならば、
それは企業側が黙認したものとして労働時間になりうる可能性があります。
■労働者の就業環境を害しているといえるか
また、終業時刻後や休日のメールなどは「パワハラ」に該当する可能性があります。
今年5月に成立した「改正労働施策総合推進法」(通称パワハラ防止法)では、
パワハラについて(1)優越的な関係を背景とした言動(2)業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの
(3)労働者の就業環境が害されるもの――と定義づけています。
上司と部下という関係で、緊急性を要しない用件であるにもかかわらず、
休日や深夜に業務を行わせることにより就業環境が害されているといえる場合、パワハラになりえます。
このコラムのCase:39「机をたたきながら怒鳴る 『パワハラ』上司を訴えたい」でも紹介した6類型のうち、
(4)過大な要求および(6)個の侵害に該当するものと思われます。
時間外メールや電話により業務時間外に上司からの叱責や顧客から受けたクレームが、
過労死などの原因の一つになることが多いとの指摘もあり、実は深刻な問題なのです。
もちろん、時間外メールがすべてパワハラというわけではありません、
メールやグループチャットの送信の頻度や内容次第で、パワハラとみなされない場合もあります。
■海外は「つながらない権利」が法律で保護
日本の場合、便利さにかこつけて何となく曖昧なまま時間外メールが利用されてきましたが、
海外ではすでに「つながらない権利」(right to disconnect)と呼ばれ、
勤務時間外に仕事関連の連絡を絶つ権利が法律で保護され始めています。
フランスでは従業員50人以上の会社に対し、勤務時間外の従業員の完全ログオフ権(メールなどのアクセスを遮断する権利)を
盛り込んだ定款の策定を企業側に義務付け、イタリアでも同種の法律が制定されています。
また、日本でも、つながらない権利を採り入れている企業も出始めました。
とはいっても、そこまでの日本企業はまだ多くはありません。
このため、個人でできる対応としては、割増賃金の請求ということになります。
企業がこれを拒否するのであれば、それは「業務指示」ではないことになるので、時間外メールは無視して構わないものと解されます。
■時間外メール問題、企業がしっかり認識を
そして、前述したパワハラ防止法では、従業員から企業がパワハラの相談を受けた場合には、
適切に対応できるような体制などを整えておかなければならないこと、
パワハラについて相談した従業員への不利益な取り扱いを禁止していることなどを定めており、
多くの企業がパワハラ相談窓口を設置するはずですので、
これを活用し、パワハラに該当する時間外メールの存在を企業側に認識してもらうことが必要です。
もっとも、私のような者が言葉で言うのは簡単ですが、現場の皆さんにとって、上司から来た時間外メールを無視できるか、
それを窓口に持ち込んで相談できるのか、相談したら即対応してもらえるのか――。
現実論としてなかなか難しい問題であることは理解しているつもりです。
しかし、政府の推進する働き方改革における重要な柱が長時間労働の是正やパワハラ防止であり、
時間外メールもまさにその問題であることを企業側がしっかり認識してもらう必要があります。
志賀剛一 志賀・飯田・岡田法律事務所所長。1961年生まれ、名古屋市出身。89年、東京弁護士会に登録。
2001年港区虎ノ門に現事務所を設立。民・商事事件を中心に企業から個人まで幅広い事件を取り扱う。
難しい言葉を使わず、わかりやすく説明することを心掛けている。08~11年は司法研修所の民事弁護教官として後進の指導も担当。
趣味は「馬券派ではないロマン派の競馬」とラーメン食べ歩き。