酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「本を読むひと」が問う恩寵の意味

2017-07-01 20:14:27 | 読書
 武蔵小金井駅周辺で今夕、漢人あきこ候補の街宣フィナーレに参加した。残念でならないのは大半のメディアが、市民運動が東京で最も定着している小金井をも、<自民VS都民ファースト>の図式で捉えていることだ。勝てると踏んだ自民党が小泉進次郎議員、安倍首相、丸川珠代五輪相を終盤に投入したことで、小金井選挙区への注目度が一気にアップした。

 漢人さんは都議選唯一の市民派候補だが、〝永田町の地図〟で物事を測るメディアは<胎動>を好まない。菅直人元首相や井筒高雄氏は<東京、そして日本の構造に風穴をあけるためにも漢人さんに一票を>と熱く訴えていた。じんタらムータの軽やかな演奏もフィナーレに華を添えていた。

 さて、本題……。「ジプシー」を「ロマ」に言い換えるのがメディアのルールだが、本稿では紹介する小説の表現に即し、「ジプシー」で通すことにする。トニー・ガトリフやエミール・クスリトリッツァの映画に登場するジプシーだが、東欧では放浪者、スペインでは定住した文化の伝承者というイメージを抱いている。

 今年に入ってイマジカBS、AXNミステリーで「シャーロック・ホームズの冒険」(グラナダTV制作)の再放送を見たが、「まだらの紐」では、ロマと吹き替え直していた。英国においてはロック、とりわけジェスロ・タルとレッド・ツェッペリンにジプシーの影響を感じている。

 フランスにおけるジプシーをテーマに据えた「本を読むひと」(アリス・フェルネ著、新潮社)を読了する。発表後20年、フランスでロングセラーを続けている小説がようやく邦訳された。翻訳者(デュランテクスト冽子)の的を射た「あとがき」も参考になった。

 時代は1990年前後(推定)、パリ郊外にジプシーが住み着いていた。アンジェリーヌと息子5人、4人の嫁と8人の孫たちだ。厳しい生活で年齢(50代後半)より老けて見えるアンジェリーヌが家長として仕切っている。もうひとりの主人公は30代と思しき女性エステールで、邦題<本を読むひと>に該当する図書館員だ。毎週水曜日、移動図書館員としてアンジェリーヌ一家を訪問する。

 アンジェリーヌはジプシー、エステールはユダヤ人……。ナチスの弾圧に晒された民族としての記憶が、両者を紡いでいた。原題は「恩寵と貧困」で、本作の背景には「貧困と差別」だ。人権に理解のある元校長の〝お目こぼし〟で一家は〝不法占拠〟していたが、善意の地主が死ぬや状況は一変する。

 「鶏が先か、卵が先か」の因果律ではないが、差別にはA<放浪し、主要な生産様式から排除されているため貧困に陥る>、B<臭い、汚い、怖いという通念が行き渡っているから、まともな仕事に就けない>の要素が絡み合っている。不変に思える構造の結果、アンジェリーヌ一家はエステールを<外人>と呼び、社会は一家を<外人>と見做す。

 〝外人〟エステールは物語を読むことで、子供たちの心を掴み、感性と知性を育んでいく。輪は徐々に広がり、アンジェリーヌや母親、そして男たちも遠巻きに耳を傾けるようになる。本を読むことで子供たちに向学心が芽生え、親たちも教育の必要性に気付く。この流れが好転すれば、ジプシーたちに世界が見えてくる。フランス社会の特徴は、自己主張する者の声に耳を傾けること。アンジェリーヌ一家は遠からず解き放たれるだろう。

 ここで原題にある<恩寵>の意味を考えてみたい。<恩寵>とはキリスト教徒やユダヤ教徒にとって、神の恵みと慈しみを意味する。本作に置き換えると、扉を開いたエステール≒神に思えるが、別の構図が浮かんでくる。アンジェリーヌ一家はエステールの目線で生き生き描写される。では、エステールは何者なのか。ユダヤ人の図書館員、本人の弁によれば社会的地位の高い夫、息子たちと幸せな家庭を築いているらしい。でも、リアリティーを感じない。

 エピローグに答えが示されている。移動を強いられた一家とエステールの絆は切れなかった。家庭教師として一家を訪ねるようになった彼女の友人は、エステールの家族について何も知らない。俺は想像、いや妄想する。孤独なエステールにとって、アンジェリーヌ一家は恩寵だったのかもしれないと……。

 ジプシーは異教徒と誤解していたが、アンジェリーヌ一家は敬虔なクリスチャンだった。保険証のない一家だが、病院が無料で受け入れたのは、日米以外の先進国の自然な姿だろう。アンジェリーヌが体現するジプシーの誇りは<縛られず、屈せず、自由に生きる>……。マッチョイズムが蔓延する一家だが、浮気性で怠け者の男どもに、俺はなぜか親近感を覚えてしまった。

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