半農半X?土のある農的生活を求めて

「生きることは生活すること」をモットーに都会から田舎へ移り住み、農村の魅力を満喫しながら、日々、人生を楽しく耕しています

東城先生、さようなら、ありがとうございました

2020年02月24日 | 自分の時間

昨日、知り合いから「東城先生が土曜日に亡くなったそうですよ」と教えて頂きました。

ついに、その時が来たんだな~と。

東城百合子さんは「あなたと健康」を45年以上に渡って書き続け、また、「自然療法」でも有名な先生です。

大体、オーガニックの子育てママさんは「自然療法」は大体知っているのですが、私もその程度でした。

 

やはり、きちんと学ぶのは、体を壊してみないとなかなか出来ないと思うのです。

私が東城先生を「心の師」として仰ぐようになったのは、やはり、自分の体を壊してしまったから。

農作業のやりすぎで、死にかけたと思うのですが、一度、壊した体はそうは簡単には戻らない。

毎朝、体調が良く目覚める事が出来ない。

人間、それが半年、1年続くと、「どうして自分はこうなってしまったんだろう?」と悲観的になります。

幸い、私はどんなことでも「これが人生の流れで、そうなる意味がある」と思える人間だったのですが、それでも1年の内に体調が良い日が数えるぐらいしかないと、なかなかつらいものです。

お酒も飲めない、電車でちょっと出かける事も、体調を考えると出来ない。

そういった「日常が普通に送れない」という苦しみは、実体験した人でないとわからないものなのです。

そういった時に、ガンや家庭内不和や先天性の病気など、様々な問題を抱えている人達へ発する東城先生の言葉がグッと心に刺さったわけです。

私がやっている「食と命の教室」に、「あなたと健康社の教室」に通っていた方が何人か来た時期があり、それを機に私も月刊誌をとるようになりました。

ちょうど、我が家の奥様が更年期障害真っただ中で、罵詈雑言をこれでもか、と吐かれ続けて顔面けいれんにもなりましたが、そういった「苦しみ」も含め、毎月の月刊誌の言葉で「何があってもいいのよ、そこから学べば」というところで、自分の心をリセットしてきました。

月刊誌の読書は、ほとんどが女性のため、「旦那が浮気している」とか、「姑も私の事をちっともわかってくれない」というのがありますが、東城先生は大正時代の人で、命の根源を常に目を向けながら生きていくことの大切さを伝えている方だったので「そういった原因があなたにあるの!」と叱咤します。

生活をきちんとしない、家に笑顔で帰って来れるような家庭にしていない、お天道様が家にいなくなっては、誰もが帰ってきたがらない。

祖先があって今の家があることをわかっていない、家事も手抜き、掃除も洗濯も料理も「面倒くさい」で、生活の基礎が出来ていない。

そして極めつけは、お天道様があって初めて私たちは生かされている、という命の重みを知らない。

だから挨拶が出来ない、手抜きばかりする、悪いのは周りばかりで自分の生活、生き方を省みない。

そういった人たちを叱咤激励してきました。

また、病気もそういった命の根源を大切にしない生き方=根から出た「枝葉に過ぎない」という指導で、病気になる人は、「根性が悪い」、と叱咤します。

東城先生の根性というのは、一般的なガッツとかの根性ではなく「性根」のことです。

暴飲暴食で、食べもの1つ1つがお天道様の恵みで感謝して食べる、ということをせず、自分の好きなものを好きなように食べる。

生活も不規則で、感謝の無い、自分中心の生き方。

そういった人は神経も詰まるし、病気にもなる、と。

そして、東城先生の指導を受けて、本当に自分を省みた人は、天に召されるのも天命、病気が治るのも天命、ただ、自分がきちんと自然に感謝して生きていけるようになりたい、と自分の生活を省みて、生活を整え、周りに感謝し、誠実に生きる事をし始めるのです。

私もそういった学びを頂いて、自分のぶれる心を整えてきました。

 

また、著書の「マイナスもプラスで生きる」という本を愛読しています。

東城先生の半生を記した本ですが、読む度に「あぁ~、昔の人はなんて凄い生き様なんだろう。自分はなんて小さな人間なんだろう」と涙がこぼれる内容です。

凄まじい生き方で、とても私の世代では考えられない生き方をしてきました。

戦後、しばらくたってから、沖縄はアメリカ文化に侵されてスパムやステーキ肉や清涼飲料が普及し、病人が大量発生しながらも外国同然だった沖縄では健康保険も無く、どうにもならない状況でした。

そこに裸同然で飛込み、「沖縄の人を救うため」と、健康運動を始め、病院にもかかれない人たちを野草や伝統的料理を取り戻せば元気に戻れる、という事を始め、その輪は沖縄全土に広がり、学校給食まで変えるに至りました。

その後、旦那が外に女性を作って家出。しかし、その原因を自分に求め、旦那の家系が一家離散や離婚が多いことを知り、それを自分で止めないと罪のない子にもその血筋が残る、と、先祖供養をし、墓を建て、旦那にそれまで築いてきたものを全て渡し、10年ぐらい経って旦那が急死した後は、億単位の旦那の借金も自分で背負って返済。

病気で困っている人がいれば自然療法を教え、自然の力を取り戻す価値を伝え、お料理教室も始め、今に至ります。

最初は「自然療法の先生」と思っていましたが、結局、それは表面的な捉え方であって、「人はどうやって生きるべきか」という、生き方の教祖だったと思うのです。

私は良く書いていますが、90歳代の著名な方の生き方は、まるで今と違っていて、感服してしまうのです。

高柳さんの師匠の無着成恭さん、命のスープの辰巳芳子さん、東城先生、といった方々は、我々のような「自分のために」という発想では無いのです。

私はこの数年で、「やっぱり、人が生きる目的は、誰かの役にたつこと」という事が明確にわかりました。

大きく言えば「社会のため」です。

もっと具体的に言えば「子ども達のため」です。

それは自然界の動植物、全ての共通目的です。

それを人間だけが、自分の快楽や自分の事を中心に起きたがる。

でも、昔の偉い人はそうではなかった。

そして、「生きる事=どう死んでいくか」という事も日本人には伝統的な考えがあった。

「徳を積んで、人様の役に立って天に還っていく」という考えです。

私は農の世界に入って、深い学びを得ているのは、平均年齢70歳を超す農家さん達が普段の会話で「俺もそろそろお迎えが来るな(笑)」と平然と死を口にしている事です。

じいさん、ばあさん、親戚が死ぬ、というのは1年に何回もある当たり前のこと。

死ぬことはタブーではなく、「俺ももうそろそろだな」という事が当たり前に口に出来ること。

逆に言うと、私は親父の死しか立ち会った事がないのですが、「あぁ、死ぬのは当たり前なんだな」と初めて「昔の農村の生と死の捉え方」に触れる事が出来ました。

そして、「あぁ、こういった農家さん達が沢山死んでいくこと事を体験させてもらえるのだな」と思うのです。

死んだ時に、人は初めて「どう生きたか」がわかります。

そういった事を考える人は私の年代では珍しいのかもしれませんが、まあ、昔は40代は家督を譲る年代でしたから、昔はそう珍しくは無かったんじゃないかな、とは思います。

そういった「生き方、死に方」を考えを教えて頂いたのも東城先生でした。

多くの病人や苦難をもった方々を導いてきたその東城先生も、ついに「天に還っていった」わけです。

いつ死んでもおかしくないお年でしたが、やはり「立派な生き方だった」と心から思うのです。

東城先生とはどちらかというと紙面を通じてのご縁でしたが、死してなお言葉は残っているわけで、これからも学び続けていきたいと思います。

師がいる人生ほど有難いことは無いです。

ご縁を有難うございました。

ご冥福をお祈りいたします。

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今は大切な時期です

2020年02月21日 | 素敵な空間・イベント

2月~3月というのは、豆まきはひな祭りがあり、「もうすぐ春だな~」という季節です。

しかし、一部のお家では「とても大切な時期」だという事を、当事者ではないとなかなか気づかない時期でもあります。

その1つが「受験」であり、もう1つが「卒業」です。

ちょうど、毎年恒例の小学校の「6年生を送る会」でそんなことを気づきました

 

まず、受験ですが、ちょうど一緒に帰ったお母さんのお子さんが中3で受験だったんですね~。

私立が受かってあとは公立の後期を受ける、という時期らしいのです。

私も知り合いのお母さん達と話していると、受験情報が舞い込んできます。

東京のお母さん達は、私立中学に行かせることが多いので、小学校6年生にもなると「受験の年」になるのです。

そして、成田市もそうですが中学3年生の受験として、公立高校には「前期」「後期」が大学のようにあるそうなのですが、それも今年で「最後の年」で、また来年から「1本勝負」に戻るそうです。

我が子を見ていていつも思うのが、今の中学校は「平均点が60点前後」なのです。

以前のブログにも書いたかもしれませんが、初めて知った時はびっくりしました

だって、小学校ではうちの学校はクラス平均が90点近くなんです。

全国共通の学力テストに向けて、学力を積み上げていき、平均点をあげていく、というのがクラス指導に求められている時代で、小学校ではそういった訓練がされています。

私の時代にもあったのかもしれませんが、学力テストの「目標値」を掲げて小学校は運営されていて、あとは担任の腕次第なのですが、1年生からの指導の積み上げの成果で、我が小学校は県平均より点数が上だそうなんですね。

つまり、平均で90点近くだから、大体の子が80点以上で90点台も多いわけです。

そういった「普通に80~90点台をとっていた小学生」が、中学に入ると「60点前後」になるんです

これは自信を喪失しますよ

うちの子も小学校では当たり前に80~90点台で、70点台だと「ちょっと低いな」という感じだったのが、中学に入って初めての中間テストで50点とか取って来て「あれ?」と親は思ったのですが、子どもとしては「平均が54点だから大して変わらないよ」となるのです。

それはそうなのですが、一番の問題は「俺、別に頭良くないし」とか「勉強、そんなに頑張ってもつまらないじゃん」という言葉を聞いた時です。

授業をきちんと聞いていれば80~90点台を普通にとっていた小学生が、中学だと普通が60点前後になるわけだから、「勉強って面白くない」になりますよね~。

知り合いの小学生の先生、あるいは小学校の教頭先生や校長先生に聞いてみても「何でですかね~」と良くわかっていないようで、ただ、中3受験生を控えたお母さんに聞いてみたら「みんな高校受験のためにって感じなんだと思いますよ」というわけです。

つまり、高校受験レベルの内容であれば、平均60点ぐらいなもので、それを基準にテストを出しているいう推測なんですね。

なるほどね~。

でも、それは「育む」という小学校の時代にあった姿勢ではなく、上から「これが目標点数だから学習してとりなさい」という発想で、教育の本質ではないと私は思うのですが、どうなんでしょう?

 

さて、話が相変らず長くなりましたが、この時期に大切なことのもう1つは「卒業」です。

3月は卒業シーズンですから、小学校6年生の先生達は「仕上げの時期」に入っていますし、お母さん達は卒対やら何やらで忙しいと共に、感慨深くもなっています。そして「卒業式にインフルなどで欠席しないこと」を願って日々暮らしている時期です。

うちの学校の伝統でもある「6年生を送る会」もその1つ。

支援学級のひまわり学級+1~5年生の各学年が出し物をして6年生をもてなす会です。

小学校の冬の行事は縄跳びがありますが、うちの学校では6年生は綱引き、1~5年生は「6年生を送る会」の準備が中心になります。

私が「放課後子ども教室」というのを一昨年までやっていて、一番多く知っている子供達がいるのが今年の6年生。

全体で120人ぐらいいると思うのですが、30人ぐらいの顔がわかるので、4人に1人は「ああ、この子もついに卒業か~」と結構感情移入が出来るんですね

そういった中で、今回の6年生を送る会を観させてもらいました。

ひまわり学級さんは落ち着いた出し物をして、みている私たちを感動させましたし、1年生は先生の力の入れようが伝わってくる内容で、背の高い子が6年生役をやり、その他の子が1年生役をやり、「縦割り半で6年生がいかに親切で力持ちで気配りが出来て凄かったか」を寸劇で演じるのです。

その劇のネタや可愛さから6年生も大盛り上がりだったし、特に女子からは「可愛い~」という声が何度も聞こえてきました

そして、メインは5年生。

6年生からアンケートをとり、「各学年で印象に残った出来事」を集め、それを基に、6年生が1年生だった時にあった出来事、2年生だった時の出来事・・・と、各時代の出来事を5年生が寸劇で再現するのです。

これがまた面白い

パロディ化しているので笑えるというのもありますが、6年生も「そういった事があったな~」とプレイバックするんです。

そして、別れの歌といった流れになるのですが、特に見に来ていた6年生の保護者は感慨もひとしおでしょう。


そして、これを機に、6年生自身も「本当に卒業なんだな」と実感を持ち始めるイベントでもあります。

年にもよりますが、昨年は、「お礼の感謝の歌」を歌う時に感極まって涙ぐみ6年生も多くいたんです。

やはり、「いよいよ卒業だ」という気分が、この「送る会」をもって、先生、保護者、児童の中に盛り上がってくるんです。

これを思うと、「あぁ、小学校時代の時間って、とても大切な時間なんだな~」と改めて私も気づくのです。

小学校に深くかかわるようになって「あぁ、日本の教育って本当に素晴らしい」と思うようになりましたし、何より先生方が本当に頑張っています。

私の昔からの信念で、子どもの問題は親の問題。親の問題はその親の問題。その親の問題は社会全体の問題、というものがあります。

そういったすべてが大人が作った社会の問題の縮図なのですが、その中で、学校というのはある意味、全てのしわ寄せが行く中で頑張っているので、孤軍奮闘しているようなものです。

そして、小学校には、まだ「クラスを楽しく運営して子供達の健全な成長を促す」というのが残っています。

誰もが同意すると思うのですが、小学校時代の思い出って、テストの点数ではなくクラスの中の出来事や運動会や修学旅行といった行事なんですよね。

そして、子ども達にとっては、そういった行事の方がむしろ成長機会ですから大事なわけです。

そういったのも「働き方改革」で徐々に削られ、運動会も午前だけになっていく傾向がありますし、ゆくゆくは修学旅行も無くなるかもしれない、と言われています。

学習指導要領に入っていないから、やらなくても実は良い、という論理です。

でも、まあ、そういった事を出来るだけ続けて欲しいし、子ども達もそういった経験を沢山積ませてもらいたいな~と思います。

それが公教育、小学校の大切な役割だと思うから。

それにしても、発表会を見ていると、子ども達の成長を間近に感じる事が出来ます。

舞台に経つのさえ大変だった子がいて先生が横にいながら発表をしていたひまわり学級の子達も、1年経つと、舞台に先生がいなくても演技が出来て大分落ち着いてました。

その姿を見るだけで感動してしまいます

1年生もあんなに小さかったのに大きくなって見事な演技っぷり

 

子どもはみんな成長します。

我が子にも伝えていますが、私はいつも思うのです。

子どもの世界には子供の世界なりに色々なことがあるだろうけど、子どもは大きくなるだけで凄いし、成長するだけで素晴らしい。

大人に出来ない事です。

ほんと、子どもは宝ですね~

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2020年度 「食と命の教室」スタート!

2020年02月15日 | 農的体験・生活

ついにやってきました8年目を迎える「食と命の教室」のスタートです

2020年度の1回目の教室でもあり、私も準備とちょっとした緊張感をもっての運営です。

また、今年の1月で70歳になった高柳さんは、最近、「遺言」という言葉をやたら使うようになりました。

長寿の家系とはいえ、やはり、残りの人生を考えての思いが強いのだと思います。

ただ、一方で、参加者は初めての方ばかり。

そのバランスを考えて、今、求められている事と高柳さんの思いや経験を繋げる場をコーディネートするのが私の役目と、気持ちを新たにしての8年目です。

さて、今回は定員に近い14名と大所帯でのスタート

最初に高柳さんからお話があり、自己紹介をして頂くだけで1時間。やはり人数がいると違いますね~。

昨年からの継続参加者はもちろん、寺田本家で働いている方の奥様、コンビニ弁当ばかりを食べるも自分で食べ物を作る事に興味をもち始めた男性、子育てが一段落して自分で自給できるようにしたいという方、ゆくゆくは田舎に引っ越したいと考えている都会の方など、沢山の方がお越しになりました。

特に、最近の天災もあってか今年は「自給が出来るようになりたい」といった思いがある人が多い気がします。

それだけ、昨年は環境変化が第一次産業に携わっていない街の人にも体感できる年だったのでしょうね。

さて、お話や自己紹介の後は、1000年続く田んぼへの散策です。

途中、おかげさま農場の出荷場によって「ここで出荷されているんだよ」と、おかげさま農場の方針なども説明。

「無農薬が目的ではなく、健全な野菜作りをしよう、という所から始まっているんだよ」

そして、ブラブラ歩きながら、いつもの田んぼで「水が出るという事は山があるから。山があるこういったすそ野に人間は住み着いてきたんだよ」というお話。

「日本全国歩いたけど、昔から人が住んでいた古村のようなところは一目見ればわかる。逆に台の上のようなところは、せいぜいここ100年の新しいところなんだよ」

また、土が30㎝出来るのに1000年かかる話から、土の大切さ、地球の命を育む大地の大切さなどもお話してくれました。

そして、恒例の三浦大根抜きです

だれもが収穫は楽しいもの

特に、巨大な三浦大根をみて「三浦大根ってこんなに大きくなるんですね」とみなさんびっくり

「こんなに大きな大根を抜いたのは初めてです」とみんなキャッキャと喜んでいました

また、その辺に生えている菜花も「食べれますよ~」と紹介して私が食べて見せると、みなさん、真似していて「楽しい~」と摘んだそばからパクパク食べていました

さて、大根を収穫した後は、お昼ご飯です

お母さんが作るご飯は、田舎料理としてとっても美味しく「これが目当てで来ています」という人もいるぐらいなんです

「おかずには1品はお肉を入れなくちゃ、と思ってきましたが、野菜だけでこんなにたくさん、そして美味しなんてびっくりです」という人もいました。

高柳さんは「俺は男子厨房に入らずなんだけど、たまにウサギじゃ無いんだから鮭の切り身とかたまには入れてよ、と言っているんだよ(笑)」とのこと

さて、美味しいお昼ご飯をたらふく食べた後、午後は今日のメインの夏野菜の種まきです。

まずは、ピートモスと鹿沼土を混ぜ合わせて、苗床用の土を作ります。

保水性が高いピートモスと透水性がある鹿沼土を混ぜるわけですが、普通の人は種まき培養土を使えばぴったりです。

この土をセルトレイに入れていきます。

そして、水を十分に蒔いて、種が吸水して発芽出来るように土を湿らせます。

種を蒔いた後に水を蒔くと、種が流れちゃうから、という意味でも先に水を蒔くのがポイントです。

そしてミニトマトやナスの種を蒔くのですが、1粒1粒はゴマ粒の大きさ

吹けば飛ぶような、というのはまさにこういったもので、1粒を1セルに入れるのも最初は一苦労

みなさん、真剣に蒔いていましたよ~。

そして全部で1000粒ずつ蒔いて、トンネルをしてできあがり

来月に鉢替えといって、ポットに移し、再来月に定植、6月から収獲となります

最後にサニーレタスの収獲&お土産を頂いて活動は終了。

今年は20歳の女子大生から73歳の男性まで、老若男女が揃い、多彩なメンバーが参加してくれています。

そして、高柳さんもお話をたっぷりし、プログラムも盛沢山

何より、「気を使うところは使って、適当なところは適当、という農作業のやり方がなるほどな~と思いました」という人がいたのですが、そういったところも学んで頂きつつ、油作りや納豆作りなど、生活の知恵や食べ物のことも学んでもらいたいと思います。

いずれにしろ、高柳さんとのご縁をつないで、また農村体験をコーディネートして、みなさんの生き方、考え方、そして暮らしが少しでも良くなるきっかけになればと思います。

今年も「場」を最適化できるよう、頑張って運営して参ります

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冬は沢庵様

2020年02月11日 | 食べもの

東京でバリバリ働いて体を壊した後、田舎に足を運んで「生きることは生活することなんだ」と大きな気づきを得て、それから生きる指針が出来た私は、出来るだけ自分の手で出来る事はやろうと頑張っております。

味噌作り、梅干し作り、ゴボウ茶作り、ヨモギ団子作り、自給用の野菜作りなどは恒例行事ですが、その中の1つが「沢庵作り」です。

団地のベランダで大根を干している人が実は私の隣のおばちゃん

それに見習って、私も大根を干して沢庵を毎年仕込んでいます。

本当は1年を通して、毎日、糠漬けを食べたいとは思うのですが、やはり夏場はカビやすいし、そもそも手を毎日入れたりする余裕がありません。

「冷蔵庫でやれば大丈夫」という人もいますが、やはり、なかなか気と手を回せないので、放っておいても大丈夫な冬場の沢庵だけ仕込むのです

沢庵の良いところは、一度仕込んだら、冬中食べれること

しかも、人参なども入れると、まあ糠漬けみたいになるんですね~。これが美味しい

発酵が進むと酵母っぽくなって良く言えばフルーティーになってきます。

これをボリボリ食べていれば、まあ、そりゃ腸内も多少は整えられると思います。

 

世の中、ヨーグルトが体に良い、という情報が溢れていますが、私は「ヨーグルトが体に良いわけがない」とずっと思っている変わり者です

まあ、そもそも牛乳を消化できる酵素が無い人がほとんどの日本人が、ヨーグルトを食べてお通じが良くなった、というのは、「そりゃ、ちょっと下痢しているだけでしょ?」と私は思ってしまうのです。

動物性タンパク質でもあり、かつ、食べた後、胃や口や便が臭くなる時点で、そんなに良いものではないと思うので、「牛乳もヨーグルトもあくまで嗜好品」と私は思っています。

もちろん、ヨーグルトが体に合う人もいるのでしょうけど、私には合いません。

そうなると、地産地消じゃないですが、やっぱり自分の周りに住み着いている乳酸菌が勝手に植物を発酵食品に変えてくれる糠漬けが、日本人の腸内には合っているんじゃないか、と思うのです。

少なくとも、美味しいし、ご飯も進む

冬は沢庵様さまなのです

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味噌作りで2019年度もフィニッシュ!

2020年02月09日 | 農的体験・生活

(土)(日)は「田んぼと畑の耕育教室」の2019年度、最後の「味噌作り」でした

農家の根本さんは出初式の手伝いで不在。

寒かったけど有難いのはお天道様が出て晴れていたこと

そして、土曜日の午前の部は、なんと子供達がいつもの場所で遊びまくっていて味噌作りに参加せず、大人だけの味噌作りとなりました

やはり年を通して通うと、「いつもの場所」ということで、子ども達も勝手がわかるのでしょうね~

特に今回はいつもの立ち居禁止のロープを張らなかったので、ガラクタ置き場など探検してました

一方で、お父さん、お母さん達は「いつもは見ているだけだったから、楽しい~」と、かなりテンション高く楽しんでいました

この2日間、大体が「仲良し家族」が集まる感じで、みんなペチャクチャおしゃべりをしながら

やっぱり、味噌作りはおしゃべりしながらが楽しいですよね~

そして初めてのご家族は、もちろん大盛り上がり

特に、一番子供達が関心を示すのが、やっぱりミンチです。

ニョロニョロ出てくる味噌に「ミミズみたい」とみんなキャッキャします

この味噌作りがきっかけでこの教室に来ることになり、「2年目」の味噌作りのご家族とも再会できる日でした。

そして、2日連続で運営をすると体力もかなり削られますが、何とか乗り切り、これで2019年度の「田んぼと畑の耕育教室」は終了です。

今年度は過去に無いほどの雨天があり、特に土曜日が雨が多かった感じです。

2家族から「本当に雨が多くて大変でしたね~」という感想を頂きました

自然体験イベントというのは、今の時代のニーズに合っているとは思うのですが、環境がそれを簡単に実行はさせません。

この教室も8年やってきましたが、過去には5月に雪が降ったり、夏が35℃超えになったり、秋に長雨で稲刈りが出来なかったり。

そして、2019年はとにかく雨が多かった

さらに台風19号で大被害が出て本当に、農に携わる私達だけでなく、一般の街暮らしの人達も「大変でしたね~」と言う年だったと思います。

2020年度はどうなるか?

環境が良くなることはしばらくは無く、今年の暖冬を考えると、このまま5月が猛暑になるか、あるいはバランスをとるように寒くなるかどっちかだと思います。

いずれにしろ、昔のように季節季節の気候、というわけにはいかないでしょうし、雨も台風も来るでしょう。

8年間、無事に開催をしてきましたが、参加者、運営者、共に自然の厳しさを味わう年になるかもしれません。

それでも、こういった教室の社会的意義があると思える限り、また体が続く限り、頑張っていきたいと思います。

ということで、新年度はまた5月の田植えからですね。

3月ぐらいになったら募集開始しますので、ホームページを覗いて下さいね

「みんなの農村ネットワーク」で検索

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最初の英語の学び方

2020年02月07日 | 自分の時間

中1の子があと2週間で定期テストです。

子どもが好きな教科があったら、それを伸ばすのが良いんじゃないかな~、とか、まあ、中1、中2は部活に燃えているのが一番でしょというのが私の親としての考えでした。

ただ、どうも「?」なのが、うちの子に限らず、小学校で平均80点ぐらいとっていた子も、中学になると平均60点ぐらいになるようで、特に英語は最初につまづくようです。

小学校で評議員などをやっているとわかるのですが、小学校ではきちんと「目標点数」というのがあって、「平均点をどのぐらいとらせるか?」というのを踏まえて、学年ごとの先生で会議をし、テストに向けて授業や宿題を出しているようなのです。

だから、ものによっては平均90点という小テストも多々あって、要するに子供達は「俺って、まあ点数とれるじゃん」という自己肯定感が育っていると思うのです。

ところが、ここ1年で知ったのですが、中学校のテストは、どの教科も平均点が60点前後なのです。

自分の子が60点とか58点とか取ってくると、「もうちょっと取れるんじゃないの?」と最初は思っちゃいますが、それは「平均」なのだから、良くも悪くも無く、「普通」なのです。

でもですね、一番良くないと思ったのが「勉強に対する自己肯定感」が失われていく、という事だと私は思うのです。

小学校の時に、「大体わかっている子」だった自分が、中学になると「半分近く分からない子」になるんです。

それを「点数」という、まあ残酷な数字でつきつけられるのです。

小学生の頃の感覚で言えば「60点」というのは、「出来なかったテスト」の点数なわけです。

それが自分のほとんどの教科がそうなるのです。

ただ、逃げ道として「それが平均点だから」となるのです。

そして「まあ、俺、平均とっているし。でも、勉強って別に面白くないよね」ってなってしまう。

 

中学校って、「目標平均点数」とか教科の先生で掲げていないのですかね?

掲げているなら「80点」を目指せるテストにすべきだし、そういう点を取れなかったら授業の内容を見直す、とかしないのかな?って思うのです。

まあ、1年生、2年生のを見ていると、ずっと大体が「平均60点」なので、目標設定が「平均60点」なのでしょうが。。。

でも、そうなると、そりゃ、子どもが学習意欲を減衰させていくのは当然と思います。

「一部の出来る子」が「80点以上」なわけで、私が中学生の頃って、そんなに平均点数が低くなかった気がするのですが、どうなんでしょう?

 

そして、じゃあ、平均点数が低いなりに、平均点数をとっていればいいのか、というと、やはり「学習」というのは、ある程度の内容を理解しないと、気持ちが続かないと思うのです。

それを全教科出来るようになるのは、最初から授業についていけている子だけになると思います。

そう考えた時に、何か1つでも「やれば出来る」という思いを持てる教科があった方が良いと思うんですね。

私は国語が一番大切と思う人なのですが、実用的には英語かな、と思うのです。

英語ぐらいしっかり学んでおこうよ、将来、役に立つことが多いだろうからさ、という感じでね。

 

過去、英語の学習法として、私が思い出せるものとしては「小林克也のアメリ缶」「ヒアリングマラソン」があったりしましたが、今、CMが多いのは「スピードランニング」ですかね。

ただ、これからは、オンラインでの学習方法も整備されてきているので、そっちに切り替わるんでしょうね。

それにしても、溢れる英語教材で、きちんと「読める力、書ける力、聞ける力、話せる力はそれぞれ全く別」ということを定義し、うたっている物はほとんど無いのです。

そして、中学校の英語の教え方も同様です。

「実用会話」なら、「Hello」とか「My name is …」とか「Where are you from?」とかでも良いのですが、なのに、実際は「何でローマ字でaはエー、bはビーって習ったのに、読み方が違うの?」といった素朴な疑問に答えていないですし、そもそも、肯定文と疑問文をいきなり混ぜてしまっている時点で、文法としても学ぶ順番がごちゃごちゃになっているのです。

で、先日、たまたま図書館で1時間ぐらい関連本をあさっていくつかを借りたのですが、例えば「長沢式」として「習う順番」を大切にしている長沢さんという方がいました。

一通り習って基礎知識がある大人や高校生が読んで「英語を整理しなおす」には良いな~と思います。

ただ、初めて英語を学ぶ子向けでは無いな~とも。

また、英語の問題で「話せる、聞ける」というのがあります。

そのキーとして「発音記号」があります。

私は発音記号がほとんどわかります。

理由は大学で英語サークルの演劇部門にいたので、台本のすべての単語に発音記号を書く、という事を3年間やっていたためです。

だから「a」という文字に対して、いくつもの発音があるのを記号で表すことが出来ます。

でも、その高校生の頃はそこまで意識していませんでした。

だから、普通の子が英語につまづくのが「なんでaはエーじゃなくてア立ったりするの?」というところなのは、至極当然だな、と。

これは、例えば知識として、ローマ字はさておき、英語はそもそもゲルマン民族やら何族やらいろいろの欧州圏の言語が混ざりあって出来た、という事を教えても良いと思います。

また、「お~、これは面白いな~」と思ったのが、英語圏の子が英語を学ぶ「フォニックス式」というもの。

例えば、aは「ア」だったり、bは「ブッ」だったり、cは「クッ」という発音だったり、そもそもの「a(エー)という文字」と「アという発音」は違う、という事を学ぶ学習法で、英語圏の子ども達はこれらを学ぶことで、意味はわからないけど、大体の単語は発音できる、という状態になるそうです。

例えば、中国では四音というのがあって、「マー」という音も、4パターンの発声や抑揚で全く違う意味になるんですね。

日本語で言えば「日」という漢字を例にとると、「日」には「にち」だったり「ひ」という「読み方」があるように、「A」には「ア」だったり「ッア」という「読み方」がいくつかあるんだよ、という説明の仕方になるんでしょう。

こういった「基本的な文字の読み方」は言語学習の基礎の基礎なのですが、日本の英語教育はあまり発音をマスターさせないので、小学6年生は、こういったところをベースとしてやると良いかもしれませんね。

 また、ビジネスマン向けの英語本で「インド式」というのをうたっている本がありましたが、これも面白い

「要するに会話が出来るようになるためには」に特化している方式らしいです。

全人口で英語が話せるのが90年代で3%だったのが2000年代には30%になり2020年には世界最大数となる「インドのやり方、考え方」を学ぼうというもので、「間違っていても良い、話せれば、伝われば」という発想です。

使えるな~、と思ったのが直訳ではなく、「日本語」→「日英語」→「英語」で文章を作る、というやり方。

まず、「日英語」として

「部長は怒っているようだ」という事に対し、まずは一番大事な「動詞」だけ英語に置き換える。

「部長 sound 怒っている」

そして次に「英語」として

「The manager sounds angry.」

とするのです。

日本語と英語で決定的に違うのは、「主語+動詞」という順番と重要性。

日本語は動詞は文章の最後に来る事が多いのに対し、英語は一番大事なのは「主語+動詞」という点。

そういう意味で、「まずは動詞だけ英語にしよう」というシンプルな発想は、英語の構成や考え方を学ぶ上でもとても良いと思います。

私の知っている範囲ですが、英語でつまづいている子のほとんどが、ここが良くわからないのです。

 

そして、英語圏の9歳~13歳の子向けに作られた「日本語学習本」も読んだら、実に面白い

まず、キツネが侍のような格好で現れて、「日本語を教えよう」となるのですが、まず

「日本語はヒラガナとカンジの2種類が主にあって、ヒラガナは46文字、漢字は数千ある」とキツネが言うと、子ども達は「ヒラガナだけで46もう逃げ出して良い?」となります

キツネは「いやいや、まず、ヒラガナを覚えれば、ほとんど通じるようにまずはなるんだ。それに、ヒラガナは1文字につき1音節しか無いんだよ。英語は例えば「オー」という音節に対して何個の文字が書ける?」と聞くのです。

つまり、「オー」という音に対して、英語圏では「o,oh,ow,oe,ough…」といっぱいあるんですね。

ここで「文字」には「いくつもの音があるけど、日本は1つだけ」という話をしてます。

これを日本に置き換えたら「ひらがなは読み方は1つだけど、英語は漢字とおなじでaに対して色々な読み方があるんだよ」となるわけです。

次に日本がどこにあるか、地理的な話やちょっとした歴史「日本は日の出づる国と言われていて、国旗もそれを表しているんだよ」として興味喚起の説明をキツネは入れます。

その上で、「Ah! The cat is eating a mouse!」という例で、「猫」と「ネズミ」を入れ替えたら、英語圏では「猫を食べる化けものネズミになっちゃうよね。でも、日本語は文章の中の言葉の位置はあんまり重要じゃないんだよ、まあ動詞は大体一番最後にくるけどね」と教えます。

そして、英語の違いとして「名詞の単数・複数も無いし、動詞の活用も無いし、男性・女性の活用の違いも無いし。。。」と教えます。

「じゃあ、どうやって伝えるの?」と子供達が聞くと、「は、に、を」という単語と単語に挟む「助詞」を教えて、英単語+「は、に、を」で文章を作ります。

これはインド式の「日英語」の発想ですね。

そして、次に疑問文にするために「か」を教えます。

こういった教え方が一般的かどうか知りませんが、たまたま手にとった「英語圏の児童向け日本語学習本」を読むことで、「あぁ、こうやって言語の違いを教えていく流れもよいな~」と思ったわけです。

という事で、ちょっと、英語につまづかない学習法、自ら勉強して練り上げてみたいと思います

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青色申告が終わってしまった♪

2020年02月05日 | 自分の時間

個人事業主にとって、この時期にやっかいなのが「青色申告」。

しかし、なんと、、、もう、、、終わってしまいました

いや~、 こんなに早いのは初めて

なんで早く終わったかというと、大げさに言えば、お正月に決めた1年の方針ですかね~。

今年は初めて元旦にご来光を拝むことが出来なかったのです。曇りだったのですね。

で、いつも「お天道様を見ながら今年1年の事を思う」という事が出来なかったのです。

それで、直感的に「まあ、今年は色々考えないで、目標を立てないで、周りとその場その場で調和していくことが大事かな」っていうノリになったのです。

それが今年の方針と言えば方針。

という感じで月日の事を考えずに過ごしていこう、となったら、いつもなら「この空いた時間に一気にやるか」とか、下手に効率を考えていたのですが、今年はそんなことを考えず、ただ、空いている時間に思いついたことをやる、という感じになったのです。

それで、まあ1月は農閑期で畑仕事もほぼ無く、やる事といったら「青色申告」の打ち込み作業だったのですね。

で、1月の平日に何となく空いている時間にやることが無くてコツコツ経費精算とかやっていたら、ほぼ終わっていたのでした

納期に追われないって、素敵

まあ、これがどれほど解放的なことかは、青色申告に追われた事がない人にはわからないでしょうが、会社でいえば決算期に大変、という事ですね。

あ~、こういうのも良いものですね

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今年も「出張もちつき」

2020年02月02日 | 農的体験・生活

1~2月は、大体の土日が何かしら仕事が入って、何気に忙しいシーズンです。

農閑期なので畑仕事はほぼ無く、その分、味噌作りや出張もちつきが入っています。

今年最初の出張餅つきは、幕張にあるとあるマンションで今年で3年目。

この冬は雨が多く、印西市での出張もちつきが延期になり、今回の幕張の自治会の方も「キャンセルにならなければいいんですけどね~」と心配していました。

しかし、まあ、久々の晴天続きで、無事、楽しく餅つきができました

 

まあ、楽しく、といっても、やる側は大変

特にここのマンションは結構な世帯数のマンションで、昨年までは3升×8回=24升を一気についていまsた。

その都度、体がボロボロになるのですが、今年は2回減って3升×6回=18升。

それでも6回は体に堪えます

今年は餅をついてくれる人は多く、中には「昔、毎年ついていたんです」と、張り切るお父さんがいて仕切ってくれたので、餅をつく担当の農家の根本さんは餅米を蒸かすだけで良かったのですが餅を返す役割の私の方は、誰もやってくれないので、やっぱりハードなまま

餅を返す仕事は何が大変かというと、まず、「冷たい水→熱い餅」を交互に触るので心臓に堪えるのです。

そして、中腰のままで餅を返していくので、腰もきつく、また、餅つきに慣れていない方々に合わせながら餅を返すのを2時間ぐらいずっとやるで、息切れはするし、ほんと、終わるとぐったりするほどなのです

なので、実は他のマンションで3年頑張ったところがあるのですが、そこの中庭は日陰で寒く、かつ、1回ごとの餅つきの間が空いてしまうところで、心臓に悪く、お断りしたところもあるぐらいなのです。

それほど、冬の餅つきの「餅返し」というのはハードで、心知れている中なら良いのですが、素人さんとコンビを組んで餅をつくのはつらいんですね~。

ただ、今年のこの幕張のマンションさんの餅つきで良かったと事は、3年目となり、住民にも浸透してきたみたいで、いつもはダラダラ集まるため自治会の役員さんも困っていて、「しばらく次の参加者が集まるまで餅つきまで待ちましょう」となっていたのが、今年はドンドン集まってきたので1度つき始めたらノンストップでつけたこと。

やはり、一気に蒸かして一気について、をやった方が、餅は美味しく出来るし、こちらも空いた時間で体や手が冷えていく、ということが無いので有難いのです。


そして、1年目&2年目の役員さんの顔はお互いわかるので、3年目となって役員から外れた方もわざわざご挨拶に来てくれたり、餅つきを応援してくれたりと、お名前はわからなくても顔見知りが出来るとこちらも大変やりやすくなるものです

特に今までは子供は数人だったのが、今年は行列を成して餅つきを楽しんでくれて、やっぱり子どもは良いな~と思います

まあ、餅返しをしてくれる人は出てこないでしょうが、ご依頼頂けるだけ有難いので、体にダメージを受ける仕事ですが、出来る限りやっていきたいと思います

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