新・徒然煙草の咄嗟日記

つれづれなるまゝに日くらしPCにむかひて心に移りゆくよしなし事をそこはかとなく紫煙に託せばあやしうこそものぐるほしけれ

初めての金沢探訪記 #1-3

2018-10-28 09:55:01 | 旅行記

買い物することも食事することもなく近江町市場を通り抜けた私は、長町武家屋敷跡を目指して歩きました。

と、歴史のありそうな赤れんがの建物が出現しました。

この建物は、「金沢市立玉川図書館近世史料館」として

加越能文庫(石川県指定文化財)をはじめとする金沢の歴史をたどる貴重な史料の収集・保存の役割を担っています。

だそうですが、建物自体は、壁面のプレートによれば、

大正2年に日本専売公社たばこ工場として創建された建物の一部で、明るい赤レンガの外観は、創建時そのままの美しいイギリス積みを残し、内部補強の上、図書館本館と見事な調和を見せている。

だそうです。
このときは「通りすがり」だったので、ふ~ん…、そうかぁ 程度の反応だったのですが、改めてこの金沢市による説明文を読むとかなり不正確
現在のJT(日本たばこ)の前身の日本専売公社が設立されたのは昭和24(1949)年のことで、この工場が創建された大正2(1913)年には大蔵省専売局だったはずです。

正確にはどうだったんだろうとググると、2008年4月JTが発表した「JT金沢工場の廃止について」と題するニュースリリースが見つかりまして、そこに金沢でのタバコ生産の沿革が書かれていました。

やはりねぇ~、「金沢専売支局」として創建されたのでした。
そして、1972年西金沢駅近くへ移転、そして、タバコ需要の減退を背景に、2009年3月末を以て金沢でのタバコ生産が終了したという次第。

金沢市も、金属製プレート登録有形文化財の壁面に埋め込むのなら、正確を期してほしかったぞ

そうそう、説明プレートにあるレンガの「イギリス積み」については、舞鶴旅行記のこちらをご参照くださいませ。

さて、玉川図書館の裏手には玉川公園が広がっていました。

そして、大きな説明板

この説明板によれば、この地には「#1-0」にも登場した加賀藩の年寄(家老)職だった8家の一つ、長(ちょう)家の屋敷跡だったそうな。

前田家家臣とはいえ、33,000石大名級の家禄を誇っただけに、この屋敷跡も広大で、明治に入った段階で約1万坪(約33,000㎡)もあったんですと
これだけの広さですから、

明治2年(1869)に版籍奉還が行われると邸は金沢藩庁となり、明治4年の廃藩置県後は金沢県庁となった。翌年に県庁が石川郡美川町(現白山市)へ移転した後は、金沢区会所小学校真宗学問所前田家の別邸と移り変わったが、明治15年に焼失した。その後、明治22年から明治41年まで長町高等小学校となり、大正2年(1913)から昭和53年(1978)まで日本専売公社金沢地方局のたばこ製造工場を経て、昭和54年に玉川公園として整備され、現在に至る。

という使われ方をしてきたのだとか。

ということで、いよいよ「長町武家屋敷跡」に入ります。
ここで、「長町(ながまち)」という町名は、この長(ちょう)家に由来していることが私の頭の中に刻み込まれたのでありました。

鞍月用水の風情が大変によござんす

鞍月用水の「対岸」に、立派低層マンション風の建物がありまして、いったい何だろ?

と思ったら、金沢市立中央小学校の校舎でした。

瓦屋根付きの土塀(風)の塀といい、外廊下のとか、屋根の風情とか、とても学校っぽくないです。

これまた良い感じ中央小学校前交差点左折していよいよ長町武家屋敷跡のハートランドへ

長町武家屋敷跡の探訪記は「#1-4」で。

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「接頭辞」の話

2018-10-27 08:36:26 | 日記・エッセイ・コラム

今週っつうか先週のNHK FM「MISIA星空のラジオ」のゲストは、総合格闘技・修斗2017年第10代世界バンタム級チャンピオン佐藤将光さんでした。

MISIA総合格闘技とはどんなつながりがあるのだろうかと不思議なんですが、THE SUPER TOUR OF MISIAバンドメンバー衣装デザインを担当された佐藤孝信さんのご子息佐藤将光さんだという「ご縁」なのだとか。
(きょうはお台場「THE SUPER TOUR OF MISIA先行上映会に行ってきます)

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それはともかく、私には初耳「修斗」についての将光さんの話を聴いていると、修斗の試合会場っつうか舞台は、金網に囲まれた八角形の闘技場で、「オクタゴン」と呼ばれているというところに私はピピッ反応しました。
角形だからオクタゴンか…と…。

「oct-」というのは「8」を意味する接頭辞で、8本足タコOctpusとか、古代ローマでは8番目の月だった現在の10月Octoberとかに使われています。

なぜに10月が「第8月=October」なのかは、過去の記事「『アクセス解析』機能が活用できた」「『ローマ暦』を調べてみました」をご参照いただきまして、ここでは「接頭辞」のことを備忘録的に書いておこうと思います。

「オクタゴン」と似たことば「ペンタゴン」があります。
「ペンタゴン」とは、「五角形」を意味しますが、一般的にはアメリカ国防総省、または、その本庁舎(単独の建物としては世界最大らしい)を指します。

この「pent」「5」を意味する接頭辞で、一眼レフカメラに組み込まれたプリズム、「ペンタプリズム」とか、五洋建設の英文呼称PENTA-OCEAN CONSTRUCTIONCO., LTD」でも使われていますな。

ここでちょいと寄り道
一般的に「七つの海」といいますが、なぜに五洋建設五洋建設なのか?
もともと軍港建設で実績を積み重ねたから「御用建設」ではなく「太平洋・大西洋・インド洋・南氷洋・北氷洋」を意味しているそうです。
一方、「七つの海」は時代とともにその対象を変えていまして、現在はもっぱら、太平洋大西洋をそれぞれ南北に分けて、「北太平洋・南太平洋・北大西洋・南大西洋・インド洋・南氷洋・北氷洋」7つです。
ここで、「太平洋」「大西洋」とでなんで文字(太と大)を使い分けているのだろうか? という疑問が沸いてきたのですが、これは後日にとっておきまして本題に戻ります。

接頭辞お馴染みなのを拾ってみると、「『アクセス解析』機能が活用できた」とで並べた音楽の世界とか、

重奏:Duo または Duet、3重奏:Trio、4重奏:Quartet、5重奏:Quintet、6重奏:Sextet、7重奏:Septet、8重奏:Octet、9重奏:Nonet、10重奏:Dectet 

単位とか、

mm (ミリメートル)、km (キロメートル)、cm (センチメートル)、dl (デシリットル)、hPa (ヘクトパスカル)、ha (ヘクタール)

あります。
この単位で使われている接頭辞は、ミリキロ「1000 (1/1000)」センチヘクト「100 (1/100)」デシ「10 (1/10)」を意味します。お金の単位の「セント」「1/100」ですな。

でも、ミリとキロも、センチとヘクトも、同じ意味なのに全然違うのはなぜ?

と思ってWikipediaを見ると、ラテン語由来(ミリ、センチ)ギリシャ語由来(キロ、ヘクト)のものがあるんですと

私には、なかなか面白い話なんですがいかがでしょうか? 

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久しぶりの王子散策記 #5

2018-10-22 21:39:59 | タウンウオッチング

やはりブログの更新ペース本調子に戻っていませんが、書けるとき書いてしまおう
ということで、「久しぶりの王子散策記 #4」のつづきです。

王子装束稲荷神社にお参りしたあと、私は、キツネさんたちが装束榎の下で身なりを整えた上で初もうでしたという王子稲荷に向かいました。

途中、JRの線路の下をくぐる手前に小さな公園がありまして、そこにこんな石像が立っていました。

これって、東京国立博物館にもある朝鮮の石像? と思ったら的中でございまして、説明板もありました。
曰く、

ここにある石造物は、朝鮮でつくられたものです。中央にある人の像は石人(せきじん)といい、また両端の柱は望柱石(マンジュソク)といいます。ふつう、二体・日本で一対をなします。中国では古くから宮殿・廟・墳墓の近くに置かれていました。の時代からは、墳墓の参道に規則正しく置く風習が盛んになりました。それが朝鮮に伝わり、それ以降の墳墓にはこの形態でつくられました。ここにある石人は花こう岩に文官を彫ったもので、日本の江戸時代にあたる朝鮮(李朝)時代後期のものです。また着用している衣の表と裏にある模様は役人の官位をあらわします。(以下略)

だそうです。
でも、その「朝鮮(李朝)時代後期」石人と望柱石が、なぜここにあるのか? については触れられていませんでした
「謎」ですな…

さらにもう一つの「謎」に出くわしました。

JRの線路下、歩行者自転車しか通れない小さな通路を通ったのですが、

そこにあった注意書きには、

自動車等が衝突したのを見た方は、至急ご連絡下さい。

とあります。

でも、ここに自動車が入ってくるとは考えられないのですけど…
そういえば、尾道の、石段の途中にあって、ぜったい自動車立ち入ることはあり得ない踏切にも、

とじこめられたら
車で押して出て下さい!

という表示がありましたっけ…
これまた、わからない…

お稲荷さんにつきものの「キツネ」につままれた気分の中で、本日はこれまで

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神戸旅行ダイジェスト (2日目・最終日)

2018-10-21 22:44:51 | 旅行記/美術館・博物館・アート

今夜、2泊3日の神戸旅行から帰ってきました。

週末になると天気が良くないことが続いていた中、天候に恵まれて良い旅行になりました。

シメは、羽田着陸する直前に見えた富士山

夕焼けを背景に、黒々シルエットが映えまくって、きれいなのなんのって…
いやぁ~、萌え上がりましたです。

   

さて、本日の旅程は下記のとおり。

ホテル⇒徒歩生田神社⇒徒歩ホテル(チェックアウト)⇒徒歩三宮駅ポートライナー南公園駅⇒徒歩UCCコーヒー博物館⇒徒歩南公園駅ポートライナー三宮駅三ノ宮駅JR神戸線元町駅⇒徒歩南京町⇒徒歩三宮駅前空港リムジンバス大阪(伊丹)空港飛行機羽田空港空港リムジンバス⇒徒歩⇒自宅

昨日の竹中大工道具館に続いて、きょうはUCCコーヒー博物館と、2日連続企業博物館に行ってきました。

こちらも楽しかった

毎日欠かさずコーヒーを味わっている私、ある程度はコーヒーについての蘊蓄(うんちく)を持っていたつもりでしたけれど、鼻をへし折られた感じ。

企業が運営する博物館って(実務的には企業が設立した公益法人が運営しているケースが多そう)観覧料安いし、それでいて、企業が威信をかけているだけに内容は充実しているし、で、ちょっとでも興味があったら、観ておいて損はないですぞ

そのUCCコーヒー博物館の展示その他のお話は旅行記本編にとっておきまして、お次は、久しぶりの南京町

いやはや賑わっておりました

国内外取り混ぜた観光客やら、地元の人たちやら、修学旅行中っぽい制服の中高生やらが狭い道路に密集して、全然自分のペースで歩けない状況でした。

私は、チャーハン&卵スープ&北京ダック&点心のセットを食べてお腹いっぱいになったあと、せっかく南京町に来たのだから…と、南京町名物(だと思う)の北京ダック1切れ(500円也)を食したら、

もう満腹感で満たされて、こんな時刻なのに、未だに空腹感がやってこない状況です。

腹一杯で、私には縁遠い ブランド品お店が連なる旧居留地を通って、空港行きのバスが出る三宮駅前まで、た~らた~らと歩きました。

   

2日目ダイジェストの最後に、これだけは書いておきたい

大阪(伊丹)空港羽田行きの飛行機に乗り込み、まだ飛行機の搭乗口が開いている段階から、私は往路で聴けなかったオーディオサービスを聴き始めました。

プログラムの中に、MISIA「果てなく続くストーリー」があったので、そのチャンネンルに合わせると、1曲だけ余計な曲 が入ったものの、良いタイミングで「果てなく続くストーリー」が始まりました
そして、昨夜のライヴを思い出しながら 聴いていると、、、、CA機内アナウンスが入ってきて曲は中断

その機内アナウンス終了して、曲が再開したと思ったら、またもや機内アナウンス中断

結局、1曲聴き終わるまでに、3回 機内アナウンス中断 が入りました

乗客の搭乗~離陸という慌ただしいタイミング だったので、仕方なかったのかもしれませんが、それにしても、1曲の間に3回も中断するなんて…

まぁ、それでも、三宮駅前からバスに乗って自宅に帰り着くまで、総体的にスムーズでしたし、来週末もMISIAに会える(はず)ですから、良しとしておきましょう。

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神戸旅行ダイジェスト (初日)

2018-10-20 16:58:42 | 旅行記/美術館・博物館・アート

神戸に来ています。

もちろん、「MISIA星空のライヴX」神戸公演に参戦するためでして、ライヴ出撃するまで、ここまでのダイジェストを書いておこうという次第。

いつものように旅程からまいりましょうか。

自宅⇒徒歩最寄り駅前空港リムジンバス羽田空港飛行機大阪(伊丹)空港空港リムジンバス神戸三宮駅⇒徒歩ホテル⇒徒歩昼食⇒徒歩地下鉄三宮駅地下鉄地下鉄新神戸駅⇒徒歩竹中大工道具館⇒徒歩北野異人館街⇒徒歩ホテル

ここまでのところ、難なく無事に過ごしています。
せいぜい、いつも通勤で悩まされている首都高・山手トンネル事故があったとかで、バスが、首都高・埼玉線⇒美女木JCT⇒外環⇒川口JCT⇒首都高・川口線⇒江北JCT⇒中央環状線⇒葛西JCT⇒湾岸線⇒空港中央、と大迂回したことくらい。迂回してもなお、外環とか中央環状線渋滞していて、これならば、私がよく使うルート、5号線⇒いたくま⇒5号線⇒竹橋JCT⇒都心環状線を使った方が早かったのではかと思ったりして…。
結局、羽田空港には定刻から15分遅れで到着したのですが、それくらいの遅れなんてまったく問題なしで、私は羽田空港でのんびりと朝食を摂り、大阪行きの便に搭乗したのでした。

私が乗った飛行機が羽田を飛び立つタイミングは、羽田の滑走路渋滞中でして、なかなか離陸できませんでした。
機長が「飛び立ちましたら、所要時間の短縮に努めます」なんて機内アナウンスしたとおり、5分程度の遅れで伊丹に到着したのですが、それでも、CA「お忙しいところ到着が遅れまして申しわけございません」と謝っていました。
5分なんて、誤差のうちだと思うけど…(実際は、神戸行きのバス1本=20分遅くなった)。

と、ここまで書いたところで、出かける時刻となりました。

このあとのことは、ライヴから帰ってから追記します。

【追記】行ってきました、「MISIA星空のライヴX」神戸公演

はぁ~~、良かった
MISIAは、絶好調 とまでは言えないまでも、先日の東京国際フォーラムのときより格段調子が良かった会場の反応もすごく良かった…。
最後の音が消えるまでぢっと聴き入って、そして、無音状態からドッ大きな拍手歓声が鳴り響くシーンが何回かあるような、そんなライヴでした。

NHK FM「MISIA星空のラジオ」MISIAが言っていた、一つのライヴで数曲だけあるという「カメハメハ曲」、今夜は「あの曲」だったんじゃないかと思っています。
なにせ、歌い終わったとき、MISIA会心の笑顔を浮かべていましたから…。

おっと、今夜のライヴの話はこの辺りにとどめておきまして本日のダイジェストつづきを…。

   

きょうの昼食は予定どおり神戸牛ステーキを食しました。

確かに美味しかったのだけれど、前回味わった感動のステーキには及ばなかった感じでした。
ちょっとケチって赤身肉120gにとどめたのが効いたのかな

それでもある程度満ち足りた気分で次に向かったのは、新神戸駅の近くにあるこちらでした。

一見、料亭高級旅館お屋敷の風情ですが、ここは、

「竹中大工道具館」です。

リーフレットから転記しますと、

竹中大工道具館は、日本で唯一の大工道具の博物館として1984年、神戸市中山手に開館。以来、大工道具を民族遺産として収集・保存し、研究や展示を通じて後世に伝えていくことを目的に活動を続けてきました。そして2014年秋、新神戸駅近くの竹中工務店ゆかりの地へと移転して、新たな一歩を踏み出しました。

という、「日本で唯一の大工道具の博物館」です。

私は、以前からその存在は知っておりまして、興味も持っていたのですが、今回の神戸遠征に際して観光スポットを探すまで、この博物館が神戸にあることは知りませんでした

そして、交通の便は良いし、北野異人館街にも近いし、限られた時間の中で訪れるには絶好ではないか ということで、今回出かけた次第です。

で、この竹中大工道具館期待遙かに上回る展示の充実ぶり楽しさで、私はすっごく得した気分

実は、私の祖父大工でした。

私にものごころがついた頃には引退していた祖父でしたが、の裏には作業小屋があって、さまざまな大工道具が常備されていました。
そんな中で、最も私の興味を引いたのは、、、

墨壺

材木に直線を引く道具なんですが、カタチがおもしろいし、可動部分があって、幼い私にとってはおもちゃとしか思えませんでした。

そんな思い出にひたりながら眺める大工道具の数々や、それ自体が芸術作品のような「かんなくず」に触ったり拝見することのなんと楽しかったことか

興味のない人にとってはおもしろくもなんともない「博物館」でしょうけれど、私にとっては至福のひとときで、そのあと歩いた北野異人館街かすむほどでした。

いやぁ~、ホント、楽しかった

さて、明日はどこに行きましょうかね… (2018/10/20 23:01)

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9年半ぶりの広島旅行記 #1-1

2018-10-10 22:39:33 | 旅行記

先月末に決行した広島への旅行記を始めます。

初日の行程は、当日のダイジェストをご参照くださいませ。

で、「MISIA星空のライヴX」広島公演に絡めて計画したこの旅行、マイレージ優待往復しようと考えていたのですが、航空券の予約開始直後に予約しようとしたら、全然無い

なんで と思ったら、3連休初日だったんですな、9月22日は…
ホテルも、ほどよいコストのところは全然空いていなくて、さて、どうしようか…

としばし考えた結果、パッケージツアーを使うことにしました。溜まったマイレージの一部を旅行券と引き換えて、そのツアー代金の一部に充てるという、初めてのです。
計算すると、ホテル代相当はクレジットカード払いで、航空券相当はマイレージ、それも国内2往復分を使って賄ったことになります。

これはトントンだったのか、もったいないことをしたのか、評価に迷うところですが、この手段で広島まで往復できて、ホテル2泊できて、そしてそして、MISIA広島楽しめたのですから、良しとしましょう

このパッケージツアーには、往復航空券ホテル代のほか、お好み焼き+ソフトドリンククーポン券がついていました。
このクーポン券は、2泊3日の旅行期間中いつでも使えるものだったのですが、私の当初の目論見では、広島空港に着いたら、広島駅前行きのリムジンバスに乗り、広島駅前にある指定「ひろしまお好み物語 駅前ひろば」お好み焼きを食べたあと、縮景園からほど近いホテルチェックインしようかと考えました。

ところが、広島空港に着いて、

荷物を受け取り、バス乗り場に行くと、広島駅前行きの乗り場は、長蛇の列
とても先発のバスには乗れそうもない と判断した私は、作戦を変更
広島バスセンター行きに乗って広島市の中心部に行き、先にホテルチェックインして、そのあとお好み焼きを食べることにしました。

このあたりの臨機応変ぶり、さすがは「元広島市民」でしょ? 

   

私が初めて広島のお好み焼きを食べたのは、その「広島市民」になった初日の夜のことでした。
一緒に赴任した先輩・同期と一緒に、新天地お好み村に行き、お好み焼きを食したのですが、ホント、カルチャーショックでした

まず、お好み焼きお店の人が作ってくれること自体ビックリでしたし、それよりも何よりも、使うキャベツ圧倒されました。
薄く丸く広げられた水溶き小麦粉の上に、大量千切りキャベツドカン と盛られるのですから
正直、あれが一人前とは思えませんでした…

そして極めつきは、コテ

料理道具であるはずコテ(ヘラ)を、客がそれぞれ持って、それを使ってお好み焼きを食べるという「風習」には呆然としました。

その後、広島市民だった約1年半の間、何度もお好み焼きを食べるうち、こんな「驚き」は薄れて行き(=慣れて)東京に戻ってもんじゃ焼きを食べにいったときは、あのヘラ「ままごと用のおもちゃ」にしか思えませんでしたっけ…

   

思い出話はともかく、9年半ぶりに食した本場「広島のお好み焼き」は、当日のtweetを再掲すれば、

 お込み焼きの感想tweet

でごさいました。

こうして「遅い昼食」を終えた私は、広島平和記念公園を抜けて「MISIA星空のライヴX」の会場、広島文化学園HBGホールへ向かったのですが、きょうはこれまで。

つづき:2018/11/02 「9年半ぶりの広島旅行記 #1-2」

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初めての金沢探訪記 #1-2

2018-10-09 21:22:17 | 旅行記

「初めての金沢探訪記 #1-1」のつづきです。
2か月半のインターバルは長かった…

で、金沢駅駅ビルでうろちょろしてクリアファイルを購入したあと、近江町市場を目指して駅前通りを歩き始めたのは、11:30頃でした。
昼食近江町市場で食べようかと思っていたのですが、金沢駅からほど近いところで、ランチをやっている日本料理店があり、ここで昼食を摂ることにしました。
休日の昼食は、朝食を兼ねたものになったり、遅くなったりするのが常の私ですが、ほどよく空腹になっていたこともあり、午前中なのにさっそく食事

入ったお店は「高崎屋」さんという料理屋で、さきほどクリアファイルを購入した店が「うつのみや」で、昼食が「高崎屋」とは、ここは北関東かい と突っ込みを入れたい気分…

それはさておき、旅行先で太っ腹になった私は、こちらランチを注文しました。

これに焼き魚がついて、お値段は 3,100円(税込)

汁椀の蓋の裏側が金箔貼りだというのはいかにも金沢ですし、箸袋まで、

小さな水引が飾られていて、これまたいかにも金沢

にも、趣向にも(おつくりの器は九谷焼?)、また、お値段にも満足した私は、金沢の街に繰り出しました

ところが、、、、

なんですか? この閑散ぶり…

視界にはクルマもほとんど無い

金沢も地方都市の呪縛から逃れられないのか… と、思ったのですが、この地点からちょいと歩いて近江町市場に近づくと、大変に賑わっておりました
金沢は初めてですから、ホント、土地鑑がなくて、どこが繁華街なのかさっぱり判らなかったという次第です

近江町市場入口はもちろん、近江町市場もかなりの賑わい

ただ、昼食済ませたばかりの私にとっては、近江町市場のホントの魅力は感じ取れなかったかも…

結局、近江町市場をウロウロ歩き回ったものの、食べることも買い物もせずに通り抜け、次なる目的地、長町武家屋敷跡へと向かいました。

この交差点

ふつうの十字路ではなく、丁字路が二つ組み合わさったクランク状の交差点は、いかにも城下町

ここから先の話は、MISIA星空のラジオが始まったことですし、#1-3で…。

つづき:2018/10/28 初めての金沢探訪記 #1-3

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2か月ぶりの東京国立博物館

2018-10-08 23:11:37 | 美術館・博物館・アート

3連休最終日のきょう、洗濯を終えたあと、久しぶりに上野に向かいました。

目的は二つ2か月ぶり東京国立博物館(トーハク)楽しむことと、昼食として天ぷらを食べること。
私が持っている「東京国立博物館メンバーズプレミアムパス」の期限が10月20日で、残る1枚特別展観覧券で、特別展「京都 大報恩寺 快慶・定慶のみほとけ」を観覧しようという算段だったのですが、、、、上野駅上野東京ラインを降りて改札口に向かうところで、その特別展観覧券を家に忘れてきたことに気づきました

まさしく出鼻をくじかれた というところですが、トーハクパスはいつも財布に入れていますから、総合文化展を観て、トーハクを楽しもうか、とトーハクに向かいました(上野の森美術館のフェルメール展は大混雑必至だし…)。

途中、竹の台広場で開催中だった陶器市「冷やかした」あとで(やはり、ショックを癒す時間が欲しかった)、トーハクに入場

ですなぁ~
紅葉には早すぎるものの、ハギが咲き誇っているし、

ハナミズキ艶やかをつけているし、

屏風絵の展示室には秋草図屏風ばかり3点(下の写真は俵屋宗雪筆「秋草図屏風」)が展示されているしで、

季節感あふれるところがいかにもトーハクです

そんなきょうのトーハクから、作品を数点紹介しましょう。

まずは、私が大好き「色々糸威腹巻」、久しぶりです

私、甲冑安土桃山時代一番 と思っているのですが、この「色々糸威腹巻」に限っては、室町時代もいいじゃないの…と思ってしまいます。

お次は、何の絵だ と目を惹かれたな掛け軸。

パッと見、が持ってる金棒(いわゆる「鬼に金棒」ってやつ) っぽいなと思って説明板を見ると、案の上、江戸時代後期の慈雲飲光「金棒図自画賛」という作品でした。
金棒の絵だけでもあれまぁ~なのに、「賛」がまた…

 不苦者有知
 遠仁者跙道

と書いて、「ふくはうち おにはそと」と読むのだそうな
なんとも人を食った作品でございます…

   

今回は、でも「お楽しみ」がありました。
「江戸城の天守AR(拡張現実)」というアトラクションで、スマホに無料ARアプリをインストールし、そのアプリを起動してトーハク本館に向かってかざすと…、

 width=

あれまぁ~ 実物大江戸城天守が姿を現す というもの。

そして、この地点から視点を左に移すと…、

あれまぁ~ 表慶館ドームが吊り上げられようとしている

って、これは、遠近感を逆手に取って撮ったものでして、クレーンは表慶館かなり後方のものを吊り上げようとしております。
ちなみに、きょうの表慶館は、Cartier お得意様相手のイベント用に貸し切られていまして、ブランド品とか装飾品とはトンと縁のない私 にとっては、別次元の領域でございました。

   

このあと、私は予定どおり、上野の天ぷら屋さんで高価天ぷら定食を食して、帰宅しました。
日頃、昼食をコンビニ弁当で済ましている私にとって、休日の昼食贅沢を厭わないのでありますよ。

実はこの3,500円を超える昼食代は、帰宅後に、ふと思い立ってチャレンジした京都大賞典回収+α させていただきました

何年間も、「回収率80%」を目標としつつ、その目標を達成することのなかった競馬ブログを始めたことをきっかけに疎遠になっていまして、今年は、日本ダービーと、きょうの京都大賞典しか馬券を買っていません。

それなのに、2戦2勝 ですよ。

いろいろ、う~む… です。

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久しぶりの王子散策記 #4

2018-10-07 16:13:44 | タウンウオッチング

久しぶりに東京国立博物館に行こうかと思っていた3連休中日(なかび)のきょう、暑いし、出遅れ感がきついので、明日に順延して、きょうは、家で「THE SUPER TOUR OF MISIA」(WOWOW で録画したヤツ)を流しながらブログを書くことにしました。

20th Anniversary THE SUPER TOUR OF MISIA

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「ブログを書く」のはいいのだけれど、「ブログ再開への準備運動」で書いたように、書きかけのシリーズドドドド と溜まってしまっていて、どこから手をつけたら良いものやら… です。

ここは、記憶の新しいところで、広島旅行記から始めようかとも思いましたが、4か月熟成している(「放置」ともいう…王子訪問記を書くことにしました。
王子訪問記latest(最新)は、というと…、7月16日「久しぶりの王子散策記 #3」ですからどこまで書いたのかも忘れている感じです…

   

で、「#3」の最後に予告したように、装束稲荷神社の見聞録です。

歌川広重「江戸名所百景 王子装束ゑの木大晦日の狐火」王子といえば、落語「王子の狐」にもあるように、キツネ玉子焼き、それと飛鳥山の花見江戸時代から続く名物なわけで、歌川廣重は、名所江戸百景で、王子稲荷にお参りするまえに、エノキの木の下で身支度を調えるキツネたちを描いています。

このエノキは、「装束榎」と呼ばれていまして、その記念碑的神社(?)が、稲荷装束神社で、ここにお参りしたのは初めてでした。

「お札と切手の博物館」から、のんびりと10分ほど歩くと、稲荷装束神社に到着。

東国三十三国のお稲荷さんの総元締めたる王子稲荷とは比べるのも申し訳ないような小さな神社です。

装束稲荷神社にお参りしたあと、神社周辺をしげしげと観察しますと、由来書きがありました。

曰く、

今から約千年の昔 この附近一帯は野原や田畑ばかりで その中に大木があり そこに社を建てて王子稲荷の摂社として祭られたのがこの装束稲荷であります
この社名の興りとして今に伝えられるところによれば毎年十二月の晦日の夜間 関東八ヶ国の稲荷のお使がこの社に集まり ここで装束を整えて関東総司の王子稲荷にお参りするのが例になっていて 当時の農民は その行列の時に燃える狐火の多少によって翌年の作物の豊凶を占ったと語り伝えられています 江戸時代の画聖安藤広重もこの装束稲荷を浮世絵として残しています。

ここまではいい
問題はこのあと…。

その後 明治中期に榎の大木は枯れ 土地発展に伴い その住置も現在の王子二丁目停留所となり 社はその東部に移されました。

え”、このこと知らなかった…
さらに転記を続けると、

昭和二十年四月十三日の大空襲の際 猛烈な勢で東南より延焼して来た火災をここで完全に食い止めて 西北一帯の住民を火難から救ったことは有名な事実であります
この霊験あらたかな社が余りにも粗末であったので 社殿を造営せんものと地元有志の発起により信者各位のご協力を得て現在の社殿を見るにいたりました
この装束稲荷は商売繁盛の守護神のみならず 信心篤き者は衣装に不自由することなく 又 火防の神としても前に述べた通りで 信者の尊崇を高めています

だそうです。
この由緒書きとは別に、北区教育委員会による「王子の狐火と装束榎」と題する説明板もありまして、この内容が、由来書きとちょいと違う…。

昭和四年(1927)装束榎は道路拡張に際して切り倒され装束榎の碑が現在地に移されました。後にこの榎を記念して装束稲荷神社が設けられました

ですって…

装束榎枯れたのか? 切り倒されたのか?
装束稲荷神社もともとあったのか? 装束榎が切り倒されてから造られたのか?

私には判りません…

ただ、両者に共通する「事実」は、装束榎は、現在の装束稲荷神社の場所ではなく、「王子二丁目停留所の場所にあったこと、のようです。

 その「王子二丁目停留所の現在はどうなっているかといいますと…、

バス停です

 width=おっと、北区教育委員会の説明板にあった「装束榎の碑」の写真を載せておかなくちゃ

「装束…」までしか見えなくて、これがホントに「装束榎の碑」なのか自信は持てないのでありますが、佇まいからして、「装束榎の碑」だと思います

それはそうと、装束榎があった場所は、広重「王子装束ゑの木大晦日の狐火 」を描いた当時の様相は片鱗すら感じられなくて、これじゃ、大晦日に関東各地のキツネたちが集まってきたら、クルマにひかれそうです

広重名所江戸百景を描いたのは(「王子装束ゑの木大晦日の狐火 」名所江戸百景の掉尾を飾る作品) 安政3年(1856年)2月から同5年(1858年)10月にかけてだそうですから、少なくとも160年前の王子界隈は、田畑の広がる長閑(のどか)な地域だったんでしょうねぇ…

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ようやくPCのセッティングその他もろももろも最終盤

2018-10-06 21:44:42 | 日記・エッセイ・コラム

「忙しい日々もちょいと一段落か?」のつづきのようなもので、新しいメインPCのお話です。

PCを買い換えると、ソフトのインストールやら、データの引っ越しやら、旧PC内のデータの削除やらで1~2週間は2台のPCをいじくり回す日々が続くものですが、今回もご多分にもれず、約2週間かかってようやく一段落です。

いつものPC買い替えでは、競馬のデータベースソフト「TARGET frontier JV」への過去データのインストール数昼夜を要したものですが、いつのまにやら仕様が変わって、これまで蓄積してきたデータをフォルダごと引き継げるようになっていて、こりゃ楽ちんでした。

一方で、初めて使うWindows 10には混乱させられっぱなしです

そもそも、ThinkPadの箱には、スタートアップガイドの類の冊子は同梱されていなくて必要最低限未満注意事項数カ国語で書かれた紙っぺらが入っていただけ…

それでも、まぁ、Wiondows PCのセットアップは、Windows95の頃から、PCを買い換えるたびにやってきて、これが14回目(モバイルPCが5代目、メインPCが9代目)ですから、ここはなんとかこなして、ソフトウェアのインストールを開始

ここで一つ問題が発生しました

絶版になって以降も、ながらく使ってきた写真・画像編集ソフトのMicrosoft Digital Image Proインストールできない
このソフト、Internet Explorerの機能の一部を使用しているらしいのですが、Win10搭載のInternet Explorer (11?)ではダメ なんだとさ

ブログ用の写真加工 (トリミングとか、露出補正とか、水平補正とか、サイズ変更とか…)に駆使してきたのに、新メインPCでは使えないとは…
かなり呆然 としました。
今後、ブログに載せる写真をどうやって加工しましょうか…
Win7マシンモバイルPCでは引き続き Microsoft Digital Image Proが使えるわけですけど…

実は、Microsoft Digital Image Pro以上に、新PCで使えるか気になっていた(心配していた)ソフトがありまして、それは、これまた絶版になってしまった資産管理ソフト「Microsoft Money」です。
私、過去20年間に渡って、現金はもとより、銀行口座、証券口座、クレジットカード出納このソフトで記録し続けていまして、ここで「Microsoft Money」が使えなくなったら、私はどうしたらいいんだぁ~ です。
似たようなソフトが他にあったとしても、今さら、現金⇔各口座⇔クレジットカード間の複雑なお金の流れを再構成するなって、とてもじゃないけどご勘弁願いたい気分… (データだけで92MBの御大身)

で、ドキドキものだった「Microsoft Money」のインストール、すんなりでございまして、引き続き使えております
ほんと、よかった

ちなみに「Microsoft Money」は、2011年1月を以て「Money の全てのバージョンの販売、オンライン サービスとサポート」終了していますが(こちらのサイト)、その後、Microsoftとしては珍しく、製品版から機能を落とした「Money Plus Sunset Deluxe」無償公開していまして、新規でもタダで使えるようになっています。

   

OSがWin10になって困ったことがいくつかありまして、その一つが、「ホームグループ」が削除されたこと。

私はこれまで、「ホームグループ」機能を使ってメインPCモバイルPCとでデータ共有していました。例えば「Microsoft Money」巨大なデータとか、写真のデータとか…。

ホームグループが使えないとなれば、NAS(ネットワークHDD)を使ってデータ共有しようかと思ったのですが、、共有データを貯め込んだNASプライベートフォルダアクセスできない ときたもんだ
いろいろ試してみたところ、NASプライベートフォルダにはアクセスできない(エクスプローラーで見えないけれど、Publicフォルダなら、モバイルPCはもちろん新メインPCからもアクセスできることが判りました。
それならば、ということで、プライベートフォルダに貯め込んだデータをPublicフォルダ移動させることにしました(← 今、ここ)
ところが、このデータ移行時間がかかる、かかる…
ここ3日ほどの間、モバイルPC不眠不休データ移行作業に励んでおいでです

   

こうして様々な困難に立ち向かってきた私ですが()、これは未解決…ってのがあります。

それは、メインPCの電源を落とせない ってこと。

Windowsアイコンをクリック⇒「電源」をクリック⇒「シャットダウン」を選択

すると、一旦は電源が落ちるのですが、すぐに再起動してしまうのですよ

なんどやっても、シャットダウン⇒再起動⇒シャットダウン⇒再起動繰り返しです

いったい何事かネットで調べると、Win10高速スタートアップに対応できない外付け機器が接続されているとこの事象が起こるらしいということが判りました

そこで、コントロールパネル(この画面を開くのも大変でした)で高速スタートアップを無効にしてみたのですが、やはり、シャットダウン⇒再起動⇒シャットダウン⇒再起動 の繰り返し

おーい 眠らせてくれよぉ~

というPC悲痛な叫びが聞こえるようです

今現在、この事象に対して、鋭意、試行錯誤の最中でして、解決できるかどうか不明ですが、がんばりマス

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