CLUB103 (103系電車好きの独り言)

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嘘のような本当のはなし

2016年09月05日 05時51分47秒 | 管理人の独り言
霊感の弱い私ですが、後で考えたら、やっぱり普通では考えられないぞ。という事が何度かありました。

1.行くな
昭和61年の夏、友達と白浜の海に遊びに行きました。
車2台と単車1台。。。
私は普段単車なのですが、このときは車に便乗しました。
単車は仲の良いS君で、買って間も無い400ccの単車だったかな?
レーサー仕様でシフトが通常の逆の逆パタとか言うやつだったかな。とにかく入手後初めての遠乗りだったので、みなが車で行くと言うのにそいつだけ単車だったのだ。
白浜で一通り遊んだ我々は、車の中で寝る事になったのだが、S君が白浜の街を流し行こうと言い出します。
俺は乗り気じゃなかったのですが、なぜか彼の単車の後ろに乗ることに。。。
さて、じゃぁ行こうかとセルを回します。。。
キュルキュルキュルキュル。。。。
あれ、さっきまで機嫌良く動いていたのに、エンジンが掛かりません。
「これって、行くなってことやで」
冗談で言っていたのですが、根気よくやっていたらようやくエンジンが掛かりました。
そして、二人で夜の白浜の街に飛び込んでいったのです。
それから15分後、二人はハンドル操作を誤ってカーブを曲がりきれず電柱に激突。。。
そのせいで、私は右膝を開放性粉砕骨折というたいそうな名前のケガに見舞われました。
あのとき、エンジンがかからないからと、行くのを諦めていたら・・・・
いや、なぜエンジンがかからなかったのだろうか。

2.伝えて
昭和57年頃の話。
当時、50ccのミニトレというヤマハGT50という単車に乗っていました。
整備不良でブレーキの効きが甘く、制動距離は半端なかったです。
そんな単車で国道2号線を車と車の間をすり抜けして走って居たのですから命知らずです。
あるとき、大阪駅のガードをくぐって国道176号線を北上して、十三バイパス経由で帰ろうとしていた時の事です。
昼間だったので、このあたりは結構渋滞で混みます。
道路の左端を走って居たら、急に止まっている車のドアが開いて、私は単車ごと吹っ飛ばされました。
ケガはたいしたことないのですが、救急車がやってきて大変な騒ぎに。
ん?救急車でどこに運ばれたか覚えていないや。すぐそこの済生会病院だったかな?
で、大したケガじゃなかったので、すぐに曽根﨑警察で事情聴取です。
待っている時に加害者の方とあれこれ話をしていたのですが、四国から出てきてると言うので、私の親戚が徳島に住んでるんですよ。
すると、俺たちも徳島だよ、阿南市。。。
え、阿南市なんですか?親戚はその近くの木岐ってところなんです。
え、俺たちもそこだよ。
じゃぁ、XXさんって知っていますか?小学校の教頭先生やっていたんです。
XX先生に俺たち教わってたんだ、懐かしいなぁ。
実は、先日XXさん亡くなったんです。
えーーー。。。長い事田舎に帰ってなかったけど、え、そうなの。と驚く加害者達。
XXさんが亡くなってから、本当に1ヶ月も経たないうちだったのです。
教え子に自分が亡くなった事を知らせたかったので、わざと私と事故というイベントを用いて引き合わせたのだろうか?


この二つは、本当に霊がおるで。と感じるものです。
偶然と言えば偶然ですが。。。

















三江線乗車前に考えた、駅と車両の撮影

2016年09月02日 23時01分38秒 | JR線全駅制覇
先月、和気まで車で行って、そこから青春切符を使って日帰りでの三江線全線乗車の時、三江線の駅と三江線の車両を一緒に撮影するってのを全駅やってみたいと少し思った。
しかし、とてもめんどくさいので、どうでもいいや、と思ったりするのだけど、こういう小さい駅の場合は、やっぱり「鉄道が来ていて車両が走っていた」という証拠を残したい。
単に、駅舎や駅名標だけ撮影するのは簡単だけど、何かやっぱりテーマを決めて取り組む方が良いよなぁ。そこには自分が納得するようなものがいいよなぁって。

自分がやってる趣味活動とは全く違うものだけど、一度、どこかの路線で駅と車両を絡めた撮影、やってみようかなと少し思っています。

小郡駅で岩国行きの105系を写していた

2016年09月01日 18時54分22秒 | 社労士試験


小郡駅で撮影した岩国行きの105系。
2001年8月26日なんだけど、良くまぁ撮っていたもんです。

たぶん、下関駅でも同様な岩国行きを写していたかも知れませんが、山陽本線を走って居た105系の記録を残せているのは嬉しいです。
ちなみにクモハ105-16です。

コピー機が死んでから大変だったなぁ

2016年09月01日 17時22分22秒 | 同人誌など
8月14日のコミケに出品する資料を印刷する前にコピー機がご臨終なさった。
8月11日の20時頃にお亡くなりになったのだが、それで良く代替機を検討・購入して良くも間に合ったものだ。
今回は車で前泊だったので、8月13日の19時には品川に着いていたかった事もあり、故障時は目が点ですよ、ほんと。

いつも東海道中で撮影するので、8月12日の23時に出発するつもりにしていたから、コピー機がご臨終になった時間が、どれだけ行程的に逼迫しているかおわかりかと思う。
しかも、当日新作として販売予定のSalon103の最新刊は、まだ105系の形式写真集の部分が出来ていなかったのだ。
8月10日から112頁あるSalon103の新刊のうち、できあがっている表紙から40頁と、裏表紙から20頁ほどの印刷を始めた。
全部出来てから一気に1部ずつ印刷すれば楽なのだが、この状態ではそうも言っていられない。
できあがったところからまず工程を進める。イレギュラーな事態が発生した場合の工程進捗管理時に良くヤル手だ。

コピー機が不調になったのは、前倒し印刷のうち、表紙からの部分が終わり、裏表紙からの20頁を印刷している途中だった。
正直、今年はSalon103の新作は間に合いませんでした。で済まそうとも考えた。
それが一番楽だからだ。

しかし、前倒しで印刷している部分が無駄になる。いや、無駄にはならないが、年末のコミケまで置いておくのにはあまりにも邪魔だ。
それに、挨拶とか発行日とか2016年8月14日になってるので、その頁は差し替えなきゃならない。
あれこれ考えた結果、A4カラーレーザープリンタを取り急ぎ購入することにして、夜間受け取りが出来るヨドバシ梅田店で8月12日の午前3時半に商品を受け取る。
昼まで、裏表紙からの20頁部分を新しいカラーレーザーにやってもらいながら、原稿の形式写真頁を作っていく。

用紙送りが今一つ不調で、かなりの不良印刷を産み、大丈夫かいなと思っていたらトナーが切れたとのこと。
急いでヨドバシにトナーを買いに行く。


えらいこっちゃで。
12日の午後7時頃、原稿で残っていた形式写真頁の編集が終わり、いよいよこちらも印刷を開始する。
この間、ほとんど寝ていない。
8月11日の早朝は、五条に105系の撮影と調査に出かけていて、10時頃には家に戻れたのだが、コミケ当日のディスプレイシミュレーションとか、あれこれやっていたら時間があっという間に過ぎ去っていった。
で、さぁ、明日の晩の出発までに、ちゃちゃっと形式写真の所を埋めて、一気に印刷を始めたらいいやと思っていた矢先のコピー機ダウンだったもの。

12日の23時出発などとうてい不可能となったが、13日(土)は前泊で品川の都ホテルシェラトン東京に宿泊予定で、リニューアルしたクラブラウンジで友人と晩酌をする予定にしていたのだ。
だから、13日の午前7時には家を出なきゃダメ!と自分に言い聞かせつつ、準備を進める。

結局、コピー機と違って、カラーレーザーだと印刷時間がかかってね。
そりゃ安いやつだったもの、余計にかもしれないけど。
なんとか印刷とか終わったのが13日の明け方。

ところどころ仮眠するも、寝過ごしが怖いのと、準備が完全じゃないので、すぐに目を覚ましてしまう。
結局、13日の9時頃に出発することとなった。
ほんと、代替機を調達してなんとか出発することが出来た。

ダメージコントロール的には、ご褒美を上げてもいいかもしれない。
でも、疲れたぁ