(続) お山でウォーキング

里山歩きをメインにして運動不足の解消を図ろうと思っています。

静岡県 天ヶ岳を歩く(3)

2013-09-27 08:44:22 | ウォーキング
2013年9月19日(木)

韮山城跡より


本丸跡を後にして、次の目的地の蛭ヶ小島に向かいます。


韮山高校グラウンドのバックネット裏を通って


県道136号線を南へ


指導標 右、蛭ヶ小島へ  直進は韮山反射炉方面


蛭ヶ小島 
指導標 韮山城跡1.2k 江川邸1.0k 城池親水公園0.9k 韮山駅1.0k




説明板によると、この辺りを韮山町四日町字蛭ヶ島といい、平治の乱で敗れた源義朝の嫡子頼朝の配流の地と言われている。当時は大小の田島(中洲のこと 狩野川は何度も流路を変えている)が点在し、その一つがこの蛭ヶ島であったことが想像される。永暦元年(1160)14歳でこの地に配流された後の20年間における住居跡等の細部は詳らかではない。・・・妻政子の父、北条時政の館はここから約1.5kの守山北麓にあった。


土手和田地区に江戸初期から続いた上野家の住宅  江川邸の四天柱の構造と同じもので庶民農家の住宅としてはとても珍しいものだそうです。


頼朝、政子像


蛭ヶ小島を後にして願成就院へ  この道は歩道の幅も広く、「自然・歴史散策路」として整備されていました。 県道136号線と国道136号線を繋いでいます。


右手の水田と富士山


伊豆箱根鉄道駿豆線の踏切を渡ります  右方向に韮山駅


左前方には最後に向かう予定の守山


国道136号線を経由して願成就院前までやって来ました。右手の道の突き当たりには次に向かう守山八幡宮の鳥居が見えています。


願成就院の山門前を左に30mほど進むと、「国指定史跡 願成就院跡」の石碑が立っています。


願成就院山門とその奥に本堂


山門を入ると右手に「願成就院略縁起」を記した碑があります。
略縁起によると、願成就院は北条時政が源頼朝の奥州藤原氏征討の戦勝を祈願して建立し、「願成就院」と称したという。・・・境内には時政の墓所がある。


六地蔵の前を左に入ると


北条時政の墓所


願成就院から守山八幡宮に回ってきました。


手前の石段を上がると舞殿


舞殿のすぐ後ろに長い石段が続きます


守山八幡宮社殿  祭神は大山祗神(オオヤマツミノカミ)  張り紙に「治承四年(1180)源頼朝ここに源氏再興を祈り兵を挙げる・・・」と記されていました。


社殿の右手に守山への道が付けられていました。


尾根への道


難なく尾根に乗り、左へ  右手にも尾根筋に踏み跡が見られました。


最後の目的地守山山頂へ


守山山頂 その1 山頂に思わぬ建築物がありました。


守山山頂 その2 自動的に三角点の前に出るのですが、この先は丸太の柵で閉鎖されたような形になっていました。


守山山頂 その3 丸太の柵に囲まれた四等三角点


守山山頂 その4 建築物は展望台でした。守山も天ヶ岳同様公的に整備されたハイキングコースはないと思っていたので、これは少し意外だったですね。


守山山頂 その5 展望台より北西方面から東方面にかけて撮影しました。
沼津アルプス方面 手前は大男山?


富士山


箱根方面


江川邸方面


天ヶ岳方面


展望台から南方向に向かうハイキングコース  これが正規のルートなのでしょう。少し先から二手に分かれていました。


山頂から再び守山八幡宮に戻って


国道136号線を大仁方面に進みます。


「反射炉入口」交差点を左折して県道132号線へ  すぐに駿豆線の踏切を渡ります。


韮山反射炉駐車場に到着しました。


反射炉の見学コースへ






24ポンドカノン砲(復元大砲)


モルチール砲(臼砲)


反射炉の煙突は角度を変えるとこんな風に見えます


No.330










静岡県 天ヶ岳を歩く(2)

2013-09-23 11:50:04 | ウォーキング
2013年9月19日(木)

天ヶ岳山頂より


富士山を眺めた場所から少しばかり戻ったところにトラロープが見えたので、取り敢えずそこから江川邸方面に向かう事にしました。このトラロープはハイカー用のものではないと思うのですが、要所に設置してあって結果的にとても役にたちました。(この山はハイキングコースとして整備されている所は一切ないようです)


すぐに現れた空堀(堀切りと言うらしい)で、危険そうですが問題なく通過できます。


かなり下って竹林が出てきました。ゴールは近いようです。実際のところ現在地はよく分からない状態でしたが、江川邸方面に向かう尾根筋を外さないように歩けば特に問題はないようです。


ここは尾根がばっさり切り取られたような深い空堀で、左手からこの堀に降りた時はどちらに進んだらよいか迷ってしまいました。右手に登り返して、今までと同じ尾根を歩くこともできそうだし、空堀から左右に抜け出してしまうこともできそうでした。結局あちこち探しているうちにここにもトラロープがありました(進行方向の尾根筋のやや左側)。こうなったら最後までトラロープについていこうという気持ちになりましたね(笑)。今まで降りて来た尾根筋をそのまま進めばよいようです。


右手に何かの建物の屋根が見えたのでそちらに向かってみると


神社のようですが、完全に閉鎖された状態でした。確かな事は分かりませんが、名称は鎮守社(八幡天神)と言われるお社かも知れません。


次に現れたのが鳥居です。


鳥居をくぐると下に屋根が二つ見えました。


間もなく何処かの家の庭のような所に出てしまいました。庭の中から見ると立入禁止の札が貼ってあり、一般の民家でもないような感じですが、私はまだよく分かっていませんでした。


この建物の前に立ってやっと・・・  そうです、いつの間にか江川邸の敷地の中(有料)に入っていたのです。あまりにもあっさりと目標地点に入ってしまったのでこれには自分でもビックリとしか言いようがありませんでした。


取り敢えず、出口専用門からいったん外へ


外に出た所に設置されていた江川家住宅の説明板より
現存の主屋は室町時代初期頃に建てられた部分と江戸時代初期頃に修築された部分とが含まれていて、昭和33年に国の重要文化財の指定を受けた。
江川氏は代々徳川幕府の世襲代官を勤めたが、その中で幕末に登場した太郎左衛門英龍(坦庵)は体制側にありながら革新思想を持ち、農兵の組織、大砲の鋳造、品川台場の築造の計画等を進めたことで知られている。また、徹底した質素倹約の生活を送ったそうですよ。


東側へぐるりと周り、正規の入場口から表門へ  右手のスペースは枡形(ますがた)


主屋(おもや)の玄関へ  右手の細長い実が下がった樹木は「きささげ」というマメ科の落葉高木で北条早雲が植えたと伝えられるほどの古木だそうです。


玄関内のようすを覗いたところ  この後、主屋の北西側に回り土間へ


土間  この土間はおよそ50坪もあるそうで、現在もにがりによる湿り気があるのでてかてかと光っています。こんなに広い土間(たたき)は初めて見ました。


かまど


パン焼窯と鉄鍋  説明板によると、英龍(ひでたつ)の命によりこれで初めてパンが焼かれたと言われるが、パンといっても長期保存が可能なとてもかたい乾パン(兵の携行用)だったそうです。
初めてパンが焼かれた天保13年(1842)4月12日は現在「パンの日」になっている。


土間の天井のようす  高さ約12mにもなる茅葺き(現在は銅板葺き)の大屋根を支えてきた小屋組みの架構。地震などにも強いそうですよ。この後、座敷の方に上がって見学させてもらいました。


右、江川家の馬印 井桁菊という家紋がつけられている。  
中央下、韮山竹花入 千利休が韮山竹で花入を造ったことで有名 


下の銃は西洋砲術の教育に使用された鉄砲 ゲベール銃


江川太郎左衛門英龍自画像 他

玄関内


玄関内から外(表門)を見ました。


玄関を入って右側にある塾の間  幕末、全国から多くの者が西洋砲術を学びに来たという。塾生名簿には佐久間象山、大山巌、黒田清隆らの名前がある。


主屋を出て庭に出ると、一番最初に見た二つの米蔵が並んでいました。


とちの木 推定樹齢210年


パン祖の碑  「パン祖江川坦庵(たんなん)先生邸」


江川邸の西側に回って城池へ 正面が池の堤


この一帯は城池親水公園として整備されているようです。 堤の上を真っすぐ進むと


突き当たりに設置されていた指導標 右、韮山城跡へ


熊野神社鳥居  社殿は左に進みますが、本丸跡は石垣の上を直進して尾根筋に登ってゆきます。


熊野神社 社殿 祭神は伊邪那美神  北条早雲が韮山城の守護神として創建したといわれる。


熊野神社から緩やかな尾根筋の道を登って行くと、左手に二ノ丸跡


西側の眺望


階段を登りきると本丸跡


本丸跡 その1 説明板によると本城の最高地点で、標高は約42m、周囲の低地部との標高差は31mだそうです。


本丸跡 その2 説明板によると韮山城は北条早雲によって本格的に築城された中世城郭です。北条氏が小田原を本拠地とした後も防衛の重要拠点であったが、天正18年(1590)豊臣秀吉の小田原攻めの際、4万を超える大軍に包囲され約3カ月の籠城戦の末小田原城と前後して開城したと言う。また、天ヶ岳には四つの砦が築かれ、これを守るために幾つもの堀切りが設けられたそうです。


本丸跡 その3 西側の眺望


本丸跡 その4 富士山と県立韮山高等学校  高等学校の辺りもかつては韮山城の一部をなし、城主が住んでいたのではないかと考えられている。


静岡県 天ヶ岳を歩く(3)へ


No.329































静岡県 天ヶ岳を歩く(1)

2013-09-21 13:21:39 | ウォーキング
2013年9月19日(木)

韮山反射炉・・・天ヶ岳128m・・・江川邸・・・韮山城跡・・・蛭ヶ小島・・・
・・・願成就院・・・守山102m・・・韮山反射炉

久しぶりに観光がメインのウォーキングになりました。今の自分にはちょうど良いかなと思いましたが、距離的にはかなり歩いたのでそれなりに疲れました。それでも初めて歩く道は発見する楽しさがあって結構飽きさせないものだという事を改めて感じさせられました。


韮山反射炉  江川太郎左衛門英龍(ひでたつ)の像


反射炉  時間が早かったので中にはまだ入れませんでした。 ここは帰着後見学することに


県道136号線に出たところてす。


県道136号線を北に進みます  右手前に見える稜線は天ヶ岳から南西に延びる尾根の末端のようです。  正面中央には富士山が見えています。


右方向に「荒神社」への指導標が出ていたので立ち寄ることにしました。直進方向には「江川邸」の指導標が出ています。


荒神社への参道(?)  左手に天ヶ岳方面、その下が真如の集落


神社は正面のこんもりとした小さな山の上にあるようです。


荒神社(こうじんじゃ)鳥居


荒神社 社殿  火防の神様として知られ、1月28日・29日の祭礼(荒神祭)では多くの人で賑わうそうです。


荒神社  扁額には竃神社(かまどじんじゃ?)  


いったん県道に戻ってからもう一度右に入りなおして真如地区に向かいました。荒神社を左に進んだ方が近道になるようですが。


真如公民館前(右)を通過して


更に進むと意利日神社(いりひじんじゃ)の鳥居が見えてきました。彼岸花も


意利日神社 社殿  ここまでやって来たのは、天ヶ岳山頂を通って江川邸近辺に出られないかなと考えていたからです。ダメなら県道をそのまま進むつもりでいました。


社殿から戻って鳥居の右脇に踏み跡があったので様子をみることに


神社の西側を回り込むように進んで


竹林へ  ここから天ヶ岳に向かうことにしました。


竹林はやや傾斜が急ですが、尾根筋にはすぐに出られそうでした。


尾根に乗ったところです。天ヶ岳山頂は右方向(北東)ですが、左方向の様子も少し見ておこうと思い


左に進んでみると


尾根筋の急な斜面に空堀のような遺構がありました。天ヶ岳には昔、砦があったそうですから。


右(北東)方向の天ヶ岳に向かって


尾根筋を進みます


難なく、ここまで来たのですが、岩の壁が行く手を塞いでいました。山頂はこの壁のすぐ上のようで、まさに目前です。周囲を調べてみると右手に踏み跡らしきものが見えたので壁の右側を巻いてゆくことにしました。僅かな距離ですが、やや急な斜面なので注意が必要です。


天ヶ岳山頂 その1 天ヶ岳山頂の少し右手(三角点の南東側)の尾根筋に出たようです。現在地がはっきりしなかったので、まず山頂を目指して一番の高みを探しました。北西方向に少しばかり進んだところがこの写真の位置です。左側に3mほどの高みがあったのでまずは展望を期待してこの高みに上がってみると・・・


天ヶ岳山頂 その2 ちょうどそこに三角点があったのです。


天ヶ岳山頂 その3 四等三角点


天ヶ岳山頂 その4 三角点より南西方面から北西方面に向かって撮影 


天ヶ岳山頂 その5


天ヶ岳山頂 その6 沼津アルプス方面?


天ヶ岳山頂 その7 三角点からさらに北方向に進むと


天ヶ岳山頂 その7 尾根筋が急斜面に変わる所でまた展望が開けました。今度はほぼ正面に富士山です。そして、右手前に何やら人工的な池のようなものが見えました。これで大よその方向が分かりました。次の目的地である江川邸はこの池の右手付近に有る筈です。この池は城池といい、現在は溜池として利用されているそうです。


静岡県 天ヶ岳を歩く(2)へ


No.328 
  












山梨県 大平山を歩く(2)

2013-09-16 16:28:59 | ウォーキング
2013年9月13日(金)

大平山ハイキングコース入口より


大平山ハイキングコース入口  側溝を跨いで


快適なハイキングコースです。


こんな所もありますが、僅かな距離です。


緩斜面の快適な道が続きます


指導標 左、山中湖花の都公園35分 
大平山60分 ⇔ 大出山30分・山中湖50分


標高点1178mへの登り  徐々に暑さが堪えるようになって


左手にNTTの通信施設が並んでいました。この辺りが標高点1178mの地点になると思われます。ここは長池山という名前がついているようです。


指導標 飯盛山 ← 長池山・東海自然歩道 → 忍野八海


標高点1178m地点からの展望  山中湖と富士山ですが・・・


標高点1178m地点からの下り  通信施設の関係で車が入って来るようです。


指導標 左、忍野村  大平山45分 ⇔ 山中湖花の都公園45分  


飯盛山への登り


飯盛山山頂 その1


飯盛山山頂 その2 指導標 山中湖花の都公園55分 ← 飯盛山 → 大平山30分


山頂からの下り


右、大平山への分岐  広い道を直進しないようにします


大平山への登り


緩やかな階段道なのですが・・・


何度も立ち止まっては呼吸を整え


やっと階段道が終わって


左手に通信施設


もう少しで山頂のようです


大平山山頂 その1 到着した直後のようす


大平山山頂 その2 山頂やや左手のようす


大平山山頂 その3 山頂正面のようす


大平山山頂 その4 山頂やや右手のようす


大平山山頂 その5 山頂標識  大平山 標高1295.51m


大平山山頂 その6 三角点


大平山山頂 その7 平尾山、石割山方面


大平山山頂 その8 大洞山方面


大平山山頂 その9 山中湖と富士山
体力的に問題がなければ、芙蓉台別荘地を下って山中湖に出ることも選択肢の一つにしていたのですが、その程度の余裕もありませんでした。山頂はなぜか暑く、休憩後すぐに引き返すことにしました。


大平山山頂から引き返して、飯盛山を登り返す階段道の下まで戻ってきたところです。ここにも右に進む道があって、これも忍野村に向かう道なのでしょうか。


飯盛山山頂


右、忍野村への分岐  標高点1178mへ直進


標高点1178m(長池山)


右、山中湖花の都公園


大平山ハイキングコース入口


ホテルマウント富士への分岐  右が往路、ホテルから下ってきた道です。帰途大出山に立ち寄ることも頭にあったのですが、直進して山中湖畔に向かいました。歩くコースを変えてみたいという考えがあったからですが、この時はホテルまでの僅かな登りも敬遠したかったというのが本音です。


別荘地帯の中を下って


山中湖畔に出てきました。


県道側から大出山入口バス停を見る  「山中区40」の識別番号あり


湖岸より


富士と山中湖  水際にカモが10羽ほどいるのですが


サイクリングロードを寺屋敷地区に向かって


白鳥と山中湖


往路に利用したホテルマウント富士への進入口


寺屋敷地区山中湖畔  稜線上左寄りに往路目指したホテルが見えています。
このルートは機会があればもう一度歩こうと思っています。


No.327























山梨県 大平山を歩く(1)

2013-09-15 13:49:50 | ウォーキング
2013年9月13日(金)

山中湖畔(寺屋敷地区)・・・浅間神社・・・山中諏訪神社・・・
・・・ホテルマウント富士・・・大平山ハイキングコース入口・・・大平山1296m・・・
・・・大平山ハイキングコース入口・・・大出山入口バス停・・・山中湖畔(寺屋敷地区)

しばらく身体を動かしていなかったので、出来るだけ楽に歩けそうなハイキングコースを探したのですが、現実はそんなに甘いものではありませんでした(苦笑)。さほど厳しくない階段道で何度も立ち止まっては呼吸を整える始末で、おまけに昨日からぶり返した暑さにも苦しめられ、体力面ですっかり自信をなくしてしまいました。


山中湖畔から浅間神社に向かいます


浅間神社入口


表参道を進みます


手水舎


浅間神社 社殿


浅間神社 社殿 祭神は木花開耶姫命 他


立派な神輿殿です


神輿殿


神輿殿内左側


神輿殿内右側


狛犬 阿像


狛犬 吽像


もう一対の狛犬 吽像


もう一対の狛犬 阿像


社殿右側に山中諏訪神社に通じていそうな道があったのですが、工事中で通行止めになっていました。やむを得ず浅間神社の裏手に回って少しばかり進むと国道138号線に出ることができました。そこに山中諏訪神社への案内が


国道138号線を横断して山中諏訪神社へ


村立山中保育所の駐車場内に入って行くと


駐車場の奥に「諏訪神社北参道入口」がありました。これは諏訪神社の裏手に通じているようです。


山中諏訪神社 社殿


山中諏訪神社 社殿


山中諏訪神社 社殿 祭神は豊玉姫命 建御名方命(タケミナカタノミコト)


石碑の説明によると、豊玉姫命は子授け、安産、子育ての神として知られ、9月4日から6日にかけて行われる例大祭は安産祭という名前で多くの人が集まるそうです。


狛犬 吽像


狛犬 阿像


湖岸を走る県道729号線(マリモ通り)に出た後、山中諏訪神社(山中諏訪明神)表参道の入口を見たところです。


湖岸に沿ってサイクリングロードを歩きます


ホテルマウント富士経由で大平山に向かうことにしました。進入口に「山中区41」の識別番号あり


左折してホテルへの進入口に入ると右手に「金刀比羅宮」の看板


金刀比羅宮の説明板によると祭神は大物主神(オオモノヌシノカミ)他


少々長い階段を上って


やや大きめの石祠が置かれているだけでした。


緩やかに上る舗装路に戻ってホテルを目指します。この道はホテル専用の私道のようですが、ハイカーの通行を禁止しているようには見えませんでした。実際はどうなのですかね。


途中で見えた富士山  僅かに頭が見えますが、今日はほとんどこんな状態でした。


右手にホテルを見ながら


ホテルのエントランス前を通過します


左手に杓子山方面


ホテルの駐車場の脇を通って


大出山入口バス停から上ってくる道にぶつかったら左へ


指導標 大出山・山中湖畔 ⇔ 東海自然歩道・大平山ハイキングコース


道路が二股に分かれている所で、左に下ってゆく道が忍野村に向かう本道のようです。正面の道にはゲートがあって、開いてはいるのですが、進入禁止の看板が付いていました。良く見ると、右手のガードレールが切れたあたりに大平山ハイキングコースの入口がありました。熊注意の看板あり


山梨県 大平山を歩く(2)へ



No.326