2018年3月29日(木)
バス停「足柄万葉公園」より
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/53/43/37cd03625f9852b401b47ce4e7cd85a6.jpg)
バス停「足柄万葉公園」から足柄峠へ (1)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/43/58/bd320af7dff99b2e190f4e73f010fb11.jpg)
県道78号線を少しばかり進むと行政境界標識と道路標識が見えてきます。
行政境界標識には【静岡県】【小山町】 道路標識には【御殿場15km 小山8km】 (2)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/09/07/469908996c69f4f114c5e55f5b04387f.jpg)
道路標識下に足柄明神跡への入口があるので立ち寄ります。 (3)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4d/6b/550fd764d9330f2493208a125edcfcd6.jpg)
入口右側に 《史跡 竹之下合戦 足柄明神》の標柱 (4)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/76/1c/3da30fd59fb6bd0052f61202a0358d2d.jpg)
参道に茅の輪(ちのわ)が取り付けられた鳥居 扁額には「足柄明神」 (5)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2e/f9/a87172b5ae7243fa89cc363b1f54ca38.jpg)
参道を進むと (6)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/27/0e/283f2e4de15da736744afa67e03881af.jpg)
先ず目に入ったのが白鹿の像 (7)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/65/3f/6a886a4115b9df066392ce9f7709efc1.jpg)
石祠 (8)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/03/95/225fc574a652126f911721f4df7aa1fc.jpg)
説明板「足柄明神跡」より ・・・古事記によると、倭建命(やまとたけるのみこと)が東国征伐へ向かった時、足柄峠で足柄明神は白鹿の姿で現れ、倭建命によって蒜(ひる)で打ち殺されたことで東国が平定されたとあります。 足柄明神は天慶三年(940)に創建されたとされ、後に矢倉岳に遷座し、矢倉明神という名前になりました。時期は定かではありませんが、苅野に移転し足柄上郡十八ヶ村の鎮守となりました。そして昭和十四年(1939)に足柄神社となりました。 現在ある石祠は明治六年(1873)に足柄明神を祀るために建てたものです。 南足柄市教委 (9)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/58/29/bd6f181070c7d9ab66ccd58ee074e456.jpg)
足柄明神跡から見た矢倉岳 (10)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/32/cf/934852082b89692c9aa88d84f8d11d77.jpg)
足柄明神跡を後にして 県道を2~3分程進むと今度は「足柄古道」の進入口が現れます。 今日の最終目標地点は足柄峠の城址公園という事にしてあるので、そこまで行った後ここに戻って来る予定です。 (11)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4c/cf/7897ec70a66885d1858c82d8bf98e9a5.jpg)
次は足柄関所跡 関所跡といっても、当時の関所が何処にあったのか定かではないらしい。 (12)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/12/62/9bc275161d31fca9eddcd99e061b6db4.jpg)
関所跡と同じスペースの中に「足柄峠標高七五九米 静岡県小山町」の標柱
標柱にある「あづまはや」とは、大和朝廷の昔、日本武尊が東征の帰路、この峠に立ち弟橘姫をしのんで「あづまはや」と叫んだという記述が古事記にあることからきている。 (13)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7c/48/cfc9785be38813204acde9126efc264e.jpg)
県道を挟んで反対側に位置している足柄山聖天堂 入口には金太郎の像なども見られます (14)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/31/da/1818732022485b1b8ea98045c96c7230.jpg)
聖天堂の左隣りに城址公園への近道があります。 (15)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/25/24/48ea99f889f524542491fd468e1c9350.jpg)
樹林の中を道なりに歩いてゆくと、間もなく玉手ヶ池の脇に出るので、そこから広々とした草地の公園に飛び出します。 (16)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/52/5d/fd4adef543df6b0a8f176e5da02be5e3.jpg)
城址公園 その1 (17)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4e/62/6716fd0c51974f5699a105b1527f0b4d.jpg)
城址公園 その2 (18)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/21/28/a385ce652814a6c91f502e793a8f36cf.jpg)
城址公園 その3 ズーム使用 (19)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2f/9c/f8bff367c0bd49b3ba87c1bda94a9b54.jpg)
城址公園からの帰りに聖天堂に立ち寄りました。
聖天堂(しょうてんどう)について 聖天堂は日本三大聖天尊の一つ「足柄聖天」で、本尊は弘法大師が自筆の「足柄峠」の額と共に奉納したといわれる「大聖歓喜双身天」(石像1.8m)を祀り、ご利益は一家和合、商売繁盛、縁結び、厄除けで、毎年4月20日の大祭には多くの観光客で賑わうという。 小山町観光情報より *「聖天」や「大聖歓喜双身天」は歓喜天(かんぎてん)の異称
また、お堂の左手に掲げられた説明板によると「下の安穏由来」の話もありす。 (20)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3d/cf/6852b7b3ed9f28446db222be955f1252.jpg)
足柄古道入口まで戻ってきました。
指導標 《足柄古道・足柄神社跡・地蔵堂 ⇔ 聖天堂・ 至金時山約4km〉 (21)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/12/a4/9fc023347e04f3191420c553874adf40.jpg)
地蔵堂を目指します この道はかつて登りで一度歩いた事があります。 (22)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/11/c2/1b6b3d8a17b7ec6f110cfb1e5f4974af.jpg)
(23)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/66/aa/f01fb5efc86756d5df19988c2f425fde.jpg)
左側は県道78号線 蛇行する県道に付かず離れずという感じで歩きます。 (24)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1f/ac/f1d7b3e4b19b34161031d483587a2ac0.jpg)
時には県道を横切って (25)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2b/d6/f60e38a7b8b8d2836492937aaed9cba8.jpg)
バス停「見晴台」 右前方に東屋 (26)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/59/98/0d02677566f170ad586f5300b7b448ca.jpg)
東屋のところに設置されている「足柄古道案内図」 (27)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/79/2b/c30ea094f256d80dc77c0ee69cf15880.jpg)
同じく東屋の所に設置されていた説明板「足柄古道」より
足柄古道は足柄道、足柄路と呼ばれ、奈良時代には官道として東西を結ぶ重要な道路として機能していました。九世紀の初めに起きた富士山の延暦噴火で足柄古道は一時途絶え、箱根越えの道が利用されたが、噴火が止んだ一年後には復旧しました。・・・戦国時代には国境防御の目的で古道沿いの尾根に多くの城郭が建設されました。・・・江戸時代には箱根越えの道が東海道となりましたが、足柄古道はその脇往還である「矢倉沢往還」となり、物資の輸送や富士講の人々で引き続き賑わいました。 南足柄市教委 (28)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/44/a6/40e43ed2ef3bf29cbd19ea5f4ba70377.jpg)
ガードレールの切れている所が、出入り口になっている場合が多い。 指導標もあるので問題なく歩けると思いますが、指導標は登りのハイカーが見やすいように設置されている気がします。 あと、車の交通量はそれほど多くはないのですが、車には注意が必要ですね。 (29)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6b/20/5b50bfe19f02b89f26169781342814a1.jpg)
(30)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/12/aa/31366206d8704f3eaa4d09676995973a.jpg)
(31)
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(32)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3b/54/9be300ffcb897df7abff0281184987bc.jpg)
(33)
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(34)
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(35)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/78/97/7f6cdf7101c6c90b35982720a008dd32.jpg)
山道も終わり、矢倉岳が大きく見えるところへ (36)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/06/29/cad1157421b2baa775f2ab58b7f57a0d.jpg)
相の川橋 (37)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/72/af/0d3292cb362ce2773a21b49e23b924aa.jpg)
バス停「相の川橋」 (38)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/68/36/3bb8eb389faa0c3d8da57368c8a9cedb.jpg)
万葉人や、矢倉沢往還と呼ばれた時代の旅人達はどんな思いでこの矢倉岳の姿を見ていたのでしょうね。
右前方で分岐する道に入ります (39)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6b/22/bccb86966c70a94e677feafe4fba9064.jpg)
(40)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/38/d6/3fbda07c52cf592ca1550d331a7228c5.jpg)
(41)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3e/d6/03004ee8d1b28d12b1316ee063d68ad7.jpg)
うどん店の傍まで戻ってきました。 (42)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/15/ca/d790966f294a332ffe85c1934d55580b.jpg)
地蔵堂前で右折して (43)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0d/a7/88fda56115302a2a4ebc98fd878a0dd6.jpg)
駐車場への道(左)へ入ります (44)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/76/da/be92b8cc143b5f739e6fb8b43e782a01.jpg)
地蔵堂駐車場 (45)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/37/0a/128ff70830592404e7d79d873ffa83be.jpg)
地蔵堂駐車場 (46)
※以下の写真は朝、地蔵堂に向かう途中、車中から目をつけていた桜並木で帰途に撮ったものです。 地蔵堂とさほど離れていない場所に咲いていたものですが、満開になりたての状態といったらよいでしょうか。花びらは全く落ちていませんでした。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/15/7b/1b09b8f143d4d48c64adcd705a0fc965.jpg)
(47)
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(48)
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(49)
No.542
バス停「足柄万葉公園」より
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バス停「足柄万葉公園」から足柄峠へ (1)
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県道78号線を少しばかり進むと行政境界標識と道路標識が見えてきます。
行政境界標識には【静岡県】【小山町】 道路標識には【御殿場15km 小山8km】 (2)
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道路標識下に足柄明神跡への入口があるので立ち寄ります。 (3)
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入口右側に 《史跡 竹之下合戦 足柄明神》の標柱 (4)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/76/1c/3da30fd59fb6bd0052f61202a0358d2d.jpg)
参道に茅の輪(ちのわ)が取り付けられた鳥居 扁額には「足柄明神」 (5)
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参道を進むと (6)
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先ず目に入ったのが白鹿の像 (7)
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石祠 (8)
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説明板「足柄明神跡」より ・・・古事記によると、倭建命(やまとたけるのみこと)が東国征伐へ向かった時、足柄峠で足柄明神は白鹿の姿で現れ、倭建命によって蒜(ひる)で打ち殺されたことで東国が平定されたとあります。 足柄明神は天慶三年(940)に創建されたとされ、後に矢倉岳に遷座し、矢倉明神という名前になりました。時期は定かではありませんが、苅野に移転し足柄上郡十八ヶ村の鎮守となりました。そして昭和十四年(1939)に足柄神社となりました。 現在ある石祠は明治六年(1873)に足柄明神を祀るために建てたものです。 南足柄市教委 (9)
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足柄明神跡から見た矢倉岳 (10)
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足柄明神跡を後にして 県道を2~3分程進むと今度は「足柄古道」の進入口が現れます。 今日の最終目標地点は足柄峠の城址公園という事にしてあるので、そこまで行った後ここに戻って来る予定です。 (11)
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次は足柄関所跡 関所跡といっても、当時の関所が何処にあったのか定かではないらしい。 (12)
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関所跡と同じスペースの中に「足柄峠標高七五九米 静岡県小山町」の標柱
標柱にある「あづまはや」とは、大和朝廷の昔、日本武尊が東征の帰路、この峠に立ち弟橘姫をしのんで「あづまはや」と叫んだという記述が古事記にあることからきている。 (13)
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県道を挟んで反対側に位置している足柄山聖天堂 入口には金太郎の像なども見られます (14)
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聖天堂の左隣りに城址公園への近道があります。 (15)
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樹林の中を道なりに歩いてゆくと、間もなく玉手ヶ池の脇に出るので、そこから広々とした草地の公園に飛び出します。 (16)
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城址公園 その1 (17)
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城址公園 その2 (18)
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城址公園 その3 ズーム使用 (19)
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城址公園からの帰りに聖天堂に立ち寄りました。
聖天堂(しょうてんどう)について 聖天堂は日本三大聖天尊の一つ「足柄聖天」で、本尊は弘法大師が自筆の「足柄峠」の額と共に奉納したといわれる「大聖歓喜双身天」(石像1.8m)を祀り、ご利益は一家和合、商売繁盛、縁結び、厄除けで、毎年4月20日の大祭には多くの観光客で賑わうという。 小山町観光情報より *「聖天」や「大聖歓喜双身天」は歓喜天(かんぎてん)の異称
また、お堂の左手に掲げられた説明板によると「下の安穏由来」の話もありす。 (20)
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足柄古道入口まで戻ってきました。
指導標 《足柄古道・足柄神社跡・地蔵堂 ⇔ 聖天堂・ 至金時山約4km〉 (21)
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地蔵堂を目指します この道はかつて登りで一度歩いた事があります。 (22)
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左側は県道78号線 蛇行する県道に付かず離れずという感じで歩きます。 (24)
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時には県道を横切って (25)
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バス停「見晴台」 右前方に東屋 (26)
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東屋のところに設置されている「足柄古道案内図」 (27)
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同じく東屋の所に設置されていた説明板「足柄古道」より
足柄古道は足柄道、足柄路と呼ばれ、奈良時代には官道として東西を結ぶ重要な道路として機能していました。九世紀の初めに起きた富士山の延暦噴火で足柄古道は一時途絶え、箱根越えの道が利用されたが、噴火が止んだ一年後には復旧しました。・・・戦国時代には国境防御の目的で古道沿いの尾根に多くの城郭が建設されました。・・・江戸時代には箱根越えの道が東海道となりましたが、足柄古道はその脇往還である「矢倉沢往還」となり、物資の輸送や富士講の人々で引き続き賑わいました。 南足柄市教委 (28)
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ガードレールの切れている所が、出入り口になっている場合が多い。 指導標もあるので問題なく歩けると思いますが、指導標は登りのハイカーが見やすいように設置されている気がします。 あと、車の交通量はそれほど多くはないのですが、車には注意が必要ですね。 (29)
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山道も終わり、矢倉岳が大きく見えるところへ (36)
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相の川橋 (37)
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バス停「相の川橋」 (38)
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万葉人や、矢倉沢往還と呼ばれた時代の旅人達はどんな思いでこの矢倉岳の姿を見ていたのでしょうね。
右前方で分岐する道に入ります (39)
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うどん店の傍まで戻ってきました。 (42)
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地蔵堂前で右折して (43)
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駐車場への道(左)へ入ります (44)
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地蔵堂駐車場 (45)
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地蔵堂駐車場 (46)
※以下の写真は朝、地蔵堂に向かう途中、車中から目をつけていた桜並木で帰途に撮ったものです。 地蔵堂とさほど離れていない場所に咲いていたものですが、満開になりたての状態といったらよいでしょうか。花びらは全く落ちていませんでした。
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No.542