ジーン・ウールの不思議な旅

ジーン・ウールは不思議な女性です。姿を変えて過去にも未来にも現れます。
もしかしたら貴方の友人や奥様かも知れません。

店主ご挨拶

ようこそお越し下さいました。 昨年(2010)、3ヶ月の雲水修行に行ってまいりました。 私は働き者で(自己申告)、精舎は朝は早く夜は遅く「朝瞑想」の時間は、気がつくといつも寝ておりましたが・・。 私の人生の1ページに、思いがけないご褒美を頂けたような日々を過ごさせて頂きました。・・ま、主婦でも決心ひとつで如何様な道も開けるんですね。 今も精舎に行くと「実家に帰った」ような気がします。 このブログ管理人は、最近物忘れ症候群中につき、おいで頂いた感謝を申し上げ、コメントを頂いても書いたり書かなかったり、付き合いが悪いことのご無礼をお許し下さいませ。

健康被害が出るレベルでない福島原発周辺の放射能

2011-03-31 06:41:38 | Weblog
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健康被害が出るレベルでない福島原発周辺の放射能  
2011.03.30


国立がん研究センター中央病院放射線治療科長の伊丹純氏は、3月30日付読売新聞のなかで、福島第一原発周辺の現時点の放射性物質の数値では一般の人に健康障害が生じる可能性はなく、発がん率が高まることもないと述べた。その根拠を以下のように挙げた。


・ チェルノブイリ原発事故では、1ベクレルに0が18並ぶほどの放射性ヨウ素131が検出されるなど、漏れた放射能の量が多かった。今回は早めに避難指示があり、食物の摂取制限も実施されているうえ、日本の食物などの放射能汚染の諸基準は欧米に比べて厳しく、十分すぎるほど安全なレベルである。


・ 都内の浄水場で22日に1キロ当たり210ベクレルのヨウ素131が検出された(29日採取分は不検出)。乳幼児の多量摂取は控えたほうがよいが、この水を200リットル以上飲んでも1ミリシーベルト程度で、1年間に自然界から浴びる2.4ミリシーベルトの半分にも満たない。


・ 100ミリシーベルト以下の被曝線量で発がんのリスクが高まるという明確なデータはない。


以上のことから同氏は、過敏な反応をする必要はなく、冷静な行動をするように呼びかけている。

ドイツやオーストリアで脱原発の動きが高まっている一方で、アメリカなどは原子力エネルギーの重要性を鑑みて今後の改善策や教訓にこそ注目すべきとの論調も見られる。原油などエネルギー供給の大部分を他国に依存する日本にとっても、原子力の安全利用は避けて通れない課題だ。こうした時期にやみくもに不安を煽って「とにかく脱原発すべき」を社会に印象づければ、被災地復興とその後の不況脱出に中長期的なブレーキをかけることになりかねず、そのツケはまた国民が払うことになる。(雅)



なぜ女川原発は無事だったのか? ザ・リバティweb

2011-03-31 06:35:50 | Weblog
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なぜ女川原発は無事だったのか? 2011.03.30


一進一退が続く福島第一原発だが、この事故は人災の側面が強いと、30日付け朝日新聞が報じている。



記事では、設備の安全設計の問題や、非常時の想定の甘さを指摘。原子炉を冷却するための海水をくみ上げるポンプ設備が「ほぼむき出しの状態」になっていたため、津波で損傷。原子炉に冷却水を送る機能が失われた。他にも、当初、雑なところが多かった配管の改良工事が追いつかなかった点や、2006年の耐震指針の見直し後の対応が、津波よりも揺れ(地震)に対する強さの検討が優先されていたと指摘する。



一方、同じ規模の津波が襲った宮城県の女川原発はほとんど無傷で、原発の周辺施設に避難してきた人もいた。この女川と福島の原発の違いは、「想定していた津波の高さの違い」にある。



福島原発は、津波の高さを最大5.6mと想定して設計したところに14mの津波が襲った。これに対し、女川原発は津波を9.1mと想定し設計、主要施設は海面から14.8mの高さの敷地に整備した。そこに17mの津波が襲ったが、建屋の地下に浸水はあったものの主だった被害はなかった。(参考:25日付け産経新聞など)



こうした事実からも分かるように、津波の高さをもっと高く見積もったり、電源が波の影響を受けないように囲うなどすれば、今回の大規模な事故は防げていたのではないか。逆に言えば、今後、原発の安全性を高めていけば、今回のような大規模な津波が襲っても、日本の原子力発電所はびくともしないということだろう。



事故を受け、国内マスコミは「原発はなくすべき」という論調に傾きがちだ。しかし、少量のウランで膨大な発電ができる原子力発電を捨てることは、石炭や天然ガスなどエネルギー資源の9割を輸入に頼る日本にとって、生殺与奪の権を外国に握られることを意味する。やはり、日本は原子力発電を捨ててはいけない。(格)