ジーン・ウールの不思議な旅

ジーン・ウールは不思議な女性です。姿を変えて過去にも未来にも現れます。
もしかしたら貴方の友人や奥様かも知れません。

店主ご挨拶

ようこそお越し下さいました。 昨年(2010)、3ヶ月の雲水修行に行ってまいりました。 私は働き者で(自己申告)、精舎は朝は早く夜は遅く「朝瞑想」の時間は、気がつくといつも寝ておりましたが・・。 私の人生の1ページに、思いがけないご褒美を頂けたような日々を過ごさせて頂きました。・・ま、主婦でも決心ひとつで如何様な道も開けるんですね。 今も精舎に行くと「実家に帰った」ような気がします。 このブログ管理人は、最近物忘れ症候群中につき、おいで頂いた感謝を申し上げ、コメントを頂いても書いたり書かなかったり、付き合いが悪いことのご無礼をお許し下さいませ。

渡部昇一さん著「皇室はなぜ尊いのか」

2012-04-18 18:20:31 | 渡部昇一氏講演
渡部昇一さん著「皇室はなぜ尊いのか」

渡部昇一氏がドイツに留学されていた頃の事、対日感情が良かったのでしょっちゅう向こうの家庭に呼ばれたそうです。

以下抜粋

そのうちの一軒で、ある日、「君の国には戦争中、テノー(天皇)というのがいたな。あの人はどうしているんだ?」と聞かれた。
「戦前も戦中も、いまも同じです」 と答えたら、先方はたいへんに驚いた。負けた国で一番上にいた君主が敗戦後も同じ地位にあることなど考えられなかったのだ。

第一次大戦中に革命が起こったロシアでは、皇帝が殺された。戦争に負けたドイツは、皇帝がオランダに亡命し、同じく敗戦国のオーストリーは皇帝が廃された。第二次大戦でも、ルーマニア、イタリアで王様がいなくなった。

ところが、あれだけの大きな戦争をやって負けた日本で、君主が同じだというのは尋常ではないと、そのドイツ人は感じたらしい。

ドイツで最後の皇帝となったヴィルヘルム二世は、第一次大戦の敗戦後、オランダに逃げた。当時は戦争犯罪裁判がなかったので死刑台に吊されはしなかったが、国内にいれば革命勢力のドイツ人に殺されたかもしれない・・

くだんのドイツ人は、「日本はトロイな国民だ」と表現した。「トロイな国民」 とは「忠実な国民」・・この「忠実」には「忠誠を忘れなかった」というニュアンスがある。彼は「忠実な日本人を尊敬する」と言った。

・・・ドイツ留学中のわたしは、このときひらめいた。
「皇室がお国自慢の種になるのではないか」

トロイ遺跡をドイツ人のシュリーマンが発見した・・ドイツで一番有名なギリシア神話はトロイ戦争だ。
トロイ戦争の英雄であるアガメムノンはミケーネの王様で、ギリシア軍を率いた総大将、王のなかの王であることは知られている。

そのアガメムノンの父親はプリステネス、その親がアトレウス、その親がペロプス、その親がタンタウルス。タンタウルスぐらいになると神話の時代になり、タンタウルスの親がギリシア神話の最高神、ゼウスである・・

日本もまた、初代神武天皇の上は神話につながっている。

・・神武天皇から五代さかのぼると皇室の先祖として崇められている伊勢神宮の神様に辿り着くことを伝え、「アガメムノンの子孫がいまもギリシア国王だったらどうであろうか」と問うた。
誰もがアガメムノンを知っているし、いまのギリシアの状況も知っているから「ああっ」という表情になる。
・・・・じつに効果的だった。・・ドイツに続いてイギリスへ留学したが、イギリス人のほうがもっとピンと来るところがあった。まだ王様がいるからだ。現在のイギリス王家は、1714年にドイツから来た人に始まる。
日本の皇室と比べたら、昨日できた王家のようなものである。

1960年代の高度成長を経て世界第2位のGDPを有するようになった日本に対して、ヨーロッパ人の受け取り方は、「急に金持ちになった新参者め」という感じだった。ところが、このレトリックを出すと、「ああ、旧家だったのか」というふうに変わった。旧家というものはそれだけで尊敬を受ける。
「日本は旧家」というイメージを外務省も使うべきだと思うのだが、有効に使った例を知らない。

第2次大戦に負けても、日本では天皇が変わらなかった。・・世界の歴史において「奇跡」といってもいい・・さらに「奇跡」と呼ぶべきは、天皇が終戦直後、日本人を守る事ができたこと、ご巡幸の先ではどこでも歓迎を受けたこと、ご巡幸でほとんどSPがつかなかったのに危害が加えられなかった。

「日本はすべて困難のなかにあるけれども、ただ一つ動かない安定点は天皇である」と当時のイギリスの新聞が書いた。
・・・
天皇陛下は敗戦後だけでなく、戦争中も動かれなかった。このことを、戦後しばらく経ってから、「インディペンデント」というイギリスの高級な新聞が「日本の天皇は自分が征服したところに出かけなかった」とわざわざ書いていた。
「日本の天皇陛下が軽々しく動かれない事は大きな外交資産である」というようなことを、昔の外務省の人が書いていたのを読んだこともある。

「日本の天皇は動かない」ということから、たとえばシナ人などには「天皇に会うと格が上がる」という感じがある。
先年、中国の習近平副主席が来日したとき、民主党の小沢一郎幹事長に働きかけて強引に天皇陛下に拝謁した。「天皇と会った」ということが、中国で後継者となれるうえで有利に働いたのだろう。

「天皇は軽々しく国外に行かない」という伝統は、良き伝統だと思う。
これを崩して平成4年(1992年)10月に天皇訪中を実現させたのが宮沢喜一内閣であり、中心となったのは加藤紘一官房長官である。
・・・1992年の「朝貢」は「ついに日本が、中国に降参した」という意味をもっていた。
・・・
蒋介石、毛沢東、周恩来、それから小平も、日本を好きだったとは思わないが、少なくとも日本を舐めることはなかった。むしろ畏敬の念があったと思う。しかし、天皇陛下が訪中してからはダメである。それは江沢民を見ればいい。傲慢無礼、皇室の晩餐会に呼ばれても、服装をちゃんとしない。しかも、その席でこの前の戦争の話しをぶったりする、無礼極まる。
これは「家来になった奴の家に来てやったんだ」という態度である。

ヨーロッパの国々は、元首が訪ね合う。相互に往来するという観念があるところには、いくらいらっしゃってもかまわない。しかし、そういう観念のないところには、絶対にいらっしゃってはいけない。

少なくとも「中華」「朝貢」という伝統がある儒教国へのご訪問は、欧米のような「親善」にはならない。

・・と渡部昇一さんのご本「皇室はなぜ尊いのか」に書かれていました。


なーるほど、納得しちゃいました。

渡部昇一氏の「国際社会と日本」1993年の講演録 ③ 昨年の続き 

2011-03-22 21:12:20 | 渡部昇一氏講演
渡部昇一氏の「国際社会と日本」
 21世紀の日本を考える 講演録 ③
1993/11/1  静岡法人会主催 税週間のための記念講演より

東京裁判の嘘

マッカーサーが日本に来た時、日本人はろくでもない国民だと思っていた。
日本人は悪いことをした・・そう思わせるようにし向けた。

☆逆説の時代より引用
(世界史の流れを変えた明治人の気概)

日本が近代史に登場し、コロンブス以来400年の世界史の流れを変えたのは、日露戦争であった。当時のロシアは、世界最大の陸軍国であった。そして三大海軍国の一つでもあった。

19世紀の大ドイツ帝国をつくったビスマルクやモルトケ(参謀)でさえ、ロシアとは戦わずという基本方針を持っていた。
封建時代からやっと抜けだし、ようやく海外に留学生を送り出して、先進国の技術や制度を取り入れたばかりの日本が、ロシアと戦うことは、理屈に合わないことだった。
(ロシア革命を成功させたレーニンは、1922年「世界から君主をなくす」という方針を統一戦線テーゼとして確認した。 日本中が青くなった。日本は皇室を信仰の柱としてきた。)

そして、日本はもしロシアが満州以南に入った場合、断固これを排除する方針を立てた。明治人は、そのためには命も惜しまないと、非合理的な気概を持って立ち上がった。
そして日露戦争では、世界中の予想を裏切って大勝した。
日露戦争以後の日本も、あらゆる面で先進国と対等であろうという気概を示した。
アメリカが太平洋に進出したとき、それに抵抗する気概を持っていなかったら、第2次大戦もなかったであろう。
大東亜戦争は、日本が英米と対等であろうという気概を持っていたために起こった。

そして最初の段階において、圧倒的な勝利を示した。
東南アジアの有色人、植民地人は、今までかなわないと思っていた白人を、日本人が捕虜とし、道路工事とか使っているのを見た。
何だ、白人はこんなに弱かったのかという姿を見た。
このため、日本の敗戦後も東南アジアの有色人、植民地人たちは、いづれも独立することが出来た。
日本人は、白人支配の世界のなかで、有色人種の国でありながら、白人国、しかも一流の白人強国と対等になろうという気概を明治以来持ち続けた唯一の国である。

ところが、東京裁判においては、その日本人の気概を徹底的に否定するという意図が実行された。
とくに満州事変以後の日本のやったことは、すべて悪であると判定された。
彼らはまづ何よりも、言論界と教育界を握った。
そして、戦前日本がやったことはすべて悪であるようなことになった。
・・・ここまで「逆説の時代」・・ ★

① 東京裁判 ② 公職追放例 ③ 検閲  この3つが、日本人から勇気という概念をなくした。

1.公職追放令

いちま日銀総裁が生まれた理由(偉くない人だった)
戦争中の偉い人は全員追放された。
日本のためになることを書いた人 した人は皆追放された。

2.検閲

明治政府のときの検閲 → 黒く塗りつぶした。
総司令部の検閲  → 削ったところは埋め直して、削ったことが分からないようにした。それが出来なければ、作り直し。当時紙は貴重であったため、新聞社は青くなり自主規制となった。

3.東京裁判

☆BC級が2000人死刑になった。
山本七平さん、フイリッピンに行ったことあり、  山の中に隠れていた。
東京裁判では、フイリッピンに行った  というだけで死刑になった。

裁判自体は、国際法違反です。
当時、日本には軍政は敷かれていなかった。これは国際法違反です。(自ら国を潰すのか p147)
ところが日本の横田喜三郎が、東京裁判は合法だといった。
「東京裁判は国際裁判である」 と平気で言う人が、東大の国際法の教授となり、その後最高裁判所長官にまでなった。
彼から国際法を学んだ学生が、外交官や高級官僚になっていった。(自ら国を・・p142)

ドイツ裁判について

ドイツ 陸海軍は裁いていない   これは知られていないこと。
ナチス党を裁いたのです。ナチスを裁いたので、死刑は少なかったのです。
日本は、日本民族が裁かれた。

(東京裁判の法的根拠は、アメリカ最高司令官マッカーサーの命令にすぎない p148)

東京裁判における裁判官は、全部当事者、これは裁判の構造自体が違法です。

例 山口組と一和会の喧嘩で、山口組が勝ち、山口組が一和会を裁いたのと同じです。


B・C級は、捕虜を蹴飛ばした・・とかで死刑になった。

マッカーサーは、裁判の形をとろうとしたために弁護士が必要となった。
アメリカの弁護士は、弁護士としての職責を果たそうとした人もいた。
「原爆はどうだ。これは市民殺傷ではないか」と抗議した。 → クビ

東京裁判が終わって、朝鮮戦争が起きた。
ここでマッカーサーはハタと気がついた。
明治政府がやったことは間違っていなかった。東京裁判はやるべきでなかった。この前の戦争は自衛戦であった。(独立国には自衛権がある)

☆逆説の時代 p202
マッカーサーは次のことがわかったのです。
朝鮮半島を北方の強大なる共産勢力に委ねるなら日本が危ない。日本が危なければ太平洋が危ない。それで死力を尽くしてアメリカ軍は朝鮮半島の確保のために戦い、太平洋戦争の死傷者に匹敵するほどの死傷者を出した。
しかも朝鮮半島全体を確保するためには、満州を爆撃し、東シナ海の沿岸をも軍事封鎖する必要があると進言したが、米ソの全面戦争になることを恐れたトルーマンによって拒否され解任されたが、マッカーサーの心配どおり、38度線でコリアは南北に分かれてしまった。 ・・これは日本が明治以来やってきたことと同じ・・ ☆

今の首相は知らないのです。
侵略戦争でした。 そのひと言で補償問題が起きています。
オランダ・韓国。その他の国から19兆何千億円と言ってきました。

こちらが悪うございました・・と言えば、外国で受けが良い。こんなこと当たり前なことです。
こんなこと言ってはいけません。外国では受けが悪いことを言わなければいけません。
バカじゃなかろうか  そういうことです。

成田の一坪運動を言ったのは 社会党です。
まだ飛行場が出来ません。こんなことあってはいけません。

侵略戦争でした云々は、先祖を辱め子孫にどれだけ迷惑掛けるか分からないです。

続く

渡部昇一氏の「国際社会と日本」 1993年の講演録 ②

2010-07-02 20:54:30 | 渡部昇一氏講演
第2の嘘   国連のごまかし
国連  (ユナイテッド・ネーションズ)戦争中は、連合国と訳した。
国連憲章は、昭和20年5月 ドイツが降参し、日本はまだ降伏していない時、戦争中に出来たのです。
狭い意味で言えば、反日同盟です。(米・ソ・英・仏・支 5ヵ国)

常任理事国とは何ぞや →→→→ 日本と戦っていた国
加盟できる条件は →→→→ 日本に宣戦布告した国  なのです。

国連とは、対日戦争組織です。

各国が国連議長を自国に迎えたときの応対は

日本以外の国 →→→→ 他国の国会議長くらいの待遇
日本 →→→→ 世界平和の一番権威のあるエライ人が来たと、国際級の待遇。天皇までお会いになる。

戦後、あんなに独立国が出来るなんて誰も思わなかった。
白人の植民地であったアジア諸国は、日本の戦いぶりを見て、“なんだ、白人もたいしたことないじゃないか” と独立宣言しました。

【国連の役割】★は別資料

★ 米ソの冷戦時代、国連は「カネと力」はなかりけりで、ほとんど機能していなかったのが実情です。重大な国際問題は、米ソが裏舞台で交渉して解決してきた。表舞台の国連の場で解決しようとすると、一方が不利なときは、必ず拒否権が発動された。
日本も加盟以来、表向きは国連を外交の柱とする方針。まさか「アメリカの言うとおり」なんて言えない。そこで「国連中心外交」といったところが実情でしょう。★  




国連決議でイラク戦 →→→  世論の支持を得やすい。錦の御旗がほしい。

湾岸戦争が終わってわかったこと
   アラブ・・・ お金は出すと言いつつ 出さなかった
   日本・・・・ 1兆数千億円・・渡したことは確か。しかしどう使われたのかわからない。
   アメリカ…・ 在庫一掃戦争

国連の拒否権とは
   アメリカが99%の兵隊を出すという戦争でも、ソ・支の賛成を得ないと出来ない。

日本は国連に入るのを止めて会費も納めなければいい(小室直樹氏の意見)

しかし建前はそうですが、それでは通用しない。日本は国連の常任理事国したほうがいいと思います。先日の湾岸戦争のように、世界の大事を決めるのに「つんぼ桟敷」されないために。

日本が国連に入る手。
  会費は アメリカ1番
      日本  2番
      英・仏・支  少ない
      ソ      ほとんど納めていない

日本の口実
代表なきところに課税なし。議会に出してもらえないところに、税金は払えない。
そしてアメリカは、イギリスから独立した。(独立運動、この理論は、イギリス・アメリカ相手だと通用します。)

日本が会費を納めなくなったら、国連は間違いなくつぶれます。
まず、国連軍に給料を払えない。

★国連のPKO活動などで、一番死亡率の高いのはどこかといったら、インドとかパキスタンとかアフリカの国々です。彼らは自国で働くより、国連軍に参加した方が、死ぬかも知れないけど、はるかに報酬がいいからです。★別資料より 



という訳で、国連をあまり理想化しないほうがいいです。

第3の嘘につづく  


1993年の講演会から17年経ちました。幸福の科学出版から5月に「マッカーサー戦後65年目の証言」という霊言が出ています。

今アメリカは、日本にとって大切なパートナーです。アメリカが沖縄基地を守っていてくれればこそ、日本が中国・北朝鮮の脅威から守られていること、心から感謝しています。   



渡部昇一氏の「国際社会と日本」 1993年の講演録です ①

2010-07-02 16:07:46 | 渡部昇一氏講演
 1993年 静岡法人会主催で、渡部昇一先生の「21世紀の日本を考える」という記念講演を頂きました。ちょうど17年前の講演です。

日本の3つの嘘について語ります。・・・と、始まりました。


憲法は尊重しなければならないが、批判して悪い訳はない。

第1の嘘  憲法の真っ赤な嘘

 日本国憲法の最初に「国民の総意によってつくられた・・」とあるが、これは真っ赤な嘘である。マッカーサーが1週間で作られたものである。日本国憲法の本文は英語です。
★憲法前文に“我々の安全と生存を諸国民の公正と信義に信頼してゆだねる”とある。
これは、憲法ではない。属国宣言である。

日本はアメリカの傀儡政権であった。日本国憲法はアメリカがフィリピンのために作った憲法をモデルとして使ったもので、フィリピンと日本の憲法は、基本的に同じです。

マッカーサーは軍人で、日本に負けてオーストラリアに追い払われたこともある。
敗戦の半年前、硫黄島の戦いで日本は負けたが、川もない、物資もない、食料も入らない小さな島で、日本はよく戦い全滅したのですが、日本軍は2万2千人死傷に対し、勝ったにもかかわらず、アメリカ軍は2万5千人死傷で、死傷したのはアメリカ軍の方が多かったのです。

敗戦したときワシントンは、天皇制は残さない方向に進むはずだったが、マッカーサーは硫黄島の経験から、天皇制を残すことにしたのです。

もし、皇室を廃するなら、勝って本土上陸した後も、100万人の大軍を無制限に駐留しなければばらない、という趣旨のことをマッカーサーが言っています。これは戦術上の結論です。
独立国は自衛権があります。

左翼は、天皇制に反対しました。昭和30年頃態度がハッキリしてきました。
日本の社会党、共産党は東側に1忠誠を誓ってきました。
しかし、自由主義国において、イギリスの労働党も、フランス・ドイツの社会党も共通していることは、反ソ・反共産です。
こんなの日本だけです。

日教組は反日的な集団だと思っています。

牧枝さんが、ある時私にこう言ったことがある。
「渡部さん、日本の教育は北朝鮮のようにやればいいんですよ」・・と言っていました。
9条の武器を持たない平和憲法の尊さを強調していた。
社会党の知恵袋と言われている九州大学の向坂逸郎教授は、ある時文芸春秋の雑誌インタビューで

「軍備には反対だが、それは社会主義国に矛先を向ける心配があるからで、日本がいづれの日にか、社会主義国となり、アメリカと戦うためならば、再軍備してもいい・・と述べていた。

憲法9条は、日本を半永久的に属国にするための憲法。左翼から見ても、右翼から見ても、日本憲法はすっきりしない。

最近ようやく1~2年前(・・ということは、今から18~19年前)から、憲法を口にすることが出来るようになりました。
憲法の改正条項について、私は議会の3分の2くらいで変えても良いと思います。

ドイツに関しては、アメリカはドイツに法律を押しつけるほど厚かましくはなかった。

②につづく
   


①渡部昇一氏語る なぜ今 「自助論」 なのか

2010-07-01 14:50:45 | 渡部昇一氏講演
6月26日(土)BS11「未来ビジョン」元気出せ!ニッポン!
渡部昇一(上智大学名誉教授 1930年山形県生まれ 英語学者 評論家)出演

「温故知新」 より 「なぜ今「自助論」なのでしょうか」

6月26日の「未来ビジョン」録画したのを見たら、あの大好きな渡部昇一さんがご出演でした。嬉しくなって、ふむふむと大事なところを書き出してみました。



《自宅に、英語学、言語学、歴史関連の洋書を中心に蔵書数15万冊のプライベートライブラリー》
(15万冊ですか・・男として憧れますよねぇ)
・・えぇ・本当はああゆうのを自慢するのは悪趣味なんですよ。しかしねぇ。僕の恩師で昔高級武士だった人がいらっしゃって、その先生が 昔の武士は、いろんなものを自慢しちゃいけないと、でもたった一つ持ち物で自慢して良いものがある。それは刀関係のもの、これは割と贅沢しても心がけが良いと・・これは 武士にとっての刀は、文学部の人間にとっては本じゃないですか。だから僕は自慢するぞと・・ 笑

(プライベートライブラリーの意義は?)
やはり自分の世界を持てるということ。やはりプライベートライブラリーが発達したのは、
西ヨーロッパの一番良い時代からですよ。特にイギリスとかフランスとか先進国で、その前はパブリック・ライブラリーしかないんですよ。アレキサンドリアとか行ってもね。修道院とかライブラリーはありました。それが個人がライブラリーを持てるようになったということは、近世の一番良いところだと思います。

(やはり歴史的名著から学ぶ意義は・・)
僕はねぇ。本から得る知識と、今は情報化社会でインターネットとかものすごく便利なんです。その差はあると思います。

でもね、本というのは例えて言えば食べ物なんですよ。栄養的に言えばサプリメントでいいんですよ。ただサプリメントだけで成長出来るかと言ったら出来ないと思う。子供たちはやはり食べなきゃ駄目ですよ。食べて余計なものは排泄するという、そのプロセスで成長して、足らないものはサプリメントでパッと入れると良いですね。

それから自分の思想を作ったり感受性を磨いたりするのは、本を読み返し読み返し、そのプロセスにおいて出来ると思いますね。そして自分の愛読書が詰まっている空間があるということは、その愛読書を書いた人たちと夜中なんか霊的に交わるんですよ。

おお!

そりゃね。愛読した人たちが現れてきたらオカルトですけどね。 笑 そこまでいかなくてもね、そんな感じになるんですよ。


渡部昇一推薦 時代を読み解く名著

1859年発行 サミュエル・スマイルズ「自助論」 天は自ら助くる者を助く

300人以上の欧米人の成功論を集めたもの 1871年 「西国立志論」中村正直(敬宇)訳で日本でも出版され、100万部以上売り上げた。

(サミュエル・スマイルズのなぜ今「自助論」なのでしょうか。)
それは、日本が明治維新に成功したのはサミュエル・スマイルズの自助論にあるんですよ。それはねぇ。幕府の昌平黌(昌平坂学問所)というお茶の水の学校がありました。

その学校始まって以来の秀才という中村敬宇という秀才がおりました。この人が旗本の秀才を引き連れて幕末に、幕府から留学を命じられてイギリスに行くんです。イギリスに行って中村敬宇が何を驚いたかというと、その富です。

地図を見たって大体同じ大きさでしょ、日本と。緯度を見ても同じ。それで物産っていったら特にないんです。それでこの差はどこから出たであろうか。

工場を見たって、造船を見たって、鉄砲を作るところを見たって○○の戦争の50年後だからすごいですよ。それに夜になっても暗くならない。ガス灯がついているから。

それから両側に高い家が建っている、それが江戸城よりも高い。そしてそこに誰が住んでいるかと言ったら庶民・・ね。この富の差がどこから来たか。滞在して約1年、幕府がつぶれて帰るんですけどね。

滞在しているときはわからなかったです。でも帰るときになって、そこで知り合いになったイギリス人の友達が、「今イギリスで一番売れている本はこれですよ」と言って「自助論」をくれたわけです。
そして自助論を彼は船の中で読みました。そうしてハッとわかったんですよ。

「これだ!」

頭が良いもんだから帰るまでに2,3ヶ月かかるもんだから、この本全部暗記したって言われています。それから帰ってくると、徳川慶喜さんが静岡にいるもんだから、静岡に行ってそこで訳したんですよ。それはどう言うことかというと、彼は幕府の時代から住んでいるのでよく知っている。

それは、武士は沢山いるけど、これはみんな殿様にぶら下がって食っている連中なんです・・ということを把握した訳です。

ところが「自助論」を読みますと「天は自ら助くる者を助く」そして国の栄えるか栄えないかは、自らを助ける努力をする人のパーセンテージが高ければ国が栄え、低ければ衰えるという明快な答えです。

当時志を立てて頑張った人で、これを読まなかった人はなしとと言われるように、明治の知識を拓いたのは福沢諭吉であり、その生き方の道を拓いたのは中村敬宇の「西国立志伝」と言われるぐらい・・。
それが訳された東洋の国は、日本だけだったわけです。

だから日本だけが近代化に成功したんですよ。個々の人が志を立てなければ近代化は起こらない訳ですよ。

それから以後アジアの国は近代化が進んでいますけども、それは日本を見たからなんです。今元気なアジアの国は日本を真似したんです。で日本はイギリスを真似したんです。

自助努力の重要性について
今の本場イギリスでも20世紀のはじめから社会主義が強くなっちゃって、どんどんどんどん落ちて来ちゃった訳です。どこまで落ちるかわからないときに、ようやく止めたのがサッチャーです。(マーガレット・サッチャー英国首相(在任1979年~1990年)

そしてサッチャーさんが振りかざしたのが自助論で、このサッチャーさんのお父さんも何もないところから市長さんぐらいになった人ですが、自助論を愛読していたそうです。

(自助論が、どういったところで今教えてくれるものがある?)
学校でも自らやるんだ・・と盛り立てるところがなくて、どうしたら国からもっと引き出せるかという、要するにぶら下がる方にウエイトがかかっている気がするんですね。この感じが良くないんですよ。雰囲気が。
自分がやる・・という雰囲気がわぁーっと盛り上がるんです。まだ中国なんかは特別な政体ではあるけども、小平以来「儲けたい奴は儲けろ!」 と、その雰囲気で ぅわあっ となるでしょ、短期間に。

明治の頃なんか世界中が目を回しているうちに、あっと言う間に日本が近代国家になった
でしょ。雰囲気として「やるんだぁ!」って人がいたんですよ。
ただね。その場合にものすごく差が出来るんですよ。イギリスの場合、救うために力を入れ過ぎちゃっておかしくなった。中国は今救う方に力を入れないから伸びているんです。

②に続きます



②渡部昇一氏語る。 所得税10%、相続税なしで国は栄える!

2010-07-01 14:44:50 | 渡部昇一氏講演

【渡部昇一推薦、時代を読み解く名著】には、
ハイエクの「隷従への道」をあげられました。

フリードリッヒ・ハイエク 1899年~1992年3月23日 1974年ノーベル経済学賞受賞(オーストリア)

代表作「隷従への道」 

ハイエクは、経済を強くするには、出来るだけ国家は規制や干渉すべきではないという小さな政府的考えを説いた学者で、1974年にノーベル経済学賞受賞を受賞しました。
入門書としては「隷従への道」を丹念に読み解いた、渡部昇一さんの「自由をいかに守るか」ハイエクを読み直す・・がおすすめです。


(どんな国でも所得税は15%以内で良いはずだとハイエクは言ったそうですね。)
ハイエクさんは、1960年代に何度か日本にいらっしゃいました。そのとき僕は通訳頼まれましてついて歩いていたんですが、講演会でしばしば言われました。
大蔵省だとか日銀だとか経済同友会だとか、そういう所集めて講演会していました。

その時に主税局長さんとも会いました。
「ハイエクさんは15%以内10%でも良いはずだと仰有っていますがどう思いますか」と訊ねたんですね。
日本の税金の総本山はどう思っているか聞いたんですよ。そうしたらやっぱり偉いんですね。ちゃんと計算してましてね。すぐぱっと答えたんです。「皆さんから取らして頂けるんでしたら、10%はいりません。7%で結構です。」とこう言ったんです。

考えてみれば国内総生産は500兆、10%で50兆、7%で35兆なんです。で、当時は所得税は20兆くらいだったんです。だからみんなから取らして頂ければ7%で恩の字だったんです。
いわんや10%なんか取ったら、所得の低い人は免除して余りあるくらいだったんです。それがどうして駄目だったかというと、抜け道がいっぱいあるからです。

一番良いのは、日本人がのびのびすることだと思います。自分の収入の10%納めたら、これ税務署は来ない。例えばうんと働く人は1億10億あるでしょう。10億の収入がある人は、10%の1億税金を納めたら、残りの9億は何に使っても税務署は口を出さないと言ったら気分良いですよ。1億のひとは1千万円です。

(そうしたら、ビル・ゲイツさんが日本に移住して来るかも知れませんよ)
そう。僕もそう思う。これだけ日本は治安が良いのになぜユダヤ人が散らばらないか。ユダヤ人は世界に散らばるものなんです。ひとつの国が危なくなったら逃げるように。
でも日本には来ないんです。所得税が高いから。だから日本は相続税はとらないと・・いらないんです。
ハイエクも言っています。相続税をとらないと言ったら、世界の大富豪が日本に来るんですよ。

大富豪の特徴というのは、過疎地に住む。そして大都市にはセカンドハウスを置くんですよ。アメリカでもイギリスでも大金持ちは、道路から見えるような屋敷じゃ駄目なんですよ。過疎地に住むんですよ。
だから北海道とか空いているとこあるじゃないですか。そうすれば地方税とか、いくら少なくともコンスタントに落ちますよ。(落ちますよぉ)

(今や企業も国際競争で原子力発電所を海外に売らなきゃいけないとか、新幹線を海外に売るとか・・やっぱり勝負するために法人税は他の国に比べると高いと・・法人税を下げる動きはありますけど、法人税を下げると言うことについて、ひとつ・・)

本当に真剣に考えて頂きたいですがね。粗利という概念ありますね、法人税は粗利の10%以上は取らないとか、それ以外のこ面倒くさいものはみんな外し、粗利の10%、個人でも収入の10%、控除とかグダグダ・・税理士のいるようなものはみんないらない。

税理士とか会計士とかは頭の良い人なんですよ。その人たちがやっている仕事は全部後ろ向きなんです。人材の浪費なんです。あの人たちはもっと儲ける方に頭を使うべきであって、税務署対策で一番頭の良い人たちが使われているのはもったいない。

憲法改正というのは重要だと思いますが、その時憲法改正の憲法の中に「国は所得税を10%以上とってはいけない」「相続税はとってはいけない」というのを憲法に入れたらものすごく効き目があると思うんですよ。

日本の今の憲法ではですね。「国は私有財産を犯してはならない」とか書いてあるんですが・・29条でね。
30条ではね、それは法律を改正することによって税率を改正することが出来るんだからね。これは税率を100%にしても良いんですよ。駄目なんです、ザルなんです、あれは。  苦笑

だからねぇ、上限を決めるのを憲法に入れたら日本人の権利を守るんじゃないでしょうか。税金から守るのが一番の人権保護になると思うんですけどね。

以上、未来ビジョンの渡部昇一教授のお話でした。