ジーン・ウールの不思議な旅

ジーン・ウールは不思議な女性です。姿を変えて過去にも未来にも現れます。
もしかしたら貴方の友人や奥様かも知れません。

店主ご挨拶

ようこそお越し下さいました。 昨年(2010)、3ヶ月の雲水修行に行ってまいりました。 私は働き者で(自己申告)、精舎は朝は早く夜は遅く「朝瞑想」の時間は、気がつくといつも寝ておりましたが・・。 私の人生の1ページに、思いがけないご褒美を頂けたような日々を過ごさせて頂きました。・・ま、主婦でも決心ひとつで如何様な道も開けるんですね。 今も精舎に行くと「実家に帰った」ような気がします。 このブログ管理人は、最近物忘れ症候群中につき、おいで頂いた感謝を申し上げ、コメントを頂いても書いたり書かなかったり、付き合いが悪いことのご無礼をお許し下さいませ。

・・そしてミツバチがいなくなった

2010-07-30 14:24:39 | Weblog
つい先日、25日は弟の葬式でした。
その2週間前には、甥の初盆で、25日は甥の父親の葬式をあげねばなりませんでした。本当に悲しかったです。

この弟の奥さんの、心の籠もったご会葬御礼の文章が素敵だったので紹介させて下さい。


「お疲れ様でした・・ゆっくり休んでください」

仕事では、温泉旅館とフグ料理屋など飲食店の経営に大忙し、一方趣味にも手を抜かず、何事もやると決めたら とことんまでやらねば気が済まない人でした。
魚釣りにゴルフにオートバイ、手間暇かかる猪狩りや養蜂にも それは真剣に励んでいたもの。
退職後も やりたいことはきっと山ほどあったはず・・夫の無念を思えば、急な別れが ただただ悔やまれてなりません。
病に倒れてから2週間と経たぬうちに迎えた旅立ちの日。
我慢強い上に、周りへの心配りを忘れない人でしたから、きっと痛みもあったでしょうに、家族を不安にさせまいと一人耐えていたのかもしれません。亡くなる数時間前も自分のことはさておき、愛犬の心配ばかりしていた夫。気持ちの整理はつきませんが、今はただ家族一同 労りと感謝をこめて見送りたいと思います。

夫・・・は、夏空きらめく平成22年7月23日、家族の胸に良き面影を残し、享年61歳の生涯を閉じました。
少々早すぎる旅立ちとなりましたが、皆様の暖かなお心に支えられての人生は幸多きものであったと信じてやみません。生前のご厚情に深謝申し上げます。本日はご会葬頂き誠に有難うございました。略儀ながら書状にて熱く御礼申し上げます。 ~妻より



弟は2年前にガンの手術を受けました。
この葬式の3日前まで「ニホンミツバチ」はいたのですが、弟の死の前後に弟が世話をしていた「ニホンミツバチ」はすべていなくなりました。巣箱は3箱ありました。
テレビの番組で見たと思うのですが、ミツバチは世話をしてくれる人が亡くなると、巣を捨てていなくなるそうです。

残された巣には沢山ではないが蜂蜜と幼虫がいました。
人間で言えば、子供と蓄えた預貯金を捨てたことになります。

蜂は自分を保護してくれた者の死を感じるのです。
蜂・・だなんて呼び捨てには出来ません。
蜂さん、お世話させて頂いてありがとう。 感謝です。




ハリーポッター「謎のプリンス」下

2010-07-20 23:26:13 | 本の話・素敵な話

謎のプリンスの下・・今読み終わった。
次は「死の秘宝」の下を読んだらおしまい。
わたしの読み方は、楽しみを最後まで残せない読み方ですよねぇ。

ハリーポッターの作者のローリングさんの紹介をひと言。

1965年英国ブライトンの近くで生まれる。
文学好きの母親の影響で小さいときから作家を志す。母親を多発性硬化症で失い、失意の中、英語教師としてポルトガルに渡り、結婚。
一女ジェシカをもうけたが、離婚して1993年妹ダイのすむエジンバラに戻る。
乳飲み子を抱えたシングルマザーで、生活保護を受けながら書いた書いた「ハリーポッターと賢者の石」が世界中で大ヒットし、7巻目の「死の秘宝」上・下で完結する・・のでした。

今NHKの「ゲゲゲの鬼太郎」も面白くなってきたね。 こうこなくっちゃ!

ではまたぁ~  




末息子の結婚

2010-07-20 08:10:00 | Weblog

昨日は我が家の末の息子の結婚式でした。
子供は4人です。
我が家にとって4人目の結婚式でした。
8割方肩の荷が下りましたが、支払いはこれからです。

この結婚式も、親はほとんどタッチしていません。
二人とも高給取りではないのですが、豪華な式でした。


  
後日追加です。

若い息子夫婦の目に止まらないとも知れないので、書いておきますぅ。
お料理メインで、引き出物にはお金をかけなかったのが分かりました。
納得です。親が手を出したらこうはいかなかったと思う。
正解だと思うよ。この金銭感覚だったら大丈夫。 合格!



息子など結婚式とはどういうものか、知識のないところから出発でした。

入籍は今年の1月1日、去年の除夜の鐘が鳴ったのを合図に市役所に届けを出し、昨日晴れて式を挙げたのでした。

家に残った最後の息子です。
お家賃が払えなくなったら実家に帰ろう・・と、呑気に考えているのではないでしょうか。

とても良い式だったね。 おめでとう~♪ 

最後に亭主殿の「挨拶」があったのですが、案の定 泣きべそ でした。

長男の時も、その次の次男の時も、その次の長女の時も でした。

でも、泣きべその後は 気持ちを入れ直して「大演説」をぶちます。
これが結構 受ける のです。
女房の苦労といったら、並大抵のものではありません。

でも やれやれ でしたぁ 

最近、選挙が終わって、ちょっと一息・・という訳で「ハリーポッター」読んでいます。
好きなのでずっと買っていたのですが、「謎のプリンス」からはもういいや・・と買わず読んでいなかったのですが、「ハリーポッターはもう終わったよ」「えっ」「最後が一番面白かった」・・なんて聞けば、読まない訳にはいきません。

今、図書館で借りて読んでいます。
最終巻は予約しても、その前にまだ予約者がいるそうです。
映画が出るまでは、古本屋にも出物はないそうです。

・・という訳で、現在「謎のプリンス」の上を読み、続いて「死の秘宝」の上を読み、今は「謎のプリンス」の下を読んでいます。
変則ですが、私はこの読み方で OK なんです。

では、また~★


スター・トレック

2010-07-16 07:51:43 | Weblog

■2002/07/26 (金) 10:22:25 スター・トレック

BS2で夜8:00から「スター・トレック」をやっています。昨夜は、23世紀の地球を救うため、23世紀の地球では絶滅してしまっているクジラを、20世紀後半の地球から23世紀の地球に連れて帰る、という話でした。昨夜で3晩連続放送されました。今夜もあると良いのですが、今夜もあるとは言っていなかった。
それで、気がついたのです。「ニビル」と「アンタレスの星」という言葉と、最大限のパワーでもってワープして通り過ぎる「水の惑星」があった。
この「スター・トレック」は、たぶん毎週テレビ放映されていて、何十年かの昔夢中でみたものです。最後の字幕もずっと見ていたのですが、監督はバルカン星人のスポックでした。
「スター・トレック」のルーツは「シュメールの粘土板」と、もしかしたら「エメラルド・タブレット」。いづれにしても面白い発見だった。

「シュメールの粘土板と太陽系第12番目惑星」のはなし
http://www2.tokai.or.jp/shaga/atorantis/sub16.htm  参考までに。



スター・トレック5,やはりエメラルド・タブレット

2010-07-16 07:47:40 | Weblog
■2002/07/29 (月) 23:21:45 スター・トレック5,やはりエメラルド・タブレット

今日BSで夜8:00から、スター・トレック5をやった。大障壁の向こうにある惑星ショッカリーに行こうとする、バルカン星人スポックの兄サイボックのはなし。
サイボックは大障壁を越えるため、エンタープライズを奪う。サイボックが言う。「啓示を受けた。神が向こうで待っている」「どうかしてる。そうであるなら人生は夢だ」カークととスポックとドクターとサイボックは惑星ショッカリーの大地に降り立つ。すると突然神が現れる。次々に現れる神々の顔。「勇敢なもの達よ。よく来た。お前達の艦に私を運べ」カークが言う。「神であるのになぜ艦が必要なのです?」「お前は誰だ」「神であるのになぜ私を知らないのか?」怒った神は目の光でカークをうつ。「私は永遠にここに閉じこめられている。艦をよこせ」やがて、神の顔の向こうから現れる1人の男。それはもう一人のサイボック。サイボックが二人。もう一人のサイボックは昔、上のサイクルに行こうとして障壁を越えてしまったのです。彼は障壁を守る犬たちに捕らえられ惑星ショッカリーに閉じこめられていた・・というあらすじだったろうと思います。エンタープライズ号をハイジャックし惑星ショッカリーに皆を連れてきたサイボックは言います。「わたしは思い上がっていた。許してくれ」

大障壁は、アルルの界。スター・トレックは、やはりエメラルド・タブレットと縁のあるお話でした。

エメラルド・タブレット
http://www2.tokai.or.jp/shaga/atorantis/sub1.htm   見てね!



ニホンミツバチの勇気ある行動

2010-07-16 06:36:15 | Weblog
日本の心を伝える会 ねずきちの ひとりごと さんより頂きました。
それにしても ニホンミツバチ は凄い!




日本には古くから日本ミツバチがいるのですが、日本で養蜂に使われているのは、明治以降導入されたイタリア種を中心とした西洋ミツバチです。

なぜ西洋ミツバチかというと、日本ミツバチは環境が変わると巣を捨てて移動してしまう。神経質で養蜂には向かないからなのだそうです。

そこで養蜂には、西洋ミツバチが使われます。
日本ミツバチと比べると、西洋ミツバチは、すこし体が大きくて、色も黄色っぽいです。逆に日本ミツバチは、小柄で色も黒っぽい。

養蜂場では、たくさんの西洋ミツバチが飼われます。
しかし不思議なことに、西洋ミツバチは、日本ではまったく野生化しません。

しないというより、できないのです。

ミツバチの天敵は、スズメバチです。
スズメバチは、ミツバチの巣に飛来し、巣の前でホバリング(停止飛行)をしながら、帰巣する働き蜂を捕らえます。

そして付近の木の枝などに後肢で逆さまにぶら下がり、ミツバチの頭部、羽、足、腹部を大腮(おおさい:エラのこと)で切り落とし、胸部だけを肉だんご状にまるめて巣へ持ち帰えります。幼虫の餌にするのです。

ハチの攻撃方法といえば、相手にぶつかり、瞬間に敵に毒針を突き刺すのがよく知られています。
ミツバチの毒針は、逆トゲがついているので、その針は相手の体内に残ります。

ところがスズメバチの毒針は、逆トゲがないので、毒のある限り何度でも相手を突き刺すことができます。
しかも、毒液をお尻から相手にまき散らします。

この毒液は、警報フェロモンの働きを持っています。
ニオイに釣られて大勢の仲間がやってきます。

そうして大量にやってきたスズメバチは、ミツバチを捕食し、巣を壊滅させます。

ですから、養蜂場を逃げ出した西洋ミツバチが、自然巣を作っても、スズメバチに襲われて、すぐに絶滅してしまうのです。

飼育している西洋ミツバチでも、スズメバチに襲われると1日くらいで全部殺されてしまうといいます。

西洋ミツバチにとって、スズメバチはそれだけの脅威なのです。


ところが日本ミツバチは、世界で唯一、スズメバチを撃退します。

お尻の毒針を使うのではありません。
集団でスズメバチにとりつき、熱死させるのです。

日本ミツバチは、スズメバチが巣に近づくと、集団で出迎えて、腹部を高く持ち上げて一斉に左右に激しく羽を振る行動を起こします。

この行動によって、スズメバチは一匹の日本ミツバチに的を絞れなくなり、また巣門の前で落ち着いて待ち伏せできなくなってしまいます。

そうやってまずは、スズメバチを追い払う。

さらにスズメバチが巣に近づくと、日本ミツバチは集団でズズメバチにとりつき、瞬く間に直径5㎝ほどの「蜂球」をつくります。

数秒の出来事です。
日本ミツバチは、「蜂球」の中に、スズメバチを閉じ込めます。

「蜂球」の中では、内部の温度が急激に上昇します。4分以内で46℃以上に達する。

そして約20分間、45℃前後の高温が維持され、ゆっくりと蜂群の中心部の温度(約34℃)レベルまで下降し、その後、温度は外気温レベルまで急激に下がります。

あとには、大きなスズメバチの死体が一つと、複数の小さなミツバチの死体が残されます。

スズメバチが動かなくなって数分経ったころ、ミツバチたちは「蜂球」を離れ、巣へ戻っていきます。

これは、日本ミツバチとスズメバチの上限致死温度の違いによる戦い方です。

日本ミツバチの上限致死温度が、50℃であるのに対し、スズメバチは45~47℃で、死に至ります。
そのわずかな致死温度の違いを利用して、日本ミツバチは巣を守るのです。

被害で言えば、ミツバチの方が圧倒的に多いです。

しかし日本ミツバチは、自らの「命」をかけて、巣を守ります。

そして、仲間たちの死体を後にし、ミツバチたちは何事もなかったかのように、自らの仕事に戻っていきます。

これは、世界で唯一、日本ミツバチだけが考案した戦い方です。

 君が代は
 千代に八千代に
 さざれ石の
 巌となりて
 苔のむすまで

さざれ石というのは、ちいさな小石がまとまってできた岩石です。
ひとりひとりは非力でも、みんなで協力して、巣(国)を守る。

ミツバチだってやっているのです。

ましてわれわれ人間です。
日本人が日本を守らなくて、いったい誰が日本を守るのか。


ちにみにスズメバチは、巣の近くで動く黒い物体に対して非常に敏感に反応することが知られています。
白や黄色、銀色に対する反応は弱く、ほとんど攻撃しません。

なぜスズメバチが、黒いものを攻撃するのかというと、人間をターゲットにしたものだとする説が有力なのだそうです。

スズメバチを食用にする習慣は世界各地にあります。
なかでも支那の雲南省は、ズメバチ食の本場として知られ、膨大な量のスズメバチの幼虫が巣ごと食用として市場に出回ります。

要するにスズメバチは、支那で長い年月、人間に捕食される中で、最強の天敵を、髪の黒い支那人を攻撃する修正を身につけたのです。
おかげで、同じく髪の黒い日本人まで、スズメバチのターゲットにされている。

スズメバチは、外敵から巣を守るために,人が巣に近づくと次のような警戒や威嚇の行動をとります。

1 相手の周りをまとわりつくように飛び回る。
2 相手に狙いをつけて空中で停止(ホバリング)する。
3 あごをかみ合わせて”かちかち”という音をたてる。

森にいて、スズメバチが、まわりを警戒するように飛び始めたら要注意です。
さらにホバリングをはじめたら、明確に「敵」として認識されたことになる。

この場合、スズメバチを横に払う動作をすると、スズメバチはお尻から警戒フェロモンを分泌しはじめます。
そうなると、仲間が次々とやってくる。

スズメバチにホバリングされたら、姿勢を低くして、ゆっくりと後ろに下がり、距離を置いて、その場を立ち去るようにしましょう^^b


2002/11/29 (金) 21:55:50 はからめ

2010-07-14 11:22:56 | Weblog

■2002/11/29 (金) 21:55:50 はからめ

10年くらい前の正月、家族で小笠原諸島に行きました。海に入れるように水着を用意して行ったのですが、その年は海水浴が出来るほど暖かくはなかったのです。でも子供達は根性で泳いでふるえていました。ハイキングコースもあって、ガジュマルの森からの帰り道、道ばたには土産物屋で売っている「はからめ」がいくらでも生えているのです。まるで雑草・・というより、小笠原では、「はからめ」は雑草の類です。その「はからめ」を少々持ち帰って事務所の植木鉢の上に置いておくと、少し厚みのある葉から、「子はからめ」がいっぱい出て、根が出て殖えること殖えること。

「これは何?」と聞いたお客さんがいました。そのお客さんは、息子さんの保証人になって資産をなくしてしまい、すっかり元気がありません。
「これは『はからめ』で、とても生命力があるんだよ。土がなくても水がなくても芽を出して根をのばしてこんなに大きくなったんだよ」雑談の何気ない言葉のやりとりの後、お客さんは「この葉を1枚もらいたい」と言いました。

昨夜は、ギルガメシュの「7つの怖れ」のことを考えていて、「7つの怖れ」って何かなって思ったの。生老病死で4つかな・・あとの3つは何かな・・とか、怖れに匹敵しそうな言葉を考えていて、怖れの反対の言葉は何かと考えたの。

「愛」「夢」「調和」「理想」「希望」って数え上げていたら、「はからめ」を思い出しました。雑草の逞しさを見て、何かを感じる人もいる。「はからめ」は大した葉っぱです。

2002/11/30 (土) 09:22:38 ある卒業式

2010-07-14 10:50:09 | Weblog
最近はまっていること。
HPで書いていた8年前の日記です。
じじばば様の介護日記とも言えますが、当時の日常生活です。



■2002/11/30 (土) 09:22:38 ある卒業式

事務所では、毎日人と会います。亭主どのが話好きで自分も良くしゃべるけど、お客様の思いがけない話を聞くこともあります。ある時、こんな話を聞きました。

その方は、市内の中学のPTA会長をなさったことがあるそうです。場面は卒業式での出来事です。
その時の中学校の卒業生に、その当時問題児とされていた男子生徒がいました。その男子生徒が、どんな問題児であったのかは忘れてしまいましたが、足が速くて陸上部の県大会ではじめてトロフィを学校に持ってきてくれました。

卒業式の最中は、壇上から見ると顔を向けている人より、うつむいている黒い頭の方が多いそうだ。その方がPTA会長として話し始めて「・・・君は、はじめて我が校に栄誉をもたらせてくれました。ありがとう・・」と言ったとたん、一斉に顔が上がった。どの顔も「・・君」と聞こえたとき、何を言うのかと一斉に壇上を見上げたのです。そして卒業式は終わり、先生方との懇談も終わり校門から外に出ると、誰もいなくなったその校門の外で、「・・君」が待っていて「有り難うございました」と頭を下げたそうです。
淡々と話してくれたのですが、今でも心に残っています。



田舎の初盆

2010-07-12 23:32:27 | Weblog

参議院選挙は終わりましたが、始まったばかりとも言える。
リンカーンだって、何度も何度も何度も落選した。

「ウグイス嬢」の機会が無かったことだけが残念かな。



さて、昨日は実家での初盆。
掛川の田舎です。

初盆と言えば、7月にはいると早々初盆飾りと、初盆のお客様がお線香とかお供物、あるいはご仏前を包んできて下さるので、なかなか忙しいのです。

まず、家を空けられません。
仏前に朝・昼・晩とご飯を供えます。・・確か
初盆の提灯とかお飾りもにぎやかです。
お客様もちらほらと見えられます。

我が家はおじいちゃんの3回忌まで終わりました。
昨年からは、ごく普通のお盆です。

昨日は、わたしが実家の初盆に出かけたので、亭主殿がお寺さんへお布施を届けてお墓の掃除とお花を供えてきてくれました。

「花は何を買う?」
我が家はなぜか墓地にお墓が2つあるので、花立てが倍なので4基あるのです。
「百合を4本、1本250円くらいだからこれで1,000円、香花を2束、トルコキキョウは花が長持ちするから1束か2束、小菊を入れて全部で2,000円くらい買って」と頼みました。
13日からお盆だから、その前の11日ならまだ安いんじゃないかな。


実際に活けてくれたお花を見てみないと心配ですが、これでお寺さんはすみました。
お花もこのくらいで結構にぎやかに出来るはずだけど・・ね
( 追加・・考えてみたら、畑のキウイとか柿の青い実とか青いミカンの実とか栗など採ってきたんだった。賑やかではなかったかも・・)

それが「どこで買う?」って言うから「・・ここで買って」と言ったけど、すごく混んでいたんですって。
でも助かった。自分からお寺さんに行ってくれるなんて・・初めてです。

13日から迎え火の松明を焚きます。16日は送り火です。
ご飯も朝・昼・晩ってあげるんですよ。

お盆のおかずも、本当は何日目には何って決まっている。
何日はおそうめん、何日はアツベイ汁、何日はカボチャとか・・
おばあちゃんから教わった。

あとは馬と牛にも毎日飼い葉(キューりや茄子のサイの目切り)を忘れない。
何日目にはオショウロさんが、買い物に行くからと、おもちゃの自動車にお財布を用意する(普通は馬が多いと思うけど、自動車はおばあちゃんの発案です)。
お金も勿論入れておく。・・何か買えたらいいね

そして16日には、昔は供え物を川に流したが、今は町内会が河原で集めて市のゴミ収集車が来てくれるようです。

そして夜は送り火を焚く・・。


そうそう、思い出した。
何を書こうかとしたかというと、実家の初盆の行事が変わっているので書こうと思ったのに、何で我が家の盆行事なんか書いちゃったんだろう。

実家の初盆は、そうですねえ。
こちらの初盆客がちらほら見えて下さるのを待っているのに対し、向こうは日時を決めていっぺんにやってしまうように見える。

まず、家の外に青竹で組んだ櫓を建てる。
そこに亡くなった幸治の戒名とか、お札の大きな短冊をつけて和尚様のお経のあと、皆で順番に仏様にお線香の代わりに水を手向ける。
うん・・思い出した。ろうそくもお線香もあったな・・確か


南天の葉のように見えたけど、その木の葉で水を 左・右・真ん中 と3回 水を手向け手を合わせる。
その後は、屋敷の前に用意した竹に108個の穴をあけてあり、ロウソクが立ててある。
その穴に立ててあるロウソクに、参加者全員で灯を灯す。普通は夜 灯を灯します。夜だったらきれいでしょうね。

それから会食と、食事の後はお念仏です。足がしびれます。
このお念仏はリンポウ()の方々があげて下さいます。もちろん全員でお念仏です。

我が家でもチンチン(お念仏)は、町内のお年寄りがやってくれます。
お菓子とお礼を包むので、お年寄りには何よりの楽しみになっています。

昨日は、その108個のロウソクに灯を灯したら雨が降り始めた。
小さなユタカが、傘をさしてロウソクの灯を守って、消えるとまた灯を付けていた。
帰るときに見たら、木陰の下のロウソクはほとんど燃え尽きていた。

そして今朝、デジカメをプリントしたら、2枚に法輪が写っていた。

高校生の時に事故で寝たきりになった幸治。
何年も意識不明というか、意思疎通だと思っていたのに、ある日体調が悪く入院したときに
看護婦さんの言うことに頷いた・・というか反応したのです。

それで家族はびっくりしたのでした。
幸治は、事故から10年くらい生き、昨年亡くなりました。

田舎の初盆は、略式の葬式の時のような形式で祭壇を設けます。
兄弟一同とか叔母一同(我ら3姉妹ですが)とか、従兄弟とか親戚たちが盛籠など飾ります。

その祭壇の灯明の溶けたロウソクが、滝のように下まで落ちている。
あの世から還った幸治が、「帰ったぞ」 と言うことを伝えるように、ロウソクが溶けて流れ落ちていた。







仙石由人官房長官発言・・・これは事実上の日韓基本条約の見直しです

2010-07-10 16:04:14 | 石平チャイナ・政治・経済

安倍晋三さんのホームページより 2010年07月10日


みなさんこんにちは。
安倍晋三です。

仙石由人官房長官。
この人が愚かな人物である事は、私が官房副長官時代、
予算委員会で核保有と憲法に関する早稲田大学での私の講義に対する彼の質問を受けた時から判っていました。

その際、彼の質問があまりにもお粗末なので
「貴方のこの問題に対する認識のレベルは受講した学生達よりはるかに低い」という趣旨のかなりきつい答弁をしました。
副長官の分際で生意気だとの野次が出ましたが、仙石氏はまともに反論もできませんでした。(ご興味ある方は議事録をご参照下さい)

その人物が官房長官となり大丈夫だろうかと思っていたら、案の定大変な災難を引き起こそうとしています。

昨日の記者会見で、日韓基本条約の締結(昭和40年)とそれに伴う協定ですでに決着済みの話である
「韓国国民個人に対しての補償」「いわゆる従軍慰安婦問題」をはじめ様々な国家賠償を行う事を検討する旨明らかにしました。

これは事実上の日韓基本条約の見直しです。

日韓基本条約は数年間にわたる厳しい交渉を経て、日本は韓国にある日本人の全ての財産資産(今の貨幣に換算すれば一兆円以上であった)を放棄する代わりに韓国側も賠償を放棄しました。
お互いに請求権を放棄したのです。

当時まだ経済的にも財政的に厳しかった日本はこの条約により巨額の有償・無償資金援助を行い、その後韓国は高度経済成長を実現しました。

仙石官房長官は世界史に於いて、戦後処理の為の条約がどの様な役割を果たして来たのか知らないのでしょう。
長官の発言は韓国にいたずらに期待感を持たせ、それは中国にも間違いなく波及するでしょう。
いったい幾らになるのか、途方もない額になるかもしれない、そしてそれは払っても払っても戦後は終わらない泥沼になる。

条約で決めた事が覆ればなんでも有りとなってしまう。
それは私達の税金で賄わなければならない。
その為の消費税増税なのでしょうか。

「愚か者めっ!」丸川珠代さんもそう叫んでいるでしょう。
日本丸はこの人達によって愚か者の船と化しています。

政府のスポークスマンがこんな重大な発言を選挙中の会見で述べたにもかかわらず、産経新聞以外のマスコミはほとんど報道していません。

皆さんどんどん発信しましょう。

闘わなければ。



安倍晋三さんのホームページ 転載です。

確かに、安部さんのおっしゃる通りです。
まだまだ知らない方々が多いです。
真実の声に耳を傾けてくださいねぇ。
民主党の「ばらまき政策」に、町のお年寄りの声は一つでした。

 「ただは駄目だ」