ジーン・ウールの不思議な旅

ジーン・ウールは不思議な女性です。姿を変えて過去にも未来にも現れます。
もしかしたら貴方の友人や奥様かも知れません。

店主ご挨拶

ようこそお越し下さいました。 昨年(2010)、3ヶ月の雲水修行に行ってまいりました。 私は働き者で(自己申告)、精舎は朝は早く夜は遅く「朝瞑想」の時間は、気がつくといつも寝ておりましたが・・。 私の人生の1ページに、思いがけないご褒美を頂けたような日々を過ごさせて頂きました。・・ま、主婦でも決心ひとつで如何様な道も開けるんですね。 今も精舎に行くと「実家に帰った」ような気がします。 このブログ管理人は、最近物忘れ症候群中につき、おいで頂いた感謝を申し上げ、コメントを頂いても書いたり書かなかったり、付き合いが悪いことのご無礼をお許し下さいませ。

■日本を変える力

2012-09-22 09:06:49 | 本の話・素敵な話

日本の心を伝える会
メールマガジンNo.522

 2012/6/20
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【転送歓迎】



■日本を変える力


戦前の時代と聞くと、多くの現代日本人は、軍国主義の時代、カーキ色一色に塗りつぶされた暗い時代といったイメージを持たれているようです。

本当にそうだったのでしょうか。

ラビ・バトラ(Ravi Batra)という人がいます。
パキスタンの生まれで、米国に住む世界的に有名な経済学者です。
彼はインドの大哲学者プラブハット・ランジャン・サーカー(ヨガの指導者としても有名)を師とし、サーカーが昭和34(1959)年に唱えたプラウト理論を継承しています。

プラウド論というのはひとことでいえば、社会を支配する階層が、戦士(Warrior)、知識人(Intellectual)、資本家(Acquirer)が順別に循環し、歴史が展開されるという階級循環論です。

で、そのラビ・バトラが、日本の明治から大東亜戦争までをどうみているかというと、これが実は、「知識人の時代」とみているのです。
戦後世代の私たちがイメージするような「武人の時代」ではないのです。

実際問題として、明治から昭和の大東亜戦争にかけての日本の支配層は、現代の我々からみても、ものすごく教養の高い人たちです。
たとえば東条英機首相は、陸軍の出身で軍人ではあるけれど、それ以上に実に教養豊かな人であり、数カ国語に通暁し、しかもその書はいまどきの日本の民主党内閣総理大臣などは及びもつかないほど立派です。

http://blog-imgs-46-origin.fc2.com/n/e/z/nezu621/20120513111741f58.jp
この写真は、東条英機首相がまだ陸軍大臣だった当時の昭和16(1941)年秋の頃に、「靖国之絵巻」の表紙に題字として揮毫されたものです。
実に見事なものです。
ちなみに背景にある絵は、横山大観です。
たいへん格調高く仕上がっています。

東条英機氏が、すくなくとも階級循環論でいう「資本家/富者」でなかったことは、他の誰でもない、GHQが証明しています。

戦争が終わりGHQが日本にやってきたとき、彼らは東条英機元首相の青森の居宅まで行って、しらみつぶしに家宅捜索したのです。

「あれだけの戦争をやってのけた日本の首相なのだから、さぞかし莫大な財産を持っているだろう」というわけです。
そしてその「莫大な財産」を没収するために、彼らは、東京の公邸から青森の自宅、親戚筋の居宅までも、徹底的に家捜ししたのです。
ところが何も出ない。

彼らGHQは、なぜこんなに何一つ財産らしい財産を持たない貧乏人が日本の総理大臣だったのかと、あまりにも不思議に思い、首をひねったといいます。
さらにいうと、東条家では、それだけ徹底的な家捜しを受けてさえ、なにひとつ財産がなかったことが、いまでもなによりの誇りです。

はっきりいえるのは、戦前の時代、私たちが軍国主義の時代とレッテルを貼って見ているその時代は、すくなくともカネ(=富者)が政権を担う時代ではなかった、ということです。

では彼らは、武人として、武力を背景に政権を担った人たちなのでしょうか。

なるほど東条首相は、陸軍の出身者です。
常住坐臥、死を覚悟しているという点では、まさに武人です。

けれど、彼は武力を背景にして政権を取ったわけではないし、国の内外で武力を弄して行動したという事実もありません。
そして何より、大東亜戦争の開戦に、もっとも慎重だったのが東条英機氏であったこと、だからこそ昭和天皇が東条君にと、総理の座を任命したという事は、歴史が証明していることです。

むしろ東条英機氏は、武人というよりも、非常に高い教養と知性で行動した人です。
すくなくとも、武器を手にして「強ければいい」「武力があれば何をやっても許される」という武力至上主義者の思考は、彼にはまったくありません。

そしてこのことは、当時の日本社会の支配層や、陸海軍の士官学校卒業生全員にいえることでもあります。
彼らは軍人である以上に、とてもつもなく優秀な知識人です。

当時の日本は、現実に外地に出兵し、戦争をしたではないか、これは武人の時代というべきではないか、という議論もあるかもしれません。

なるほど日本が軍を出動させ、戦争を行ったのは事実です。
けれど戦争前の海外出兵は、支那への派兵にしても、南洋への派兵にしても、国際条約に基づく約束事の履行です。

また戦争にあたっては、日本は逐一筋を通し、日清、日露、第一次大戦、大東亜戦争とも、丁寧に宣戦布告を行い、我が国の立ち位置と、戦争目的とその理由を明確に宣言しています。

これらいずれをとっても、単に武力を誇り、武力を持って相手を政治的に支配するという武人とは、あきらかに一線を画するものです。
むしろ考え抜き鍛え抜いた知性の発露として行われた国家行動というべきす。

マッカーサーは、昭和26(1951)年5月に、米国の上院軍事外交委員会で証言を行いました。
世に言う「マッカーサー証言」です。
米国において、上院軍事外交委員会というのは、最も権威ある最高の審議機関とされている委員会です。
なぜなら軍事外交は、国家レベルで最も重要な審議事項であるからです。

そこに召喚されたマッカーサーは、大東亜戦争について、次の通りの証言をしています。

Their purpose, therefore, in going to war was largely dictated by security.
(彼ら日本人が戦争を始めた目的は、従って、安全保障の必要に迫られたためである)

従って(therefore)」というのは、この言葉の前にマッカーサーが述べたことを受けての言葉です。
彼がなにを述べたかというと、

1 日本人は働くことの尊さを知っている国民である。
2 日本には蚕(かいこ)以外に資源がなく、国民は資源を他から求めるほかはない。
3 米国がその資源を絶つことは、日本においては1千万人を超える人々が働く場を失う恐れがあった。

と述べているのです。
マッカーサーは、これを受けて「therefore」と言っているのです。

そしてこのときの証言でマッカーサーは、日本が開戦に踏み切った理由は「by security」とはっきりと証言しています。

セキュリティのため、と言っているのです。
つまり大東亜戦争は、日本が軍事侵攻を目的としたものではなく、あくまで自衛(セキュリティ)のため、やむなく戦わざるを得なかったと証言しているのです。

「やむを得ないかどうか」を判断し決定するのは、武力や財力ではありません。
知性であり教養であり理性です。
武力を背景とした威嚇行動や、利益のための侵略行動ではない。

要するに、当時の日本の政治権力は、経済力でも武力でもなく、知性によって治世が行われていた、ということです。

実際、正直なところ、いまの日本人でさえ、「立派な軍人」とは、武力を背景に威張り散らす人ではなく、立ち振る舞いがキチンとしているプロフェショナルな知的な人というイメージを持っているのではないでしょうか。
いまでも私たち日本人は、単に武力や暴力を背景に権力を欲しいままにするような人を、誰も尊敬などしない。

この点、昨今の日本のようにカネがありさえすれば、少々人格に問題があったても「社長さん、社長さん」と人が寄って来るご時勢や、どこぞの国ように、少々人格に問題があっても武力があれば何をしても許されるという社会構造を持つ国と、日本の戦前の社会構造は、明らかに一線を画しています。

こう考えてみると、戦前の日本という国がどういう国であったのかが、明確に形となって見えて来ます。
戦前の日本は、まさに知性の花が咲きほこる、輝く知識人の時代であった、ということができるのです。

そして戦争が終わり、戦後の復興の時代を担ったのも、この「戦前の教育を受けた」知識人たちでした。
彼ら知識人たちは、またたく間に焼け野原となった日本を復興させ、終戦時には世界の最貧国となっていた日本を、わずかな期間で、世界第二位の経済大国にまで育て上げたのです。

けれど、日本が経済の繁栄を謳歌しはじめた頃、日本社会はこうした知識人たちではなく、単に経済力をつけた富者が時代を担うようになっていきました。

深い教養や自己鍛錬など、まるで関係がない。
ひとえにカネがあれば勝者であり、勝ち組であり、何をしても許されるという社会風潮は、いまや日本中に蔓延してしまいました。

いまの日本は、富者でありさえすれば、日本国籍のない在日外国人であっても一定の権勢を得ることができるという社会構造になっています。

まさにラビバトラ博士のいう、「富者の時代」です。

では、この「富者の時代」を変えるのは、どういう力なのでしょうか。
循環論では、富者の時代の次にくるのは、武人の時代だといいます。
頭の弱い乱暴者が日本の新しい時代を築くのでしょうか。

私はそうではないと思います。
なぜなら、「武人」の形が変わってきているからです。

大昔の人の武器は刀や槍、弓でした。
近世は、銃器などの火力です。
近代では、ミサイルなどがこれに代わる武器、兵器となりました。

現代ではどうでしょうか。
ミサイルを持つ者が政治権力を担うのでしょうか。
ちょっと違う気がします。

現代社会における最大の武器は、むしろ「情報」にあります。
現代戦では、情報を早く的確に掴んだ者が、戦争に勝ちます。

このことを明確に証明したのが、イラク戦争でした。
イラク戦争では、米ソの大戦車部隊が砂漠で決戦をしたのですが、世界最強を誇ったソ連製の戦車部隊を、またたく間に粉砕したのは、日本製のジャイロスコープとGPSです。

戦いは、わずか5分で終わり、ソ連製の戦車は、全台が破壊され、米国側戦車部隊はまったくの無傷に終わったのです。

つまり、現代戦は、ドンパチやる前に勝負がついてしまう。

そう考えると「富者の時代」の次にくる「武人の時代」とは、情報武装した者、ということができそうです。

自民党内閣が倒れ、民主党内閣が誕生しました。
日本は最低の選択をしたものだけれど、良く考えてみると、これは、自民党という当時の富裕者の代表であった政党から、情報を操作する者へのバトンタッチだったようにも思えます。

彼ら民主党は、子供手当などのバラマキ情報を垂れ流し、国民を騙して政権を奪いました。
要するに嘘の情報を垂れ流すことで選挙という戦争に勝ったのです。

もちろん、嘘はバレます。
ですから、民主党政権というのは、社会の中心が、富者の時代から情報の時代へと変化する、いわば過渡的な政権であったということがわかります。

では、次に来る政権は、どういうものでしょうか。

私はそれは、「情報の発信者となれる者」ではないかと見ています。
そしてその者は、金があるなしには関係がない。
むしろ、一昔前なら絶対に権力の場につけなかったような、お金に縁のない者が、新たな情報の発信者となり、世論を喚起し、政権を担う、そんな社会ではないかと思うのです。

ただし、情報は、「ただの情報」である限り、世間は動きません。
人は情報(=理屈)では動かない。
頭で理解するだけで、行動には結びつかないのです。

人は、「感じて」、動きます。
感じて動くを漢字にしたら、「感動」となります。

時代が変わるということは、時代の中心となる価値観が変わるということです。
つまり、情報が感動と結びつき、人々の価値観を変えるはたらきをするとき、新しい時代がはじまる。

私たちは今、大きな時代の境目に立っている、ということです。
そして次代を担うのは、情感に訴える情報の発信源となる者なのではないか。
そんな気がします。


回回回回回回回回回
<編集 配信>
日本の心を伝える会
<代表者ブログ>
ねずさんの ひとりごと
http://nezu621.blog7.fc2.com/




ねずきちさんから 本当にいろいろ 教えて頂いています。

ねずきちさん 長生きして下さい。

神話を学ぶ意義

2012-09-21 10:03:50 | 本の話・素敵な話

★★★★★★★★★
ホームページ
http://www.nippon-kokoro.com/

【転送歓迎】

ねずきちブログ様より
転載です


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■□【1】神話を学ぶ意義w)
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「歴史は学ぶためにある」というのが、日心会の基本的姿勢です。

そこで今日は「歴史を学ぶには、まずその背骨となる神話を学ばなければならない」ということについて書いてみようと思います。

戦後教育では、日本史は「旧石器時代」「縄文時代」「弥生時代」「古墳時代」から始まり、神話はまったく無視されています。
神話の時代は、記紀よりもむしろ支那の書物に日本がどう書かれているかが問題にされ、卑弥呼や邪馬台国などに注目と関心が集まっています。

このように書くと、多くの方は「神話というのは、物語であって歴史ではない」とお答えになります。
それが間違いなのです。
なぜなら、神話の理解なくして、その後の日本の歴史が「なぜそうなったのか」を知ることができないからです。

一例を申し上げます。
これは上智大学の渡部昇一先生が書かれていることです。
引用します。

~~~~~~~~~
たとえば、藤原氏と天皇家との関係である。

ご存じのように、藤原氏は平安時代に栄華を極め、藤原道長(九六六~一〇二七)のごときは三代の天皇の外祖父(母方の祖父)にもなった。
しかしそれくらいなら「なぜ自分が天皇になってしまわないのか」という疑問が生まれる。
その根拠が神話にあるのだ。

藤原家の先祖は、天児屋根命(あめのこやねのみこと)である。
天児屋根命は、天照大神(あまてらすおおかみ)が天の岩戸にこもってしまったときに、岩戸の前に祝詞(のりと)をあげた神であり、天孫降臨のときには瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)に付き従ってきた神でもある。

つまり、神話の時代から藤原氏は天皇に仕える家であると決まっているのである。
その意識があるから、藤原氏の権勢がいかに強大になろうと、自分は天皇になろうとしない。
自分の娘を天皇の后(きさき)にするのが精いっぱいなのである。

また、武家として最初に日本を治め、守護・地頭という日本支配の制度を敷いた源頼朝も、ほかの国ならば当然、新しい帝王として君臨するはずだが、日本の場合、そうはならない。
第五十六代清和天皇(在位八五八~八六七)から分かれた源氏(清和源氏)の嫡流である頼朝には、神話時代から続いている皇室の系図に対し、「自分は天皇家の皇子の子孫であるから本家を侵してはならない」という意識が働くからである。

その後の日本の政治の実権を握った足利幕府にも、豊臣秀吉、徳川家康にも、その意識は脈々と引き継がれていくのである。

このように、神話というものがなければ、日本の歴史の背骨にあたる部分は変わっていたはずだ。
日本では歴史時代の人々も、神話を意識し、その流れにしたがって行動していた。
そのことを忘れてはならない
~~~~~~~~~

神話は「歴史を学ぶ際の背骨」であるというのが、この渡部教授の論説からもわかります。
では、そもそも神話とは、どういう意味を持ったものなのでしょうか。

私は、それは「日本人としての価値観の源泉」であると思っています。
何が正しくて、何が間違っているのか。
人はどうあらなければならないのか。

昔の日本人は、日本の歴史を築きましたが、私達もまた、未来の日本人からみれば「過去の時代を築いた人たち」です。
そしてその日本人の歴史の中心にある価値観の核をなしているのが、私は神話ではないかと思っているのです。

神話は、もともとは口伝です。
親から子へ、子から孫へ、孫からひ孫へと、長い年月をかけて語り継がれてきた物語です。

日本では、いまから1万6500年前という途方もない昔の世界最古の土器が見つかっていますが、土器があるということは、社会的分業があり、集落が存在し、言語があったという証拠です。
縄文時代は、いまから1万8千年前から3千年前までの約1万5千年続いた時代です。

記紀の成立までは約1万7千年。
ひとつの世代が交替するのがおよそ25年とすると、1万7千年は680世代が交替したことになります。
親から子へ、子から孫へ、680世代にわたって語り継がれた物語が神話です。

物語としての神話は、実は私たちが知るより、もっともっと数限りなくたくさんの物語があったかもしれません。
けれどその中で、世代を超え、長い年月を越えて生き残り、ついには成文化されたのが、私たち日本の神話です。
昨日今日できたものではないのです。

そしてその神話という物語が、私たちの日常の全ての活動における価値観の源となっています。
ですから、幼いころに日本神話を学ぶこと、あるいは日本の歴史を学ぶ際の冒頭に神話を学ぶことは、人としての価値観や、日本の歴史における様々な事件や出来事の理解に欠かせないものとなるのです。

スサノオは、地上に降り立ったとき、八岐大蛇を退治して少女とその両親を救いました。
もしこの物語が、少女だけを救う物語だったら、どうでしょうか。
美しい女性を守るために戦うという物語は、世界中に数多くあります。
けれど、日本神話では、少女だけでなく、少女を失いたくない両親までも一緒に助けています。

これは単に、自己の欲望のために女性を助けるということに価値観を見出すのではなく、家そのものを守ることで、その家に受け入れられ、妻を娶(めと)るのが正しい道であることを教えてくれています。
これが日本人の価値観です。
男女の恋を、単に当事者となる男女だけの問題とはせず、家としてのお付き合いまでを含む家族としての交際としているのです。

イザナキは、亡くなった妻を黄泉の国まで連れ戻しに行きました。
けれど黄泉の国で、死んだ妻の腐乱死体を見てしまいます。
恐怖にかられたイザナキは、驚いて逃げ出しました。
ようやく地上に出たイザナキは、比良坂の大穴の前で、妻のイザナミに「私は一日に千五百の産屋を建てよう」と約します。

亡くなった者は、もはや子をつくれません。
生きているから子を産める。
だから生きている者にとって、子供こそ大事だという教えでです。
もし、この比良坂での対話がなければ、単にイザナキ、イザナミだけの愛の物語となってしまう。
子をつくり、育て、子孫の繁栄を願うという価値観と、自分の恋心や異性への欲望の充足だけの物語とは、その背骨になっている価値観がまるで異なります。

大国主は、若い頃はいわゆるパシリでした。
徒党を組んだ兄たちにさんざんイジメられたのです。
けれど、彼は優しい心を失わず、兄たちが笑い者にした因幡の白兎を助け、その後も兄たちに何度も死ぬほどの辛い目にあわされるけれど、「母や女性たちの愛」に支えられることでいくども蘇り、最後には大いなる国の主となります。

この物語は私たちに、世の中には、徒党を組んで人をいじめる馬鹿者がいることをまず、教えてくれています。
そして同時に、どんなにつらいことがあっても、くじけずに生きることを教えてくれます。
もし大国主が、産まれたときから全ての力を持つスーパーマンだったなら、人は身分出自や力さえあれば、どんな欲望でも叶えられる、というまったく異なる筋書きとなります。

けれど日本神話は、一番苦労した者こそが、多くの人の上に立つ資格を持つのだと教えています。
だからこそ、身分の高い者は、常に誰よりも苦労し、いかなる中傷にも耐えて、努力をし続けなければならないという

二二六事件のとき、陸軍幼年学校校長だった阿南惟幾大将は次のように語りました。
~~~~~~~~
どのような忠君愛国の赤誠も、その手段と方法とを誤れば、大御心に反し、ついには大義名分さえも失うこととなる。
本気で憂国の情があるならば、先ずもって自己の本分に邁進しなければならない。
~~~~~~~~

この言葉は、人は誠実に自己の本分に邁進すれば、必ず大御心に赤誠が通じる、という大国主の神話が原点となる思想ということができます。
政治云々をする前に、日頃、自己の本分をしっかりと果たすこと。
どんなに辛いことがあっても、人の上に立つ将校であればなおのこと、常に誰より苦労し、明るく努力をし続けなければならないと説かれています。

二二六事件で決起した青年将校たちの思いは、痛いほどわかります。
彼らの行為のやむにやまれぬ気持ちも、よくわかる。
けれど、それでもなお、人として果たすべき役割を、日頃からきちんと果たして行くことの重要性を説かれたとき、私たち日本人は、ぐうの音もでなくなります。
それは、日本神話から脈々と貫かれている日本人の価値観の背骨に、触れることだからです。

こうした日本人の価値観の源泉となるものが、日本神話といえます。
そして私たち日本の「歴史」は、その「価値観の上に築かれた物語」です。
ですから歴史を学ぶことは、結果として「日本人としての価値観を学ぶ」ことになるのです。

ところが戦後日本の学校教育は、歴史を「単なる暗記科目」にしてしまいました。
年号や事件名、人物名を丸暗記するだけの授業です。
おもしろくもなんともない。
なぜおもしろくないのか。
そこに「人」がいず、価値観という背骨を失っているからです。

戦後の国史教育は、教科書の始めに書かれていた神話の項目を削除しました。
その結果、歴史教科書は、価値観という背骨を持たない、無味乾燥なものとなってしまったのです。

そして神話を知らない世代は、たとえば源義経の物語を観たり読んだりしても、そこに単なる戦いのドラマだけしか見ることができない。
信長、秀吉、家康三代の平和への道筋を読んでも、そこに戦いのドラマしか観ることができない。
日本の歴史の背骨にあたる価値観を持たないからです。
その価値観を持って、それらの歴史を見直すと、単なる戦いのドラマだけではない、もっと深い、人々の感傷を読むことができます。
感動が違ってくるのです。

私たちは、もういちど日本の神話を取り戻すことで、日本の誇りある伝統や歴史を「感じる」ことができるようになるのだと思います。
私達はそのために、価値ある歴史教育を取り戻したいと思っています。


暮れにはエジプトへ行こうかと・・

2012-09-20 18:32:10 | Weblog

暮れには エジプトに行って来ようかなぁ  って
思っています。

危ない・・なんて言われますけど


死ぬときは死ぬ
人間いつ死ぬかわからん  って 亭主が言っておりまして

いつでも納得してしまいます・


高校時代からの5人の仲間達・・1年に1回 一緒に旅に出かけた 友達
気がつくと 最後に旅に出てから 5年経ったらしい

友人の1人から手紙が来て
ご主人が病気(ガンだったそうだ)、でも元気でいて下さった。
孫が8人になったそうだ。

もう1人の友人は、旦那様と息子さんがご病気で、時々 頼まれて孫の世話に行くそうだ。

もう1人の友人は、前回の旅で膝が悪くなったことは知っていたが、手術をしなくてはならないようだ。階段の上り下りが大変なのだ。

もう1人の友人だけ、意外と自由に動けそう。
以前 一緒に台湾に行ったことがある。

「またお茶買いに行く?」なんて言われた。

全員に電話をかけた。

まだみんな元気。

また会える。









核で脅してアメリカを追い出し、日本を手に入れる 習近平守護霊が明かす戦慄の野望

2012-09-20 16:25:05 | ご講話・ヘラトリ・リバティ 
    
[核で脅してアメリカを追い出し、日本を手に入れる]


 
公開霊言抜粋レポート



「核で脅してアメリカを追い出し、日本を手に入れる」
習近平守護霊が明かす戦慄の野望

「『中国と習近平に未来はあるか』―反日デモの謎を解く―」
2012年9月18日収録

「霊言現象」とは、あの世の霊存在の言葉を語り下ろす現象のこと。これは高度な悟りを開いた者に特有のものであり、「霊媒現象」(トランス状態になって意識を失い、霊が一方的にしゃべる現象)とは異なる。また、外国人の霊の霊言の場合には、霊言現象を行う者の言語中枢から、必要な言葉を選び出し、日本語で語ることも可能である。 詳しくは⇒⇒⇒大川隆法のスーパー霊能力 「霊言」とは何か


 まもなく中国共産党の新総書記となる習近平氏が2週間ほど姿をくらました間、中国では暴徒化した反日デモが「テロ」と化し、中東では大規模な反米デモが起こった。反米と反日が同時に燃え上がったのは、単なる偶然なのか――。大川隆法・幸福の科学グループ創始者兼総裁は、2010年に続き、習近平氏の守護霊を招霊し、その本心を探った。浮かび上がってきたのは、日本もアメリカも核兵器で配下に置くという、「戦慄の野望」だった。

 守護霊インタビューの抜粋レポートを、特別長編で以下に掲載する。



     
10日間の雲隠れの理由を明かす


   
―― 2週間近く姿を隠されていた間は、何をされていたのでしょうか。


 習近平守護霊(以下、習近平)
    国家戦略を練って、所信表明の原稿の下書きを書いたり、いろいろと準備しないといけないことは、たくさんあるからな。

―― 胡錦濤氏が院政を敷くのではないかとも言われていますが。

 習近平
   
 あんな小者では無理だよ、つなぎなんだからさ。残念だけども、墓場で休むことになるだろうな。俺が両天秤をかけてて、軍部でも民衆でもどっちでも動かせるように、今、システムを組んでるんだ。だから、軍のほうが言うことを聞かなかったら、民衆デモを起こして手を焼かせるようにして、軍のほうが使える場合は、民衆を押さえ込んで全部を支配すると。両方使うことができるのは、俺だけしかいないから。


 
反日デモは日本を怖がらせるためにやっている


   ―― 今回の民衆のデモの中で、日本の工場を焼き討ちしたグループもいるわけですけれども、かなり事前に計画されていたようなところがありますよね。

 
習近平

     整然としたものにするように抑制には入ってるけども、デモの呼びかけがいっぱいインターネット等でやられてるのを止めてないということは、「やらせてる」ということで間違いないよな。これは、日本に対して脅威を与えている部分が大きいということだな。怖がらせている。

 領土問題でも、漁船なんかで偽装して大量に現れてきて占拠したりしたら、アメリカは手が出せないだろうな。逮捕劇があったり暴行事件があったりしたところで、日米安保としては、こんなものは対象には多分できないだろうな。「外交で解決してください」ということになったら、日本の外交は"アイム・ソーリー外交"だからさ、まあ先は見えてるわな。





 
「大英帝国のような植民地主義をやる


   ―― 日本の工場やスーパーを襲撃すると、日本からの投資や、あるいは海外からの投資がなくなってゆくと思うんですが、毛沢東路線の平等主義をやるからいいんだということですか?

 習近平
     トウ小平の、政治と経済を分けて「経済で儲けられる者から儲けろ」という路線で、矛盾がかなり大きくなってきて、不満が溜まってるからさ。軍事優先で、軍事力をやっぱりお金に換えなきゃいけない。問題はその時期だよな。これだけ軍事開発に投資したわけだから、海底油田とかメタン・ハイドレードとか、そういうものがある所も押さえなければいけない。だから「世界を植民地化して、食糧やいろんな原材料を取って、金銀財宝を取り上げて、その国は豊かにしない」というのは大英帝国の路線だったと思うけど、基本的にそれに近いものをするかな。



 オスプレイ反対デモは「私が命令している

 習近平
     オスプレイの配備1つで、アメリカはあんなに苦労してるんだろ?あんなの、別に何も言われる筋合いはないわな。米軍基地内でどんなヘリコプターを飛ばそうとアメリカの勝手だよ。それを日本人がデモをしたり、ビラを巻いたりしてやってるんだろ? もちろん命令は私のほうから出てるよ、全部。私が指揮しているので。

―― オスプレイの反対デモは、どういう工作の仕方をしていますか?

 習近平
     工作員は、日本にはもう数千の単位で入ってるんだって。旅行者として来てるわけじゃなくて、もうすでに生活者としても入り込んでるし、商売をやってる人もいれば、地方の公務員のレベルぐらいまで入り込んでいるものもいるし、いろいろなかたちで労組とかにも入り込んでいます。帰化しているように見える人のなかにも、工作員は入っているんでね。

―― 毎週金曜日に首相官邸前でやっている脱原発デモも、指示しているんですか?

 習近平
     具体的に、この場所でこれだけの規模で毎日やれとか、毎週やれとかいうところまでは、私は出してはいないけどね。中国から名誉博士号だとか勲章だとかもらいたいような人は、すぐ引っ掛かってくるわな。そういう名誉を求める人間は、ものの1週間もあったらリストアップできるからね。そのあたりで食いついてくるやつを選んで祀り上げれば、それで済むわけだからね。



 中東の反米デモも「仕掛け人は私です

―― イスラム圏では反米デモも起きていますが。

 習近平
     それも俺がやってるんだ。アメリカは大使館襲撃に対して海兵隊を50人送るとか言っていて、日本政府みたいな対応にかなり近づいてきておるわな。50人ぐらい1日で殺せるから、送ったところで意味はないのに。オバマはレイムダック状況なんで判断できないというか、強気の攻撃してまで勝とうとするほどの力がないわな。

―― オバマ大統領が外交で失点したということになると、選挙でロムニー氏が勝って、中国に対して強硬姿勢を取るというのもあり得るとおもうのですが。

 習近平
     アメリカは幾らでも諜報活動で引っかき回せるとこなので、もうロビイストには中国系のお金を掴ませて入ってるし、政敵がだいぶいるので、ロムニーになった場合は任期途中で失脚させる戦略を、もうすでに発信してます。お金でも女性でも宗教でも、スキャンダルは何でもつくり放題だから。

―― クリントン国務長官が進めているような、「中国包囲網」のようなものを作られるのが、一番困るのでしょうか。

 習近平
     ヒラリーはちょっと見えてるところがあるようだな。オバマは経済再建と失業者を減らすので頭がいっぱいなので、軍事予算を使うっていうのとは正反対だからね。軍事のほうに金を使ったら財政再建と、失業者を減らすための雇用対策ができなくなるから、軍事のほうもできるだけ融和策で逃れたいっていう考えだろうけど。ヒラリーはけっこう強硬な考え方を持っているので、ここでもし言論で衝突し、アメリカのメンツが潰れ、国民が激昂するようなことが起きたら、いくらオバマでも渋々金を出さざるをえなくなるのでね。(クリントン長官には)退任してもらいたいね。オバマよりクリントンのほうが手強いですね。オバマは放っといたら勝手に縮んでいくので、ナメクジみたいだな。

―― 習近平氏のほうで反日と反米デモを両方やってるということなんですが、この時期は当初から計画してたんでしょうか。

 習近平
     実はアメリカの対シリア攻撃と対イラン攻撃、これができないようにしている。短い十何分の映画だったけど、イスラム教徒を怒らせるあの映画もコプト教徒を使って作らせたので、仕掛け人は私です。もうデモを20カ国以上に飛び火させたから、これでシリアやイランを攻撃するとイスラム圏全体の反米運動がもっと激化するから、アメリカは攻撃できなくなったということです。



 次の政権ができるまで揺さぶりを続ける


―― 尖閣問題で、反日運動から次のステップとしてはどういう風に持っていこうとされていますか?

 習近平
     口で取れるかどうか、今、実験してるんだ。口と旗翻した漁船ぐらいで取れるかどうか見てて、これで政権を揺さぶってんだけど、ちょうど自民と民主が党首選をやってるし、次の政権が単独政権にならない可能性が高いので、混乱をもっと引き起こそうと思ってる。とりあえず次の政権がどうなるか決まるまでは揺さぶり続けなきゃいけないな。

 漁船も1万隻まで準備はしてるようだけども、漁船がそれだけ来たら日本もちょっと頭に来て、巡視船が興奮して過激なことをちょっとはしたくなる可能性があるわな。


―― それが狙い?

 習近平
     狙ってんだよ。漁民を殺すぐらいうちは何とも思ってないから、何人か撃ち殺してくれないかなと思ってるんだ。そうしたら、国内の反日デモがもっと大きくなるよね。それで粘り勝ちというか、脅し勝ちで、実効支配がこちらに移れば終わりですから。



 尖閣・台湾を落として、日本を兵糧攻めにする

―― 尖閣問題が終わったとしたら、次はどういう作戦に入っていきますか。

 習近平
     尖閣が取れたら台湾は挟み撃ちなので、やっぱり台湾、石垣、沖縄、このあたりをもう一気に取ってしまう。

―― 中東の方にも手を伸ばしていて、台湾や尖閣の周りのシーレーンを押さえると、日本は第二次世界大戦前のような兵糧攻めに遭いますね。

 習近平
     うん。日本ってほんとアホだね。あちらの石油も、こちらで蓋閉じて入らないようにしようとしてんのにさ、脱原発で一生懸命盛り上がってるので、ほんとにバカだとしか思えない。

 いずれ中国と利害がぶつかることだから、日本人の1億2千万が生きるか死ぬかなんてどうでもいいのよ。中国は今、人口が増えてるから、日本の食糧とか漁獲高とか全部奪わなきゃいけないし、日本が輸入してる資源やエネルギーは全部中国がそっくりいただかないと、増えていく人口はまかなえないね。




 アメリカの支配下にあるところを順番に押さえる

―― 李克強氏の守護霊によると、彼はアメリカを封じ込める作戦で、習近平氏はもっと強気で、アメリカを完全に屈服させる方向だと言っていましたが。

 習近平
     順番にアメリカの支配下のところを取っていったらいいんでしょ。だから、台湾、日本、フィリピン、ベトナム、インドネシア、オーストリア、それから南海の諸島を押さえて、グアム、ハワイ……。かつての日本軍が失敗した所を私が代わりに取ってあげますから、全部。

―― 北米大陸まで押さえようとしているのですか。

 習近平
     それは当然考えてますよ。資源がたくさんありますので、アラスカから取っていきます。向こうが弱気なら、「アラスカぐらいだったら」って言って捨てますので。オバマみたいなチキンだったら、核ミサイルを「撃つぞ」と言ったら、もうそれで終わりですわ。

 それに、アメリカの国債をいっぱい持ってるんだから、全部売ったらアメリカの経済は一気に崩壊します。ユーロも駄目、ドルはアメリカが債務国家として管理されるようにもうすぐなるから、信用がなくなるんで、私の時代は元が世界通貨になります。


―― 人民元といえば、これから為替を切り上げされてゆくと、輸出ができなくなってきますよね。

 習近平
     切り上げも何もないよ。核兵器で脅しまくるんだから、そんなもの。経済は軍事に屈服するのよ。



 日本の外交官は事務員レベル

―― 日本がロシアやインドと手を結ぶ可能性もありますが。

 習近平
     日本の外交のレベル知らないから、そういうバカな夢想をするのよ。昔の日本人の外交官に偉い人もたまにはいたよ。今の外交官は駄目よ。事務員よ。(新しい大使も)中国に赴任することもできずに路上で倒れて死んどるんだからさ。怖いんだよ。俺の念波一発で死ぬんだよ、あんなの。「来たら殺すぞ」という念波出したら死ぬんだよ。

―― 北朝鮮カードというのがありますが、これを日本に対してどのように使うのでしょうか。

 習近平
     これも使える。だからね、私らみたいな大中国が日本なんか相手にしてるのは、バカバカしいので、金正恩ぐらいで、日本の総理と喧嘩させてちょうどいいぐらいだ。あの程度の若造に日本の総理あたりはちょうど手を焼いて、今回ものこのこと交渉したんだろう? そしてまた手ぶらで帰ったんだろう? バカみたいだね、本当に君らは。(拉致被害者を)「返してくりー」「さらっていったやつを、返してくりー」って言って「10年間帰ってこない」なんて、バカかっていうことだよ。

―― 脱原発デモをやらせている理由は、日本が核武装の方向に行かないというのを狙っているわけですよね。

 習近平
     欧米諸国の国民にアンケートを取れば、50パーセントは「日本は核をもうすでに持ってる」と思ってるんだから。原発をあんなにつくってるなら、核兵器つくってるに決まってんじゃないかと、半分は思ってるんだからね。

 君らは北朝鮮みたいに脅すことはできないから、それはバカみたいなんだね。北朝鮮の指導者を借りてきて日本の首相につけたら、「これだけ原発をつくったということは、日本はすでに核兵器を保有してると考えていただいても、悪くはないかもしれません」と。北朝鮮の指導者をこっちに借りてくれば、「北朝鮮から拉致された人が帰ってこない場合は、人工衛星を打ち上げることもあるかもしれません」とか言うだろうね。

 だから、それが言えない君たちは本当に情けないな。でも今から開発したって遅いよ。開発にかかるって言ったら日本は会議するんだろう。みんなで「核は持つべきか、持つべきでないか」って議論をして、でも反核運動でこれだけデモされてて、どうしてその会議ができるのよ。




 太平洋では、アメリカにもう勝った

―― 日本を本土まで征服するシナリオみたいなものを、簡単に教えていただけませんか。

 習近平
     別に何も要らないんじゃない、シナリオなど。核兵器持って、「10分以内に日本を滅ぼせる」と言ったら終わりですよ。尖閣や沖縄を「獲る」って言ったって、核兵器持ってるんだから、こちらが獲ろうと思えば1秒で獲れるんですから。沖縄はもう中国に帰属して、尻尾振ってるじゃないですか。

―― でも沖縄には米軍基地がありますが、どうされるんですか?

 習近平
     米軍基地と言ってももう住んでる人は少ないし、日本人は敵だらけで、米兵士が婦女子にレイプしただとか、オスプレイが墜ちただとか、ぎゃあぎゃあ、ぎゃあぎゃあ言ってるから、フィリピンの基地と一緒でもうすぐ全部出て行くよ。

 太平洋の戦いは、もう終わったんだ。戦争は去年もうすでに始まってんだって、分かってないのかな。

 サイバー攻撃をアメリカも日本も受けて、それに対して反撃できなかっただろう。もう先制攻撃は終わってるんだ。これからの戦争は全部、電子を使った戦争になるので、まず電子攻撃で優位に立った者が勝つんだよ。中国の電子攻撃能力のほうが日米を超えたということを、去年もう示したんで、これで抑止力がついたんだ。情報艦であるところのイージス艦というのは、アメリカと日本にしかないから、まだ軍事的優位があると思ってるけど、去年のサイバー攻撃を見てね、日米のイージス艦を機能させなくすることが、もうできるようになってることが分からないんだったら、君らほんとのバカだわ。




※このレポートは本霊言のごく一部です。詳しくは「『中国と習近平に未来はあるか』―反日デモの謎を解く―」をご拝聴ください。

本霊言は、幸福の科学の全国の支部や精舎で一般公開中です。

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尖閣上陸に国交省が被害届 日本人上陸者をなぜ「愛国有罪」にするのか?

2012-09-20 06:37:07 | ご講話・ヘラトリ・リバティ 

HOMEDaily News Clip
リバティWeb 転載


尖閣上陸に国交省が被害届 日本人上陸者をなぜ「愛国有罪」にするのか?
2012.09.19


18日に日本人2人が尖閣諸島・魚釣島に上陸した「勇気ある行動」に対して、なんと日本政府が「裏切り」に出た。19日、羽田雄一郎国土交通相が会見で、同日中にも軽犯罪法違反容疑で被害届を出す方向だと述べた。このままでは書類送検され、ネット上でもこの日本の措置に対して激怒の書き込みが殺到している。



「沖縄に行くことの何が悪い?  冗談じゃねえよ馬鹿野郎」

「わが国に上陸して警察に被害届を……? 国有化と命名しただろ!」

「他国の人間は逃がして同じ日本人は逮捕か!」

「中国様への服従ポーズ。最低だ」



このように、ネット上では怒りの意見が殺到している。当然だ。中国人が日系企業を焼き討ちし、日本車を破壊するという明らかな犯罪行為をしても、「愛国無罪」で逮捕もされない。対する日本では自国の領土に行っただけで「愛国有罪」だ。

この日本政府の対応は、中国政府に対して「尖閣は日本のものではありません」というメッセージを発しているようなものだ。この国土交通省の発言で、中国は「尖閣は獲った」と喝采を挙げるだろう。



このような弱腰外交だから、心ある日本人が「やむにやまれぬ」思いから、この時期に上陸という行動を起こすのだ。上陸した幸福実現党員のTOKMAさんが「愛国心が火花を飛ばした」と言っている通り、日本人ならば黙っているわけにはいかないだろう。



羽田国土交通相に問いたい。あなたはすでに「中国極東省」の一員になっているのか。尖閣は中国様のために日本人は一歩たりとも足を踏み入れてはならないのか。日本人が反日デモで日の丸を汚され、日本企業が焼き討ちに遭って、屈辱を堪えるだけでよいのか。



すでに大川隆法・幸福の科学グループ創始者兼総裁を通じて明治維新の志士たちの霊が次々と降臨し、「日本よ、侍国家たれ!」「中国、韓国になめられるな!」と檄を飛ばしている。このままの弱腰では「日本占領」は現実化する。



TOKMAさんは明らかに「愛国無罪」である。それを中国にも公に発信することで、中国側が激怒しようが、正義は明白にこちらにある。正義なき大国の圧力になど、絶対に負けてはならない。(仁)



【関連記事】

2012年9月18日付本欄 尖閣に上陸した幸福実現党員は「愛国無罪」

http://www.the-liberty.com/article.php?item_id=4875




尖閣を 何のために 国有化したのでしょう 
もっと 毅然として欲しいですね 
若者が 日本を誇りと 思えるような国に したいですよね。




石平VS副島隆彦「日中殴り合い対談」

2012-09-19 10:45:53 | 石平チャイナ・政治・経済

石平VS副島隆彦「日中殴り合い対談」

副島隆彦 「中国崩壊なんて絶対ないよ」
石平   「その認識は大甘だね」


副島氏
「中国経済は不動産、株価、賃金など、
10年ですべてが10倍になった。
しかし、バブルが起こっているのは、
不動産のみであり、中国経済は
膨大な実需でインフレをのりこえていく。
よって、中国の成長が止まることはない。」
これに対し、中国に生まれ、中国で育ち、
そして中国を捨て日本人になった男、石平は...。
真っ向から対立の喧嘩対談!
中国は、覇権か崩壊か?!!!
このCDで中国の全てを語りつくす!!

3枚組CD 「日中殴り合い対談」
第一部・・・中国知識人の心を歪めたアヘン戦争
第二部・・・躍進する中国は日本を属国にする
第三部・・・解放軍は胡錦濤政権まで服従する




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副島隆彦(そえじま・たかひこ)



1953 年、福岡市生まれ。早稲田大学法学部卒業。
外資系銀行員、代々木ゼミナール講師、
常葉学園大学教授などを歴任。
政治思想、法制度、経済分析、社会時評など
多くの分野で評論家として活動。
副島国家戦略研究所(SNSI)を主宰し、
日本初の民間人国家戦略家として
研究、執筆、講演活動を積極的に行っている。
主な著書に『世界覇権国アメリカを動かす政治家と知識人たち』(講談社)、
『英文法の謎を解く』(ちくま新書)、『預金封鎖』
『「金・ドル体制」の終わり』(詳伝社)、『大災害から復活する日本』(徳間書店)、
『中国バブル経済はアメリカに勝つ』『中国は世界恐慌を乗り越える』(ビジネス社)など。

ホームページ「副島隆彦の学問道場」
URL http://www.snsi.jp/e-mail GZE03120@nifty.ne.jp



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<<内容一部紹介>>


副島
私は世界戦略として中国が覇権を取ると思います。しかも、穏やかに、どこから見ていても安全というか不安な感じがしません。日本語には「横綱相撲」という言葉があります。相撲の取り方でいちばん素晴らしい相撲は、「がっぷり四つ」に組んで、押し相撲で相手に土俵を割らせることなのです。投げ飛ばしてはいけないのです。技ありとかで、投げ飛ばしたら、自分がやられることもあります。

石平
中国は具体的には、どういう範囲で覇権を取るとお思いですか?


副島
「中国は平和な帝国を目指す」というのが私の考えです。「中国は〈和(わ)平(へい)崛(くつ)起(き)〉の大国」と言ったのは温家宝首相でした。ですから、中国は当然、〈和平崛起〉〈大国崛起〉を目指すと思います。


石平
いや、そこが私にはよくわかりません。

副島
それは石平さんも『私はなぜ「中国」を捨てたか』(ワック出版刊)という本で書かれていたように、まさに小平が言ったという「老子道徳教」の中の「韜(とう)光(こう)」です。

石平
でも韜光は目的ではなく手段です。実力が充分になるまでは、爪を隠して韜(とう)晦(かい)する。そういう意味合いです。

副島
石平さんは、ご自分の本で、日本の天長節(第二次大戦前における、天皇の誕生日の称。「天長」は老子の「天長地久」よりとられている)という言葉の出典を挙げています。ここで、少し引用させていただきます。
――戦前では、天皇誕生日は「天長節」と呼ばれていたが、この「天長」という言葉の出典は、実は中国古典の一つである「老子」にある。
『老子道徳教』とも称されるこの書物は、二千数百年前に老子という伝説の謎の人物が著したといわれる珠玉の格言集で、いわば「中国的智慧」の集大成のようなものである。
「天長節」の出典となるのは、「天長地久」(天は長く地は久し)の文言で始まる「老子」の中の「韜(とう)光(こう)第七」という節である(以下略)――
石平さんたち中国人のエリートは全部、こういうことをわかっていますが、日本人は誰もわからないのです。ほんとうに、この記述には驚きましたよ。それでこの「韜(とう)光(こう)」ですが、この言葉の意味はわかりますか?「薄ぼんやりと、ボケーとしている状態」を表わすというのです。

石平
ボーっとしているように見えますが、実は大きな志を持っている人のことです。

副島
つまり、「正体を見破られてはいけない。本心を明かすな」という思想なのです。日本語には「韜(とう)晦(かい)」(自分の本心や才能・地位などをつつみ隠すこと)という言葉もあります。

石平
小平がそのような戦略を取りました。

副島
ですから私は中国の戦略は、「韜光・韜晦」だと思っています。

石平
いや、それは戦略の一部で、戦略そのものではありません。目的を達成するための一手段に過ぎません。戦略的目的そのものではありません。

副島
ですから、中国の知識人ほど私の書いた本にびりびりしています。たとえば『あと5年で中国が世界を制覇する』(ビジネス社刊)というタイトルを見ると、「ふーん?」と、ほんとうに悩んでいるのです(笑)。「そんなこと出来るのですか」と私に聞くので、「はい、出来ますよ」と答えます。なぜなら、経済の動向というのは、主観的にどうしたい、こうしたいではなく、世界史の波なのです。一二〇年で世界覇権(ワールドヘゲモニー)が他に移っていくのです。

石平
今の「中国が世界を制覇する」というのは、軍事的な意味での戦略なのか、金融的な意味における戦略なのか、どちらなのですか?

副島
中国は軍事的な支配など考えていないと思います。経済・金融と文化の支配だと思います。

石平
金融による制覇で大事なポイントは、確かに中国がアメリカの巨額な国債を持っていることだと思います。しかし、それだけで中国は世界の金融システムを制覇できるのですか?

副島
米国債の所有だけでなく、中国は経済力の膨張も凄いです。まだまだ製品の質が悪いと言われますが、比較相対的に勝つという考え方があるのです。中国の国内の産品は粗悪で悪い悪いと言っても、ヨーロッパが没落し、アメリカが没落すると、どこが立ち上がるのですか?

石平
やはり、中国の経済も没落すると私は思います。

副島
石平さんは自分が中国人だから、そう見えるのですが、外側から見ていると、他にないのです。つまり比較相対的にという問題だから、皆が没落するということはないのです。恐らくどこかが勝つのです。

石平
アメリカの経済が没落し、どこかの国が勝つといっても、私にはピンと来ません。ところで、今、中国の経済は世界でどのくらいの比率ですか?また、アメリカはどのくらいの比率ですか?

副島
私はいつも金融・経済の表をつくっていますが、世界GDPでは、アメリカが一四・二兆ドル、約一一〇〇兆円くらいです。中国が五・六兆ドルと言われていますが、ほんとうは七?八兆ドルぐらいまであるのです。そうすると、もうすでに中国は世界GDPの一五%ぐらいを占有しているかも知れません。一般には八?九%くらいと言われています。日本は、バブル真っ盛りのとき、一瞬、アメリカを抜いたかも知れません。ただし、一ドル八〇円とか九〇円の為替レートで計算されたから、日本は一四、五%まで行ったのです。そのあと、どんどん日本のGDPは落ちて、今は世界の六%くらいの占有率です。

石平
アメリカの占有率はどのくらいですか?

副島
いちばんすごいときは三〇%くらい行きました。今は二二、三%くらいです。EUとそれ以外の諸国を含めたヨーロッパ全体で三〇%くらいです。ただ、この四、五年でBRICs(新興経済大国。ブラジル、ロシア、インド、中国)がどんどん追い上げて来ました。

石平
もし、アメリカとEUの成長率がこれから〇%成長だとすると、中国経済はどのくらいの成長率で、何年間でアメリカを追い抜くことができますか?

副島
ゴッツン......(笑)。恐らく二〇一五?六年には中国がアメリカを逆転します。

石平
そのときの、中国の成長率の前提はどのくらいですか?

副島
中国の経済成長率が八?九%ずつあれば達成可能です。

石平
今、二〇一二年で、九・五%くらいです。そうすると、あと三?四年でアメリカを追い抜くわけですね。しかし、中国の経済成長率は政府が嘘をついているというのが常識です。だから、半分くらいに見るほうが正しいと思います。

副島
私は楽観的な見方のように思われますが、大きなどんぶり勘定で見ています。日本のGDPは4・2兆ドルで変わらないのです。ヨーロッパがもう少し落ちていきます。そしてアメリカが下がり続けます。ですから遅くても二〇一六年には、中国がアメリカを逆転します。

石平
ただし、最新の情報を紹介しますと、二〇一一年の一一?一二月になって中国政府の予測としては、二〇一二年から経済関係者の共通認識として低成長期に入ると予測しています。

副島
八%を維持することは無理ということですか?

石平
八%成長はとても無理です。たとえ、これから中国の経済成長率が八%と発表されてもほんとうかどうかには疑問があります。それより、今、政府関係者が言っていることは理にかなっているのです。基本的に今の中国で皆が認識していることは、これまで中国経済を牽引してきたのは、対外輸出と国内の不動産投資だったということです。この二つ、輸出の伸びと不動産価格の値上がりは毎年、二五%以上もあったのです。場合によっては三〇%もありました。

しかし、中国の対外輸出がどこまで伸びるかといえば、これから二〇%以上の伸びは無理です。中国の輸出先は大体EUとアメリカと日本ですが、副島さんが指摘されているように、これらの国の成長率も落ちる一方です。もう一つ不動産投資ももう限界です。不動産に過剰投資し過ぎたためのバブルです。もう一つは、投資を支えるために起きたマネーフローの過剰と結果的に起こったインフレです。二〇一〇年から政府は金融引き締め政策を取り始めました。最近では不動産価格の急落が頻繁に起こっています。



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書店では販売いたしません。・・ だそうです。

CD3枚で  1万円

うむむぅ ・・ 聞いてみたい けど  1万円か・・


.尖閣に上陸した幸福実現党員は「愛国無罪」

2012-09-19 09:15:33 | ご講話・ヘラトリ・リバティ 
HOMEDaily News Clip

尖閣に上陸した幸福実現党員は「愛国無罪」
2012.09.18 リバティ転載



「中国漁船が1万隻も出港した中、命がけの思いでした。行きの船の中では眠れず、震えが止まらなかった」



18日午前9時半ごろ、尖閣諸島の魚釣島に日本人男性2人が上陸した。NHKニュースほか各メディアが報じた。うち1人は、同日夕方に石垣市に戻った際のマスコミ囲み取材で、幸福実現党員であることを明かした。冒頭の言葉は、この男性が同日夜、本誌の電話取材に語ったものである。



彼は「TOKMA」の名で歌手活動をしている椙杜徳馬(すぎのもり・とくま)さん(東京都在住、45歳)。報道によると2人は18日未明に漁船で石垣島を出港。漁船には船長を含め5人が乗っており、うち2人が海に飛び込んで魚釣島に近づき、泳いで島に上陸したのを海上保安庁が確認した。2人は11時ごろには船に戻った。海保によると、尖閣への日本人上陸は今年に入ってこれで4件目だが、国有化されたあとの上陸は今回が初めて。尖閣諸島は政府が管理しているため日本人も立ち入りが禁止されている中での行動だった。



TOKMAさんは石垣で記者らに、今回の行動は幸福実現党の指示等によるものではなく、あくまで個人の意思に基づくものであると話した。幸福実現党は「今回の事案は、日本の領土主権が脅かされている中、日本国民としての、やむにやまれぬ思いに駆られての行動と推察する。日本政府に対して尖閣防衛のため毅然とした対応を取るよう要望する」とのコメントを発表した。



TOKMAさんによれば、2人は船から100メートルほど泳いで魚釣島に上陸。鉄塔に掲げられていた国旗を整え、持参した新しい国旗も掲げ、遭難者の慰霊碑を清掃した。その後TOKMAさんは愛国の思いを込め、ギター代わりにホウキを抱えて自作「I love ジパング」を歌った。彼は言う。「民主党政権は自虐史観に基づいて弱腰外交をやり、日本をおかしくしてしまった。今回の中国の対応で自分の中のメインエンジンに火がつき、愛国心が火花を飛ばした」



この日、夜8時半頃本誌の電話取材を受けたTOKMAさんは「これから警察に行って来ます」と言って電話を切ったが、なぜ、自国領土に日本国民が行くことで取り調べを受けるのか。それこそ「愛国無罪」だ。



この上陸を受けて中国外務省は、2人を「日本の右翼分子」と呼び、「中国の領土・主権に対する重大な挑発行為だ」「中国側はさらなる措置を講じる権利を留保する」などと強く反発する談話を発表した。確かに、あえてこの時期に上陸したことを軽挙と見る向きもあるかもしれない。だが2人にしてみれば、弱腰な日本政府への憤りも込め、国を守る赤心を自らの行動で示さずにいられなかったのだろう。日本を国難から救わんと幕末に下田で黒船密航を企てた吉田松陰にも似た、まさに「やむにやまれぬ」思いからに違いない。



この時期に勇気ある上陸を敢行し、愛国の歌声を尖閣に響かせたTOKMA。彼の上陸時の映像や詳しい談話は近日中に本サイトまたは本誌に掲載予定。(司)



【関連記事】

2012年9月15日付記事 坂本龍馬霊「命懸けでやるのが維新なんじゃ」

http://www.the-liberty.com/article.php?item_id=4861



今朝 尖閣上陸の日本人ってどんな人 ? って
ネット見たけど・・出てこない

検索したら・・・・やっと 出た。

ありゃ・・ トクマ さん!


トクマさんの 「九条改正!」 の CD

持ってます~~

ガンバレ トクマ!

静岡には トクマファンズ がいるのです。

とっても素敵な パパさんでも あります。


運命の分岐点 中国漁船は果たして日本の領海に進入してくるのか

2012-09-18 16:21:34 | 石平チャイナ・政治・経済

2012.09.17 No.189号

~誰よりも中国を知る男が、日本人のために伝える中国人考~
石平(せきへい)のチャイナウォッチ 転載

http://www.seki-hei.com

=★===================================================★=
■ 運命の分岐点 中国漁船は果たして日本の領海に進入してくるのか
=★===================================================★=

9月15日、16日の両日、中国全国で史上最大の反日デモが起きた。
その中で、一部(というよりもかなり多く)のデモ参加者が暴徒化して、
日系の商業施設・企業などにたいして打ち壊しや略奪の限りを尽くした。


このような由々しき事態に至ったのは、中国政府が「日本が中国の領土を奪った」
と喧噪して若者たちを煽り立てたことの結果である。
政府の取りうる「対抗措置」が限られている中で、
北京は結局、「愛国無罪」の若者たちを焚き付けて反日デモを起こらせ、
それをもって日本側に圧力をかけようとしていたのである。


しかし反日デモの「外交的利用」は、中国政府にとっても諸刃の剣である。
デモが打ち壊しや略奪行為の横行に及んでしまうと、
それが確実に中国の国際的イメージのダウンにつながるし、
反日デモの更なる広がりと激化は
いずれか社会全体の安定を脅かすような動乱に発展しかねないからだ。
おそらく中国政府は、9月18日(満州事変記念日)を期に
「反日デモ容認」に区切りを付け、今後はデモの沈静化に取りかかるのであろう。


そして、デモがいったん収まった後には、
いわゆる「尖閣問題」で次の焦点となってくるのはすなわち、
中国の漁船団は果たして、尖閣付近の日本領海に大挙侵入してくるかどうかの問題である。


現在、中国政府が設けた東シナ海での休漁期間が
16日正午に約3カ月半ぶりに解禁された。
中国の国営新華社によると、1万隻余りの漁船が出航準備中で、
天候の回復を待って出航するという。多数の漁船とともに、
農業省漁業局の漁業監視船も漁船の安全確保を名目に出航する見通しだ。


つまり、そのままいけば、中国の漁船団は近日のうち、
当局の漁業監視船に伴って
尖閣付近の日本領海に大挙侵入してくる可能性が出てくるのである。


もちろんそれは、中国政府がそれを容認した、
あるいは意図的に奨励した場合の話であるが、筆者の私は実は今でも、
中国指導部は果たしてそこまでやってしまう決意があるかどうか
については多少疑問である。というのは、中国漁船の日本領海侵入は、
あらゆる最悪の事態の発生を招きかねない大変な危険な行動だからである。


中国漁船が日本領海に侵入してくると、
当然、日本の海上保安庁が監視船を出してそれを追い出したり、
場合によっては取り締まったりすることになる。そしてそのプロセスにおいては、
二年前の「衝突事件」のようなぶつけ合いが起きたり
怪我人が出たりするような事態が起きうるのであろう。
あるいは日本側の取り締まりにたいする業務妨害で
中国側の漁民が日本の官憲によって逮捕されることもあろう。


しかしもし、上述のいずれかのケースとなった場合、
収まらないのは中国国内の方であろう。
政府によってすでに火をつけられた民間の「反日運動」は
まさに油が注がれるかの如く、今まで以上の勢いで燃え広がるのであろう。


その一方、日本の領海に侵入してくる中国漁民に
怪我人や逮捕者が出るような事態は当然、日中間の対立を決定的なものにしてしまい、
対立が収拾のつかない状況下でどんどんとエスカレートしていくのである。
場合によって軍事衝突までが起きてしまう可能性はまったくないわけでもない。
そして日中間の緊迫がまたもや中国国内の反日運動の高まりを刺激して、
運動がよりいっそう盛り上がることとなろう。運動の広がりと激化は今後は逆に、
中国政府への大きな圧力となって政府の対日姿勢がより強硬になるよう働き、
さらに日中間の対立を深めてしまう。


つまり、「漁船の領海侵入」というパンドラの箱がいったん開けられてしまうと、
いわゆる「尖閣問題」を巡っての日中間の争いは
出口のない長期戦に発展してしまうだけでなく、中国国内でも、
反日運動の広がりはコントロールの出来ない暴走状態となっていくのであろう。


そうなると、中国国内では、党大会の平穏の中のでの開催や
政権交代のスムーズな遂行は危うくなるだけでなく、
中国という国全体は今の「安定維持・経済中心路線」から大きく離れて
一気に「愛国攘夷」の騒然たるムードに突入していくしかない。
そして対外的には中国はこれで、
日米同盟との正面衝突もありうるような「冷戦時代」に入るのである。


しかしこうなるようなことは果たして、中国共産党政権の望むところなのか。
彼らは果たして、すべてのリスクを覚悟の上でパンドラの箱を開けることが出来るのか。
それに関しては、筆者の私は今でも疑問なのである。

しかし、しかしである。

考え方を変えてみると、上述のような結果となることは、
むしろ今の中国指導部の狙うところである、という可能性もあるのだ。
現在、中国の政治の面では、新しい指導部人事を巡って
激しい権力闘争が展開さしている中、党大会の日程すら決まっていない。
経済の面では深刻な減速が続く中で成長の維持はもはや無理である。
そして社会の面では、貧富の格差や腐敗の蔓延にたいする
民衆の不満が高まって爆発寸前の状況となっているのだ。
つまり中国共産党政権は内政上ではかなり行き詰まっていて、
社会的大混乱発生の危険性に直面しているのである。


だとすれば、今の共産党指導部は
国内の不満を外に向かわせて社会的混乱の発生を防ぐためには、
日中関係を全面的対立の方向へと意図的に誘導していくよなうことも考えられるのである。
つまり胡錦涛指導部は今、事態の沈静化を計るのではなく、
むしろ日本側の尖閣国有化の動きを逆に一つの「チャンス」として利用して、
日中間の緊張と対立をエスカレートする方向へと持っていこうと考えているのかもしれない。

だとすれば、中国政府は今後、
中国漁船による日本の領海侵犯を多いに容認する可能性は当然出てくるのである。
いや、「容認」するというよりも、それを積極的に利用しょうとするのである。


しかしもし、中国政府は本当にこの一線を踏み越えて
日中対立の拡大を助長する方へと舵を切るのでれば、
日中間の争いはもはや収束することなくどんどんと激突する方向へと向かってしまい、
それに伴って中国国内の「愛国攘夷」的軍国主義化も止まるところなく進んでいくのであろう。

それこそが、東アジアの平和維持と日本の安全保障にとっての「戦国時代」の始まりであり、
中国国民にとっての自国の地獄の入り口なのである。

アジアの運命となるのか、中国の運命となるのか。
それは今後数日間、中国政府が果たして、
自国の漁船団による日本の領海侵入を容認するかどうかにかかっている。

そして、もし中国はどうしてもこの一線を踏み越えてしまった場合、
日本の主権と日本民族の存続を守っていくためには、
われわれももはや、挙国一致の応戦体制に入っていくしかないのであろう。

( 石 平 )


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追伸

今22時20分だけど ニュースを見たら
習近平がにこやかに現れていて
中国の船も 日本の海域から 下がったみたいですよ。

日本のデパートが投石でガラスが割れて 商品も強奪された
損害額は25億円と言っていました。

日本では 津波が来ても 地震にあっても 強奪は起こらない。
こんなの 中国の恥ですよ。

石平さんの チャイナウォッチ 目が離せません。


2030年代原発ゼロは、国家としての自殺行為.

2012-09-16 06:12:21 | ご講話・ヘラトリ・リバティ 

HOMEDaily News Clip

2030年代原発ゼロは、国家としての自殺行為
2012.09.15

リバティWeb 転載


野田政権は14日に開いたエネルギー・環境会議で、「2030年代に原発稼働ゼロを可能とするよう、あらゆる政策資源を投入する」という政府戦略をまとめた。これは、日本という国家を滅亡させかねない危険な戦略である。



主な戦略には、30年代に原発稼働ゼロを目指すほか、原発の40年運転規制の厳格な適用や、高速増殖炉「もんじゅ」の事実上の実用化断念、原発の新増設はしないなどといったものが並ぶ。



では、30年時点で原発をゼロにしたら何が起こるか。



30年の発電に占める再生エネルギーの割合を3割としているため、残りの7割は火力となる。だが、経済産業省の試算では、すべての原発を停止すると海外から輸入する火力の燃料費が1年間で3兆1000億円増加し、家庭向けの電気料金も現在の2倍になる。



料金の値上げは、熾烈なコストカットが求められている産業界にも大きなダメージとなり、企業が日本から海外に逃げ出して行く。原発をゼロにすると、国内総生産(GDP)が50兆円近く落ち込み、失業者も200万人増加するという見通しもある(15日付読売新聞)。



経済面のみならず、安全保障面への影響も懸念される。原発をゼロにすると、火力発電に必要な化石燃料の輸入が日本の生命線となるからだ。燃料が運ばれてくるシーレーン(海上交通路)については、現在、空母建造などで軍拡を進める中国が進出しつつある。最近の中国の尖閣諸島への不法上陸や領海侵犯、東南アジア地域での横暴な振る舞いを見ても分かるように、現在においても、日本周辺のシーレーンは危うい。



さらに付け加えれば、燃料の産出国で政変が起こったり、経済状態が悪化すれば、燃料価格が高騰するばかりか、日本への輸入が途絶える危険もある。つまり、日本の電力事情が、他国の都合や国際情勢の変化に振り回される危険性が増大するのだ。



日本の脱原発については、アメリカやイギリス、フランスが強い懸念を示している。それは、日本が経済面でも安全保障面でも、世界に対する責任を放棄することを意味しているからだろう。



本来、日本がとるべき戦略は「原発推進」である。



震災後、ベトナムやヨルダンが日本からの原発輸入を決めたことからも分かるように、あれだけ大きな事故にもかかわらず、放射能による死者を一人も出していない技術力、安全性をアピールすべきだ。



今回の戦略を示した野田政権は、日本を滅亡の危機に追いやっている事実を自覚すべきだ。(格)



【関連記事】

2012年9月1日付web記事 守護霊が告白 脱原発運動の大江健三郎はやはり自虐史観の権化だった

http://www.the-liberty.com/article.php?item_id=4805


2011年7月号記事 原発を救え! Part.2 原子力発電は本当に危険か?

http://www.the-liberty.com/article.php?item_id=2047

日本は負けていない! アパグループ懸賞論文受賞

2012-09-14 10:31:01 | 石平チャイナ・政治・経済

日本は負けていない!
2011.11.16
ねずきちブログより 転載


アパグループの懸賞論文といえば、以前、田母神さんが最優秀賞を受賞し、これがために問題にされた件で覚えておいでの方も多いかと思います。

今年も「真の近現代史観懸賞論文」の第4回懸賞論文があったのですが、その中で、中松義郎博士の論文が非常に興味深いものだったので、ご紹介します。

中松義郎博士といえば、あの有名なドクター中松氏です。
いろいろな意味で、これまでの常識が覆される内容を持っています。

まずは、ご一読ください。
素晴らしい内容です。
おそらくこれを読まれた方は、これまでの歴史認識が一変するのではないかと思います。

============

アパグループの懸賞論文優秀賞(社会人部門)
題名【日本は負けていない】
  ~超経験者しか知らない真実~

著者 中松義郎博士
http://www.apa.co.jp/book_ronbun/vol4/yushu2011japan.html


昭和20年8月15日正午、その日は天文台によると33度で特に暑かった。

突然「第二種軍装(夏用麻製仕立)の正装にて至急整列すべし」との館内モールス信号で校庭に集合し、直立不動で汗を流しながら待つ我々帝国海軍機関学校最後の海機58期生(昭和20年に海軍兵学校と合併)は、最後の帝国海軍将校生徒として整列し、ラジオから流れる玉音放送を聞いた。

海軍機関学校の入学試験の体格検査で75センチだった胸囲が、入校後の猛訓練と猛鍛錬で僅か3ケ月で104センチになった巨大な胸が歴史上初めての玉音放送に大きく高鳴った。

しかしラジオの雑音が多く、よく聞き取れない。
「本土決戦が近いので頑張るようにとの天皇陛下御自らの激励のお言葉」と全員が受け取った。

当時の日本人は全国民が「歴史上敗れたことがない神国日本は最後には必ず勝つ」と信じており、全国民誰一人として日本が負けるなどと考える者はいなかった。特に軍は全軍士気旺盛だった。

現に私のいた舞鶴軍港は二十四時間軍艦を造るリベット音が絶えず、食糧、武器、弾薬が豊富で、いつでも敵を迎え撃つ準備が連日連夜進められていた。

原爆研究については陸軍が東京帝大の仁科博士と理研に開発を依頼した「二号研究」(海軍は京都帝大と「F研究」)として行い、濃縮ウランは海軍が潜水艦でドイツから運ぶ手配がされ、出来た原爆の第一弾をハワイに落とす作戦を杉山参謀総長は陛下に上奏したが、
陛下は「原爆という非道なものは使うべきでない。 特にハワ イには日本人が多いので却下する。」となり杉山参謀総長は解任され、東條首相が参謀総長を兼務することになった経過がある。

この様に非人道的爆弾と陛下が認識されていたものを日本に落とされたのだから、陛下の衝撃は大きく終戦する一つのきっかけになったと思われる。

しかし杉山参謀総長は、原爆開発を継続したのだ。
軍人は戦争に勝つために打てる手を全て打とうとする。

しかしそれは陛下の御意向に反しているので、原爆を造って勝っても、原爆を造らずに敵に原爆を使われて負けても、いずれの場合にも杉山参謀総長の責任なので切腹すると誓い終戦直後に切腹した。
元来日本は武士道を基に戦争を行ってきたのである。

陛下は米の原爆に対し非道だと禁じた原爆で応じたのなら「人類の文明が滅亡する」と終戦を御聖断された。

米が原爆を落とせば日本もこれに応じて米に原爆を落とす。
このことによって日米の多数の人が死に、この原爆戦争が世界に及び世界中の人が死ぬ。

これを防ぐために米が日本に原爆を落とした時点で終戦にされたのであって、日本が原爆を落とされたから、または負けたので終戦にしたのではない。
日本は負けていないのに終戦したのである。

これを文章にしたのが終戦の詔勅、
~~~~~~~
敵ハ新ニ残虐ナル爆弾ヲ使用シテ
頻ニ無辜ヲ殺傷シ 惨害ノ及フ所
眞ニ測ルヘカラサルニ至ル而モ
尚 交戦ヲ継続セムカ
終二我力民族ノ滅亡ヲ招来スルノミナラス
延テ人類ノ文明ヲモ破却スヘシ
斯ノ如クムハ
朕何ヲ以テカ 億兆ノ赤子ヲ保シ
皇祖皇宗ノ神霊二謝セムヤ
~~~~~~~
であって、終戦の理由は負けたからではない、という意味である事を読み取ってほしい。

翌日の八月十六日には、帝国海軍航空隊による米本土突撃大作戦が予定されており、その猛訓練が行われていたことを陛下はご存知なかっただろう。

この作戦が実行されていればドゥーリトルの東京空襲によりミッドウエイ海戦の日が繰り上がったのと同じに米軍は、十月予定の本土決戦を急濾九月に繰り上げた結果、天候の条件も加わり日本が勝利する展開になったのではないか。

いつどこに敵が上陸するか、日本陸軍参謀本部と海軍軍令部の想定は、時期は九月又は十月、上陸地点は九州南部(「陸軍作戦名「決号・第6号」海軍作戦名「天号」。さらに翌年関東の九十九里浜に上陸)。

この日本軍側推定は米軍上陸作戦計画(米軍名「オリンピック作戦」(九州)「コロネット作戦」(関東)の「ダウンフォール作戦」)とピッタリ一致して日本は見事米軍の動きを見透していた。

陛下は侍従武官を九十九里浜に遣わして防衛体制を調べさせたが、侍従が「防衛は全くされていません。」との報告をお聞きになったことが終戦を決断された一因と伝えられる。

この時九十九里浜で訓練していた三千人の「伏龍」隊は、シールドにかくれていて侍従武官に見えなかっただろうし、又、米軍は九州を先に攻めると想定されたので、日本軍の陣立は九州南部を先に固め、そのあと九十九里を固めようとしたのであるので、陛下に上奏された終戦を決定する情報の一部に重大な誤りがあったのは残念だ。

これは開戦時の宣戦布告をワシントン大使館の怠慢により米国務長官への提出が遅れ、日本の騙し討ちという口実を与えてしまったことと同じ位に大きなミスだ。

本土決戦の火蓋がきって落とされた後をシュミレーションする。

先ず米軍は上陸地点の南九州に原爆を落とすだろう。
しかし陸軍参謀本部堀少佐率いる特殊情報部が原爆コールサインを五時間前に傍受していたので、近くの海軍大村基地の紫電改が発進し、B29を太平洋上で撃墜。

ついで艦砲射撃するため日本に近づいた米軍の日本本土上陸作戦に対する日本軍の準備は、完成した三千機の特攻専用機「劍」が、上陸しようと集まった敵艦艇に突っ込み、多くの敵艦を撃沈撃破し、水中からは千隻の特殊潜航艦「蛟竜」(海軍兵学校校歌「江田島健児の歌」の「地に潜む「蛟竜」からとった名」から泡の航跡が全く残らない日本海軍の世界に先駆けた発明九三式酸素魚雷が発射されて、敵艦艇は次々に轟沈する。

この猛攻撃からしぶとく残った敵艦に対し、岩陰に隠れていた海軍兵学校六十九期満野功大尉率いる第六十七震洋隊江ノ浦(静岡三津浜)など三千隻の「震洋」爆突特攻艇が轟々と暁に発進し、残る敵艦や上陸用舟艇に勇猛果敢に体当たり。それでも残る敵艦艇からかろうじて発進した敵の上陸用舟艇に対しては波打ち際の水中に展開する五式撃雷を待って潜む予科練出身者や海軍陸戦隊古兵の精鋭から成る三千人の「伏龍」隊が上陸用舟艇を爆沈させて波打際に寄付けないようにする。

それでもかろうじて上陸した敵兵を、五重の陣地で固めた世界最強の本土決戦部隊が米戦車より強力な新開発五式重戦車と共に待ち構える。

敵戦車に対しては最新鋭の「ロタ砲」で、敵戦車M2を遠方から撃破し、更に敵が近づくと「櫻弾」で厚い装甲を撃ち破り、もっと近づくと決死隊がチビ(ガラス球に人った青酸がス)を戦車のスリット窓にぶつけて操縦者の目潰しをし、次にキャタピラ破壊扁平爆弾を敵戦車のキャタピラの下に挿入してキャタピラを破壊し、敵戦車を動けなくし、止まった戦車本体の下に戦車爆雷を挺身突撃隊が放り込んで擱座させる。

一方、上空の敵機には大東亜戦争決戦機として開発された世界最強(戦後アメリカの実験で時速最大六九〇kmを記録し最高傑作機と評価された。)の中島飛行機製二千馬力四式戦闘機「疾風」や、ゼロ戦の次世代戦闘機堀越二郎設計の三菱製「烈風」が敵グラマンF6F、ノースアメリカンP51を次々と撃ち落す。

更にB29キラーとして海軍空技廠設計九州飛行機先尾翼型機首と強力三十ミリ機関砲四門搭載の「震電」が時速七百粁以上という、米軍戦闘機、B29より早い世界最速スピードで敵戦闘機に追い付き、敵機を一撃で撃墜する。

又、B29の前方上空に廻り込んで四門の砲でアッという間にB29を撃墜する。

種子島海軍大佐が開発し石川島重工業製の世界初のジェットエンジン搭載の双発ジェット戦闘機「橘花」がB29を攻撃。

甲液「過酸化水素オキシノリン・ピオリン酸ソーダ」と乙液「水化ヒドラジン・メタノール・銅シアン化カリウム」を一〇〇対三六でミックスした脅威の推進力で、今迄達しなかった一万二千粁の成層圏まで従来型の飛行機では十数分かかったのを僅か三分五十秒で急上昇できる時速九百粁の画期的無尾翼型ロケット戦闘機「秋水」がその先頭部に搭載する強力三〇ミリ機関砲二門が火を吹きボーイングB29を一撃で次々と撃ち落すとして行く。
運よく残ったB29も新開発の二万米に達する新高高度高射砲で撃墜されて行く。

だがこれら最新戦闘機を動かす燃料はどうするのか?

そもそも大東亜戦争が始まったきっかけは軍艦や航空機に必要な石油を米英蘭三国が対日輸出禁止して日本経済を窒息させようとし、これに対してワシントンに交渉を行った甲案提示の野村海軍大将(大使)と東郷外相の秘策乙案を持った来栖大使が追いかけて米側と交渉。
ほぼアメリカが合意し日米和平が実現しようとしたのに対し、その翌日引っくり返り「日本の全権益放棄とシナ大陸からの日本陸軍の全面撤退」を要求する蒋介石の言い分を通した文章を共産主義者でソ達のスパイであったアメリカ国務次官補が草稿を書き、ハル国務長官がそれに署名した「ハル・ノート」の回答に、これでは日本は到底合意できないので日本が大東亜戦争を始めたというのが第一の理由だ。

この戦争を始める理由になった燃料については、私の先輩で百歳の長寿を全うした帝国海軍機関学校第四十期生木山正義機関中佐と、又、私の先輩東京帝国大学工学部桑田勉教授の研究により、南方からの油を頼る事なしにパイン・ルート・オイルから終戦直前十年分の燃料を創り出したのだ。

これに加えて更に「太陽と水と大地」があれば永久に生産出来るバイオ燃料を創り出す事に成功した。
しかも空襲に耐えるため蒸留工場を全国に分散して建設し、製造した。

この蒸留装置製造を実現できたのは海軍艦政本部が木山中佐の依頼に全面的に協力し蒸留装置を急速に造り全国に設置したからである。
これで日本は永久に戦える燃料を終戦前に用意できたのである。

本土決戦では日本は必ず勝つとすべての陸海軍参謀は確信していた。
一方、アメリカ軍上陸攻撃隊司令官は戦後日本軍の陣立てを見て驚嘆し
「米軍は上陸に三回失敗しただろう。上陸に三回失敗すれば米軍の戦力はほとんど消耗し、戦争はベトナム戦と同様な状態となり、アメリカ国内で戦争反対の世論が起こりベトナム戦で米軍が負けたと同じく米軍は日本から敗退せざるを得ない。もはや戦えないので日本に和睦(降伏)を申し出るしかなかったであろう」と述べている。

ポツダム宣言を発した米国大統領トルーマンは、急死したルーズベルトから戦争を引き継いだとき、
「日本の国土は九十%が山森であり、攻めるのが非常に困難な地形である。しかも廻りは海で近づきにくい「不沈空母」である。地形のみならず無傷の七百五十万の世界最強(マッカーサーが議会で証言)の日本陸軍が本土と東南アジアに展開し、この敵とどう戦いどうやって打破する事が出来るか見当もつかない。」と溜息して日記に書いている。

実は日本を空襲したB29から「アメリカは鉄が不足して船をコンクリートで造りはじめたり、男のパイロットが不足して女が飛行機に乗ったりしてアメリカは青息吐息だ。日本人よ、もう少しでアメリカが参るから、ガンバレ」というビラが撒かれた。恐らく乗っていた日系二世が日本上空から撒いたと思われる。

一方、昭和二十年五月にベルリンに居た藤村義朗海軍中佐がスイスでルーズベルトの代理人キャノンと交渉し、米側は「満州、朝鮮、樺太、千島列島(北方領土)は日本に残す。
台湾は蒋介石と交渉してくれ。この条件で停戦しないか。和睦は急いでやりたい。」と驚くべき提案をして来たが海軍軍令部はこれを受けなかったと藤村中佐自身から私は聞いた。

これを継承したトルーマン大統領は、日本を降伏させるのは不可能で、どうにも打つ手が無く、手づまりだから「ポツダム宣言」というフェイントのような宣言を出した。
これは又、原爆投下をする言い逃れにもしたのである。

なぜフェイントのようかというと戦後、米、英、支のポツダム宣言の書類の実物を見ると、トルーマンしか署名していない事が判った。
イギリスもシナも署名していなかった。

これから見るとトルーマンの一人芝居だったことが史実として判明した。

そしてドイツ攻撃用に急いで実験的に作ったファットマンとリトルボーイの一つづつの二つしかない原爆を投下し、同時に数百個の原爆があるとウソの宣伝をして日本をおどした。

このフェイントのようなものに、まんまとお人よしの日本政府は引っ掛かってそのままのんでしまった。
これにはろくな返事も来ないだろうと思っていたトルーマン大統領自身もビックリした事だろう。

陸軍参謀総長、海軍軍令部総長という戦う陸海軍の責任者は前述のように本土決戦は勝つ見込みが充分あるから、天皇陛下の御前会議でもポツダム宣言受諾に絶対反対し戦争継続を主張したのであるが、天皇陛下が終戦の御聖断を下されたのである。

この会議室の入口で、特攻の海軍現場責任者の海軍軍令部次長の大西滝治郎中将が「あと特攻機が千機あれば勝てます(実際は既に三千機が用意されていた)。」と意見具申したが拒否されたので、大西中将はこれに抗議して切腹した。
切腹の介錯も頼まなかったのは怒りの表現であろう。

一方本土決戦の帝都の空の護りとして厚木にある無傷の帝国海軍航空本土防衛隊は、零戦設計者堀越二郎の新設計の四翼プロペラ延長回転軸式新型迎撃戦闘機「雷電」や川西航空機製「空戦フラップ」付の新鋭機「紫電改」などの一万機が厚木航空隊に温存され、強くて米軍から恐れられたラバウル海軍航空隊などから集められた歴戦のベテランパイロットが手ぐすねを引いて待っており、厚木海軍航空隊小園司令は終戦命令に絶対反対で最後まで降伏しなかった。

右の如く終戦時には「日本は負けていなかった」のは歴史的事実である。

そして「終戦」の実態は「負ける」どころか「血気にはやり、戦いたい」陸海軍や士気旺盛の国民に終戦を説得し抑えるのが大変だったというのが歴史的事実である。

しかしポツダム宣言に対して日本政府は「これは敵から申し出た和睦の条約」とまじめに甘く考えていてこれに乗ってしまったのである。

アメリカの新聞は大喜びで「日本は無条件降伏」と事実とちがう報道を行った。

アメリカの提示したポツダム宣言自体、八つの条件付であり、これに加えて日本政府は「国体護持」という条件付きで受諾したので、計九つの条件付和睦で「無条件降伏」は事実に反するのである。

又、ポツダム宣言にも日本の国としての無条件降伏とは一字も書いていない。
戦後の日本人が洗脳されて「敗戦」だとか「日本が無条件降伏した」と思っているのはまことに嘆かわしい。

さて日本は歴史上負けたことがなく、前例が無いので終戦のやり方が非常にまずかった。
通常どんな契約でも必ずネゴをして味方の条件を良くするものだ。

現に藤村中佐のスイス交渉では、ルーズベルト大統領が「満州、朝鮮、樺太、千島列島は日本に残す。台湾は蒋介石と交渉してくれ。」と言っているのだから、この線に戻すことは可能性大だったのだ。

だが今も昔も変わらぬ外国との交渉下手の日本政府はネゴをしなかった。
ところが和睦の条件の武装解除をして日本に武力を無くすると、アメリカは次のステップとして、日本の陸海軍を廃止させた。
これはポツダム宣言に入っていない。
更にアメリカはハーグ国際条約に反してアメリカ原案の憲法を日本政府に呑ませ、日本の政治家は一人として抵抗する「男」がいなかった。これは今日迄統いている。

又、進駐の翌朝から進駐軍は軍政を敷き、B円という占領軍貨幣を使わせ、日本経済をコントロールしようとしたが重光外務大臣と側近の岡崎氏の命を懸けた交渉でこれだけは阻止した。
軍政と通貨は、ポツダム和睦条件に入っていないのだ。

あたかも徳川家康が大阪冬の陣の和睦条件に外堀を埋めることとし人のよい豊臣方が呑んだら、内堀も埋められて、次に難癖をつけられ夏の陣で滅ぼされてしまったのと同じ手法だ。

先に述べたようにアメリカは国際法で禁じられている行為、占領軍による憲法制定を強引に日本政府に呑ませ、占頷下で手も足も出ない日本政府は屈服した。
軍人は切腹したのに政治家はこの不法行為に抵抗する「男」が誰もいなかった。

一方、ソ進は日本との不可侵条約が厳として存在しているのに、日本が終戦の仲介を依頼しているのを知りながらノラリクラリとこれを無視し続け、日本に宣戦布告をした。

樺太や千島列島の日本軍は上陸するソ進軍を撃退し、又、関東軍と朝鮮軍は旺盛な士気で朝鮮半島北部でソ連軍を待ち構えていた。

しかしソ進軍は、終戦後不法に北方領土を占領したのみならず支那大陸にいた六十万人もの純心な日本兵を「帰国させる」と偽って貨車に乗せ、シベリアに拉致し、重労働させた上、洗脳されないものは帰国させないと脅して共産主義教育を叩き込み、共産主義に洗脳された兵のみ帰国させ日本の教育界、マスコミ界、労働組合、演劇界にもぐり込ませた。

そしてGHQと共に日本を左傾させ、学生も勉学そっちのけで革マル、中核、赤軍派など学生運動を繰り広げてこの学生が今や成人して政治家となり偏向した現政府の幹部となって日本を動かしている。
そして産業も沈滞し道徳は乱れ、これらは現在日本が弱体化している基本的要素となった。

この「終戦」の実情、つまり「戦意旺盛の陸海軍や頑張っている全国民をいかに説得してやめさせるか」が終戦にするには大変な事で、「敗戦」どころの状態ではないのである。

この実態を知らない最近の日本人は「終戦」を「敗戦」と言い変えているのは史実に反する。
右に事実を説明したように実際に負けていない「終戦」と、負けたという「敗戦」は全く違うのだ。

昭和一桁初期以降に生まれた若い人は右に述べた本当の歴史を知らない。
だから日本政府の正式名称であり理論的に正しい「大東亜戦争」(太平洋だけでなく、ビルマ・インド等も含めた戦争)を米軍の言う「太平洋戦争」に言い換えたり、日本政府の正式名称「支那事変」を「日中戦争」と言い換えたり、国際間の正式国名の「チャイナ」又は「シナ」と言わず相手におもねって、又はお世辞で「中国(世界の中心の国)」と言っている。

「支那事変」は日本政府が正式に国家間での戦争と認めていないのだから、日本政府は「事変」と言っているのであり、この事実に反しているのを知らないで「戦争」というのは理論的にも誤っている。
又、「わが国」と言わず、他人の国のように「この国」と言っている人も洗脳されている人である。

占領軍は日本占領中新聞や手紙の検閲を行って「大東亜戦争」の使用を禁止し「太平洋戦争」を公文書に使うよう強制したが日本は独立している今もって間違った表現の「太平洋戦争」という名前を使って占領軍のトラウマに囚われているのだ。

さて終戦の詔勅の文章を協議する会議で詔勅原案の中に「戦勢日に非にして」という文章があり、某大臣から「日本は勝ったのか負けたのか?」と質問が出たのに対し阿南陸軍大臣は「勝ち負けの定義を「日本が支配している地域の大きさと兵の士気」とすれば、日本が戦争を始めたときの面積と現在(終戦時)の面積を比較すれば、現在(終戦時)の面積の方が大きい。
つまり日本はこの戦争で勝っていることになる。
しかも兵の士気は旺盛で日本は最後には必ず勝つと信じている。」と答え、詔勅原案「戦局日に非にして」は「戦局必ずしも好転せず」と訂正された。

阿南大将は「本土決戦をやれば日本は負けないので、本土決戦のあと講和を結ぶ」との陸軍の主張が聞き入れられず、御前会議で終戦が決定されたので、いさぎよく切腹した。
これは計画されていた大掛かりな陸軍のクーデターも抑える効果もあった。
介錯も断った見事な切腹だった。

この様な信念と責任感旺盛で主張が通らなければ、最後には自分の命を堂々と切腹して絶つという大臣は現在の日本の大臣に誰一人いないのは、日本人が終戦後いかに堕落してしまったかを示すものである。


右のように終戦時は日本軍に停戦を説得するのが大変で、まして敗戦ではないのが事実だ。
終戦の詔勅について私の小学校も大学も同じ迫水久常書記官長(現在の官房長官)と私は公私ともに非常に親しく迫水さんから終戦の御前会議の模様など色々重要な話しを直接迫水さん本人から問いた。

御前会議でおっしやった天皇陛下のお言葉をラジオで全国民に伝える正式な勅語の文章作成を迫水さんが任され、迫水さんが一高で教わった漢文の先生である漢学者川田瑞穂に文章作成を依頼され原案を作成した。

これを大東亜省顧問の陽明学者安岡正篤が手を加え、とくにこの詔勅の原文の中に「義命の存する所」という言葉が重要であった。

全大臣が終戦の詔勅の文章を協議する会議が十一日夜から十三日夜迄続き、訂正箇所が四十ケ所もあり、特に重要だった「義命」という言葉が某大臣から「辞書にないから「時運」にしよう」と提案があって書き直されてしまった。そして「義命の存する所」が「時運の赴く所」に変更され正式の終戦の詔勅になった。

私の名前は「義郎」だが、この「義」という意味は「道徳に基づく人として行うべき正しいこと」の意味で「義命」とは「信以て義を行い、義以て命を成す」意味であり 『「義命」の存する所』とは普通にいわれる大義名分よりもっと厳粛な意味を持っている。

国の命運は義によって造られて行かなければならない。
その義は列国との交誼においてもその治政においても信でなければならない。

その道義の至上命令に示す所によって終戦を選ぶのであり敗戦ではないという意味である。

簡単に言えば『日本はこれからは道徳に基づく正しい方向を行くべきだ』との意味であるが『「時運」の赴く所』は「時の流れのままに」という意味で、全く違う意味になってしまった。

だから今日でも日本は「時運の赴く所」つまり世に流されフラフラ流されてリーダーシップがなく国是も定まらない誇りのない国になってしまった。」と迫水さんが私に嘆いた。


又、終戦の御前会議で東郷外務大臣が陸軍が主張したソ連を仲介者にするという案に猛反対し、仲介者を入れるなら「蒋介石を仲介にしたらどうか」と提案があったが、近衛文麿が「蒋介石を相手にせず」という声明を出し「汪兆銘による南京政府」が日本によりつくられているので「蒋介石仲介はまずい」と横槍が入り、それではと不可侵条約を結んでいるソ連を仲介者にした。

結果はご存知の通り最悪で、ソ連は不可侵条約を結んでいる日本にかくれてヤルタで米英支と日本をやっつける会談(ヤルタ会談)にこっそり参加し、日本からの情報はソ連を通じ連合軍に筒抜けになっていた。

毛沢東の中共軍と戦っている蒋介石は、中共に勝つため日本に助けてもらいたいので日本に非常に有利な条件で仲介しようと考えていた。

戦後蒋介石は「なぜ自分に相談しなかったのか。自分に相談したならもっとよい条件で日本が終戦出来たのに」とくやしがったという。

先般あるテレビ番組で「中国戦線で敗走する日本兵」というコメントと映像が出た。
私の記憶では支那事変で日本が負けた戦線は知らない。

そこでその担当者を呼び「どこの戦線で日本が負けたのか」と質問したが、返事がなくごまかすので再度追求すると、結局「根拠がありませんでした」と白状し「おわび」が回答だった。

国の権威に関わる事実無根な「日本軍の敗走」を国民に誤報して、これを放送で訂正せず口頭の回答で「おわび」でお終いにしている無責任さ。
歴史を知らないのである。

元大蔵大臣の塩じいこと塩川さんも支那大陸に従軍し「支那戦線で武器を持っていなくても日本軍の軍服を着ているだけで支那兵は逃げた」と体験談を話している。


ところで私は最後の海軍将校生徒であり、又、最後の東京帝国大学生でもある。
戦時中の東大総長は世界に誇る一万トン重巡の設計者平賀造船中将だったし、東京都知事は陸軍教育総監の西尾寿造大将(その長男は現在ドクター中松創研の取締役営業部長)だったが、終戦時も日本のエリートは追放され、
戦後の東大は、左翼の南原総長になり、
占領軍によって、
「ゼロ戦」を作った東大航空工学科、世界一の戦艦「大和」を作った東大造船学科、
戦後の米軍テストで米最新型グラマン戦闘機より命中精度が高かった事が証明されたゼロ戦の機関砲を追った西村教授の東大造兵学科など、
日本を強く支えた研究の学科が強制的に廃止されただけではなく、東京帝国大学正門にあった「菊の御紋章」がはぎ取られ、名前も「東京大学」となり、「東京帝大」が「東大」になった。

名前だけではなくこの新制東京大学の学力レベルは、旧制東京帝国大学よりも四年以上下に学力レベルを下げてカリキュラムが組まれた。

麻布時代の成績が下の方の私の友人でも実際新制東京大学に人っている。
私達東京帝国大学学生十人に対して二十人の教授陣が取囲んで最高レベルの教育をし、最高の実験装置を持つ東京帝国大学は世界のトップレベルだったが、新制東京大学の世界ランキングは今年は世界二十四位までに落ちている惨状だ。
又、東大の学生自治会は完全に左だった。
私は中立の丁友会理事として学生の健全化に努めた。

日本は軍隊の強さも世界一(マッカーサーが議会で証言)だったが、戦後経済でもスイス、イギリス、ドイツを抜きGDPはアメリカに次ぐ二位となり、次にアメリカも抜く勢いで、アメリカでは日本を恐れて「ジャパン・アズ・ナンバーワン」という本も出たくらいだ。

そして一九九三年には日本人の個人所得はアメリカ人を抜き世界一になった。
戦争にもビジネスにも強かったのは当事の日本人が青年時代に兵隊に行き、気力も体力も鍛えられ、又、まじめに高度な勉強をした昭和一桁初期の日本人(これを私は「超経験者」と言っている)による努力の結晶なのだ。

しかし占領軍による日本弱体化政策により戦後育ちは勉強も怠り、徴兵にも行かず、体力も気力も鍛錬されていないので、体力的にも気力的にも弱く知識経験も少なく、国際競争に勝てない。最近の日本の男はすぐ泣く。
山一證券倒産の時に社長が泣いたのはその象徴だ。

最近の若い男は草食系と言われ、やる気がなく泣き虫で、私が教えているハーバード大学やMITに日本人留学生がいない。
最近の日本人は留学するファイトもないのだ。
シナや韓国人が多数外国一流大学に留学しているというのに。

そして日本のGDPも二位から三位に後退し、日本人の個人所得もかつての世界一から現在二十七位に落ち込んでいる。
日本はこの状況から脱却せねばならぬ。

それには「超経験者」を指導者にして次世代若者を十五歳から全寮制で肉体と気力を鍛え、道徳修身を勉強させ更に世界より高いレベルの教育をしてゆく事が日本再生の基本なのである。

戦争中、私の家の玄関ドアに鍵をかけなくても泥棒が人らなかった。
しかし終戦後、同じ私の家で厳重な鍵をかけても何回も泥棒に入られたことでも判るように戦時中立派だった道徳心が高い日本人に比べ、修身を廃止した戦後の日本人の道徳の疲弊は驚くべきものがある


もう一度言う。
「日本は負けていなかった」

これを裏付ける賀川豊彦のマッカーサーヘの終戦直後の手紙の一部を添付する。

『マッカーサー総司令官閣下』
陛下の詔書の一分前まで全国民の戦意は燃えに燃え陸海空三軍の銃口が一様に貴官各位の胸に向けられていた事も事実なのです。
総司令官閣下
貴官は去る28日の厚木進駐の指揮者から進駐が平和的に日本側の満足すべき心づかいの中に先遣部隊の進駐を終了した報告を受けられたでしょう。

そして閣下は多数の日本人を眼前にされたでありましょう。
そしてまたその日本人が口をキッと結んでいる表情に気がつかれたことと思います。

日本人は最後まで戦うつもりでいました。
おそるべき原子爆弾がやがてわが身に落下するということを予想し覚悟しなかった者は只一人もありますまい。

またたとえ身は焼かれても粉砕されても戦争は陛下の指揮のあるまで続けてゆかなければならぬことを毛程も疑った日本人は一人もなかった事も事実ですが、それが、陛下の詔書によって戦争から平和へ完全に変向しました。

その決意の固さと新しい理想へ出発への努力が閣下の見られる日本人のキッと結ばれた口もとの表情なのです。
この様な民族が、国家が他に例を見ることができたでしょうか。』


最後に日本全国民が、もう一度「終戦の詔勅」を読むことを提案する。

そして負けていないのに終戦した無念さを思い起こし、そこに書かれている陛下が示されたこれからの日本の指針「総力を将来の建設に傾ける事」「正しい道を進みその心を堅持」「国体の真髄を発揚」「世界の流れに遅れを取らぬよう」を全国民が実行することが、我が国を立派だった古き良き日本に甦らせることなのである。

繰り返すが今迄「敗戦した」と殆どの人が思っている事は間違いであり、史実は「日本は負けていなかったのだ」という事を再認識し、これからの各人の行動を百八十度転換する事が日本再生の第一歩であることを確信し、日本が立ち直る起爆剤にするために本論文を発表したのである。

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いかがでしたか?

最近、8月15日を「終戦」と呼ばず、「敗戦」という語句を使う人が増えています。
とんでもない話です。
あくまでも日本が主体的に戦闘を終わらせたのです。
だから「終戦」なのです。

本土空襲を繰り返した米軍のB-29は、高度1万メートルという、日本の戦闘機では届かない高高度を飛ぶ爆撃機でした。
当時にあっては、まさに世界最強の「空の要塞」です。

けれど、その高度的に届かない筈の高さを飛ぶB-29を、陸軍の上坊良太郎大尉は、(高度が届かない筈の)戦闘機で12機も撃墜してしまっています。

さらに高高度を飛ぶことのできる飛行機を日本が完成させていたら。
戦況はまるで逆転です。

ちなみに、あれほどの脅威を誇ったB-29を、戦後米軍は、あっという間に廃棄処分しています。
役に立たなくなったからです。
なぜかといえば、ジェット戦闘機が開発された。
ジェット戦闘機の前に、B-29は、まるで空に浮かぶ間抜けな「的」できなくなってしまったからです。
そしてそのジェット戦闘機を、日本は戦時中、すでに開発していた。

そして一番大切なことは、原爆を落とされた日本が、実は原爆を持っていた、ということです。
その日本が、報復のため米国にもし原爆を投下したら。
それは、十分にあり得ることです。
それだけの技術が日本にはあったし、当時日本は戦争をしていたのです。
軍は、「勝つため」に戦争している。

けれど原爆の打ち合いが、まさに人類を崩壊させるものとなるということも、容易に想像できることです。
そして陛下の終戦の詔勅は、本文は原文のままでしたが、口語訳すれば

~~~~~~~~~
敵国は新たに残虐なる原子爆弾を使用し、いくども罪なき民を殺傷し、その惨害の及ぶ範囲は、まことにはかりしれない。
この上、なお交戦を続けるであろうか。
ついには、わが日本民族の滅亡をも招きかねず、さらには人類文明そのものを破滅させるにちがいない。
そのようになったならば、朕は何をもって億兆の国民と子孫を保てばよいか、皇祖神・歴代天皇・皇室の神霊にあやまればよいか。
~~~~~~~~~

この一文に込められたメッセージは、たいへん重要です。

「この上、なお交戦を続けるであろうか」
という一文には、原爆に対する報復措置としての米国への日本の原爆投下をする、というメッセージが込められている。

そうなれば、戦いには勝つかもしれないが、「朕は何をもって億兆の国民と子孫を保てばよいか、皇祖神・歴代天皇・皇室の神霊にあやまればよいか。」と陛下は述べられているのです。

国家間の戦争に勝つということは、どういうことか。
世界的名著である、クラウヴィッツの「戦争論」によれば、戦争とは、「国家の目的を達成するための究極の手段である」と述べられています。

日本が大東亜戦争で目的としたものは、「世界の平和と繁栄」です。
日本は、良心のために戦った。
だからこそハーグ陸戦条約を堅持し、日本は、一般市民に対する虐殺行為を一切やらずに戦い抜いたのです。

その日本が、一般市民を巻き込む原爆投下を行ったらどうなるか。
なるほど日本は戦いには勝つかもしれない。
けれど、陛下は、虐殺を行ったという事実を、皇祖神・歴代天皇・皇室の神霊に、如何にして謝れば良いのか、と述べられているのです。

そして日本は、主体的に戦いを終わらせたけれど、その日本が巻いた種によって、戦後、世界の被植民地諸国は、次々と独立を果たし、経済的繁栄を遂げるようになってきた。

考えてみると、それら諸国の国民は、すくなくとも戦前までの支配者側だった白人たちよりも、いまでははるかに良い暮らしをしています。
ちょうど、戦前なら、よほどの大金持ちか大臣でしか乗れなかった自動車に、いまでは主婦や働く人たちが、当時の車よりもはるかに安全性、居住性の良い車に乗っているのと同じように、です。

国家の行う戦争は、戦闘行為自体が目的ではありません。
目的のために戦争をするのです。
そしてその「目的を達成」した国家が、戦争に「勝利した」ことになる。

日本は、間違いなく、戦争に勝利したのです。

参考:終戦の詔勅
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