手術が4月28日(火)
咳が相変わらず酷く、腹筋と傷が咳と同時に痛くなり、お腹を押さえて咳を抑えよう、我慢しようと頑張りました。
でも、出る物はでるのです。同室の方にも大変迷惑な事だろうと思いました。
29日(水) みどりの日 祝日
相変わらず、咳が酷くお腹も痛い。ただし、胆のうの痛みではない。胆のうを取っちゃんたんだから、当たり前の話ですよね。
お昼前、長女が来てくれました。
姑が、お金を出すから、長女に、来て欲しい(理由:結婚していないし、子供も居ない)と、たっての願いを聞いてくれた。4月初めに友人の結婚式出席のために帰省したばかりだったので、申し訳ないことでした。それでも、姑が交通費や仕事を休ませてしまうという事で、お金を出してくれることに、長女も私も甘えさせてもらう事にしました。
本当に大助かりでした。
姑のご飯の支度。夫の入院している病院に、おやつの缶コーヒーとゼロカロリーのこんにゃくゼリーを持って行き、引換のように洗濯物を持って帰って洗濯をする。夫はびっくりして、とても喜んでいたらしい。
わたしのことも、心配してくれたようだ。
退屈な入院生活も娘が面会にきてくれて、普通の会話ができることが嬉しかった。
姑と二人の生活は、姑の耳があまりに聞こえなくて、姑の話に首を横に振ったり縦に振ったり、大声で答えたり話したりで、毎日がうんざりする生活だったので、普通の声の調子で、何気ない普通の会話ができることが、こんなに普通に癒されるとは思ってもみませんでした。
仕事のストレスではなく、姑との生活のストレスを感じていたんだとつくづくと思いました。
おしっこもようやく管が外され、点滴を点けたままでトイレに自力でいけるようになりました。
退屈だったので、持参していたパズルをやってみたのですが、なかなか解けず、(え~私頭わるい~~、全然解けない!)とショックを受けました。(いつもなら、もっとすんなりスラスラ融けていたのに~~)
諦めて、カードを入れるTVをゆっくりと楽しみました。イヤホンを付けてというのも新鮮な経験でした。
30日(木) 相変わらず咳が出るので、回診してきた先生に、「入院している間に、肺炎も直せないでしょうか?」とお願いしてみました。
早速、呼吸器内科にまわされ、診察と詳しいレントゲンを撮りました。
結果は、肺炎は初期なので、抗菌剤と痰の切れを良くする薬を処方して3週間飲んで様子を見ることになりました。
また、鼻汁が喉の奥に落ちて行く事を話すと、蓄膿症かもしれないし、そのことで肺炎になったかもしれないと言われました。退院後、耳鼻咽喉科を受診するように言われました。
入院費の事が心配だったので、看護師さんに相談していたところ、相談室の看護師さんが「限度額療養費の申請を今日中にした方が良いですよ」と言ってくれました。市役所がしまるまで、1時間しかなかったので、長女に急いで来てもらい、タクシーで手続きに行ってもらいました。
早速、事務の方に限度額認定証を提出しました。提出する・しないでは、6万円ほど違ったので本当に助かりました。
請求(手術と検査・1週間の入院等)の合計額はおよそ13万円と教えてもらいました。
5月1日(金) 硬膜外麻酔で点けられた所に痛み止めの点滴がずっとついていたのが、外されました。
これで、体に着いた点滴が全て取り外されました。
途端に、お腹の傷の痛みが酷くなりました。痛み止めの薬を処方してもらいました。
回診してきた先生が、「5月3日、退院になります。」言うのにも、またびっくりしてしまいました。本当に1週間だったので・・・。
入院の期間を聞いた時に、早ければ5日間、普通で1週間と言われていたのです。
なんだか、胆のう炎って大したことない病気なんだなと、思ってしまいました。
午後から、退院後の食事指導を受けました。
胆のうが無くなって、胆汁が出なくなるので、油ものは控えるように、注意されました。もともと夫が糖尿なので油ものは食べない生活だったので、苦痛でもないし、大変な事でもないようです。
5月2日(土) 義理の妹がお花を持って見舞いに来てくれました。
義妹の話だと、姑の所に夜訪ねて行ったら、鍵がかかっていて、チャイムを押しても聞こえないみたいで、縁側の窓ガラスをどんどんと叩いても聞こえないみたいで、結局あきらめて帰ったと言う話を聞きました。
入院が決まったその日のうちに、義妹がお弁当を2つ買って持って行ってくれていたので、前日にもお弁当を私が2個買ってあったので、食べる物には困らなかったでしょうが、やはり、これから、何かが起きた時には、姑はショートスティに行ってもらうこと考えないといけません。私が入院前に娘達と相談した時に話題に出たことなのですが、姑が長女を呼ぶことで、今回はどうにかなりました。次回はそうはいかないでしょう。
5月3日(日) 私一人でタクシーで退院しました。
退院前の体重チェックで、体重がなんと手術前と変わりませんでした。「なんで?胆のう取ったし、点滴が多っかったのに・・・?」病気したのに体重が変わらないのが恥ずかしくなります。
午後、4時半頃、次女が孫を連れて来てくれるので、車を運転して長女と迎えに行きました。
次女に呆れられましたが、もう普通にして良いと言われていたので、多少気になる事もありましたが、気にしないように生活しようと思っていたので、無理をしない程度に動こうと思いました。
孫には、人見知りで泣かれましたが、かわいさに癒されました。
5月4日(月) 長女、東京に戻りました。駅まで次女と送っていきました。
5月6日(水)まで 次女と孫と楽しく慌ただしい、目の離せない、本当に楽しい時間を過ごしました。
次女と孫は5月6日午前11時前に帰りました。
実弟、娘達、姑、義妹、夫と身近な家族の有り難さを心からつくづくと感じた1週間でした。
5月7日(木) 外科・呼吸器内科・耳鼻咽喉科受診 咳と鼻汁は相変わらず、入院中から続いている。
外科:摘出した胆のうに悪いものは見られなかった。血液検査の結果も白血球の値が正常値に入り、問題ない。外科的には治療は終了。
呼吸器内科:まだ、薬は飲むように、2週間後・耳鼻科と一緒に受診。
耳鼻咽喉科:レントゲンを撮る。副鼻腔炎と診断された。つまり、蓄膿症。治療を2~3ヶ月続けるとの事。抗菌剤と鼻汁の切れを良くする薬を処方された。
私は5月7日(木)午後から、仕事に復帰しました。
浦島太郎が現実の世界に戻ったら、こんなだっただろうなと、思う様ななかなか現実になじめない日が数日続きました。
今は、現実の中で、普通の生活に戻っています。
食事の準備や一人で買い物をする時、食後や、寝る時、腹部や背中の事が気になるのを、振り切って生活しています。
姑がかなり私に気を使ってくれるのですが、有り難いのですが、やっぱりうっとうしく思うのは私のエゴのせいでしょうか?
姑との関係を見直して、より良くするのが当面の目標です。