峰野裕二郎ブログ

私の在り方を問う

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役割交代

2016年03月30日 | 将棋

社会教育活動の一環として学習を進め、より良い人間関係を保ち、地域社会づくりに努める「公民館学習グループ」の平成27年度公民館学習グループ連絡会総会を前に、一昨日午後1時半から連絡会役員会を行った。

この連絡会役員会は5つの学習グループから成り、2年の任期で輪番制となっている。
26年度27年度を請け負ったのが「アロハ フラの会」「佐々謡曲会」「錦城会(詩吟朗詠)」「佐々大正琴クラブ」それに、我らが「佐々町将棋同好会」だった。
それぞれのグループの代表者による互選で役割を分担するのだが、結局、ここでも会長役を2年務めさせていただいた。そして今その役割を無事、終えようとしているが、間違いなく次のグループのみなさんにバトンタッチできる。

月並みだが短いようで長く、長いようで短い2年間だった。貴重な経験であり、いい勉強をさせていただいた。副会長お2人、会計、監事、それに公民館長と37の学習グループのみなさんの協力と支援に対し、感謝の気持ちで一杯である。

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不思議な縁に包まれて

2016年03月29日 | 家族

長いことブログを書いていると、思わぬところで思わぬ方からお声をかけていただくことがある。また、遠方のそれまで存じ上げなかった方と親しくなったりすることもある。そんなお一人に憲司さんがいらっしゃる。

憲司さんは将棋が縁で当ブログを訪ねてくださるようになったそうだが、私の家族観や子供に向き合う様子が子育て真っ最中の彼の目に留まったらしい。その他、組織における役割意識等々、たまたま共感いただけるところがおありで当ブログにお付き合いいただいている。

縁というのは誠に不思議なもので、その憲司さんと同じ職場に長女の絵理子さんがいた。当時、絵理子さんは結婚前で、名字の「峰野」から繋がった。しかも、憲司さんは絵理子さんの尊敬する上司だったのも何かの縁だろう。その後、彼女が結婚し子供が出来、家を構えるようになってからは家族ぐるみのお付き合いをさせていただいているようだ。自然と、絵理子さんを通してお互いの情報を交換するようになっていった。

そうして、このたびの天使の卒園式にこちらが臨むのを機に憲司さんが、研二くん・絵理子さんの家まで私に会いに来てくださったのだ。感激の対面となった。
そう、私の大切な娘の尊敬する上司と、愛する夫、どちらも「けんじ」さんというのも、これまた不思議な縁ではある。

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事あるごとに

2016年03月28日 | 家族

週末、お姉さん天使の卒園を機に天使たちの家へみんなが集まった。

私と女房どのは早朝5時半、佐々を愛車159で出発して天使たちの家へ。そこで天使たちと共に朝食をとり、一台の車に乗り合わせ保育園へ向かい、卒園式に臨んだ。

くるみさんは、只今就活ど真ん中だ。当初、エントリシートを書かなければならないので今回は行けないと言っていたのだが、くるみさんと専攻は異なるものの、同じ理系で修士から企業の研究職へと進んだ研二くんの助言をもらいたいと午後、電車でやって来た。

有紀さんは、4月末に誕生予定の赤ん坊のために譲り受ける品々を受け取るついでもあり、夜、和也くんの車でやって来た。和也くんは翌日に友人の結婚式があるとのことで有紀さんだけ残り、彼は荷物を積んで帰っていった。

ということで、例によって深夜までワイワイガヤガヤ…。久し振りに私と女房どのが培ってきた家族が集ったのだった。

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天使の卒園

2016年03月27日 | 私と孫

昨日は、私と女房どのにとって天使のような存在である上の孫娘の卒園の日だった。

天使の家族は昨春、一大新興住宅地を形成しつつある地に新居を構えた。それに伴い天使たちは転園することになった。その転園先も昨年4月に開園したばかりの保育園で、昨日、その保育園にとっては記念すべき第1回目の卒園式を迎えていた。園長始め職員のみなさんにとって力が入らないわけわけがない。式次第には22もの項目が並び、様々な趣向が凝らされた涙涙の卒園式だった。

孫娘の晴れの姿に涙ぐむ娘を微笑ましく思いつつ、二十数年前の彼女の卒園式での様子を思い浮かべていた。

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町内会のことを自分ごとに

2016年03月25日 | 町内会長

さて、新年度の三役選出の段だ。
私は11年町内会長を務めたが、副会長にも10年務めていただいた。私が構想を立て、彼がそれを具現化する。現在行っている町内会の活動を、ほとんど2人で引っ張ってきた。


私の後任を副会長が務められるならば何の問題もないのだが、彼はサラリーマンだ。退職までまだ間がある。彼も、10年を区切りに27年度で辞める旨表明していた。
もう1人、会計は2年務めていただいて後任が決まっていた。

私と副会長がそれぞれ辞めるべき理由を述べた後、何人かの方が意見を述べられた。結局、参加者の総意は私と副会長にそのまま続けてもらいたいというものだった。

百世帯を超える町内会だ、適任者が全くいない訳ではない。ただし、やる気がない人に押し付けられようもない。町内会長役を引き受けるにはそれ相応の覚悟がいる。それがなかなか難しいと承知しているから11年も続けてきた。
だが、私がそういう気持ちでいる限り、みなさんは本気になって次のリーダーを探そうとしない。私が不退転の決意をすることで、みなさんに本気になって町内会の在り方を考えていただきたかった。それが、今回、強い決意で総会に臨んだ理由だった。

しかし、80歳を超えるお隣の平島さんのおばあちゃんが、切々として留まるようメモしたものを読み上げられるお姿を拝見すると、私の決心も揺らぎ、崩れた。副会長も同様だった。

ただ、みなさんの意識に変化が起こっていた。
私が心機一転、町内会長を務めさせていただく旨お伝えすると共に、みなさんには町内会のことを「自分ごと」として考えていただきたい旨お話すると、異口同音に協力して町内会の活動に当たろうという声が上がったのだった。

 

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辞めなければならない理由

2016年03月24日 | 町内会長

とにかく、27年度までで町内会長役を交代させていただくということを、年度当初の役員会ではっきりと申し上げ、みなさんに次期会長を探していただくようお願いしていた。さらに、役員会のたびごと、しつこいほどそのことをお願いしてきた。

理由は、会則にあるからとか、みなさんの協力がないから辞めたいとか、ましてや会長を辞めてやりたいことをしたいからとかではなく、町内会にとって良くないの一点からだった。
一言で言うとマンネリに陥ってしまっているのだ。これ以上、私が続けても町内会にとってプラスになることは何もない。よくて現状維持が精いっぱいだ。

総会前の最後の役員会での三役推薦委員会の報告は、どなたにも引き受けていただけませんでしたというものだった。
私の決意を承知していただいている以上、その席での私への続投の要請はさすがになかった。仕方がない。総会の場でみなさんに新しい町内会長を決めていただきましょうと結んでいた。

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付けが回ってきただけのこと

2016年03月23日 | 町内会長

20日・日曜日午前10時から集会所にて、私の暮らす西町町内会の27年度の総会を開催した。この日、私は強い決意でこの総会に臨んでいた。

総会成立の確認後、会長挨拶、議長選出と続き議案の審議に入る。27年度の活動報告、決算報告、監査報告と進み、続いて28年度の活動計画案、収入・支出の予算案まで滞りなく進んだ。
そして、いよいよ新年度の三役選出の審議に入った。例年、会長・副会長・会計以外の役員からなる三役推薦委員会が事前に根回しをしていて総会の場で出席者の同意を取り付け、決定するという運びになっていた。

当町内会の町内会長の任期は1年、再選を妨げないがそれも5年を限度としている。私が町内会長役をお引き受けしたのが2005年4月だから今期一杯で丸々11年務めさせていただいたことになる。
5年満期の時、跡を継ぐ方がいないということで特例措置が講じられた。そしてそれから再び5年が経過した昨年、どうしても跡を継ぐ方がいないと推薦委員会のみなさんに泣きつかれる格好で続投を承諾をしてしまっていた。

役員のなり手がいないのと組織率の低下は、全国各地の町内会・自治会にとって共通の悩みだ。
半強制的な募金の集め方を始め、町内会・自治会はいくつかの問題を抱えながら、そのリーダーたちの認識が甘かったり、目をつぶったりと、これまで問題に向き合おうとしてこなかった。また、行政も、町内会・自治会をうまく利用することだけしか考えてこなかった。それが今、付けとなって回って来ているのだ。リーダーの責任は当たり前だが、重い。



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夢はオーガスタ

2016年03月22日 | スポーツ

昨日は、地元・親和銀行佐々支店さんのゴルフコンペに参加した。
結果はOUT54・IN49グロス103、ハンディキャップ18,0のネット85,0で、27名参加中20位と全く振るわなかった。
このところ、キックボクシングの練習が中心でゴルフの練習がほとんど出来ていなかった。あれもこれもとはいかない。

ラウンド後のお楽しみは夜の表彰式を兼ねた懇親会だ。職業も年齢も異なるゴルフ愛好家が集い、ジョッキ片手に熱いゴルフ談義がいつまでも続いた。

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10年後に噛みしめる味

2016年03月20日 | 私塾

昨夜は、25歳になる2人のかつての塾生から誘いを受け、飲んだ。
最初に居酒屋で腹ごしらえをし、次にカラオケで歌いたいというのでスナックへ行き、最後にバーへ連れて行った。
2人共、勤め先は異なるものの役所に勤めている。家族の問題、職場の問題、色々な話をした。

最近とみに、20代から30代にかけての塾生OBたちから連絡が入るようになった。
塾生たちが、人生という長い道を歩む途上で何らかの事態に直面したとき、私の顔を思い浮かべてくれるとすれば、教師として冥利に尽きる。

彼らが15歳の時に話してやったことを10年後も覚えていてくれて、それを今、噛みしめてくれているのを嬉しく思う。

町内会の総会が翌午前中に控えていたが、深夜3時頃まで楽しくも真面目な酒を飲んだ。

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年度末あれこれ

2016年03月19日 | 暮らし

昨日は町内会の総会の資料を作成するため徹夜した。正確に言えば、早朝4時から準決勝進出をかけての錦織圭さんの対ナダル戦をテレビ観戦し、2セット目の途中辺りから眠りに落ちてしまったので完徹ではないのだが。
確定申告書作成の時にも徹夜して仕上げた。どうも良くない癖だ。

それはともかく、町内会長の任期が長くなるのはよくないと申し上げているのだ。町内会長役を務めて間もない頃は、1月中旬ころから総会の資料作成に着手していた。それがどうだ。ここ数年は一夜漬けだ。マンネリも甚だしいことを嫌というほど体験させられている。そこに進歩も向上心もあろうはずがない。私個人の都合ではない。町内会にとってよくないのだ。代わらなければならない。明日の総会では再度、そのことをみなさんに訴えるつもりだ。

朝8時に女房どのに起こしてもらい、朝食をとって「佐々町将棋同好会」へ出かける。毎週土曜日の例会になかなか顔を出せないのだが、今日は総会ということで久しぶりに皆さんのお顔を拝見することが出来た。この会の会長役だけは逃れることが出来ないようだ。忙しいだろうから例会に顔を出さなくてもいいけど会長役だけはやれと諸先輩に言われれば、もう何も言えない。

昼になって帰宅。昼食後、総会の資料作成で残っていた新年度の予算書を作り終え、町の公民館で1部8ページからなる資料を120部印刷する。
帰宅して、来週金曜日の町内会で行うデイサービスのための案内チラシを作り、30部コピーして、町内会のご高齢者のお宅を1軒1軒訪問させていただいた。お一人お一人のお話を丁寧に伺う。みなさん色々ある。

町内会を一回りして帰宅すると午後6時を過ぎていた。女房どのが、明日の総会の案内を放送しなきゃねと言ってくれたので思い出した。女房どのは実にいい秘書役をこなしてくれている。集会所へ出向き、その旨放送。

これで、本日の仕事が終了。今夜は、かつての教え子から飲みに行きましょうとのお誘いをいただいている。もしかすると、明日になってしまうかもしれないので、今日は早めにブログを仕上げた。
さあ、出かけようっと。

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