峰野裕二郎ブログ

私の在り方を問う

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お帰り

2018年06月30日 | 父親と子

先週金曜日、中学時代の友人の結婚式に出席するためにくるみさんが帰って来た。
式に参列する際のドレスを有紀さんに借りるということから、福岡の和也くん・有紀さん宅で落ち合うことにして、当日の午前中、女房どのと愛車159で自宅を発った。

この日、くるみさんは空路、福岡に入り、大学の研究室に顔を出した後、午後に和也くん・有紀さん宅に来ることになっていた。したがって、私たちは、ゆっくりと昼過ぎにでも出かければよかったのだが、糸葉さんの顔を早く見たくて午前中の出発となった。

こんな時はいつもそうなのだが、女房どのは子供や孫のため食べ物をこしらえ、米や野菜などと共に持参する。今回も前の晩から色々と料理の下ごしらえを行い、当日の朝早くから準備を整えていた。
子供にとって母親というのは誠にありがたい存在である。

私たち夫婦にとって3番目の孫となる糸葉さんは2歳と1か月ほどになる。
ラインのビデオ通話を、ほぼ毎朝かけてきてくれるのだが、ずいぶんと言葉がはっきりしてきた。中でも「おじいちゃん」の発語は2歳前から明瞭だった。
この日は「おじいちゃん、あそぼう」の声に誘われ、日頃のビデオ通話では出来ない絵本を読んだりままごとをしたりして遊んだ。

昼ご飯を食べた後、糸葉さんを中心に賑やかに過ごしているうちに、くるみさんから最寄りの駅に着いた旨の連絡が入り、みんなで迎えに出かけた。
糸葉さんは、くるみ叔母さんとも週末にビデオ通話をしているからだろう、会うのはゴールデンウィーク以来というのに全く違和感なく打ち解けている様子だった。
くるみさんも加わり、しばらくおしゃべりに興じた後、夕方5時に和也くん・有紀さん宅を後にした。
帰宅した後、その夜は女房どのの手料理に私がシェーカーを振ったりして、くるみさんの久しぶりの帰省を喜び、もてなし、夜更けまで語り合った。

土曜日に友人の結婚式に参列したくるみさんを翌日曜日、女房どのと共に福岡空港まで車で送った。

就職するくるみさんを女房どのと空港で見送ったのが昨年3月、あれから1年3か月が経とうとしている。
早々から新規プロジェクトチームの一員として日々、実験と会議、さらには帰宅してからのレポート作成、報告会と連日「死ぬかと思った」ほどの激務に身を置いているようだ。
奇しくも、働き方改革法案が今日、参院本会議で成立した。しかし、総じて国や企業は個人を守ってはくれない。
自己をしっかりと持ち、その上で誰かのために、何かのために役立てるような人間になることを目指すべきだと折々諭している。

今週は木曜日から4日間、学会に出席するため1人で北海道に出張しているようだ。レポート作成のことを思うと鬱陶しくもあろうが、せいぜい札幌の夜を楽しめばよい。

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