日本の「政教分離」とエンドースメントテスト

2015-12-06 01:32:21 | 基本権

山本龍彦「信教の自由と政教分離」『憲法学の世界』[2013]pp205-219。エンドースメントテストの視点から、わが国の「政教分離判例」を読み直すもの。勉強になった。

 

<合衆国憲法>※土井真一訳

修正第1条[1791];合衆国議会は、国教を樹立する(respecting an establishment of religion)法律もしくは自由な宗教活動を禁止する法律…を制定してはならない。

国家神道、神社神道ニ対スル政府ノ保証、支援、保全、監督並ニ弘布ノ廃止ニ関スル件(昭和20年12月15日連合国軍最高司令官総司令部参謀副官発第3号(民間情報教育部)終戦連絡中央事務局経由日本政府ニ対スル覚書)[1945]>※いわゆる神道指令(SCAPIN-448)

二(イ);本指令の目的は宗教を国家より分離するにある、また宗教を政治的目的に誤用することを妨止し、正確に同じ機会と保護を与へられる権利を有するあらゆる宗教、信仰、信条を正確に同じ法的根拠の上に立たしめるにある、本指令は啻(ただ)に神道に対してのみならずあらゆる宗教、信仰、宗派、信条乃至哲学の信奉者に対しても政府と特殊の関係を持つことを禁じまた軍国主義的乃至過激なる国家主義的「イデオロギー」の宣伝、弘布を禁ずるものである

日本国憲法[1946]>

第20条1項;…いかなる宗教団体も、から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない(No religious organization shall receive any privileges from the State, nor exercise any political authority.)。
第20条3項;及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動(religious education or any other religious activity)してはならない
第89条;公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため(for the usebenefit or maintenance of any religious institution orassociation)、…これを支出し、又はその利用に供してはならない
 

[アメリカ] 

・アメリカの連邦憲法には「政教分離」とは書かれていない。「分離」の起源はジェファーソンの書簡にすぎない。彼は、1802年にパブティスト連合に宛てた書簡中の中で、修正第1条の解釈として"a wall of separation between church and state"と表現した。しかも、ジェファーソン流の分離論が修正1条解釈に影響を与えたのは、ようやく19世紀半ばから20世紀にかけてのこと。宗教的非服従者は「ジャファーソン流の分離」ではなく、公定公認の禁止・特定宗派への特権付与禁止だった。修正1条は、連邦レベルでの公定制禁止にとどまり、制定当初の各州では多様な政教関係が存在した(マサチューセッツ州では、1833年まで公定制が維持された。)。

・ところで連邦最高裁は、1947年にジェファーソン書簡を引用しつつ、分離は修正1条が要求する憲法原則であると宣言した。(1)この宣言に至る歴史的背景;カトリックの移民が増大するにつれ、多数派であるプロテスタントが、反カトリックの文脈で「教会と政府の分離」を主張するようになる(カトリックの方が、教会への依存度が強い。)。プロテスタントが唱える分離論は、啓蒙主義的リベラリズム(=教会的権威に対する個人の独立を理想化)と結びついて攻勢を強めた。(2)分離論が民主制に与える影響;非服従者の思考は、「中間団体としての教会」を通じて公共精神が涵養されるというトクヴィルモデルに対応している。このモデルから見れば、教会の地位低下をもたらす分離論は、民主制に対して否定的に作用することになる。

・これまでの連邦最高裁は、1971年のLemon判決以降、厳格分離型・不介入型と親和的な「レモンテスト」を用いてきた。(1)当該政府行為が世俗目的をもつこと、(2)その行為の主要な効果が宗教を助長・抑圧しないこと、(3)その行為が宗教と「過度の関わり合い」をもたらすものでないこと。これら3点が個別に審査され、一つでも満たさなければ、当該政府行為は違憲と判断される。たとえばLemon判決は、宗教系私立学校において、非宗教系課目を教える教師の俸給につき、州が補助として公金を支出することの合憲性が問題とされた。連邦最高裁によれば、当該補助の目的は世俗的であり、主要効果も宗教への助長抑圧とはいえない。ところが、支給した公金の使途限定には州の監視等が必要となる。結局、州と宗教系私立学校との間に「過度の関わり合い」をもたらすことになるから、公金支出は違憲となる。

・他方で、近時の連邦最高裁は、「エンドースメントテスト」を重視している。同テストは「公定制禁止」の観点に立ち、「政府による特定宗教の是認endorseまたは否認」を禁ずる(公定禁止≠分離)。すなわち、政府があたかも「特定宗教の信奉者はinsidersであり、それ以外の人はoutsidersである」ととられるようなメッセージを送ることが忌避される。ここでは、宗教的少数派が抱く政治的疎外感が問題とされる。

 

[日本]

・日本国憲法20条1項後段、同条3項、89条は「政教分離規定」と言われるものの、やはり「政府と宗教を分離separateせよ」とは書いていない。

・旧憲法下の歴史に学べば、現行憲法の要請は「宗教の公定公認の禁止(とくに神道の国教的・特権的地位の否定)」と言えるが、他方で「分離」は必然ではない。GHQの神道指令も、一切の政教関係を明示的に禁ずるものではなく、「政府との特殊の関係」を禁止していた。

・これまでの最高裁判例は、「完全分離が理想」としながらいわゆる「目的効果基準」を掲げていた。しかし同基準(次のとおり)の実態を見ると、その発想(第三層)はエンドースメントテストと共通する。

[一]相当限度を超える関わり合いは違憲

[二]行為の目的・効果から判断する

[三]もっとも「目的」「効果」を独立に判断するというよりは、「当該行為が一般人にどう受け止められるか」をポイントにおいて判断する

空知太判決は、(1)これまでの完全分離論を述べず、(2)目的効果基準を展開せず、諸事情を考慮した総合的判断をおこなった。最高裁判例は、既述のとおりエンドースメントテスト的発想を有していたが、空知太判決でさらに純化した(=機能していない第二層を除去し、第一層と第三層を直結した)ものと評価できる。

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